悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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悪役令嬢と薄幸の美少女

5話 計画

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 執事室のテーブルでしばらく調べ物をしているふりをした。
 ベアトリクス様が私室から出てこない、それならば執事としての私の仕事は待機だ。
 うかつに他の仕事を手伝ってしまうと、不測の事態に対応できない。
 これは前任の執事を担当していた方にも口酸っぱく言われいたことだ。
「ふう」
 コーヒーを入れて一息ついた。
 せっかくの待機時間だ。
 私の使いたいように使わせてもらう。
「……」
 辺りを見回した。
 様々な本が並ぶ本棚、シンプルかつ気品あふれるデスク。
 デスクの上には羽ペンとインクと上質な紙。
 まさに貴族の館の執事室といったとこらか。
 カーテンは開けてある。
 ふと、窓の外を見てみた。
「ケ、ケイト様! そんなに持つ必要はありません」
「大丈夫大丈夫、私鍛えてるから」
「……」
 何かもめている。
 大方ケイト様が馬屋の桶の水でも交換しているのか。
 せいぜいその芸術的なまでに均整のとれた細身の体に、ゴツい筋肉など付けて欲しくないものだが……。
「私がその体を堪能するまではな」
 本当に小さな声で囁いた。
 今の私のさしあたっての目的はそれだ。
 元伯爵令嬢を思い通りにする。
 それは無理やりなどという野暮なやり方では決してない。
 かつてのマリンのように、これまでのたくさんの女性のように、私に惚れさせて向こうから股を開かせる。 
 それが成功したとき、圧倒的な征服感と快感が私の心を満たすのだ。
 これは一度味わったらやめられない。 
 ましてや今回の目標は高貴の血筋の者。
 今から震えが止まらない。
「さて」
 白紙をデスクに広げた。
 羽ペンを持つ。
 何事も物事を成功させるには、じっくりと計画を練らなければ。
 そのためには、未だに割り出せていない二人の貴族の娘のかけて欲しい言葉と、禁句を早めに割り出さなくてはならない。
 今は目標ではないベアトリクス様も、高感度を上げておいて損はない。
 何しろ彼女は一言で私を解雇できる立場にあるのだからな。

†††††

 窓から射す木漏れ日に包まれながら羽ペンを動かす。
 これまであった出来事や聞いた情報を記録していく。
「まずは、ケイト様」 
 この方から分析することにした。
 ケイト・カミラ・クルック。
 言わずと知れた王国名門貴族、クルック伯爵の一人娘。
 実は彼女は私たち使用人とは付き合いは古くない。
 初めてケイト様がこの館に訪れたのは、約二年前だ。
 その時は今よりも小柄で、可愛らしくはあったがとても性欲がわく年齢ではなかった。
 それに伯爵令嬢など高嶺の花どころではなかった。
 これまでは仮に肉体関係など持てば首が飛んでいた存在。
 しかし今は、二つの意味で食べごろというわけだ。 
 ケイト様の胸はだいぶ膨らんできたし、活発な活動でほどよく鍛えた脚線美は見事の一言だ。
「銃の名手、そして学園の成績はかんばしくない」
 またつぶやいてしまう。
 この辺が、かけて欲しい言葉と禁句を割り出すキーかもしれない。
 実はケイト様の銃の腕は相当なものだ。
 去年は大人に混じって王都の射撃大会に出て、総合十一位をとった天才。
 その時はこの館で盛大なパーティーをしたものだ。
 そして勉強のほうはサッパリらしい。
 本人曰く、クルック伯爵の後ろ盾がなくてはとっくに退学になっているレベルとの事。
 この二つを考慮すると……。
 ケイト様は銃の腕をほめると喜び、頭が足りない事を指摘されると憤慨する。
 そんな性格が頭に浮かぶ。
 しかし経験上、人はそんな単純なものではないのだ。
 大抵は意外なものを拠り所としているし、意外なものを嫌がるものだ。
 まあ、とりあえずはこの二つでカマをかけて見るとしよう。
 次にベアトリクス様。
 彼女についてはまだ情報が少なすぎる。
 わかっているのは……ベアトリクス様はかつてはケイト様と友人だったが、今はどうも毛嫌いしている様子だ。
 そしてかつては伯爵令嬢のケイト様が身分が上であり、今は立場が逆転しているという事。
 こちらは慎重に探らねばならない。
 改めて、ベアトリクス様の機嫌を損ねたら、職を失う可能性すらあるのだ

†††††

 コーヒーのお代わりを入れた。 
 戸棚からビスケットも取り出す。
 糖分を摂取し、脳に栄養を送る。
「これでいいか」
 大まかな作戦は決まった。
 羽ペンを置く。
 慎重に、一度だけ両者にカマをかけるとする。
 まずはかけて欲しい言葉の候補。
 ケイト様は銃の腕前を褒める言葉、ベアトリクス様はおそらく……ケイト様の陰口。
 女とはライバル心を持つ同性の陰口が三度の飯並に好きだからな。
 次に禁句の候補。
 ケイト様はオツムが足りないと指摘される事、ベアトリクス様は……元伯爵令嬢のケイト様を持ち上げる事。
 これらでいってみよう。
 ……栄光に嫉妬に、コンプレックスに、どれが彼女たちの琴線に触れるのか。
「……」
 自分の口角が上がっている事に気づく。
 狩りや釣りと同じだ。
 この慎重に事を進めているときも、また楽しいのだ。  
 さて、この計画を書いた紙は鍵付きの引き出しにしまうとするか。
「ん? これは」
 引き出しを開けた瞬間、新聞記事の切り抜きが視界に入った。
 前任の執事のものか。
 この館の執事になって約半年、まったく気付かなかった。
 何となく気になって切り抜きの束を手に取る。
「なになに……クルック伯爵がドラゴニア勲章を……ほとんどクルック様に関する記事か」
 どうも私に仕事を教えてくれた老人は、クルック伯爵の熱心な信者だったようだ。
 横領の罪で伯爵が逮捕された件では心を痛めてそうだ。
「ん、これはケイト様の記事か」
 複数の伯爵に関する記事の切り抜きの中に、一つだけ可愛らしい少女の写真が載る記事があった。
 クルック伯爵のご息女、射撃大会で総合十一位。
 そうだ去年この記事を読んだ記憶がある。
 白黒の写真の中のケイト様はぎこちない表情でライフルを構えて立っている。
「可愛らしいな。しかしあのお転婆がよく写真機の前でジッとしていられたものだ」
 去年というと、新型の写真機が出回る前だ。
 今よりもずっと長く撮影が終わるまで静止してなければならなかったはず。
「……ん?」
 ケイト様の記事の切り抜きの下の方に、関係ない記事がくっついている。
 前任者は優秀な人だったが、プライベートな作業はやや詰めが甘かったのか。
「神隠し、五人目の被害者……か」
 単なる誘拐事件だろうに……。
 そういえばこの事件結局解決しなかったんだった。
 
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