エルフの魔法剣士、悪役令嬢と共に帝王の暗殺を企む

なめ沢蟹

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悪役令嬢との出会い

6話 スパイ発言

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 しばらく黙った。
 ここは深い森の中だ。  
 誰も喋らないせいで鳥の鳴き声や木の葉のざわめきがやたら目立つ。
 ヒューと目が合った。
 私と同じ事を考えているに違いない。
「私をスパイだと疑いました?」
「……!」
 驚いた。
 メリンダが表情も変えずそう告げた。
 思考を予測された?
「お嬢さん、なんでそう思うんだ?」
 ヒューが顔をしかめながらそう語る。
「単に論理的にそう判断されたかも、と思っただけですよ」
「……」
「帝国兵一部隊が盗賊に化けて、民家人の少女一人を浚うために行動。普通はそういう思考には至らないはず」
「そうだな」
 言葉通りだ。
 少なくとも私はそういう考えで彼女を疑っている。
 気まずい空気が漂う。
 いや、そう感じているのは私とヒューだけか。
 メリンダは相変わらず人形のような表情だ。
「まず最初に言っておきますね」
 沈黙が破られた。
 この雰囲気は重要な事を言うつもりか。
 身の潔白を証明するつもりか。
 はたまた私たちの疑いが間違っている事を指摘するつもりか。
 メリンダはゆっくりと口を開く。
「正解です。私はルシモス帝国のスパイです」
「……」
「……」
「そのうえで、私の話を聞いてもらえますか?」
 思考がまとまらない。
 目の前の少女がスパイ?

†††††

 ヒューとまた目が合った。 
 彼は若く見えるが三十すぎ、エージェントとしての活動期間が長い。
 実質、指揮官のような立場だ。
 とりあえず彼の発言を待つ。
「王子に判断を任せよう」
「え?」
 まさかの他力本願。
 いや、よく考えると正しい判断か。
「まってろ、今メールを送る」
「ああ」
 通信魔具では長い会話をできない。
 込みいった要件は文章になる。
「ん?」
 気になった。
「ヒュー、君は文字がほとんど読み書きできないんじゃなかったか?」
「ブラフに決まってるだろ。ただの賞金稼ぎを装ってた」
「そ、そうか」
 仲間の事も知らないのはよくない、改善せねば。
 もっとも、彼とは三日前に初めて会ったのだが。
 そのまましばらく待つ。
「マークさん、心配しなくても大丈夫ですよ。あなたは重要な秘密は何も語ってない」
 メリンダがこの状況で話しかけてきた。
 どれだけ図太い神経なんだ。
「せいぜい自分たちが政府の命令で動いていると言ってしまったくらいでしょう?」
「……」
「仮に私が今逃げ出して帝国にそれを伝えたとしても、さほど問題にはならないでしょう? 元々朱のメイジも賞金稼ぎのヒューも……そしてドラゴニッヒさんも帝国では注目されていたはず」
 とんでもない事を無表情で話す。
 ドラゴニッヒを知っているのも気になる。
 彼女がスパイだという信憑性が増した気がする。
 しかし、なぜそれを自ら語るのか。
「危機感がないのか? 私たちが君に牙を剥く可能性だってあるぞ」
「そうかもしれませんね。でも帝国の追っ手に日常的に狙われている私としては、大したことではありません」
「……」
 そうだ。
 彼女が帝国に刺客を差し向けられているという件は私の耳にも入っている。
 優秀な護衛が付いていると思っていたが、メリンダ本人が刺客を返り討ちにしていたとは思わなかったが……。
「はい、お二人さん。ちょっといいか」
 ヒューが怪訝そうな顔をして話を遮ってきた。
 王子は……どういう判断を下したのだろうか。
 おそらく、私の魔法空間に幽閉という判断になると思うが。
「王子は彼女を正式にエージェントとして勧誘したいそうだ」 
「……は、はあ?」
 寝耳に水だ。 
 なぜそうなる?
「マーク。気持ちはわかる」
「ヒュー。ちゃんとメリンダが自分が帝国スパイと宣言してると伝えてたんだろうな?」
「当たり前だろ」
「そ、そうか」
 また思考がまとまらない。
 今まで王子が間違った指示を出した事など無い。
 しかし、自ら帝国スパイと名乗る者を勧誘とは……とてもその判断が正しいとは思えない。
 
†††††

 ヒューが自分の通信魔具の水晶部分をメリンダに見せる。
「王子からあんたにだ。読んでくれ」
「ええ」
 普通に受け取る。
 繰り返すが、彼女は自分をスパイだと宣言している。
「えっと、こういう形での申請、申し訳なく思います。初めに、私はポーリサ王国第一王子ローレンス・ハドリー・フロイトです……」
 口に出して読み始めた。
 なぜ?
「できれば心の中で読んでくれるか?」
「ああ。すみません、文章読むとき声に出しちゃうの癖なんです」
「そ、そうか」
 緊張感がないスパイもいたものだ。
 そこからはメリンダは無言で王子からのメールを読む。
 成り行きを見守りながらもヒューの肩を小突いた。
「王子、最終的にどんな決断を下したんだ?」
「それは……お嬢さんが口にするのを待てよ」
「そうか」
 なんなのか。
 とにかく、しばらく待つ。
「ヒューさん、これお返しします」
 メリンダは通信魔具をヒューに返す。
 そして立ち上がり、畏まった姿勢になった。
「ポーリサ王国王子によると、私がエージェントにふさわしいか試験をするそうです」
「し、試験?」
「ダウジングバットの捕獲。それに私も参加せよ、との事でした」
「……」
 口を開けていた。
 どこの世界に、敵国のスパイと共同で秘密の任務をするなんて話があるのか。
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