DD!~ドーテイ刑事(デカ)の事件簿~

藤崎岳

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第4章 罪の告白

1話③

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 桂奈に追い返されて生安課に戻ると、原は事情を知っていた。ああは言ったが、桂奈がすぐに原に連絡してくれていたのだ。 

 結局桂奈に面倒をかけたと知って、また情けなくなる。 

 原は大輔になにも訊かず、ただいつもの書類仕事を命じた。保安係が永田の事件に駆り出されているせいで、通常業務が滞りまくっているのだ。 

 大輔は溜まりに溜まった書類を抱え、自席に戻った。その書類の山が少しありがたい。不甲斐ない自分にはちょうどよい仕事だ。この仕事だけでもこなせれば、まだ自分が保安係で必要とされていると思えるかもしれない。 

 それから何時間と、夢中になって書類を片付けた。それでも一人の量ではないので、気づくと定時は過ぎて、生安課のオフィスには大輔一人となった。 

 手元の書類に終わりは見えないが、どこで区切ったらよいかわからなくなってきた。今日中に終わらせなければならない書類は、すでに片付いている。だからもう帰宅してもよいのだが、自宅に帰るのも憂鬱だった。母と、話したくないのだ。 

 大輔はボーッと、壁にかかった時計を見上げた。 

 一太は今頃、なにを調べているのだろうか。そして、柏葉館に行った晃司たちはなにか見つけたのだろうか――。 

 気になることが多すぎて、帰るに帰れない。 

「あれ~? 大輔くんまだ残ってたの?」 

 大輔がウダウダしていると、桂奈が薄暗い生安課に帰ってきた。桂奈も遅い戻りだ。すでに壁の時計は午後八時を回っている。 

「お帰りなさい。随分遅かったんですね」 

 桂奈が自席に戻ってきて、両手で抱えた重そうな段ボール箱をドサリと机に置いた。 

「永田の奥さんと息子さんに、永田のこと、全部話したの」 

「え?!」 

「私たちが永田を調べてること、一課に黙っててもらうには、そうするのがいいだろうって小野寺さんが。自分の夫が過去にそんなことしてたって、言い触らす妻はいないでしょう? 穂積管理官も、了承してたみたい」 

 大輔は複雑な気持ちになった。昔、永田の妻に会ったこともある。遠い記憶だが、和服姿が印象的な、凛としたきれいな女性ひとだった。 

 亡くなった夫の本性を知った妻は、死んでしまった父の恐ろしい素顔を知った家族は、今、どんな思いでいるのだろう――。 

「まぁ……そんなことがあって、話が長くなったり……。資料を貸し出すのは了承してもらえたけど、いざ調べようとしたら生徒名簿もアルバムも数が多すぎて、一太くんと連絡しながら年代に辺りをつけて、調べる資料を仕分けてたの。それでも……これだけあるよ」 

 大輔は、桂奈の机の上の段ボール箱を覗いて顔をしかめた。桂奈がクスリと笑う。 

「ま、途中で小野寺さんとご飯食べてきて、この時間てのもあるんだけどね」 

 ご飯、と聞いて、大輔のお腹がグウと鳴った。桂奈の笑いが大きくなる。 

「ごめん、なんか買ってきてあげたらよかったね。もう帰ったら? 大輔くんの書類、急ぎのものばかりじゃないんでしょ?」 

「まぁ……はい」 

 一緒に夕飯を食べてきたという、晃司がいない。しかし、晃司は? とは訊けなかった。公私混同を桂奈に叱られたばかりなのだ。 

 だが桂奈は、ちゃんと大輔の胸の内を読んでいた。グルリと回ってきて、大輔の隣の一太の椅子に座った。 

「小野寺さんは、どっかのお店に寄ってくるって」 

「お店って……」 

 北荒間でこの時間となれば――と考えたのも見抜かれたのか、桂奈は声を立てて笑った。 

「違う違う! 夕飯足りなかった、とかいってコンビニかなんかに寄ってくるって。も~、大輔くん、小野寺さんのことどんだけ最悪だと思ってるの?」 

 でもそれも仕方ないか、と桂奈は笑った。 

「半日、罰ゲームの書類仕事して頭冷えた?」 

 やはりこれは罰だったのか、と自分の机の上に積まれた書類を眺める。当然だ。自分の感情に振り回され、まともに仕事ができないのだから。 

 やはりもう――皆に隠し続けるのは無理だろう。 

「小野寺さんとなにがあったかわからないけど……あの人もいい年して面倒な人だよね」 

 桂奈は、大輔が仕事に身が入らないのは晃司のせいだと思っているようだった。 もしそうなら、どれだけよかっただろう。大輔は苦笑するしかない。 

「悪い人じゃないんだけど、可愛い子がいると、つ~い格好つけちゃうっていうか……可愛い子を構わずにいられないみたいね」 

「可愛い子って……俺ですか?」 

 桂奈は当然、と頷いた。大輔は納得いかない。 

「大輔くんが来てから、ソワソワしちゃってしょうがないもん、あの人。あれでもね、仕事はすっごくデキる人なんだよ? でも大輔くんがいると、浮かれちゃって浮ついちゃって……使いもんにならないわ、あれ」 

