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第2章『クラベール城塞都市決戦』編
第48話 戦略談義
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プリシティアとスタインが王下直轄部隊になってから2日程が経過していた。準備は整い、コウメイが出立する日ももう間もなくという段になっている。
(こいつは予想以上だったな)
そんな中、コウメイは自らの執務室で、スタインより提出された様々な書類に目を通しつつ感心の吐息を漏らしていた。
「いかがでしょうか」
「いや、満点以上だよ。ありがとう、助かるよ」
聖アルマイト国内で公務に従事する事務官は、総じて事務能力が低いというのがコウメイの評価だった。
報告書の類が、見にくい、読みにくい、分かり辛い、遅いというこの時点で最悪だったが、更に誤字脱字が多く、重ねて文法的な間違いも多いので、たまったものではない。地味ながら、これらのことがコウメイが苦しめている大きな要因の1つであった。
そもそも聖アルマイトの方針というか文化というか、管理や記録といった事務処理の部分はこれまでずっと杜撰な体制でずっとやってきたのだから、これはもう仕方ないーーそう考えていたコウメイにとって、スタインのこの能力は望外の幸運だった。
素早く丁寧且つ正確に--それだけではなく、本人の意見・提案・相談までも加味された完璧な報告書だった。今までにコウメイが1日がかりで処理していた量が、僅か半日ほどで終わる程の完成度。
部下としては最高の逸材。『この世界』に来て、コウメイは初めて『前の世界』の自分が如何に適当で上司が困っていたかと思い知る。まあ、あんな上司が困ったって、ざまあみろとしか思わないけど。
「驚いたね。これだけ完璧にやってくれると、本当にダイグロフ候に申し訳ない気持ちになってくるよ」
そう言って、コウメイはスタインの元上司にあたる人物へ感謝の念を抱く。今日中にでも感謝の手紙を送っておくか、と頭の片隅で考えていた。
一方スタインといえば、元帥という最高職位の1つに就く人間からこれだけ賞賛されれば、わずかに頬が緩んでいた。
「君の家はダイグロフ候の下では後方支援を任されていたと聞いているけど、やっぱりこういう管理系のことをやっていたのかな?」
スタインが作成した書類を、机にトントンを叩くようにしてまとめながらコウメイが聞く。
「そうですね。あくまで判断は当主である父が行っていましたが、私がやっていたのは事実をまとめて報告することと、私なりの提案などです」
「うんうん。避難民の受け入れ区画とか、日用品の配給計画とか、よく出来ているよ。下手に俺なんかが下手に口出さない方がいいくらいだ。きっと、旧帝国領で慣れているんだろうね」
現在旧ネルグリア帝国領で求められているのは、旧帝国民を抑圧することなく、秩序を安定させることだ。
スタインの書類は、避難民にとって必要なこと・困ることなどを、当事者の立場に立ちながらよく考えられている内容になっている。避難民=旧帝国民と置き換えると、実によくやってくれていたのだろうと容易に想像出来る。
そんな彼をこの王都で使っていいのかと、本当に迷ってしまうくらいだ。
「ただそういった領内政治だけではなく、帝国との戦時中や、現地の反勢力が武力蜂起した際には軍略的なことにも少々口を出していました。まあ、私はこの通りひ弱なので、本当に口を出すだけでしたが」
「ほほお」
冗談っぽく笑いながら、線の細い自分の身体を示すスタインに、身を乗り出すようにしてコウメイにうなずき、そのまましゃべり続ける。
「カリオス殿下含めて、戦争は武力と兵数の力押しだって人が軍人には多いからね。軍略なんて類の言葉を聞くのは、それこそフェスティア以外からは初めてだな」
その事実が、彼女が『女傑』という大陸に名だたる傑物と評される理由だとコウメイは思っている。そしてそれはすなわち、目の前の若者にも当てはまることだ。
コウメイは興味に満ちた目を細めて、笑いながらスタインに質問を投げかける。
「少し意見を聞きたいな。一般論でいいんだけど、君は戦争をする時、勝利するために必要なものは何だと思う?」
