ヨクに溺れる

新月ポルカ

文字の大きさ
9 / 21
出会い

第九話 追跡と逃走

しおりを挟む
 ルクシスが声を上げて抵抗し、殺意を込めた眼差しを突き刺す中、ヨクはまるで子猫を扱うかのように軽やかにリードした。

「そんな力まないで。歩きにくいでしょ?」

「余計なことするなッ!!その汚らわしい手で俺に触れるな!放せ!」

 ルクシスは、穢れを避けるように罵倒しながら暴れるが、激しく動くたびに、昨日刻まれた肉体の屈辱的な記憶が、腰の奥で鋭い痛みとなって閃く。痛みで一瞬止まったのを、ヨクは見逃さない。

 ヨクはその動きの詰まりを愉悦の色で受け止めると、顔を耳元へ寄せ囁き、腰の庇っている部分を優しく、そしてねっとりと撫でた。

「身体は正直なのにねぇ」

「ひ……ッ」

 ルクシスはその撫で方に、昨日の淫靡な出来事がフラッシュバックし、怒りと羞恥で喉が詰まる。暴れるたびに動きを止められ、それをヨクに見破られて触れられるこの一連の行為は、ルクシスにとって、魂を削るような屈辱だった。

「オレの権能も、人探しには役に立つんだからさ。ほら、あっちの方とか、すごい……あれ?」

 ヨクは立ち止まり、ルクシスの身体を撫でる手を止めて、遠くの空間に視線を向け橙色の目を細めた。

「なんか、よくわからない欲がある。なんだろあれ……何?」

「知るか!!この、手を、退けろ!! どうせ暗がりに連れ込んで、また淫らな事をするつもりなんだろうッ!!」

「想像力豊かだなぁ……そんなことしないから行ってみようよ」

「行かないッ!!引きずるな!!離せ、脳みそピンク!!!淫乱神!!!強姦魔!!!!」

 ヨクは、ルクシスの腕を再度掴むと、腰を庇っているせいで抵抗できないルクシスを、強引に引き摺っていった。ルクシスは、憎悪を込めた罵倒と罵声を、ヨクの背中に浴びせ続ける。

 二人が、一方的な罵り合いを続けながら、問題の欲の方向へ向かっていると、突然、ヨクが捉えていた欲の対象が、自分たちの方向とは逆の方向に全速力で走り出した。

「あ、逃げた?」

「何?」

 ヨクは、純粋な疑問を口にする。
 ルクシスはその言葉を聞いて、冷たい眼差しを鋭く研ぎ澄ませた。

「俺の声を聞いて逃げる奴は、大抵後ろめたいことがある奴だッ!」

 ルクシスはそう断定すると、腰の痛みなどなかったかのように、白金の衣を翻して走り出した。
 猛烈な勢いで先行するルクシスの背中を見て、ヨクはただ腕を組んでその場に立ち尽くす。

「自分の声が通る自覚あったんだなぁ」



 ***



 ヨクが追いついた時、そこは既に、苛烈な裁きの場と化していた。
 ルクシスは、激しく息を上げながらも、昨日逃した虚飾の神を、地の底に縫い付けるように押さえつけ、その首を激情と秩序欲を込めてギチギチに締め上げていた。

「嘘をつくなと言っている!この虚偽の塊め!貴様の罪は、昨日、俺の屈辱とともに逃げおおせたが、二度目はない!裁きを受けるがいい!」

 ルクシスは、憎悪と職務意識に駆られ、激しい罵倒を浴びせ続ける。

「おお、もう捕まえてる。足が速いね」

 ヨクは、その乱れた髪と、鬼気迫るルクシスの姿を眺め、感心したように褒めた。
 ルクシスはそれを無視し、虚飾の神への詰問と罵倒を続ける。裁定から逸脱し、個人的な怒りも入り交じった激しすぎる詰問の様子に、ヨクは困ったように眉を下げる。その締め上げる手に込められた支配欲は、再び危険な領域に達しつつあった。

「あのさ、ルクシス」

 ヨクは、その熱を静かに見つめ、声をかける。

「あんまり支配欲と秩序欲を上げすぎると、またオレが仕事しないといけなくなるから、程々にね」

 その悪意のない、しかし最も屈辱的な、真理の言葉が、ルクシスの耳に届いた。
 カッと、ルクシスの顔が赤くなる。それは怒りか、羞恥か、あるいは再び身体が反応する恐怖か。彼の水色の瞳は大きく見開かれ、ヨクの顔と、掴んでいる神とを、交互に見た。

「……ッ、煩い!!」

 ルクシスはヨクを怒鳴りつけ、ギリギリと歯軋りをする。しかしその手は、虚飾の神の首から、わずかに、本当にわずかだが、力を緩めた。

 ヨクの提案に屈したわけではない。ただ、あの「治療」を二度と受けたくないという、根源的な恐怖が、彼の理性の歯止めとなっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 ★1000 Thank_You!!

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

処理中です...