 ひどい言い方につい笑ってしまう。そして、ずっと疑問だったことを、桂奈ならばと訊いてみることにした。 

「……桂奈さん。そんな優秀な刑事の小野寺さんが、どうして捜査一課から所轄の……生活安全課に飛ばされたんですか?」 

 晃司と穂積の間にはなにかある。それは高校時代のことではなく、もしかしたら捜査一課時代に関係するのではないか、と大輔は考えた。警察官僚である穂積の、捜査一課での冷遇も頭の片隅にあった。 

 桂奈は困ったように大輔を見つめ、大きく深呼吸してから語り出した。 

「大輔くん、覚えてる? 三年前にS県内で起きた、ストーカー殺人事件」 

 大輔は即座に頷いた。それはおそらく、S県警の警察官全員が忘れられない事件だ。 

「S県警、最悪の失態て言われてるからね。……忘れられないよね」 

 その事件は、大輔が警察官になった年に起きた。 

 二十代前半の若いシングルマザーが、かつての交際相手にストーカーされるという事件があった。被害者の女性は最寄りの所轄署に相談したが、女性が年若い未婚のシングルマザーであること、職業が水商売であったこと、などが関係しているかわからないが、まともに事件として扱われなかった。 

 そうしているうち、ストーカーの手口が凶暴化した。ある日、彼女の自宅が放火されてしまったのだ。 

 その放火事件がきっかけとなり、ストーカー事件がマスコミに大きく取り扱われるようになった。そこで所轄署が、ようやく重い腰を上げる。さらに、マスコミや世間に糾弾された県警本部が、ストーカー放火事件として捜査一課を投入した。 

 が、全て後手に回った。 

 放火事件の後、行方をくらましていたストーカーが、当時五歳だった被害女性の娘を誘拐、殺害し――自殺してしまった。 

 警察の怠慢が招いた最悪の結果に、世間はS県警を猛バッシングした。それを受け、県警本部は本部長ならびに刑事部長、担当所轄署の署長や関係部署の管理職まで、多数の警察官を処分する事態に陥った。 

 悲惨な事件だった。警察の失態は言うに及ばないが、殺害されたのがまだ五歳の幼い女の子というのが痛ましく、警察官になって初めての年ということもあって、大輔にも忘れられない事件となった。 

「あの時、小野寺さんは捜査一課で事件に関わってたの」 

「……え?」 

「穂積管理官も、一課の確か……一年目だった。次の年には他県の本部で、警務課長に就くはずだったらしいけど……あの事件の責任を取る形で、昇進は流れたみたい」 

 晃司と穂積。二人の間にあるのは――悲しい事件だったのだろうか。 

「小野寺さんは一課に行く前、ストーカーされた女性が相談した所轄署に勤めてたの。その時の同僚からストーカーの話を聞いてて、尋常じゃないことにも気づいてたんだって。でも……全部手遅れだった。自分の事件で五歳の女の子が殺されたりしたら……辞めたくなっちゃうよね」 

 晃司が、一課から左遷されたのか、自分の意志で異動したのかはわからない。 しかし自分だったら、警察官を辞めたくなっただろう、子供が殺害されたりしたら。 

「だから、あんなに怒ったんだ……」 

 大輔は、いつかの晃司を思い出した。永田の犯罪を隠そうとした穂積を、晃司があれほど責めた理由を理解する。 

「なんの話?」 

 大輔は桂奈に、晃司が穂積に怒った話をした。桂奈は訊きながら、何度か頷いた。 

「あの事件のせいだけじゃないだろうけど……小野寺さん、子供が被害者になるの、許せないんだね」 

 晃司は、子供が傷つけられることを許さない。許せない。 

 大輔は――晃司にしか話せない、と思った。 

 晃司に聞いてほしかった。 己の忌まわしい過去を――。 

「年頃の男女が、薄暗い部屋で二人っきりはまずいんじゃねぇの~」 

 ふいに、場違いなふざけた声がした。 大輔と桂奈が驚いて振り向く。 

「小野寺さん!」 

 パチッと灯りがつき、晃司が生安課に入ってきた。 

(もしかして……聞いてた?) 