そのコウメイの問いに、スタインは考え込むようにして口に手を当てる。そのままスタインが沈黙を守っていると、彼の言葉を待つことなくコウメイが続けて言葉を挟む。
「ちなみに、カリオス殿下の答えは『一騎当千の英雄』だったよ。うーん、実にカリオス殿下らしいね」
それが聖アルマイト--いや、この世界における多数派意見となっている。暗黒時代に最強最悪の魔王を屠った勇者のような最強の英雄が1人でもいれば、確かに戦争で勝利することは容易い。
それは間違ってはいないとコウメイは考える。なにより、今直面している現実として、第1王子派はその勇者の血を引いたリアラ=リンデブルグ1人に大苦戦を強いられているのだ。
しかしコウメイの言葉を聞いてスタインはますます黙り込んでしまう。するとコウメイが更に続ける。
「んー、少し意地悪かな。別にスタインが何を答えようと、評価が下がるとかクビにするとかはないし、単純に君の考えが聞きたいだけだから気軽に考えて欲しい。カリオス殿下と同じ答えでもいいしね」
それはそれで面白みに欠けるが、という最後の本音は隠しておくコウメイ。
その言葉を受けてから更に1分程黙考したスタインは、ようやく口を開く。
「私の意見は、『食料』ですね」
「……へぇ、なるほど。中々興味深い。理由は?」
「その質問を聞いて、私がまず考えたのは『人の手でどうにかなるもの』です。カリオス殿下のお考えも間違いではないと思いますが、私の意見が違うのはそういった理由です。稀代の英雄など人がどうにかして生み出せるものではありませんから。
では私が戦争をする際にまず準備するのは何かを考えたところ……食料という答えに辿り着きました」
「どれだけ無敵の人間でもーーそれこそ勇者だろうがーー食べないと戦うどころか生きることも出来ないからね。食べないで生きることが出来る存在がいるとしたら、それは人間外だ。俺が聞いたのは人間同士の戦争における話だから、今回の質問には当てはまらない」
スタインの言葉を補足するようなコウメイの物言いは満足げであり、スタインに回答への納得が伺えた。
「個人的には元帥閣下のご意見にも興味があります」
思いも寄らず質問を返されて、コウメイは僅かに目を剥いた後に、すらりと答える。
「俺だったら『情報』かな。ちなみにプリシティアは?」
と、コウメイはこれまで同じ部屋にいながら、言葉を挟むどころか微動だにしていない護衛騎士代理に話を振ってみる。彼女はすっかり定位置となったコウメイのすぐ側に立っており、相変わらずの無表情のまま、彼女は少しだけ考え込んだ後
「私は、それを戦う魂だと考えます」
「――また妙な言葉を。つまり『士気』ってことかな」
頭をポリポリと掻いた後に、彼女の言葉に解説を加えるコウメイは、そのままスタインの方を向いて笑いかける。
「まあ、質問の答えに大して意味はないよ。考え方の違いはもちろんだし、それ以外にも王様・前線の兵士・後方の指揮官……それぞれの立場でも回答は変わってくるしね。俺は、カリオス殿下も、スタインも、プリシティアも、そして自分の答えもみんな正解だと思っているよ」
「はあ……」
その無難な感想の意図が読めないのであろうスタインは、気のない相槌を返してきた。
ちなみにコウメイの側に立つプリシティアは、自分が褒められたと思ったのか、無表情の仮面は崩壊し、嬉しそうに顔をキラキラと輝かせていた。コウメイはそれに気づきつつも、あえて取り合わなかったが。
「じゃあ、次はもう少し具体的な質問をしてみようかな。今起こっている第1王子派と第2王女派の戦争――今の局面で、何が重要だと考える? 知らない情報は言える範囲で教えてあげよう。少し、考えてみて欲しい」
次なるコウメイの質問を受け取って、スタインは敏感に察したようだ。おそらくこの上司は、自分の何かを試そうとしている。それこそ入隊試験と銘打った先日の問答とは別物――おそらく、ここで彼の期待するものを返せなければ、おそらく王下直轄部隊では一事務官に留まるであろう。
スタインは口元に手を当てながら、いくつかコウメイに戦況などの情報確認を重ねていく。それは単純に戦力差や兵力配置ではなく、物資や兵糧、その輸送経路などといったところまで及んでいた。
