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第2章『クラベール城塞都市決戦』編

第75話 クラベール城塞都市決戦(Ⅶ)ーーそれぞれの戦場

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 コウメイから提案された、城塞都市内防衛戦ーーそれに基づいてラディカルが予測・準備した内容、ほぼその通りに戦況は動いていた。

 具体的な内容を考えたのはラディカルだったが、そもそもその発想を出したコウメイに、ラディカルは素直に感心していた。

 勢いのまま城塞都市内に突っ込んできた敵部隊は、準備万端に待ち構えていたこちらの罠によって完全にパニックに陥っていた。

 懸念だったクリスティア=レイオールについては、城塞内での発見報告は今のところない。ジュリアスが正門前で上手く止めているのだろう。

 全ては作戦通り。順調に敵を追い詰めることが出来ている。

「本当に大したもんだな。あの兄ちゃんは」

 お調子者のように見えつつも、謙遜と言うには弱気過ぎる発言が多く、ラディカルも信頼していいんだかどうだか迷う部分があった。しかしこうしてコウメイが言った通りになっている戦況を目の前にすれば、やはり信頼と関心の念を禁じ得ない。

「将軍! 6地区が突破されて、7地区に新しい部隊が!」

「――あん?」

 唐突且つ慌てたような報告に、ラディカルは訝しげな声で返答する。

 6地区も7地区も完全に敵部隊を制圧し、既に戦局は落ち着いていたはずの区域だ。

(まさか、クリスティア=レイオールが入ってきやがったか? それともミリアムか?)

 超人的な力でもって封鎖した街道を突破したというのか。

 万が一7地区も突破されるようなことがあれば、住民が避難している区画へ敵の侵攻を許すこととなってしまう。

 --ラディカルの背中に嫌な汗が流れる。

「手が空いてる部隊を集めて、至急向かわせろ! 俺も行く! 相手は誰だ!」

 相手がクリスティアだとして、果たして自分に勝ち目があるのであろうか。あのジュリアスでさえ勝負にならなかったと聞く。

(やっぱり、そうそう楽はさせてもらえねぇよな。ここいらが正念場か!)

 どんなに相手が強かろうが、それでもやらなければ。それが自ら都市防衛を買って出た自分の役目だ。強力なフェスティア部隊を相手に、ここまでの戦局を作ったコウメイの努力を無駄にしてはいけない。

 そうして、急ぎ戦場へ向かおうとするラディカルの背に向けて、部下の1人が恐る恐る震える声で報告を上げる。

「て、敵は……龍の爪将軍ルルマンドです!」

   ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 城塞都市正門前の乱戦。

 立ち塞がってくる龍牙騎士達を斬り伏せながら、クリスティア=レイオールは眉をひそめていた。

(……妙ね)

 先行させたルルマンド部隊は容易く城塞都市に入ったにも関わらず、クリスティア部隊は未だに防衛部隊を突破出来ていない。ここまでの乱戦の中、クリスティアは自らの部隊に対しては執拗に進撃を阻まれているように感じていた。

 それに、何故城塞都市の正門は開放されていたのか? あれではまるで入ってこいと言わんばかりではないか。そういえば外壁上に配置されている兵士も見当たらない。不自然だ。

 これではまるで最初から外壁を利用しての防衛戦など想定していないようだ。都市内での戦いを前提にしているような――

(嫌な予感がする……)

 クリスティアは、相変わらずのその圧倒的なで、戦場に出てきている龍牙騎士を蹂躙していくのだが、不吉な予感から焦燥に駆られていた。

 とにかく、一刻も早く自分が都市内へ攻め入らなければ。何を企んでいるのかは知らないが、自分がいけば多少の小細工などでは問題にならないはず。一応フェスティアによる『仕掛け』はあるが、それでもルルマンドでは何かと不安だ。

 そうしてクリスティアは一目散に城塞都市へ向けて進撃を開始する。進むにつれて激しくなる龍牙騎士達の必死の攻撃――それをいとも容易く撃退しながら、他の兵士が付いてこれないのも構わず、1人で突き進む。

