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出会い
第五話 幼馴染
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感情領域の居住区は、他の領域のような厳格な直線や鋭角とは無縁だった。そこには、緩やかな曲線を描く壁が続き、窓枠は柔らかな花弁のモチーフを象り、淡い光がそっと満ちる。
空間全体が、住まう神々の感情を静かに整えるように設計されていた。
そんな居住区の奥地。緑の安らぎに満ちた柔らかな光の当たる場所にヨクの神殿はある。
ヨクの足取りはそのどこか開けっぴろげな自身の神殿──ではなく。その隣の、感情領域の神殿の中では色彩の少ない、整えられた小さな庭のある神殿にまっすぐに向かっていく。
「ただいま、リューエ」
「……おかえり。遅いよ」
まるでここが帰る場所、と言わんばかりに足を踏み入れ帰宅を告げるヨクの声に、部屋の奥から水のように静謐な声が返ってくる。
声に遅れて姿を現したのは、緩やかなカーブを描くミントグリーンの髪を垂らし、軽やかなローブを重ね着した線の細い男神。
「ごめんってば。ちょっと寄り道をしちゃってさ」
ヨクが肩を竦めてみせると、浅い萌黄色の瞳が、ほんの一瞬だけ、微かに濁った。それは、待ち疲れた疲労の色ではなく、もっと個人的で、粘着質な感情の兆しだった。
「寄り道、ね」
リューエは、ヨクの編まれた髪の先から、肌の露出した胸元までを、静かに見やった。その目は、ヨクの纏う他者の神力と汗が混じり合ったような、甘く、重たい残滓の匂いを見逃すことなく感じ取る。
「……また、誰か抱いてきたのか」
その言葉に詰問の響きはなかった。ただ、深い疲労に似た諦念と、隠しきれない独占欲の影が、その声の底に濡れて潜んでいる。
「当たり!流石はリューエ。鋭いね」
ヨクは、指摘されたことすら褒められたと受け取ったように、軽やかに答える。
「だってさ、通りすがりに見つけちゃったんだもん。 支配欲と秩序欲でパンパンでさぁ。あのまま放置してたら神の一柱や二柱、平気で潰してたんじゃないかな」
ヨクはあくまで職務を遂行したという顔をしている。過剰な欲を発散させることは、ヨクの意識の中では至極当然の業務であり、一般的な倫理や貞操観念とは別の場所にある。
リューエは、その能天気な言い訳を、これ以上追及する気力がないかのように、静かに息を吐き出した
「……まったく。君に節操という言葉を教えても無駄なようだね。 まあいい、風邪をひく前に中へ入ったらどうだ」
リューエはくるりと背を向け、ヨクを神殿の中へと招き入れた。清涼なミントの香りが、ヨクの体に纏わりついた他者の熱を洗い流すように優しく包む。
居間に通され、二人は向かい合って食卓についた。
リューエは、自ら用意した淡い色彩の食事を、淀みない動作で取り分けていく。その手の動きは静かで滑らかだが、どこか神経質で完璧主義だ。
他愛のない世間話が交わされる中、ヨクは今日一日の「仕事」について、まるで楽しかった旅行の話をするかのように話し始めた。
「さっき言ってた奴のことなんだけど、ほんとすごくってさ。性欲に変えてやったらコロッと堕ちてきて…ふふ、あそこまで極端なのは抱いてる方も飽きなくていいね」
リューエは黙って耳を傾けていた。彼の動きは止まらない。淡い緑色の瞳は静かに卓上の皿を見つめている。
しかし、彼の左手、銀のナイフを持つ指先に、僅かながら力が込められた。ナイフの刃が光を反射し、小さく煌めく。
「……随分とご機嫌だね。そんなに具合が良かったのかい、今日は」
「まぁね!また機会があったら、今度は少し開発してやりたいなぁ」
「……ふぅん」
リューエは淡々と問い返す。その声にはただ、静寂な湖面のような平静さだけがあった。波立たせることを拒否する、強い意志。
「それで。君がそこまで評価するほど、今回は強烈だったというわけだね。……その神は、理性や裁定を司る神格を持っている、と見ていいのかな?」
リューエの問いは自然な好奇心のように聞こえた。それは、ヨクを責めるためではなく、ただ純粋な「情報」を収集するための、探究心に満ちた質問のように。
「流石はリューエ、賢いね。その通り!真理の神だ。ルクシス、って名前だったかな。高潔さを極めた顔してさ」
ヨクは、今日一番の役得を語るかのように、陽気に笑った。
リューエは、銀のナイフとフォークを静かに皿の上に置いた。カチリ、という金属音が、食卓に冷たい終わりを告げる。それは、まるで審判の合図のようだった。
「──ルクシス。真理の神、ね」