ある程度質問が落ち着いたところで、スタインはおもむろに結論を出す。
「――だとすると、フェスティアが現状で効率よく王都を攻略するには、ファヌス魔法大国を動かすことですね」
その、自身と同じ考えを述べた新しい部下に、コウメイは思わずぶるっと身を震わせた。
「現時点で実際に戦闘が発生しているのは、第2王女派と北方防衛線の2つです。
北方防衛線については、とりあえず現状のクルーズ団長の部隊だけで維持できています。
問題となるのは第2王女派に劣勢を強いられているジュリアス副団長の部隊です。但し、圧倒的に敗北しているわけではなく、懸命に食い下がることは出来ているように思えます。
これら以外の国内の主な戦力は、私が所属していた旧帝国領の統治部隊、ファヌスに備えている南方警戒部隊、王都守備隊、紅血騎士団といったあたりでしょうか。ただこれらの部隊は、今もそれぞれの場所で大切な役目を担っています。第2王女派の前線が崩れそうだからと、安易に動かせる部隊ではありません。
--しかし、いよいよとなればこれらは全て第2王女派との戦いに投入せざるを得なくなります。何せ国家存亡の危機ですからね」
ここで一度言葉を切って、コウメイの反応を伺うスタイン。コウメイは口を挟むことはせずに、黙って続きを待つと、その通りにスタインが続きを話し始める。
「相手は、確かに新白薔薇騎士団という厄介な戦力を有しています。ですが、ジュリアス副長の部隊だけで食い下がれているのならば、私が今言った4部隊を投入することで、第2王女派を押し返すことは難しいことではないと考えます。
そう考えると、最終的に第2王女派に敗北することは有り得ないのではないでしょうか……苦しい状況であることは確かですが、実は皆が思っている程に絶望的な状況というわけではないように感じます」
スタインがしゃべり続ける間、やはりコウメイは口を挟むことはしない。その内容に、時折何度もうなずきながら、満足な表情を浮かべている。
「全軍投入はリスクが高くて現実的ではないとはいえど、追い詰められたらせざるを得ません。相手指揮官のフェスティア=マリーンが、そのことを見越していないとも考えられない。すると、何か腹案を持っている可能性が高い。
ーー結論から言うと、フェスティアの狙いの本命は外交戦略にあると考えます。私がフェスティアの立場なら、正面から第1王子派を侵攻していくよりも、大陸の中でも聖アルマイトに匹敵しうる国力を持つファヌス魔法大国や、王都直上の小国家群へ外交戦略を持ちかけて、圧力を掛けていくように仕向けると思います。
長くなりましたが、以上のことから質問ーー現状の第2王女派との戦局における重要なものですが、私の答えは『ファヌス魔法大国の動向』となります」
「うーん、合格」
スタインが見ているのは、1つ1つの戦闘の勝敗ではない。内乱の終結ーーつまり目標ではなく目的を見ている。戦術レベルではなく、戦略レベルでの物の見方。
そして目的達成の手段の中に、戦闘以外の選択肢もきちんと入っている。
戦争を続けているうちに、勝利することが目的となり、やがては戦う事自体が目的となってしまう。これが常識のこの世界で、机上とはいえそういった物の考え方が出来るのは、フェスティアと同じく稀有なタイプと言えるだろう。
最初の質問も、次の質問も、正解などコウメイにも誰にも分からない。コウメイが言った通り、期待したのは回答の内容ではなく、スタインがどういう物の考え方をしているかだった。
そしてその採点結果は、今コウメイが口にした通り。
コウメイの言葉を聞いて、スタインは嬉しいというよりも、どこか安堵したように息を吐いていた。どうやらコウメイの意に叶ったと察したようだ。そして隣のプリシティアは、逆にどこか不満そうな顔をしている。
「――うん、なんとかなるだろう。きっと」
物の見方、考え方はコウメイの期待通り。立ち振る舞いや受け答えも貴族らしく、コウメイなんかよりもよっぽどしっかりしている。事務処理能力の高さも信頼が置ける。
懸念なのは実務能力と経験だが、それを言うならコウメイ自身にも跳ね返ってくることだし、リューゲルをサポートにつければ問題ないだろう。
