20 / 75
第4章
20*
しおりを挟む
永遠に明けない夜のようだ。踠いても苦しんでも熱は引かない。世界で一番孤独な時間。
「はぁっ……うっ、あっ、んんっ……」
カーテンの閉め切った薄暗い部屋には、自分の吐息と下腹部から聞こえてくる水音だけが響いている。
未紘はベッドの上で虚な目をしながら、一糸纏わぬ姿で股座を弄っていた。
扱きすぎたせいで陰茎はすっかり真っ赤に腫れている。何もしなくても先端からさらさらとした液体が漏れ出て、シーツはぐっしょりと水溜りを作っていた。
ヒートが来てから三日が経った。いつもなら次第に落ち着いてくる頃なのに、今回ばかりはちっとも治まる気配がない。
達しては気絶してを繰り返し、束の間の睡眠をとりながら乗り越えてきたが、心身共にとっくに限界がきていた。
(いつ終わるんだ、ずっと身体が熱くて苦しい……)
朦朧とする意識の中、自分の呼吸だけが耳を満たす。
頑なに触れずにいた後孔がひくひくと疼く。前を弄るだけではもう足りないことは、とっくにわかっている。
触れたら楽になるだろうか。だけどそんなことをしたら、本当に後戻りできなくなりそうだ。
一人でも強く生きてきた。だけどきっと後ろを触ってしまえば、ぽっかり空いた穴を埋めるように『誰か』を求めるようになるかもしれない。
そんな自分が怖かった。
「はっ、んぅ、んん、イけない……っ」
陰茎だけの刺激ではもう物足りない。それを認めたくなくて必死に擦り上げるけど、微弱な刺激を拾うだけだ。
(なんで……っなんでなんでなんで……!)
焦りと不安と恐怖がごちゃ混ぜになって、目尻に涙が滲む。悔しい。一人では生きていけないんだと突き付けられているみたいで、悔しくてたまらない。
結局満足に快感を拾うことはできなくて疲労がピークに達した未紘は、仰向けのままベッドに四肢を投げ出した。
すると視界の端でスマホが点滅していることに気付いて、緩慢な動作で取り上げる。
確認すると大学の友人や家族からのメッセージがいくつか入っていた。その中に藤城からのメッセージがないことを確認して、こっそり落胆する。
(何を期待してんだよ、心配なんかしてるわけねーのに)
──なんかあったら呼んでもいいよ。
あんな言葉を真に受けるほど馬鹿じゃない。だけどああ言われたときは、本当は少しだけ舞い上がった。
適当な人間に欲を満たしてもらう趣味はない。あのときは確かに一瞬だけ、藤城となら──なんて、馬鹿げた妄想をしてしまったのは事実だ。
メッセージアプリを立ち上げて、そっと彼とのトーク画面を開いた。必要最低限の会話しかない淡白な会話のやり取りが自分たちらしい。
少し考えてから、文字を打ち込んでみた。
《かえってきて》
文面を見てすぐに小っ恥ずかしくなって、素早く削除した。一体何を送ろうとしていたんだろう。こんなことを送ったってきっと馬鹿にされるだけだ。
ぽいっとスマホを投げ出して、掛け布団を身体に巻き付けた。床にはいくつもの丸められたティッシュが転がっていて、自分の痴態に目を背けたくなる。
ぎゅっと目を閉じて、熱を逃すようにふーっと息を吐いた。だけどどうしてか藤城の顔ばかりが浮かんできて、どうしようもなく胸が切なくなる。
「ん、ふじしろ……」
名前を口にすると後ろがキュンとして堪らなくなった。熱に浮かされた頭でぼうっとしながら、ゆっくりと後孔に手を伸ばしてみる。
あと少しで指先が触れそうだ。期待にごくりと息を呑んだ、そのときだった。
『──未紘?』
近くで声が聞こえてハッと我に返った。がばっと起き上がり辺りを見渡すが、その姿は見えない。
『どうしたの?』
「あ、えっ……なんで繋がってんの」
『え? そっちが掛けてきたんだろ』
「えっ?」
聞こえた声はさっきベッドに放り投げたスマホからのものだった。間違って通話画面を開いてしまったのだろうか。
(ってことは、さっきの聞かれた……?)