リューエは、その名を深く、ゆっくりと口の中で反芻した。ヨクの抱いた神の名を、自分の記憶に刻み込むように。
その瞳の奥には、ヨクの歓喜とは対照的な、冷たく、深く、そして強い独占の望みが澱んでいた。
空間全体が、住まう神々の感情を静かに整えるように設計されていた。
そんな居住区の奥地。緑の安らぎに満ちた柔らかな光の当たる場所にヨクの神殿はある。
ヨクの足取りはそのどこか開けっぴろげな自身の神殿──ではなく。その隣の、感情領域の神殿の中では色彩の少ない、整えられた小さな庭のある神殿にまっすぐに向かっていく。
「ただいま、リューエ」
「……おかえり。遅いよ」
まるでここが帰る場所、と言わんばかりに足を踏み入れ帰宅を告げるヨクの声に、部屋の奥から水のように静謐な声が返ってくる。
声に遅れて姿を現したのは、緩やかなカーブを描くミントグリーンの髪を垂らし、軽やかなローブを重ね着した線の細い男神。
「ごめんってば。ちょっと寄り道をしちゃってさ」
ヨクが肩を竦めてみせると、浅い萌黄色の瞳が、ほんの一瞬だけ、微かに濁った。それは、待ち疲れた疲労の色ではなく、もっと個人的で、粘着質な感情の兆しだった。
「寄り道、ね」
リューエは、ヨクの編まれた髪の先から、肌の露出した胸元までを、静かに見やった。その目は、ヨクの纏う他者の神力と汗が混じり合ったような、甘く、重たい残滓の匂いを見逃すことなく感じ取る。
「……また、誰か抱いてきたのか」
その言葉に詰問の響きはなかった。ただ、深い疲労に似た諦念と、隠しきれない独占欲の影が、その声の底に濡れて潜んでいる。
「当たり!流石はリューエ。鋭いね」
ヨクは、指摘されたことすら褒められたと受け取ったように、軽やかに答える。
「だってさ、通りすがりに見つけちゃったんだもん。 支配欲と秩序欲でパンパンでさぁ。あのまま放置してたら神の一柱や二柱、平気で潰してたんじゃないかな」
ヨクはあくまで職務を遂行したという顔をしている。過剰な欲を発散させることは、ヨクの意識の中では至極当然の業務であり、一般的な倫理や貞操観念とは別の場所にある。
リューエは、その能天気な言い訳を、これ以上追及する気力がないかのように、静かに息を吐き出した
「……まったく。君に節操という言葉を教えても無駄なようだね。 まあいい、風邪をひく前に中へ入ったらどうだ」
リューエはくるりと背を向け、ヨクを神殿の中へと招き入れた。清涼なミントの香りが、ヨクの体に纏わりついた他者の熱を洗い流すように優しく包む。
居間に通され、二人は向かい合って食卓についた。
リューエは、自ら用意した淡い色彩の食事を、淀みない動作で取り分けていく。その手の動きは静かで滑らかだが、どこか神経質で完璧主義だ。
他愛のない世間話が交わされる中、ヨクは今日一日の「仕事」について、まるで楽しかった旅行の話をするかのように話し始めた。
「さっき言ってた奴のことなんだけど、ほんとすごくってさ。性欲に変えてやったらコロッと堕ちてきて…ふふ、あそこまで極端なのは抱いてる方も飽きなくていいね」
リューエは黙って耳を傾けていた。彼の動きは止まらない。淡い緑色の瞳は静かに卓上の皿を見つめている。
しかし、彼の左手、銀のナイフを持つ指先に、僅かながら力が込められた。ナイフの刃が光を反射し、小さく煌めく。
「……随分とご機嫌だね。そんなに具合が良かったのかい、今日は」
「まぁね!また機会があったら、今度は少し開発してやりたいなぁ」
「……ふぅん」
リューエは淡々と問い返す。その声にはただ、静寂な湖面のような平静さだけがあった。波立たせることを拒否する、強い意志。
「それで。君がそこまで評価するほど、今回は強烈だったというわけだね。……その神は、理性や裁定を司る神格を持っている、と見ていいのかな?」
リューエの問いは自然な好奇心のように聞こえた。それは、ヨクを責めるためではなく、ただ純粋な「情報」を収集するための、探究心に満ちた質問のように。
「流石はリューエ、賢いね。その通り!真理の神だ。ルクシス、って名前だったかな。高潔さを極めた顔してさ」
ヨクは、今日一番の役得を語るかのように、陽気に笑った。
リューエは、銀のナイフとフォークを静かに皿の上に置いた。カチリ、という金属音が、食卓に冷たい終わりを告げる。それは、まるで審判の合図のようだった。
「──ルクシス。真理の神、ね」
リューエは、その名を深く、ゆっくりと口の中で反芻した。ヨクの抱いた神の名を、自分の記憶に刻み込むように。
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