後日、コウメイ元帥直々の推薦により、スタイン=リュズガルドは元帥補佐官に任命され、同時に南方外交担当官として、コウメイ不在の王都を支える立場となったのだった。
(こいつは予想以上だったな)
そんな中、コウメイは自らの執務室で、スタインより提出された様々な書類に目を通しつつ感心の吐息を漏らしていた。
「いかがでしょうか」
「いや、満点以上だよ。ありがとう、助かるよ」
聖アルマイト国内で公務に従事する事務官は、総じて事務能力が低いというのがコウメイの評価だった。
報告書の類が、見にくい、読みにくい、分かり辛い、遅いというこの時点で最悪だったが、更に誤字脱字が多く、重ねて文法的な間違いも多いので、たまったものではない。地味ながら、これらのことがコウメイが苦しめている大きな要因の1つであった。
そもそも聖アルマイトの方針というか文化というか、管理や記録といった事務処理の部分はこれまでずっと杜撰な体制でずっとやってきたのだから、これはもう仕方ないーーそう考えていたコウメイにとって、スタインのこの能力は望外の幸運だった。
素早く丁寧且つ正確に--それだけではなく、本人の意見・提案・相談までも加味された完璧な報告書だった。今までにコウメイが1日がかりで処理していた量が、僅か半日ほどで終わる程の完成度。
部下としては最高の逸材。『この世界』に来て、コウメイは初めて『前の世界』の自分が如何に適当で上司が困っていたかと思い知る。まあ、あんな上司が困ったって、ざまあみろとしか思わないけど。
「驚いたね。これだけ完璧にやってくれると、本当にダイグロフ候に申し訳ない気持ちになってくるよ」
そう言って、コウメイはスタインの元上司にあたる人物へ感謝の念を抱く。今日中にでも感謝の手紙を送っておくか、と頭の片隅で考えていた。
一方スタインといえば、元帥という最高職位の1つに就く人間からこれだけ賞賛されれば、わずかに頬が緩んでいた。
「君の家はダイグロフ候の下では後方支援を任されていたと聞いているけど、やっぱりこういう管理系のことをやっていたのかな?」
スタインが作成した書類を、机にトントンを叩くようにしてまとめながらコウメイが聞く。
「そうですね。あくまで判断は当主である父が行っていましたが、私がやっていたのは事実をまとめて報告することと、私なりの提案などです」
「うんうん。避難民の受け入れ区画とか、日用品の配給計画とか、よく出来ているよ。下手に俺なんかが下手に口出さない方がいいくらいだ。きっと、旧帝国領で慣れているんだろうね」
現在旧ネルグリア帝国領で求められているのは、旧帝国民を抑圧することなく、秩序を安定させることだ。
スタインの書類は、避難民にとって必要なこと・困ることなどを、当事者の立場に立ちながらよく考えられている内容になっている。避難民=旧帝国民と置き換えると、実によくやってくれていたのだろうと容易に想像出来る。
そんな彼をこの王都で使っていいのかと、本当に迷ってしまうくらいだ。
「ただそういった領内政治だけではなく、帝国との戦時中や、現地の反勢力が武力蜂起した際には軍略的なことにも少々口を出していました。まあ、私はこの通りひ弱なので、本当に口を出すだけでしたが」
「ほほお」
冗談っぽく笑いながら、線の細い自分の身体を示すスタインに、身を乗り出すようにしてコウメイにうなずき、そのまましゃべり続ける。
「カリオス殿下含めて、戦争は武力と兵数の力押しだって人が軍人には多いからね。軍略なんて類の言葉を聞くのは、それこそフェスティア以外からは初めてだな」
その事実が、彼女が『女傑』という大陸に名だたる傑物と評される理由だとコウメイは思っている。そしてそれはすなわち、目の前の若者にも当てはまることだ。
コウメイは興味に満ちた目を細めて、笑いながらスタインに質問を投げかける。
「少し意見を聞きたいな。一般論でいいんだけど、君は戦争をする時、勝利するために必要なものは何だと思う?」
そのコウメイの問いに、スタインは考え込むようにして口に手を当てる。そのままスタインが沈黙を守っていると、彼の言葉を待つことなくコウメイが続けて言葉を挟む。
「ちなみに、カリオス殿下の答えは『一騎当千の英雄』だったよ。うーん、実にカリオス殿下らしいね」
