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第4章
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「あー……もう薬の耐性ついちゃったかあ」
ゼミの発表も無事に終わったその日に、未紘はバース外来に駆け込んだ。
オメリドを飲んでいるのにアルファにフェロモンを感じ取られたことを話すと、医者は長い髭を触りながら眉を下げた。
「うーん、困ったねえ。予想以上に早かったなあ」
「オメリドより強い薬ないすか?」
「残念ながらないねえ。これが効かないならもう諦めるしかない」
「そこをなんとか……!」
頭を下げる未紘の頭上から、うーんと困ったように唸る声が聞こえてくる。
「パートナーと一度しっかり話し合った方が早いかもねえ。その場凌ぎの策だけ考えたって自分の首を絞めるだけだよ。根本的に解決するべきだと思うけどなあ」
落ち着いた口調で語られる言葉に、未紘は何も返すことができなかった。
絶望感を抱えたまま、久しぶりに家に帰る。家の中は真っ黒で、藤城はまだ帰宅していないようだった。
買ってきた食材を冷蔵庫に入れて、シャワーを浴びてからキッチンに立つ。心ここに在らずの状態のまま、包丁で野菜を切って、ぐつぐつと煮込んでいく。
沸騰する鍋の中をぼんやりと眺めながら、医者に言われた言葉がぐるぐると頭を巡る。
己に残された道は、もう一度抱いてほしいと頼み込むしかないのだろうか。
以前までとは違って、今の藤城ならもしかしたら検討ぐらいはしてくれるかもしれない。
だけど──。
(抱くってその……ケツん中にアレを挿れるってことだよな……?)
前に一度藤城が薬を盛られたときに彼のモノを見たことがあるが、自分のモノとは比べものにならないぐらい大きかった。
それに加えてもう一つ問題がある。
ヒートがくるとオメガの後孔は女性器のように濡れる。つまりはそこに触れると気持ちよくなれるはずなのだが、未紘はまだ一度もそこに触れたことがなかった。
ヒートがきて一人で欲を発散するときも怖くて指を挿れることができず、前でしか達したことがないのだ。
未だ何も受け入れたことのない尻の窄まりに、藤城のあんなモノが入るとは到底思えない。
「はー……いや、ぜってー無理だろ……」
「無理ってなにが?」
「うわっ」
油断していたせいか、ひょこっと後ろから顔を出した藤城に大袈裟に驚いてしまった。
バランスを崩して後ろに倒れかける未紘の身体を、藤城が後ろから支えてくれる。
「い、いつからいたんだよ!」
「さっき。帰ってきたらおまえがブツブツ言ってるから」
「あっそう……悪かったな」
振り向くと思ったより近くに藤城の顔があって、どきっと胸が鳴る。直前まで彼の逸物を思い返していたこともあって非常に気まずい。
さりげなく距離をとる未紘のことを、藤城は不思議そうな顔で見ていた。
その後は何事もない風を装って、できあがった料理を二人で向かい合って食べた。
大学での一件以来顔を合わせるのは初めてだが、意外にも藤城が薬について触れてくることはなかった。
てっきりまた問い詰められるのかと思っていたから内心拍子抜けしてしまう。
「明日からしばらく家空けるから」
「仕事?」
「違う。そろそろヒートだろ、匂いが濃くなってる」
「あー……もうそんな時期か」
三ヶ月に一度のヒートの周期は、毎回あっという間に感じてしまう。
またあの苦痛な日々がやってくると思うと今から憂鬱な気分だ。
「前みたいに家荒らすなよ。片付けるのも大変なんだから、おまえ全然片付けないし」
「わかってるよ! ……悪かったな。もうやんねーし、つかやる必要もなくなったし……」
オメガである自分を恨めしく思うことはあっても、否定する気持ちはもうほとんどなくなってしまった。
たった三ヶ月で自分を取り巻く状況が一変してしまったが、自分を見つめ直すことができたことだけは救いだった。
(それも全部、藤城のおかげっていうのがなんか癪だな……)
普段は未紘を揶揄ってきてばかりのこの男だが、なんだかんだ未紘のことを視界の端で気にかけてくれるようなところがある。
自分らしくオメガとして生きる──そういう選択肢を与えてくれたことには、口には出さないが深く感謝している。
「……なんだよ」
ちらちらと顔を見ていたせいだろうか。じっと顔を見つめられていることに気が付いて、ばつが悪くなって声を掛けた。
「なんかあったら呼んでもいいよ」
「は? 藤城が来たらヒートにあてられて収拾つかなくなるだろ」
「だめなの?」
言われた意味がすぐには理解できなくて、しばらくの間無言で見つめ合ってしまった。
「だめ、だろ」
震える声で返した言葉は、自分の意に反して、藤城に答えを委ねるみたいなニュアンスになってしまった。
ダメに決まっている。それなのにどうしてそんなことを聞くんだ。まるでそうなっても構わないみたいな、そんな言い方をするな。
ひく、と口元が引き攣る。視線の先で、藤城が口元にゆるりと弧を描いた。
「冗談だって、本当に揶揄い甲斐があって面白いなぁ。なにかあっても責任取れないし、呼ばなくていいよ」
「…………しねクソアルファ」
「口わるいよー? そんなんじゃ社会に出たとき困っちゃうよ」
「最初にクソオメガとか言い出したの誰だよ……」
馬鹿にしたような言い回しと笑顔にいつも通りの藤城の様子を認めて、ほっと胸を撫で下ろす。
もし「だめじゃない」と言っていたら、どう答えていたんだろう。
それでもやっぱり同じように冗談だと笑い飛ばされていたのだろうか。
ゼミの発表も無事に終わったその日に、未紘はバース外来に駆け込んだ。
オメリドを飲んでいるのにアルファにフェロモンを感じ取られたことを話すと、医者は長い髭を触りながら眉を下げた。
「うーん、困ったねえ。予想以上に早かったなあ」
「オメリドより強い薬ないすか?」
「残念ながらないねえ。これが効かないならもう諦めるしかない」
「そこをなんとか……!」
頭を下げる未紘の頭上から、うーんと困ったように唸る声が聞こえてくる。
「パートナーと一度しっかり話し合った方が早いかもねえ。その場凌ぎの策だけ考えたって自分の首を絞めるだけだよ。根本的に解決するべきだと思うけどなあ」
落ち着いた口調で語られる言葉に、未紘は何も返すことができなかった。
絶望感を抱えたまま、久しぶりに家に帰る。家の中は真っ黒で、藤城はまだ帰宅していないようだった。
買ってきた食材を冷蔵庫に入れて、シャワーを浴びてからキッチンに立つ。心ここに在らずの状態のまま、包丁で野菜を切って、ぐつぐつと煮込んでいく。
沸騰する鍋の中をぼんやりと眺めながら、医者に言われた言葉がぐるぐると頭を巡る。
己に残された道は、もう一度抱いてほしいと頼み込むしかないのだろうか。
以前までとは違って、今の藤城ならもしかしたら検討ぐらいはしてくれるかもしれない。
だけど──。
(抱くってその……ケツん中にアレを挿れるってことだよな……?)
