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第4章 罪の告白
3話①
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大輔からの電話で荒間署に駆けつけた穂積は、保安係からの報告を受けるとすぐに四階に向かった。永田殺害事件の捜査本部が四階の第一会議室にあるからだ。
永田殺害の最重要容疑者が、なぜ生活安全課の保安係から挙がってくるのか――捜査一課で問われたら、また穂積の立場が危うくなりそうだが、穂積は保安係の面々に、「よくやった」と労いの言葉をくれた。
そして保安係は――。
蚊帳の外にされた。 ものの見事に。
元々、永田の子どもたちへの虐待事件は捜査一課の預かり知らぬところであったし、それを保安係が調べていたことも極秘事項であったので、保安係の大手柄が日の目を見るはずはなかった。
それは仕方ないとしても、保安係の活躍だけがきれいになかったことにされ、手柄自体は捜査一課が堂々と持っていったことは、新人の大輔も納得がいかない。
それが――警察組織というものだとしても。
翌日。 用済みになった保安係は、膨大な資料で散らかった第三会議室で、朝から片付けに勤しんでいた。
「ここまでアッサリ使い捨てられるとは思いませんでしたよ。穂積管理官、きれいな顔してエゲツないっす……」
PCからケーブル類を外しながら、一太がうな垂れる。今回誰より穂積にコキ使われたのは、間違いなく一太だ。彼の文句は正当な物だろう。 他人事ながら、大輔も同情する。
「それもそうだけど……この子たちにあいつがしたこと、きれいサッパリなかったことにされるのも腹が立つなぁ」
桂奈が、ビデオに映った少年たちの資料を揃え、悲しそうにする。
ガガガガ、と部屋の隅でシュレッダーが音を立てる。晃司がメモや資料を、乱暴に機械に突っ込んでいた。
「腹が立つ、なんてもんじゃねぇよ。あいつは自分の立場を利用してガキどもに……それなのにあいつはこの先ずっと『立派な剣士だった』て語り継がれるんだぞ」
永田には、長年の警察への指導の功績を称えられ、賞まで贈られている。その獣の本性を、誰も知らず――。
「どっかの新聞にでもリークしてやるかな」
冗談に聞こえない晃司に、桂奈が顔をしかめる。
「小野寺さん、それはまずいですよ。永田の犯罪については捜査一課も知らない。私たちしか知らないんですよ? リーク元、小野寺さんってソッコーで管理官にバレます」
「なんで俺だってバレんだよ? お前らだっておかしくないだろ」
「小野寺さんぐらいしか、そんなことしないじゃないですか」
桂奈が当然、と言いのける。原も一太も大きく頷いた。
晃司が不服そうにするが、なにも言い返しはしなかった。 大輔は、子供のようにいら立つ晃司を、苦笑いで見つめた。
「……これで、良かったんじゃないですかね」
みんながいたけれど、大輔は晃司に向けて語った。
「永田が死んでしまった今、永田の本性が暴かれても……被害に遭った少年たちが報われることはないと思うんです。もう永田に罪を償わせることはできないし……それで過去を蒸し返されても、彼らにはなにもいいことがない」
不満げだった晃司は、大輔の言葉に複雑な顔をした。それは本当に子供が困った時のような顔で、それだけで大輔は救われた気がした。
晃司が、誰よりも怒ってくれた。大輔は怒りよりも兄や他の被害児童への罪悪感が勝って、兄のために純粋に怒ることができなかった。
むしろ自分を責めもした。兄や子供たちを救えなかった、と。
だが、それは違う、と晃司が言ってくれた。自分を責める大輔を、間違っている、と怒ってくれた。
だから大輔は言った。
「多分、管理官の判断は正しいと思います」
穂積もきっと、上層部の指示だけで永田のことを隠したのではない、と信じている。
子供の事件は辛いと語った穂積と、「お巡りさん」になりたかったと教えてくれた穂積が、永田を許すわけがない。
穂積が守ったのは、永田でも、永田と付き合いの深かった警察上層部でもない。
穂積は、子供たちの名誉を守ろうとした。
そう信じられるから、大輔は穂積の判断を受け入れられた。
「それでも俺は……」
晃司が、静かに語る。大輔を真っ直ぐ見つめて。
「やっぱり永田を許せねぇ。ガキ共が恥じることなんか、なんにもないんだよ」
晃司の目には、静かな怒りが見えた。それは純粋で、正しい炎だ。
大輔の心を解かす、温かな炎。
「まぁとにかく……俺たちはまたいつもの仕事に戻るだけだ。ここを撤収したら、書類仕事が文字通り山積みで待ってるからな」
原がそう言うと、一同ガックリと肩を落とした。しばらく忙しいのは続きそうだ。
「ああそうだ。柏葉館で借りた資料、早速返しにいかないと……」
「係長」
大輔は、桂奈か一太に声をかけようとしていた原を先に呼んだ。
「俺が返しにいってもいいですか?」
原は意外そうな顔をして――それを誤魔化すように、「ああ、いいぞ」と妙におどけて言った。
「小野寺、大輔に付き合ってやれ」