それが聖アルマイト--いや、この世界における多数派意見となっている。暗黒時代に最強最悪の魔王を屠った勇者のような最強の英雄が1人でもいれば、確かに戦争で勝利することは容易い。
それは間違ってはいないとコウメイは考える。なにより、今直面している現実として、第1王子派はその勇者の血を引いたリアラ=リンデブルグ1人に大苦戦を強いられているのだ。
しかしコウメイの言葉を聞いてスタインはますます黙り込んでしまう。するとコウメイが更に続ける。
「んー、少し意地悪かな。別にスタインが何を答えようと、評価が下がるとかクビにするとかはないし、単純に君の考えが聞きたいだけだから気軽に考えて欲しい。カリオス殿下と同じ答えでもいいしね」
それはそれで面白みに欠けるが、という最後の本音は隠しておくコウメイ。
その言葉を受けてから更に1分程黙考したスタインは、ようやく口を開く。
「私の意見は、『食料』ですね」
「……へぇ、なるほど。中々興味深い。理由は?」
「その質問を聞いて、私がまず考えたのは『人の手でどうにかなるもの』です。カリオス殿下のお考えも間違いではないと思いますが、私の意見が違うのはそういった理由です。稀代の英雄など人がどうにかして生み出せるものではありませんから。
では私が戦争をする際にまず準備するのは何かを考えたところ……食料という答えに辿り着きました」
「どれだけ無敵の人間でもーーそれこそ勇者だろうがーー食べないと戦うどころか生きることも出来ないからね。食べないで生きることが出来る存在がいるとしたら、それは人間外だ。俺が聞いたのは人間同士の戦争における話だから、今回の質問には当てはまらない」
スタインの言葉を補足するようなコウメイの物言いは満足げであり、スタインに回答への納得が伺えた。
「個人的には元帥閣下のご意見にも興味があります」
思いも寄らず質問を返されて、コウメイは僅かに目を剥いた後に、すらりと答える。
「俺だったら『情報』かな。ちなみにプリシティアは?」
と、コウメイはこれまで同じ部屋にいながら、言葉を挟むどころか微動だにしていない護衛騎士代理に話を振ってみる。彼女はすっかり定位置となったコウメイのすぐ側に立っており、相変わらずの無表情のまま、彼女は少しだけ考え込んだ後
「私は、それを戦う魂だと考えます」
「――また妙な言葉を。つまり『士気』ってことかな」
頭をポリポリと掻いた後に、彼女の言葉に解説を加えるコウメイは、そのままスタインの方を向いて笑いかける。
「まあ、質問の答えに大して意味はないよ。考え方の違いはもちろんだし、それ以外にも王様・前線の兵士・後方の指揮官……それぞれの立場でも回答は変わってくるしね。俺は、カリオス殿下も、スタインも、プリシティアも、そして自分の答えもみんな正解だと思っているよ」
「はあ……」
その無難な感想の意図が読めないのであろうスタインは、気のない相槌を返してきた。
ちなみにコウメイの側に立つプリシティアは、自分が褒められたと思ったのか、無表情の仮面は崩壊し、嬉しそうに顔をキラキラと輝かせていた。コウメイはそれに気づきつつも、あえて取り合わなかったが。
「じゃあ、次はもう少し具体的な質問をしてみようかな。今起こっている第1王子派と第2王女派の戦争――今の局面で、何が重要だと考える? 知らない情報は言える範囲で教えてあげよう。少し、考えてみて欲しい」
次なるコウメイの質問を受け取って、スタインは敏感に察したようだ。おそらくこの上司は、自分の何かを試そうとしている。それこそ入隊試験と銘打った先日の問答とは別物――おそらく、ここで彼の期待するものを返せなければ、おそらく王下直轄部隊では一事務官に留まるであろう。
スタインは口元に手を当てながら、いくつかコウメイに戦況などの情報確認を重ねていく。それは単純に戦力差や兵力配置ではなく、物資や兵糧、その輸送経路などといったところまで及んでいた。
ある程度質問が落ち着いたところで、スタインはおもむろに結論を出す。
「――だとすると、フェスティアが現状で効率よく王都を攻略するには、ファヌス魔法大国を動かすことですね」
その、自身と同じ考えを述べた新しい部下に、コウメイは思わずぶるっと身を震わせた。
