DD!~ドーテイ刑事(デカ)の事件簿~

藤崎岳

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第2章 あぶないラッキー

1話②

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「おい」 

 荒間署を出て少しして、前を歩く晃司が足を止めた。俯いて歩いていた大輔は前を見ていなかったので、晃司の背中にコツンとぶつかる。 

 「あ、すいません……」 

  顔を上げると、振り向いた晃司と至近距離で目が合った。 

 (やばっ) 

  そんな顔をしてしまったのだろうか、晃司がムッと顔をしかめる。 

 「なんだよ、感じわりぃなぁ」 

 「す、すいません……」 

  あんたのせいだ、とは言えず、また俯いてしまう。すると頭上で舌打ちが聞こえた。怒られるだろうと思ったが、晃司は意外な言葉を口にした。 

 「……悪かったよ、この前は」 

  ごめん。とも晃司は言った。謝っているとは思えない、不機嫌そうな声で。 

  ソロソロと顔を上げると、晃司は口を尖らせて子供のようにいじけていた。大輔は思わず噴き出してしまった。 

 (オッサンがいじけてやがる) 

  急に大輔の胸が軽くなった。大輔が笑うと、晃司もホッとしたような顔をする。それからまた前を向き、歩き出した。 

 「もうあんなことしねぇから……怖がんなよ」 

  そう言った顔は、多分さっきみたいにいじけた子供のようなのだろう。見えない晃司の顔を想像すると、大輔は声を立てて笑ってしまった。 晃司は無言だったが、照れて怒っているのが背中越しでもわかった。 

  これだけのことで、晃司への苦手意識はうんと薄くなった。困った人だ、と思うだけになった。面倒くさい奴、と。 

  中々大輔の笑いが収まらないと、さすがに晃司が怒って「うるせぇぞ!」と怒鳴ってきた。

 大輔は笑いをかみ殺し、「すいません」と言って晃司の隣に並んだ。晃司はちょっと驚いて、それを隠すように平静を装ったが、歩くスピードがわずかに上がったことを、大輔は見逃さなかった。 

  そうして二人並んで歩き、五分ほどでピーチバナナのビルに着いた。数年前の風営法改正で風俗店は深夜営業が出来なくなったため、最近の北荒間は昼から営業する店が多い。ピーチバナナのビルも何店か開いているようで、わずかながら人の出入りがあった。 

  真昼間から男二人連れで風俗ビルに入っていく自分たちは、周りからどう見られているのだろう、と複雑な気持ちになる。実際は、北荒間が長い人間なら警察だとすぐにわかるのだが。 

  エレベーターで、ピーチバナナの入る五階に上がる。エレベーターを降りるといきなり、なにやら物騒な声が聞こえてきた。 

 「……いい加減にしろよ、このオカマ!」 

  物騒な声は、ピーチバナナからだ。二人は急いで店に向かった。 

 (や、ヤクザ?) 

  ここは北荒間である。大輔は自然とそう考えた。しかし、ピーチバナナの店内にいたのは——年若いヤンキーだった。 

 「はいはい、どうしたどうした?」 

  先に店に入った晃司が、ことさらのん気な声を出す。すると店にいる三人のヤンキーが「ああん?」と晃司に凄んだ。 

  大輔は少し、気抜けした。背が高くて歯が抜けた男もいるが、全員ぜいぜい二十歳過ぎぐらいの若者だ。やたらとダボットとした服装で、揃えたように金のチェーンを首に巻いている。しかし皆、アメリカギャングの黒人のようにはごつくない。機動隊並みの颯一郎や、いかつい警察官を見慣れている大輔にすれば、ただの不良にしか見えなかった。 

 (なんでこんなガキが⋯⋯昼から風俗店に?) 

