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第3章 憧れの人
4話
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翌朝。大輔は二日酔いのようなテンションで目を覚ました。
しかし、それは酒のせいではない。
自室のベッドから置き出し、ベランダに面した窓のカーテンを開ける。スッキリと晴れた青空を見上げても、晃司のことを思い出すと悔しくて涙目になる。
この暗く沈んだ気持ちは、晃司のせいだ。
「香」と呼んだ声を、ハッキリと思い出せる。そのたび、ツキンと胸が痛んで気分が沈む。
ふと、味噌汁のよい香りがしてきた。こんな時、実家暮らしのありがたみを感じる。二十六歳の息子のために、今朝も朝食を作ってくれた母に素直に感謝した。
暗い気分を隠して階下に下りていく。顔を洗ってキッチンに行くと、母はキッチンと続くリビングで朝のワイドショーを見ていた。
「おはよう」
声をかけても母は振り返らず、「おはよう」とだけ返した。冷たい反応を疑問に思い、母が夢中になっているテレビ画面に目を向ける。
大輔はそのまま立ち尽くした。 ワイドショーでは、永田の殺人事件が扱われていた。
母が驚いた顔で振り返る。
「永田先生が殺されたって……本当なの?」
息子たちが通った剣道場の館長を、母ももちろん覚えていた。大輔は数カ月しか通わなかったが、兄の和樹が何年も通っていたため、母も父も、永田とは面識があった。
「大輔、知ってたんじゃないの? 早く教えてくれたら……お通夜に行ったのに」
母は礼を欠いたと悔やんでいるようだった。大輔を責めるような言葉に、いら立つ。
「もうなんの関係なかったじゃん。兄ちゃんだって、やめて何年も経ってるし」
「そういえば……和樹は知ってるのかしら? 最近荒間の友達と会うって言ってたから、きっと聞いてるわよね」
「……え?」
大輔は、低い声で訊き返した。
「あの子、結婚の報告に荒間の友達と会うって話してたのよ。だから、荒間に行くなら永田先生にもご挨拶に行きなさいよって言ったの。あの子面倒臭そうだったけど、行くようなこと言ってたから」
母が言い終わらないうちに、ワイドショーの話題が男性声優の不倫スキャンダルという、殺人事件とはまったく違う内容に変わった。
母はその男性声優を知らないようで、ワイドショーに興味を失い、キッチンにやって来た。
ボーッと立ち尽くす大輔に、母が目を瞬かせる。
「大輔? どうしたの? 朝ごはんにするわよ」
「母さん……兄ちゃん、永田先生に会ったの?」
「え? それはわからないけど、あの子が最近荒間に行ったのは間違いないわよ、確か……」
母がキッチンの壁にかかったカレンダーを見る。そして、兄が荒間の友人と会った正確な日付を教えてくれた。
それは永田が殺害された、まさにその日だった。
大輔の胸に、嫌な予感が広がっていく。いつ降り始めてもおかしくない、どんよりと重い雨雲のような不安が、にわかに立ち込めてきた。
第3章 憧れの人 終
しかし、それは酒のせいではない。
自室のベッドから置き出し、ベランダに面した窓のカーテンを開ける。スッキリと晴れた青空を見上げても、晃司のことを思い出すと悔しくて涙目になる。
この暗く沈んだ気持ちは、晃司のせいだ。
「香」と呼んだ声を、ハッキリと思い出せる。そのたび、ツキンと胸が痛んで気分が沈む。
ふと、味噌汁のよい香りがしてきた。こんな時、実家暮らしのありがたみを感じる。二十六歳の息子のために、今朝も朝食を作ってくれた母に素直に感謝した。
暗い気分を隠して階下に下りていく。顔を洗ってキッチンに行くと、母はキッチンと続くリビングで朝のワイドショーを見ていた。
「おはよう」
声をかけても母は振り返らず、「おはよう」とだけ返した。冷たい反応を疑問に思い、母が夢中になっているテレビ画面に目を向ける。
大輔はそのまま立ち尽くした。 ワイドショーでは、永田の殺人事件が扱われていた。
母が驚いた顔で振り返る。
「永田先生が殺されたって……本当なの?」
息子たちが通った剣道場の館長を、母ももちろん覚えていた。大輔は数カ月しか通わなかったが、兄の和樹が何年も通っていたため、母も父も、永田とは面識があった。
「大輔、知ってたんじゃないの? 早く教えてくれたら……お通夜に行ったのに」
母は礼を欠いたと悔やんでいるようだった。大輔を責めるような言葉に、いら立つ。
「もうなんの関係なかったじゃん。兄ちゃんだって、やめて何年も経ってるし」
「そういえば……和樹は知ってるのかしら? 最近荒間の友達と会うって言ってたから、きっと聞いてるわよね」
「……え?」
大輔は、低い声で訊き返した。
「あの子、結婚の報告に荒間の友達と会うって話してたのよ。だから、荒間に行くなら永田先生にもご挨拶に行きなさいよって言ったの。あの子面倒臭そうだったけど、行くようなこと言ってたから」
母が言い終わらないうちに、ワイドショーの話題が男性声優の不倫スキャンダルという、殺人事件とはまったく違う内容に変わった。
母はその男性声優を知らないようで、ワイドショーに興味を失い、キッチンにやって来た。
ボーッと立ち尽くす大輔に、母が目を瞬かせる。
「大輔? どうしたの? 朝ごはんにするわよ」
「母さん……兄ちゃん、永田先生に会ったの?」
「え? それはわからないけど、あの子が最近荒間に行ったのは間違いないわよ、確か……」
母がキッチンの壁にかかったカレンダーを見る。そして、兄が荒間の友人と会った正確な日付を教えてくれた。
それは永田が殺害された、まさにその日だった。
大輔の胸に、嫌な予感が広がっていく。いつ降り始めてもおかしくない、どんよりと重い雨雲のような不安が、にわかに立ち込めてきた。
第3章 憧れの人 終
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