それでも大輔が心配だったのだろう。原は晃司を大輔のお供に指名した。
昼行燈――が過保護だということを知り、大輔は小さく笑った。
永田殺害の最重要容疑者が、なぜ生活安全課の保安係から挙がってくるのか――捜査一課で問われたら、また穂積の立場が危うくなりそうだが、穂積は保安係の面々に、「よくやった」と労いの言葉をくれた。
そして保安係は――。
蚊帳の外にされた。 ものの見事に。
元々、永田の子どもたちへの虐待事件は捜査一課の預かり知らぬところであったし、それを保安係が調べていたことも極秘事項であったので、保安係の大手柄が日の目を見るはずはなかった。
それは仕方ないとしても、保安係の活躍だけがきれいになかったことにされ、手柄自体は捜査一課が堂々と持っていったことは、新人の大輔も納得がいかない。
それが――警察組織というものだとしても。
翌日。 用済みになった保安係は、膨大な資料で散らかった第三会議室で、朝から片付けに勤しんでいた。
「ここまでアッサリ使い捨てられるとは思いませんでしたよ。穂積管理官、きれいな顔してエゲツないっす……」
PCからケーブル類を外しながら、一太がうな垂れる。今回誰より穂積にコキ使われたのは、間違いなく一太だ。彼の文句は正当な物だろう。 他人事ながら、大輔も同情する。
「それもそうだけど……この子たちにあいつがしたこと、きれいサッパリなかったことにされるのも腹が立つなぁ」
桂奈が、ビデオに映った少年たちの資料を揃え、悲しそうにする。
ガガガガ、と部屋の隅でシュレッダーが音を立てる。晃司がメモや資料を、乱暴に機械に突っ込んでいた。
「腹が立つ、なんてもんじゃねぇよ。あいつは自分の立場を利用してガキどもに……それなのにあいつはこの先ずっと『立派な剣士だった』て語り継がれるんだぞ」
永田には、長年の警察への指導の功績を称えられ、賞まで贈られている。その獣の本性を、誰も知らず――。
「どっかの新聞にでもリークしてやるかな」
冗談に聞こえない晃司に、桂奈が顔をしかめる。
「小野寺さん、それはまずいですよ。永田の犯罪については捜査一課も知らない。私たちしか知らないんですよ? リーク元、小野寺さんってソッコーで管理官にバレます」
「なんで俺だってバレんだよ? お前らだっておかしくないだろ」
「小野寺さんぐらいしか、そんなことしないじゃないですか」
桂奈が当然、と言いのける。原も一太も大きく頷いた。
晃司が不服そうにするが、なにも言い返しはしなかった。 大輔は、子供のようにいら立つ晃司を、苦笑いで見つめた。
「……これで、良かったんじゃないですかね」
みんながいたけれど、大輔は晃司に向けて語った。
「永田が死んでしまった今、永田の本性が暴かれても……被害に遭った少年たちが報われることはないと思うんです。もう永田に罪を償わせることはできないし……それで過去を蒸し返されても、彼らにはなにもいいことがない」
不満げだった晃司は、大輔の言葉に複雑な顔をした。それは本当に子供が困った時のような顔で、それだけで大輔は救われた気がした。
晃司が、誰よりも怒ってくれた。大輔は怒りよりも兄や他の被害児童への罪悪感が勝って、兄のために純粋に怒ることができなかった。
むしろ自分を責めもした。兄や子供たちを救えなかった、と。
だが、それは違う、と晃司が言ってくれた。自分を責める大輔を、間違っている、と怒ってくれた。
だから大輔は言った。
「多分、管理官の判断は正しいと思います」
穂積もきっと、上層部の指示だけで永田のことを隠したのではない、と信じている。
子供の事件は辛いと語った穂積と、「お巡りさん」になりたかったと教えてくれた穂積が、永田を許すわけがない。
穂積が守ったのは、永田でも、永田と付き合いの深かった警察上層部でもない。
穂積は、子供たちの名誉を守ろうとした。
そう信じられるから、大輔は穂積の判断を受け入れられた。
「それでも俺は……」
晃司が、静かに語る。大輔を真っ直ぐ見つめて。
「やっぱり永田を許せねぇ。ガキ共が恥じることなんか、なんにもないんだよ」
晃司の目には、静かな怒りが見えた。それは純粋で、正しい炎だ。
大輔の心を解かす、温かな炎。
「まぁとにかく……俺たちはまたいつもの仕事に戻るだけだ。ここを撤収したら、書類仕事が文字通り山積みで待ってるからな」
原がそう言うと、一同ガックリと肩を落とした。しばらく忙しいのは続きそうだ。
「ああそうだ。柏葉館で借りた資料、早速返しにいかないと……」
「係長」
大輔は、桂奈か一太に声をかけようとしていた原を先に呼んだ。
「俺が返しにいってもいいですか?」
原は意外そうな顔をして――それを誤魔化すように、「ああ、いいぞ」と妙におどけて言った。
「小野寺、大輔に付き合ってやれ」
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昼行燈――が過保護だということを知り、大輔は小さく笑った。
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