【完結】無関心アルファと偽りの番関係を結んだら、抱かれないうちに壊れ始めました

紬木莉音

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第7章

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 キス未遂事件は未紘の中に強く印象を残し、月日は巡って季節は春になった。
 今でも鮮明にあのときの空気感を思い出しては、毎日のように新鮮に呻いている。しかし藤城の前ではいつも通り何でもない風を装って、なんとか一つ屋根の下での生活を送っていた。

 時刻は十六時。夕飯にはまだ早い時間だが、早めにキッチンに立って鍋をかき混ぜていた。
 ぐつぐつ煮立っている鍋の中身はシチュー。以前藤城が好きだと言っていたから、野菜は少し大きめに切ってある。

「~~っ、だああ……っ!」

 もう何度目かわからない羞恥に襲われて、未紘は頭を抱えてその場に蹲った。

(なんで素直に藤城の好みに寄せてんだよ……! 馬鹿正直に言うこと聞いてんじゃねーよ、俺は小さい方が食いやすくて好きなんだよ……!)

 しばらくそうしていたが、頭上で鍋が吹きこぼれそうになる音がしたので慌てて立ち上がった。火力を弱めてなんとかシチューの完成だ。

 壁に掛けられた時計を確認した。藤城が帰ってくるまではまだ数時間ある。今までだったらなんとも思わなかったその数時間が待ち遠しいと感じてしまって、無駄にそわそわして落ち着かない。

 とりあえず一休みしようとソファーに腰掛けた未紘は、スマホを手に取った。トーク画面を開くと、ちょうど藤城からメッセージが届いた。

〈今日の夕飯なに?〉
〈カレー〉
〈やった。未紘のカレー好きだから楽しみ〉

 しばらく歯を食いしばって無言のまま画面を眺めていたが、やがて耐え切れなくなり、声にならない声をあげながらソファーにうつ伏せに倒れ込んだ。
 
(す、好きとか簡単に言うんじゃねえ、クソバカ藤城……っ!)

 わかっている、カレーが好きだと言われていることは。それでも彼が直接打ち込んだ『好き』の二文字がどうにも胸にくすぐったくて、どうしようもなく嬉しかった。

 最近の自分はおかしい。
 まず藤城のことが三割り増しでかっこよく見える。次に無駄に意識してしまって、そばにいるだけで息が詰まる。触れられようものなら大袈裟に動揺して、咄嗟に身をかわしてしまうぐらいだ。

 にも関わらず、藤城は変わらず未紘にベタベタくっついてくるものだから、正直勘弁してほしい。

(……藤城は俺のこと、どう思ってんだろ。あんなにベタベタ触るくせに、抱きたいとかは言ってこねーし)

 藤城に抱かれたのは、冬のあの一度きりだけだ。あれ以来彼は未紘に性的な接触を強いてくることはない。
 そもそもあの時だって、未紘のフェロモンを抑えるための荒療治みたいなものだった。他に意味はない。意識しているのは自分だけだ。

「……キス、したいって言ったら、引くかな……引くよなぁ」

 ソファーに顔の半分を埋めながら小さく呟くと、ピンポンと呼び鈴が鳴った。すぐにぱっと身体を起こして、小走りでインターホンの画面を確認しに行く。
 藤城だろうか。一瞬そう思ったが、映っていたのは予想外の人物だった。

「えっ……なんで?」

 ──九条絢音。
 それはまさしく、いつしか藤城と一緒にタクシーに乗り込んでいた、あの社長令嬢だった。



「ごめんねぇ、急に押し掛けたりして」

 ふわふわのピンクブラウンの長い髪が歩くたびに揺れている。ダイニングテーブルの前に腰を下ろした九条の前に、おそるおそる未紘も腰掛けた。

「……すんません、藤城は仕事なので」
「やだなぁ、そんなことは知ってるよ。今日は芹くんじゃなくて、番くんに会いにきたんだよぉ」
「俺すか?」

 ニコニコと笑っているがその目は全く笑っていない。さっきから殺気のようなものをグサグサと感じるし、「芹くん」と親しげに呼ぶ姿にモヤモヤとした気持ちになる。

「あの、その前に一つ聞いてもいいすか」
「うん、なぁに?」

 未紘はごくりと生唾を呑んで姿勢を正すと、じっと目の前の人を見つめた。玄関で出迎えたときからずっと気になっていたことだ。緊張を胸に、ゆっくりと口を開く。

「九条さんって、もしかして──おと、ぐっ……」

 言いかけた言葉は、のゴツゴツとした手のひらに吸い込まれていった。

「それ以上言ったらコロス」
「……っ!」

 とうとう殺気を隠しもしなくなった九条が、立ち上がって至近距離で未紘を睨み付ける。未紘は目を丸くしながら硬直していた。

 だって夢にも思わないだろう。

 実際に会ってみたら想像以上に低い声をしていたし、近くで見ると小柄の割には意外とがっしりとした体格をしているから、まさかなんて思ったが──九条が、男だとは。



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