 大輔は気まずく思ったが、晃司はいつものようにズンズンと歩いて二人の元にやって来た。 

(わざとらしすぎ……) 

 半日前まであんなにしおらしかったのに、急に晃司らしさが復活している。それがかえって不自然だが――大輔も笑顔を取り戻した。 

 いつもの晃司に、自然と笑みが零れる。 

「離れろ離れろ!」 

 晃司が桂奈の座る椅子を引く。桂奈は笑いながら、「ちょっと!」と抗議した。 

「私が大輔くんを独り占めしてるって、妬かないでくださいよ!」 

「はぁ? 誰が妬くんだよ?! 俺はいらんセクハラ問題が起きないように……」 

「だって~、小野寺さん、すっかり北荒間にご無沙汰なんでしょう? 最近ちっとも小野寺さんが遊びに来てくれないって、北荒間のお姉さんたちが寂しがってますよ。彼女でもデキた? てあちこちで訊かれるしぃ」 

「はぁあ?!」 

 ドサッと乱暴に、大輔の机に紙袋が放り投げられる。それは、大輔の好きなカフェの紙袋だった。 

「あぁ! 書類の上に物を投げないでくださいよ!」 

 怒るフリをしたが、袋の中身を見ると大好きなクラブハウスハンドで――たまらずニヤけてしまった。グウ、とまた腹が鳴る。 

「あれ? 大輔くん、なにを嬉しそうにしてるの?」 

「えっ?!」 

 桂奈の意地悪を誤魔化しきれず、大輔は赤くなった。 

「おい桂奈、ババァが童貞で遊ぶのも大概にしろよ」 

「はぁあ? オッサンにババァなんて言われたくないんですけど!」 

 桂奈はキッと晃司を睨んだ。大らかな桂奈だが、年齢のことだけは過敏に反応する。――微妙なお年頃なのだろう。 

「小野寺さん、桂奈さんにババァなんてひどいこと言わないでくださいよ」 

「うるせぇよ童貞! ババァにいい顔してもなんも得はねぇぞ! ヤッたら最後、結婚させられっからな!」 

「なっ!」 

 ひどい中傷に、大輔は開いた口が塞がらなかった。だが、桂奈は少しも負けない。 

「童貞童貞って……童貞のなにが悪いっていうんですか?! ショタコンクソ野郎や、風俗狂い警官なんかより、爽やか童貞の方がずっと素敵ですよ!」 

「ケッ! 爽やかな童貞なんかいるかよ! 桂奈、お前の童貞好き、相当キモイぞ」 

「……童貞、好き?」 

 なんだそれ、と大輔は頭を捻った。そんな人種が、この世にいることなど大輔は知らない。 

 わりと身近に、二人もいるのに――。 

 戸惑う大輔に、晃司がニヤリとする。 

「こいつアレだよ、なんか男同士のが好きな……腐、女子? とかいう奴」 

「小野寺さん!」 

 桂奈が立ち上がる。晃司は勝ったと言わんばかりに高笑いした。 

「それで一太がつけたあだ名が、FK……腐警ふけいだってよ」 

 FKの謎が、今解けた。 大輔が思わずなるほどと唸る。一太にしては上手いことを言った。 

 もう! と桂奈は自席に戻って鞄を引っつかみ、「お疲れさまです!」と、さっさと帰ってしまった。 

 プリプリと怒った背中を見送り、大輔は晃司を振り仰いだ。 

 そして目が合って――笑った。 晃司が笑うと、大輔も笑顔になってしまうから不思議だ。 

 ひとしきり笑った後、晃司がうつむく。 

 急に大人しくなった晃司を、椅子に座ったまま下から覗く。晃司はチラッと大輔を見て、すぐに視線を逸らしてしまった。 

「昨日は悪かった、怒鳴りつけたりして」 

 早口だった。謝っているのに、怒っているように聞こえる。 

 けれど、晃司のぶっきら棒な謝罪は照れ隠しだと知っているから、大輔の胸はポカポカと温かくなった。 

「……妬いたんだよ」 

 ボソリと、晃司が呟いた。 

 その一言で、温かかった大輔の胸は――ボッと発火した。 

 妬いた――の意味を考えて、大輔は真っ赤になった。 

 晃司はどうして、誰に――妬いたのか。 

 本当のことが知りたくて、晃司を見つめる。 
頑なに目を合わせてくれなかった晃司が、ゆっくりと大輔を見つめ返す。 

 その目は、ひどく真剣だった。 

「なぁ大輔。俺の信用なんてゼロに近いだろうけど……うちの係の奴らは信用できる」 

「……はい?」 

「なにかあるなら、俺でも……桂奈でも一太でも、係長でもいい。ちゃんと話せ」 

 晃司は気づいていた。大輔が抱える、大きな不安を。 

 わかってくれていた、晃司は。 

 晃司の目は、大輔を思う、晃司の優しさを映していた。 

 大輔のズシリと重かった胸が、スッと軽くなる。 

 大輔は堅い決意を胸に――小さく頷いた。 
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