悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

文字の大きさ
5 / 69
悪役令嬢と薄幸の美少女

4話 体調が悪くなった悪役令嬢

しおりを挟む
 ベアトリクス様の食事が終わった。
 途中までよく食べていたが、かなり残した。
 体調が悪いのだろうか。
 使用人たちが食卓を片付け始める。
 私は執事だ。
 主のご息女についていないと。
「イーモン。お聞きしたいことがありますわ」
「はい、なんでございましょうか?」
 お茶を飲んでいたベアトリクス様が、突然私に話しかける。
「先ほどの話に出た狩猟小屋、この屋敷内のどこにあるのですか?」
「は、はあ。少しお待ちを」
 変なことを気にする子だ。
 この分じゃベアトリクス様を攻略など無理か。
 よく考えたら男爵令嬢と体の関係になるなど、リスクが高すぎる。
 こちらは妄想で我慢するとして……狙いはやはりケイト様か。
「……」
 考え事をしながら、領地内の見取り図を持ってきた。
 椅子に座るベアトリクス様のそばに立ち、テーブルに地図を広げる。
「ここが現在地、上が北になります」
「まあ、ずいぶん広いのね」
「ええ、元々狩猟をするためにクルック様が買い上げた土地です。たくさんの野生動物が生息するくらいには……」
「なるほど」
 ……夢中になって地図を見ている。
 ベアトリクス様、のぞき込むためにかがんだせいで胸の谷間がドレスの隙間から見えていることに気づいていない。
 意外に無防備だ。
 男を知ってる貴族の娘なら、平民の男などには、恥ずかしい部分を見せないように気を配るものだが……。
「ここ! ここが狩猟小屋ですわね?」
「え?」
 突然現実に戻された。
 ベアトリクス様は地図上の狩猟小屋を指さしている。
「……」
 なんだろう? その手に血の気がない。
 今朝見たときはもっと健康的な娘かと思っていたが。
 とりあえず返答するか。
「そうでごさいます」
「この館から距離は? どのくらいでしょう?」
「約5㎞かと」
「ありがとうございます。……私、なんだか体調が悪いですわ。部屋に戻りますわ」
「……!」
「ただの貧血です。お医者様は呼ぶ必要はないので」
「あっ」
 そうしてベアトリクス様は私室に戻っていった。
 そこは男子禁制だ。
 執事といえども立ち入れない。

†††††

 やることが無くなってしまった。
 こういう時は良い意味で上手く時間を潰すのが執事というものだ。
 私は執事室で調べものをすることにした。
「マリン、もしベアトリクス様の体調が目に見えて悪くなるようなら、すぐに言ってくれ」
「わかったわ」
 マリンに任せておけばそうそう不足の事態は起きない。
 食卓を去ろうとした。
「……!」
 すると、執事服の裾を掴まれた。
 何事かと振り返ると、マリンがジェスチャーで静かにするように伝えてきた。
 そして口元を私の耳に近づけ、小声でささやく。
「イーモン、話があるの。すぐにいつもの場所に来て」
「……!」
 周囲に人はいないからいいが、誰かが見たら誤解される仕草だ。 
「お、おい。私たちの関係はとっくに終わってるだろ。それに君は昨日式を上げたばかりじゃないか」
 焦ってしどろもどろに答える。 
 こんな所を彼女の旦那のアレンに見られたら事だ。
 何よりも、目の前の女の体にはとっくに飽きている
「バッ、バカ違うわよ」
「だったら何だ?」
「ベアトリクス様の事よ。あの子、少しおかしいわ。一応あなたの耳に入れておこうと思って」
「……! わかった。後で聞く」
 なんだろう、気になる。
 あの貴族のお嬢さまに何か奇行があるから把握しておきたい。
 ……もしかすると、情報しだいでは彼女のかけて欲しい言葉を予測できるかもしれないしな。

†††††

 マリンの語る秘密の場所。
 それはかつて彼女と恋人同士だったときに逢い引きに使っていた場所。
 館の厨房の裏には行き止まりに繋がる意味のない通路があり、そこには普段誰も来ない。
 万が一誰か来ても、気配でわかるというステキな場所。
「……ここなら安心して話せるわね」
 マリンのほうが先に来ていた。
 ポニーテールの髪をなびかせ、キョロキョロしている。
「イーモン。手短かに話すわ」
「待て、ベアトリクス様には今誰がついてるんだ?」
「リリーがついてる」
「そうか。なら、何だか知らないが話してくれ」
 彼女は真面目な性格だし優秀だ。
 変な話やトンチンカンな話ではなく、有用な情報を語るはず。  
 注意して耳をすます。
「さっきね、朝の挨拶のとき」
「あ、ああ」
 あの一時間もみんなを待たせた件か。
「仕度はとっくに整ってたの」
「え?」
「ベアトリクス様はお部屋のカギ穴から……ジッと外を観察してたわ」
「……?」
 奇妙な話だ。
 しかし年頃の娘なら奇行でもない気がする。
「彼女、見かけによらず恥ずかしがり屋でなかなか出てこれなかったのでは?」
「その可能性もあるけど、私は違うと思うんだよね」
「なぜ?」
「ケイト様が行儀悪く座った瞬間にドアを開けたから」
「……!」
「あの子、ケイト様を何か陥れようとしてるのかも」
 その時の事を思い出す。
 確かにタイミングが良すぎだ。  
「……」
 しかし、実はその件についてはどうでもいい。 
 まったくもって使えない情報だ。
 小娘同士がいがみ合おうとケンカしようと、痛くも痒くもない。
「伝えたわよ。私はもういくね」
「あ、ああ」
 マリンは踵を返して通路をスタスタと歩いていく。
 彼女とて、新婚ホヤホヤであらぬ噂は立てられたくないのだろう。
「ハネムーンにでも行けばいいのに」
 聞こえないような小さな声でボソボソと呟いた。
 アレンもそうだが、マリンは仕事に真面目に取り組みすぎだ。
 他人のいさかいなんて、適当に眺めてスルーか楽しむかすればいいのだ。
「あ、そうだ」
「……!」
 急に振り向かれて焦る。 
 呆れた表情を見られなかったといいが。
「あなたには悪いとは思ってるのよ。私たち婚約してたのにね……ほら、別れ話をしてから言い出す機会が無くてさ」
 ……なんだ。
 そんな事か。
「いいさ、君が幸せにならそれでいい。私は私でとびきりのパートナーを見つけるさ」
 本音を語った。
 飽きた女性に用はない。
「そう、よかった」
 そう呟くと、マリンはさみしげな姿で去っていく。
「……」
 さて、せっかく得た情報だ。
 その件から、ベアトリクス様のかけて欲しい言葉と禁句を予測してみるとしよう。
 こういうときは実は楽しい。
 謎解きをしているみたいだ。
 私は鼻歌交じりに執事室に向かった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...