 そして最後の龍牙騎士の1人を打ち倒し、いよいよ彼女を止める者がいない――そんなタイミングで、本当の最後の1人が彼女の前に立ち塞がってくる。

 その人物は、城塞都市へ向かっていたクリスティアに横から斬りかかってくる。その重い一撃をクリスティアは剣で受け止めて、その人物を目視で確認する。

「――ジュリアス……!」

「クリス! ここから先には行かせません!」

 隻眼の龍牙騎士、今は龍牙騎士団副団長を務めているジュリアス=ジャスティンだった。

 2人はお互いの姿を認めると、共に後方に下がって距離を取る。

「人の邪魔ばっかりしやがって……殺してやるよ、ジュリアス!」

「今日ここで、必ず貴女を止めて見せます、クリス!」

 かつてお互いを親友と、仲間と認め合った者同士。

 龍牙騎士副団長ジュリアス=ジャスティンと新白薔薇騎士クリスティア=レイオールの死闘が始まる。

   ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 両軍の本隊同士がぶつかっている最前線。

 フェスティアは危なげなく敵部隊を押し込んでいる戦況を後方から見ながら、顎に手を当てていた。

「――上手く行き過ぎているわね」

 先ほどは、相手を買いかぶり過ぎだったと評価していた。しかしここまで呆気なさ過ぎると、かえって疑念が強くなっていた。

 真っ向から勝負すれば、地力で劣る新白薔薇騎士相手にこうなることなど、分かり切っていたことではないか。

 いく敵の本命が兵糧を襲う強襲部隊とはいえ、囮となるコウメイ本隊について何も備えが無さすぎる。

(突撃部隊を追撃しなかったのは、城塞都市には何か備えがあるから? だとしても、今この場にいる敵本隊があまりにも脆すぎるわ)

 このままでは、そう時間もかからずにコウメイ部隊を壊滅させてしまう。

 仮に城塞都市の備えでこちらの攻撃を防ぎ、尚且つ兵糧強襲が上手くいったとしても、その前にコウメイ率いる本隊が壊滅してしまっては元も子もない。

 あまりにも呆気なさすぎるこの状況は、フェスティアに不自然さを感じさせるのだった。

(……コウメイを無能と侮るのは厳禁よ。何か策があるはず)

 優勢に戦争を進め、意気揚々とする部隊の中、唯1人神妙な顔つきをするフェスティア。

 必死にコウメイの読みを探るが――

 彼女が出した結論は“分からない”だった。

「――ふ」

 そして、気づく。それこそがコウメイの狙いなのだろうと。

 こちらに疑念を抱かせ、考えても分からないことで悩ませて、動揺させることが狙いなのだ。

 しかし、いくら考えても分からないのなら悩む必要などない。下手に悩んで攻め手を変えることは、相手に付け入る隙を与えることとなる。

 動揺して攻め手を変えること--例えばここでコウメイの秘策などを懸念して、後方からリアラを引っ張ってくる、などの愚策など絶対に犯してはいけない。実は、変に勘繰っていたフェスティアの頭には、その選択肢もあり得ると思っていたのだが。

 リアラの力無くして有利に事を進めているのだから、このままでいいのだ。根拠のない違和感を理由に余計なことをやる必要などない。

「私としたことが……でも、なかなか小細工は上手なようね、コウメイ」

 戦力では敵わないから、精神的な不安を誘って自滅させようとしてきているであろう敵の戦略――確かに、これは今までにフェスティアが相手にしたことが無いタイプだった。

 しかし、彼女は決して動揺することもなく、ただひたすらに正攻法を突き通していくのだった。

□■□■

 一方コウメイ部隊は、ジリジリとフェスティア部隊に戦線を押し込まれており、確実に追い詰められつつあった。そんな中でも少しでも長く戦線を支えるように、コウメイは必死に指示を飛ばしていた。

