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第一章 神霊の森

第41話 森からの脱出

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「げほっ、げほっ」

 咳き込むと同時に意識が覚醒する。
 うっすらと目を開けると、スノウと見知らぬ四人が私を覗き込んでいるようだった。

「気が付いたか!」

「よっしゃ!」

「やった!」

「よかった……」

「がうがう!」

 ぼーっと眺めているとそれぞれの声が聞こえてくる。

「あえ……?」

 目の焦点が合わずぼやける視界の中、発した言葉はろれつが回っていなかった。
 スノウが顔を近づけてくるとひたすら舐めまわされる。

「あ、こら……、やめろって」

 なんとか止めようとするけど体中に力が入らない。というか寒い。全身ががくがくと震えてどうしようもない。
 初めて遺跡で目が覚めた時よりひどい気がする。あの時は確か起き上がって歩けたはずだ。

「よし、今すぐ火を起こすから待ってろ!」

 そこによく知らない男の声が聞こえてくる。
 ぼんやりとした視界の中で、誰かが何かの準備をしてくれるのを待っていると。

「火よ」

 誰かが魔術で火をつける。次第に火が大きくなってきて温かさを感じられるようになってきた。

「すぐに着替えさせよう」

「ああ、そうだな」

「……マリン、頼めるか?」

「ああ、アタシに任せておきな」

 何やら四人の間でいろいろと話が進んで行く。
 マリンと呼ばれた女の人が私に近づいてくると、服に手を掛けて脱がせ始めた。抵抗しようにも体が動かないため、なすすべなく脱がされる。服を全部剥かれたところで驚かれた気がしたけど、布で体をぬぐって綺麗にしてくれる。濡れた髪も拭ってくれるようなので、もうすべて任せることにした。

 とここにきてようやく、生きている人間に出会っていることに愕然とする。

 ――もしかして森を抜けた?

 ぶかぶかの大人の服を着せられながら目を見開いてあたりに視線を投げかける。広い範囲にわたって木は生えておらず、草原が続いている。川は相変わらずの濁流だが、森の気配は感じられない。

「もり……、ぬけたんだ……」

 ホッと安心したら涙が流れてきた。

「あ、ど、どうしたんだ!」

 私を着替えさせてくれていたマリンが急に慌てだす。

「もう大丈夫ですからね」

 もう一人の女性も近づいてくると、安心させるような笑顔でそっと頭を撫でてくれる。スノウもそっと寄り添ってくれると温かい。安心した私はまた意識を失った。



 次に目が覚めるとスノウの背中の上だった。どうやらどこかに向かっているようで、周囲の景色が流れていっている。
 私が起きたことに気付いたスノウが立ち止まり、それに気づいて前を歩いていた四人も振り返る。

「起きたか」

 声を掛けられたのでそちらのほうを向くと、うつ伏せになっていた状態からスノウの背に座るように上半身を起き上がらせる。動けるようになっているみたいで一安心だ。
 キョロキョロと辺りを見回すと、人が四人とスノウしかいない。

「あれ? シュネーは?」

「……シュネー?」

 キースはまぁどうでもいいとして、スノウの母親であるシュネーがいない。
 思わずこぼれた言葉に前を歩いていた男が反応するけど、周囲を見通せる草原にいてシュネーがいないなんて、近くにいないことになる。

「がうがう」

 シュネーは森に帰ったとスノウが教えてくれたけど、ホントに?
 一瞬呆然とするも、後ろを振り返って森へと視線を向ける。スノウからは「ぼくたち・・・・はもう一人前」と伝わってくると。

「あっ……」

 シュネーから受けたスパルタ訓練の最後の日を思い出した。ポンと頭を撫でられたあの日を。

「そうか……。そうだよね……」

 シュネーの思いを今更ながら実感する。
 確かにあの日、私たちはシュネーに認められたんだ。さすがに大人として……というわけじゃないだろうけど、きっと森の中を進めるくらいにはなったんだと思う。実際に今まで旅をしていて、シュネーが手を出してきたことはなかった。

「ありがとう、シュネー」

「がおおおぉぉぉん!」

 感謝の言葉にスノウも振り返って声を上げる。
 しばらくすると森からシュネーの返事が返ってきた気がした。何も聞こえなかったけど、何かを感じたのだ。

「じゃあ行こっか」

「あ、ああ。もういいのか?」

「うん」

 何があったのかいまいちわかっていない男にうなずくと、またみんなで歩き出す。

「あ、そういえば」

「どうした?」

 思い出したように声を上げると、歩みを止めずに男が振り返り他の三人からも注目される。

「えっと、助けてくれて、ありがとうございました」

 頭を軽く下げるとぽかんとした表情の四つの顔が返ってきた。

「あ、ああ、そんなことか。別に気にしなくていいぞ」

「そうね。アタシたちも無我夢中だったし」

 お互いに顔を見合わせて苦笑する四人。
 いつしか歩みも止まっており、全員で向かい合う形になっていた。

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はクレイブ。パーティ『フォレストテイル』のリーダーをやっている探索者だ」

 がっしりとした体型の赤髪をした男だ。腰に二本の剣を提げていて軽鎧を身に纏っている。

「おれっちはトールですねぃ」

 四人の中で一番重装備の、橙色の髪の男が次に紹介する。大きな盾を背負っていて鎧も重厚感あふれる装備だ。

「アタシはマリンよ」

 一方女性陣は軽装で身軽そうだ。緑の短髪をした活発そうな人がマリンという名前らしい。腰に短剣が左右に二本ずつ装備されている。

「私はティリィと言います」

 見た目だけで魔術士と判断できそうなローブを纏っている、銀髪のロングストレートの彼女が最後に自己紹介を終えた。

「あたしは――」

 同じように自己紹介をしようとして、一瞬言葉に詰まる。サイラス・アレイン・ラルタークという名前が浮かんだが、以前のように少しだけ寒気と震えに襲われる。

 ――そうだ。

 私はあのときに決めたんだ。

「あたしの名前はアイリスって言います」

 これからはアイリスとして生きていくんだって。
 決意を胸に前を見据えると、自分の名前を宣言した。
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