前に一度藤城が薬を盛られたときに彼のモノを見たことがあるが、自分のモノとは比べものにならないぐらい大きかった。
それに加えてもう一つ問題がある。
ヒートがくるとオメガの後孔は女性器のように濡れる。つまりはそこに触れると気持ちよくなれるはずなのだが、未紘はまだ一度もそこに触れたことがなかった。
ヒートがきて一人で欲を発散するときも怖くて指を挿れることができず、前でしか達したことがないのだ。
未だ何も受け入れたことのない尻の窄まりに、藤城のあんなモノが入るとは到底思えない。
「はー……いや、ぜってー無理だろ……」
「無理ってなにが?」
「うわっ」
油断していたせいか、ひょこっと後ろから顔を出した藤城に大袈裟に驚いてしまった。
バランスを崩して後ろに倒れかける未紘の身体を、藤城が後ろから支えてくれる。
「い、いつからいたんだよ!」
「さっき。帰ってきたらおまえがブツブツ言ってるから」
「あっそう……悪かったな」
振り向くと思ったより近くに藤城の顔があって、どきっと胸が鳴る。直前まで彼の逸物を思い返していたこともあって非常に気まずい。
さりげなく距離をとる未紘のことを、藤城は不思議そうな顔で見ていた。
その後は何事もない風を装って、できあがった料理を二人で向かい合って食べた。
大学での一件以来顔を合わせるのは初めてだが、意外にも藤城が薬について触れてくることはなかった。
てっきりまた問い詰められるのかと思っていたから内心拍子抜けしてしまう。
「明日からしばらく家空けるから」
「仕事?」
「違う。そろそろヒートだろ、匂いが濃くなってる」
「あー……もうそんな時期か」
三ヶ月に一度のヒートの周期は、毎回あっという間に感じてしまう。
またあの苦痛な日々がやってくると思うと今から憂鬱な気分だ。
「前みたいに家荒らすなよ。片付けるのも大変なんだから、おまえ全然片付けないし」
「わかってるよ! ……悪かったな。もうやんねーし、つかやる必要もなくなったし……」
オメガである自分を恨めしく思うことはあっても、否定する気持ちはもうほとんどなくなってしまった。
たった三ヶ月で自分を取り巻く状況が一変してしまったが、自分を見つめ直すことができたことだけは救いだった。
(それも全部、藤城のおかげっていうのがなんか癪だな……)
普段は未紘を揶揄ってきてばかりのこの男だが、なんだかんだ未紘のことを視界の端で気にかけてくれるようなところがある。
自分らしくオメガとして生きる──そういう選択肢を与えてくれたことには、口には出さないが深く感謝している。
「……なんだよ」
ちらちらと顔を見ていたせいだろうか。じっと顔を見つめられていることに気が付いて、ばつが悪くなって声を掛けた。
「なんかあったら呼んでもいいよ」
「は? 藤城が来たらヒートにあてられて収拾つかなくなるだろ」
「だめなの?」
言われた意味がすぐには理解できなくて、しばらくの間無言で見つめ合ってしまった。
「だめ、だろ」
震える声で返した言葉は、自分の意に反して、藤城に答えを委ねるみたいなニュアンスになってしまった。
ダメに決まっている。それなのにどうしてそんなことを聞くんだ。まるでそうなっても構わないみたいな、そんな言い方をするな。
ひく、と口元が引き攣る。視線の先で、藤城が口元にゆるりと弧を描いた。
「冗談だって、本当に揶揄い甲斐があって面白いなぁ。なにかあっても責任取れないし、呼ばなくていいよ」
「…………しねクソアルファ」
「口わるいよー? そんなんじゃ社会に出たとき困っちゃうよ」
「最初にクソオメガとか言い出したの誰だよ……」
馬鹿にしたような言い回しと笑顔にいつも通りの藤城の様子を認めて、ほっと胸を撫で下ろす。
もし「だめじゃない」と言っていたら、どう答えていたんだろう。
それでもやっぱり同じように冗談だと笑い飛ばされていたのだろうか。
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