「--ち。そろそろ敵も、おかしいと思い始めて良い頃合いなんだけどな」

 敵の突撃部隊がコウメイ部隊を突破していった以降は、敵は大きな動きを見せていない。ただひたすらジワジワと、その地力の差で押し込んでくるだけだ。

 こちらの無策さで敵を動揺させて、隙を作る。指揮をしているのが優秀なフェスティアであれば尚更効果的だろうと思っていたのだが、敵の動きには全く揺らぎがない。こうまで正攻法で来られてしまえばどうしようもなかった。
 
「そろそろまずいがよ、コウメイさ!」

「分かってるよ!」

 コウメイもプリシティアも、いや部隊全体に焦りが出始めている。死傷者の数が増えてきており、部隊としての体を保つ限界が見え始めてきたのだ。

 現状の余裕さに違和感を持たない程鈍感なのか、それとも優秀が故に揺るがないのか――おそらくは後者だろう――こちらが付け入る隙を、フェスティアは全く見せない。ただただ正攻法で、正面から押してくるだけだ。

 努めて冷静且つ客観的に現状を顧みて、コウメイは判断する。

「限界、だな」

 もうこれ以上は耐えられない。決断の時だ。

(大丈夫……大丈夫だ。予想以上に苦しいのは確かだけど、フェスティアは強襲部隊にはまだ気づいていないはずだ。このまま奴の意識を引き付けられれば、兵糧強襲は必ず成功する。こちらの勝ちだ。だから今この時がベストのはず)

 いよいよ、この戦いを決定付ける最終判断ーー強襲部隊の突撃の合図だ。それは本作戦におけるコウメイの最後の仕事と言って良い。その後にコウメイが出来ることといえば、役目を与えたそれぞれが仕事を全うすることを祈ることくらいだ。

(敵も引き付けるだけ引き付けた。部隊ももう限界――これ以上の被害は、受け入れられないっ!)

 コウメイは息を飲んで手を上げる。そして意を決したように

「合図をっ! 全部隊、総攻撃だ! 何としても敵の兵糧を焼き払うんだっ!」

 どんどん激化してく戦場の中、渾身の力を込めて叫ぶコウメイ。

 その胸中で思いを託すのは--

(頼むぞ、リューイ……!)

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 かくして戦局は大きく3つに分かれた。

 城塞都市内ラディカルVSルルマンド。

 城塞都市前ジュリアスVSクリスティア。

 最前線コウメイVSフェスティア。

 そしてこれに更に1つの戦場が加わる。

「龍騎士殿、突撃の合図が出たようだ」

 フェスティア部隊の兵糧強襲部隊として配置されているのは龍騎士リューイ=イルスガンド。そして今回彼の補佐をするべく配置されたのは、龍牙騎士ルエンハイムだった。

「――ありがとうございます。ルエンハイムさん」

 妙に落ち着いた様子で答えるリューイ。

 ルエンハイムは、自分よりも若く経験も少なくして、聖アルマイト最高の称号である“龍騎士”の叙勲を受けた彼に、疑念を抱かずにはいられない。

(大丈夫か……?)

 これから自分達は、人類最強と言われる勇者に挑むこととなる。それにしては、今のリューイの様子は覇気に欠けて、頼りなく見えるのだった。

□■□■

(俺ではリアラに敵わない)

 それは、先の第1防衛線の戦いで思い知った。

 まともに剣を打ち合うことすら出来ず、いとも容易く彼女の前に倒れた。リアラからすれば敵どころか路傍の石にすらならないのが、今のリューイの実力だった。

 かつて世界を救った勇者という存在に、何の能力もない凡才に過ぎない自分など到底勝てるはずもない。これはリューイにとっては、初めから勝ち目などない戦いなのである。

(それでもやれることは、ある)

 リューイは意を決したように息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。

「では、行きましょう。必ず成し遂げてみせます」

 静かな口調だったが、そこには確かに強い意志が込められていた。

 龍騎士は、勝ち目のない勇者との戦いに臨む。
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