 「遅いわよ~、お巡りさ~ん」 

  背の高い不良少年たちの向こうから、不気味なシナを作った声がする。フロントのカウンターの中にいる、ピーチバナナの店長——マヤだ。 

  マヤはスラリとした美丈夫——年はそこそこいってそう——なのだが、心は女性なのだという。大輔は、いまだ慣れない人種に困惑して硬い愛想笑いを浮かべた。 

 「お、お巡り?!」 

  エセギャングたちが顔色を変えた。晃司がスーツから警察手帳を取り出し、若者たちの眼前に翳す。 

 「そうだよ、荒間署のモンだ。それで店長さん、なにがあったんですか?」 

 「それがね、この人たち、うちで遊んだら性病うつされたって言うの! うちの子たちは全員、毎月検査受けさせてるのに!」 

  言いがかりよ! とマヤは甲高く叫んだ。 

 「しかも、治療費寄こせって脅すのよ~!」 

 「あ、おい!」 

  エセギャングの一人が慌てる。どうやら、本当にただの言いがかりらしい。 

 「それで、誰が性病うつされたんだ? つうかそれ、本当にここでうつされたって証明できんのか?」 

  ん? と晃司がエセギャングに詰め寄る。きつい口調ではないがどこか迫力がある。腐っても生安課の刑事、というところだろうか。 

  エセギャングたちはアッサリ晃司に負け、「チッ」と舌打ちだけは大きく、店を出ていった。その幼さの残る背に晃司が声をかける。 

 「あんまり調子こいてると、さすがに景成会が黙ってないぞ!」 

  うるせぇ! と怒鳴り声が返ってきたが、バタバタと騒々しい足音はすぐに聞こえなくなった。 

 「あのさぁ店長、こんなことで俺らを呼びつけんなよ」 

  エセギャングが消えると、晃司はマヤに向き直った。心底面倒くさそうである。 

 「警察は用心棒じゃねぇっつうの」 

 「なによ、あんたたちがヤクザを厳しく取り締まるから、景成会の兄さんたちに頼れなくなったんじゃない。用心棒ぐらいしなさいよね」 

  海千山千の風俗店店長は、エセギャングと違って生安課の刑事相手でも微塵も怯まない。晃司が憎たらしそうに顔を歪め、マヤがフフンと鼻を鳴らした。 

  マヤの余裕の勝利である。 

 「それよりそっちの新人の刑事さん。この前も思ったけどやっぱり可愛いわねぇ。警察なんかやめて、うちで働かない?」 

 「え?」 

  突然のスカウトだった。大輔は上手く切り返すことができず、余計にマヤを喜ばせた。 

 「やだ~ん! 超可愛い! 食べちゃいたいわ~!」 

 「おいババァ! うちの新人で遊ぶんじゃねぇよ! んなことより、警察を用心棒に使ったんだ。なんかあんだろ?」 

  大輔はドキッとした。少し前、生活安全課の警察官と、風俗店の癒着が問題になった。ここで言うも賄賂の類かとヒヤリとしたのだが、マヤはただつまらなそうに喋り出した。 

 「もう、感じの悪い男! ……うちのビルの七階に、しばらく空いてる部屋があったんだけど、最近人が入ったのよ」 

 「……それで?」 

 「出入りするのは二、三人の男。最初はデリヘルの事務所かと思ったんだけど、初日にパソコンとかでっかい機械がいくつも運び込まれて……数日後に、大量の段ボールが届いてた。中身は、空のDVDだったわよ」 

 「コピー屋か」 

 「多分ね」 

  大輔は、この段階では話の内容をまったく理解できていなかった。しかし二人の間の、何気ない会話でありながら緊迫した雰囲気に気圧されて口を挟めない。 

  なにやら情報を得たことはわかるが、晃司は相変わらず不機嫌そうだ。 

 「お前がチクるってことは……そのコピー屋、景成会の息がかかってないってことだな?」 

  その問いに、マヤは答えなかった。ハッキリ無視して、ソッポまで向いた。 

  晃司がまた大きな舌打ちをする。それからクルリと踵を返し、「大輔、帰るぞ」と店を出ていった。 

 「え?! は、はい!」 

  わけがわからず慌てる大輔にマヤから——。 

 「いつでも遊びに来てね、ならサービスするわよ」 

  ムチュ——とかなり濃厚な投げキッスが飛んできた。思わず、よけたくなる。 

  苦笑いでペコッと頭を下げ、晃司を追う。晃司はエレベーターホールでカチャカチャと行き先階ボタンを連打していた。 

 「あ、あの、小野寺さん」 

  状況を知りたい大輔に、晃司がシッと口の前に指を立てる。それから二人は無言でエレベーターに乗り込み、ピーチバナナのビルを出るとようやく晃司が口を開いた。 

 「ここの七階に、違法DVDの生産拠点が入ったらしいって、マヤは教えたんだよ。用心棒代がわりに」 

 「な、なるほど……。市民の勤めを果たして通報してくれたわけ……」 

 「バ~カ! 違ぇよ! ピーチバナナは景成会の店なんだよ。そこの店長が警察にチクるってことは、七階の奴らは景成会じゃないってこと。つうより、景成会のシマの北荒間で、新規に商売始めようっていう奴らが邪魔なだけなんだよ」 

  大輔は目を丸くし、もう一度「なるほど」と呟いた。晃司は苦々しく続ける。 

 「ったく、恩着せがましく情報流したような顔しやがってさ、あのタヌキ店長。ようは、自分の男のシマ荒らす連中を、俺らに体よく押しつけたんだよ」 

  せっかく理解したつもりだったが、また大輔の頭の周りにハテナマークが飛ぶ。その様子を見た晃司が、面倒くさそうに教える。 

 「あのマヤって男女、景成会の幹部のイロなんだよ」 

 「あ~……」 

  なるほど、と三度頷いて、混乱する頭をなんとか鎮める大輔は、「勉強だ」と言った原の意図を理解した。 

 (これが……俺の仕事……) 

  荒間署生活安全課保安係。中々厄介な仕事である。 
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