無意識に彼の名前を呼んでしまったことを思い出して、未紘はぶわっと顔を赤らめた。
そっと耳にスマホを当てて、平静を装いながら会話を続ける。
『もうヒート終わったの?』
「ま、まだ。今回なんか、重くて」
『そうなんだ』
藤城の声が直接耳元に入り込んできて、やけにくすぐったい。通話の向こう側はシンと静まり返っている。
彼もどこかの室内にいるのだろうか。
『寂しくなっちゃった?』
「は、何言ってんの」
『だってヒートの最中に連絡してくるの初めてじゃん。さっきも俺の名前呼んでたし』
「~~っ、ま、間違えただけだっ! 忘れろ!」
やっぱりちゃんと聞かれていたらしい。ン゙ンッと咳をしながら声を荒げると、あはは、と楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
『ひとりでしてたの?』
「……悪いかよ」
『俺に聞かせてよ』
「………………は?」
聞き間違いだろうか。まさかと思いながら聞き返す。
『してるとこ俺に聞かせて』
「そんなの、するわけねーだろ」
またいつものように揶揄われているのだろう。
そう思いつつも彼の声色がいつもよりどことなく甘ったるくて、言葉が詰まる。
『俺の言うこと聞けるよね?』
甘さの中にナイフのような鋭さを含んだ声に、下腹部が疼く。
この男のたまに見せる有無を言わさぬ態度が苦手だ。否が応でも従いたくなってしまうから。
無言は肯定だと受け取ったのだろう、スマホ越しに小さく笑う吐息が聞こえた。
「はぁっ……うっ、あっ、んんっ……」
カーテンの閉め切った薄暗い部屋には、自分の吐息と下腹部から聞こえてくる水音だけが響いている。
未紘はベッドの上で虚な目をしながら、一糸纏わぬ姿で股座を弄っていた。
扱きすぎたせいで陰茎はすっかり真っ赤に腫れている。何もしなくても先端からさらさらとした液体が漏れ出て、シーツはぐっしょりと水溜りを作っていた。
ヒートが来てから三日が経った。いつもなら次第に落ち着いてくる頃なのに、今回ばかりはちっとも治まる気配がない。
達しては気絶してを繰り返し、束の間の睡眠をとりながら乗り越えてきたが、心身共にとっくに限界がきていた。
(いつ終わるんだ、ずっと身体が熱くて苦しい……)
朦朧とする意識の中、自分の呼吸だけが耳を満たす。
頑なに触れずにいた後孔がひくひくと疼く。前を弄るだけではもう足りないことは、とっくにわかっている。
触れたら楽になるだろうか。だけどそんなことをしたら、本当に後戻りできなくなりそうだ。
一人でも強く生きてきた。だけどきっと後ろを触ってしまえば、ぽっかり空いた穴を埋めるように『誰か』を求めるようになるかもしれない。
そんな自分が怖かった。
「はっ、んぅ、んん、イけない……っ」
陰茎だけの刺激ではもう物足りない。それを認めたくなくて必死に擦り上げるけど、微弱な刺激を拾うだけだ。
(なんで……っなんでなんでなんで……!)