「現時点で実際に戦闘が発生しているのは、第2王女派と北方防衛線の2つです。
北方防衛線については、とりあえず現状のクルーズ団長の部隊だけで維持できています。
問題となるのは第2王女派に劣勢を強いられているジュリアス副団長の部隊です。但し、圧倒的に敗北しているわけではなく、懸命に食い下がることは出来ているように思えます。
これら以外の国内の主な戦力は、私が所属していた旧帝国領の統治部隊、ファヌスに備えている南方警戒部隊、王都守備隊、紅血騎士団といったあたりでしょうか。ただこれらの部隊は、今もそれぞれの場所で大切な役目を担っています。第2王女派の前線が崩れそうだからと、安易に動かせる部隊ではありません。
--しかし、いよいよとなればこれらは全て第2王女派との戦いに投入せざるを得なくなります。何せ国家存亡の危機ですからね」
ここで一度言葉を切って、コウメイの反応を伺うスタイン。コウメイは口を挟むことはせずに、黙って続きを待つと、その通りにスタインが続きを話し始める。
「相手は、確かに新白薔薇騎士団という厄介な戦力を有しています。ですが、ジュリアス副長の部隊だけで食い下がれているのならば、私が今言った4部隊を投入することで、第2王女派を押し返すことは難しいことではないと考えます。
そう考えると、最終的に第2王女派に敗北することは有り得ないのではないでしょうか……苦しい状況であることは確かですが、実は皆が思っている程に絶望的な状況というわけではないように感じます」
スタインがしゃべり続ける間、やはりコウメイは口を挟むことはしない。その内容に、時折何度もうなずきながら、満足な表情を浮かべている。
「全軍投入はリスクが高くて現実的ではないとはいえど、追い詰められたらせざるを得ません。相手指揮官のフェスティア=マリーンが、そのことを見越していないとも考えられない。すると、何か腹案を持っている可能性が高い。
ーー結論から言うと、フェスティアの狙いの本命は外交戦略にあると考えます。私がフェスティアの立場なら、正面から第1王子派を侵攻していくよりも、大陸の中でも聖アルマイトに匹敵しうる国力を持つファヌス魔法大国や、王都直上の小国家群へ外交戦略を持ちかけて、圧力を掛けていくように仕向けると思います。
長くなりましたが、以上のことから質問ーー現状の第2王女派との戦局における重要なものですが、私の答えは『ファヌス魔法大国の動向』となります」
「うーん、合格」
スタインが見ているのは、1つ1つの戦闘の勝敗ではない。内乱の終結ーーつまり目標ではなく目的を見ている。戦術レベルではなく、戦略レベルでの物の見方。
そして目的達成の手段の中に、戦闘以外の選択肢もきちんと入っている。
戦争を続けているうちに、勝利することが目的となり、やがては戦う事自体が目的となってしまう。これが常識のこの世界で、机上とはいえそういった物の考え方が出来るのは、フェスティアと同じく稀有なタイプと言えるだろう。
最初の質問も、次の質問も、正解などコウメイにも誰にも分からない。コウメイが言った通り、期待したのは回答の内容ではなく、スタインがどういう物の考え方をしているかだった。
そしてその採点結果は、今コウメイが口にした通り。
コウメイの言葉を聞いて、スタインは嬉しいというよりも、どこか安堵したように息を吐いていた。どうやらコウメイの意に叶ったと察したようだ。そして隣のプリシティアは、逆にどこか不満そうな顔をしている。
「――うん、なんとかなるだろう。きっと」
物の見方、考え方はコウメイの期待通り。立ち振る舞いや受け答えも貴族らしく、コウメイなんかよりもよっぽどしっかりしている。事務処理能力の高さも信頼が置ける。
懸念なのは実務能力と経験だが、それを言うならコウメイ自身にも跳ね返ってくることだし、リューゲルをサポートにつければ問題ないだろう。
後日、コウメイ元帥直々の推薦により、スタイン=リュズガルドは元帥補佐官に任命され、同時に南方外交担当官として、コウメイ不在の王都を支える立場となったのだった。
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