焦りと不安と恐怖がごちゃ混ぜになって、目尻に涙が滲む。悔しい。一人では生きていけないんだと突き付けられているみたいで、悔しくてたまらない。
結局満足に快感を拾うことはできなくて疲労がピークに達した未紘は、仰向けのままベッドに四肢を投げ出した。
すると視界の端でスマホが点滅していることに気付いて、緩慢な動作で取り上げる。
確認すると大学の友人や家族からのメッセージがいくつか入っていた。その中に藤城からのメッセージがないことを確認して、こっそり落胆する。
(何を期待してんだよ、心配なんかしてるわけねーのに)
──なんかあったら呼んでもいいよ。
あんな言葉を真に受けるほど馬鹿じゃない。だけどああ言われたときは、本当は少しだけ舞い上がった。
適当な人間に欲を満たしてもらう趣味はない。あのときは確かに一瞬だけ、藤城となら──なんて、馬鹿げた妄想をしてしまったのは事実だ。
メッセージアプリを立ち上げて、そっと彼とのトーク画面を開いた。必要最低限の会話しかない淡白な会話のやり取りが自分たちらしい。
少し考えてから、文字を打ち込んでみた。
《かえってきて》
文面を見てすぐに小っ恥ずかしくなって、素早く削除した。一体何を送ろうとしていたんだろう。こんなことを送ったってきっと馬鹿にされるだけだ。
ぽいっとスマホを投げ出して、掛け布団を身体に巻き付けた。床にはいくつもの丸められたティッシュが転がっていて、自分の痴態に目を背けたくなる。
ぎゅっと目を閉じて、熱を逃すようにふーっと息を吐いた。だけどどうしてか藤城の顔ばかりが浮かんできて、どうしようもなく胸が切なくなる。
「ん、ふじしろ……」
名前を口にすると後ろがキュンとして堪らなくなった。熱に浮かされた頭でぼうっとしながら、ゆっくりと後孔に手を伸ばしてみる。
あと少しで指先が触れそうだ。期待にごくりと息を呑んだ、そのときだった。
『──未紘?』
近くで声が聞こえてハッと我に返った。がばっと起き上がり辺りを見渡すが、その姿は見えない。
『どうしたの?』
「あ、えっ……なんで繋がってんの」
『え? そっちが掛けてきたんだろ』
「えっ?」
聞こえた声はさっきベッドに放り投げたスマホからのものだった。間違って通話画面を開いてしまったのだろうか。
(ってことは、さっきの聞かれた……?)
無意識に彼の名前を呼んでしまったことを思い出して、未紘はぶわっと顔を赤らめた。
そっと耳にスマホを当てて、平静を装いながら会話を続ける。
『もうヒート終わったの?』
「ま、まだ。今回なんか、重くて」
『そうなんだ』
藤城の声が直接耳元に入り込んできて、やけにくすぐったい。通話の向こう側はシンと静まり返っている。
彼もどこかの室内にいるのだろうか。
『寂しくなっちゃった?』
「は、何言ってんの」
『だってヒートの最中に連絡してくるの初めてじゃん。さっきも俺の名前呼んでたし』
「~~っ、ま、間違えただけだっ! 忘れろ!」
やっぱりちゃんと聞かれていたらしい。ン゙ンッと咳をしながら声を荒げると、あはは、と楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
『ひとりでしてたの?』
「……悪いかよ」
『俺に聞かせてよ』
「………………は?」
聞き間違いだろうか。まさかと思いながら聞き返す。
『してるとこ俺に聞かせて』
「そんなの、するわけねーだろ」
またいつものように揶揄われているのだろう。
そう思いつつも彼の声色がいつもよりどことなく甘ったるくて、言葉が詰まる。
『俺の言うこと聞けるよね?』
甘さの中にナイフのような鋭さを含んだ声に、下腹部が疼く。
この男のたまに見せる有無を言わさぬ態度が苦手だ。否が応でも従いたくなってしまうから。
無言は肯定だと受け取ったのだろう、スマホ越しに小さく笑う吐息が聞こえた。
435
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
捨てられΩの癒やしの薬草、呪いで苦しむ最強騎士団長を救ったら、いつの間にか胃袋も心も掴んで番にされていました
水凪しおん
BL
孤独と絶望を癒やす、運命の愛の物語。
人里離れた森の奥、青年アレンは不思議な「浄化の力」を持ち、薬草を育てながらひっそりと暮らしていた。その力を気味悪がられ、人を避けるように生きてきた彼の前に、ある嵐の夜、血まみれの男が現れる。
男の名はカイゼル。「黒き猛虎」と敵国から恐れられる、無敗の騎士団長。しかし彼は、戦場で受けた呪いにより、αの本能を制御できず、狂おしい発作に身を焼かれていた。
記憶を失ったふりをしてアレンの元に留まるカイゼル。アレンの作る薬草茶が、野菜スープが、そして彼自身の存在が、カイゼルの荒れ狂う魂を鎮めていく唯一の癒やしだと気づいた時、その想いは激しい執着と独占欲へ変わる。
「お前がいなければ、俺は正気を保てない」
やがて明かされる真実、迫りくる呪いの脅威。臆病だった青年は、愛する人を救うため、その身に宿る力のすべてを捧げることを決意する。
呪いが解けた時、二人は真の番となる。孤独だった魂が寄り添い、狂おしいほどの愛を注ぎ合う、ファンタジック・ラブストーリー。
学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました
こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる