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悪役令嬢と薄幸の美少女
8話 悪役令嬢の微笑み
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誰もケイト様を追いはしない。
たった一年の付き合いだが、使用人はみんなわかっている。
あの子は精神が強い。
父親のクルック伯爵が捕まり、母親の伯爵夫人が亡くなり、自分が平民に成り下がり働いて生きていけなくなったときも……。
健気に笑顔で過酷な運命に立ち向かっていた。
「……」
そういう薄幸な高貴な血筋の美少女に性欲が湧いてるクズ、それが私なわけだが。
まったく欲望に忠実な自分には困ったものだ。
「マリン、水のお代わりをお願いしますわ」
「ですが、すでに三杯目ですが?」
「いいから、お願いしますわ」
「は、はい。かしこまりました」
我に返った。
ランチ中のベアトリクス様と、給仕をしているマリンのぎこちない会話が耳に入る。
「……」
しかしなんなのだろう? この娘は。
空腹に耐えかねていると料理番を急かしたわりには、食べているのは野菜とパンだけ。
肉や魚には一切手を付けていない。
これじゃあチャーリーたちが何のために腕をふるったかわからない。
それにメニューを説明した私もバカたいだ。
「イーモン、もうデザートをお願いします」
「か、かしこまりました。みんな、皿をお下げして」
少し驚いたが、貴族が食事を残すのはよくある事だ。
深く考えずに指示を出す。
「旬のフルーツとプディングの盛り合わせにございます。右からトゥルンピリーの実、リンゴ、~」
淡々とデザートの説明をした。
意外にも私の話を熱心に聞いている。
「トゥルンピリーの実、先ほど森で見かけましたわ」
「ああ、この館の敷地内に一本だけ生えていると聞きます」
「うふふ、そういえばあの子。この実が大好きだって言ってましたわ」
「……?」
ベアトリクス様は先ほどまでピリピリと険しい顔をしていた。
それが一瞬優しい顔つきになる。
その雰囲気は、今まで見たことがない別種の美しさだった。
……しかしあの子とは誰だろうか?
このお嬢さまのキツい性格では本当に仲の良い友人などいない気がする。
彼女の言うトゥルンペリーの実が好きな者とは、ペットだろうか?
「……」
それにしてもこの娘、いつまで血の気の引いた顔をしているのか。
もう少し健康的なら、今の笑顔はもっと魅力的なはずなんだが……。
†††††
ベアトリクス様はプディングとフルーツをすぐにたいらげた。
そしてお代わりを要求する。
肉や魚をたべなかったのにだ。
偏食なのかもしれない。
「ずいぶん走りましたからね。甘いものや果物は体に染みますわ」
「……」
なんだか老人のような独り言を言っている。
……しかし、ずいぶん走ったとは?
彼女が狩猟小屋を燃やしたのは、おそらくケイト様への嫌がらせ。
それを知らせるためにわざわざ森を走って来たのか?
そう言われると少女の甘い香りと共に、ほのかに汗の匂いも漂っている。
「……」
呆れた。
どれだけケイト様の驚く顔を楽しみにしていたのか。
つい呟やくように語ってしまう。
「しかし、屋敷から狩猟小屋までは約五㎞。短時間でドレスで往復とは、ベアトリクス様はずいぶん足腰が強いのだな」
「……」
「……!」
まずい。
バカか私は。
最近考え事が多すぎてたるんでいた。
まるでチャーリーに話しかけるように自然に語りかけてしまった。
しかも敬語を外して。
これは……まずい。
ベアトリクス様が無言で私の目を見つめている。
叱られるか?
「し、失礼しました。つい気が緩んでしまい……」
一応場を取り繕ったが、言い訳にもなってない。
「……」
紅茶の準備をするマリンの心配するような視線も感じた。
これは、本当にまずいか?
さすがに一言の失言で解雇はないと思いたいが。
とにかく頭の中を最悪の事態のイメージが巡る。
「……」
おそるおそるベアトリクス様と視線を合わせた。
「……!?」
視界に入ってきた表情は意外なものだった。
何度も何度も似たような表情を見てきた。
それは……かけて欲しい言葉を投げかけられて、はにかむ女の表情。
すなわち、私に少なからず好意を抱いたサイン。
「うふふ、鍛えてますので」
「さ、さようですか」
本当に機嫌が良くなったようだ。
失態を免れた事を実感する。
しかし……。
今の私の失言にどんな女性が喜ぶ要因があったんだ?
†††††
少し上機嫌になったベアトリクス様はあっという間にデザートを二皿たいらげた。
そして高価なティーセットでお茶を飲み始める。
「……」
その雰囲気は、優雅で美しさと気品を醸し出しつつ……冷たい印象も伴わせている。
つまり第一印象と同じだ。
先ほどの柔らかい笑顔はなんだったのか。
「イーモン、トゥールンペリーの実をもっと用意していただきたいのですが。そうですね、お皿にいっぱいお願いしますわ」
「かしこまりました」
また意外な催促が来た。
しかし今度は冷静に対応する。
「リリー、厨房へ行ってトゥルンペリーのみの皿を追加と伝えてくれ」
「はい」
しっかり伝えた。
リリーなら口頭で大丈夫だろう。
……しかしよく考えると私のやっている事は執事というより、伝言番だな。
「ベアトリクス様はトゥルンペリーの実がお好きなのですね」
世間話を振ってみた。
主やその家族の好物をさりげなく聞き出すのも私の仕事。
「え? 嫌いではないですが……そこまで好物というわけでもないですわ」
「……? さようですか」
やっぱりこの娘は読めない。
そんなに好きでないものを一皿追加を頼んだのか。
「ああ、お願いしたトゥルンペリーは私が食べるのではありませんわ」
「……?」
私やマリンの困惑に気づいたか。
自分から説明しだす。
「ケイト……そろそろここに乗り込んでくるあの子用にです」
「……」
答えが出なかった。
何を言っているのか。
たった一年の付き合いだが、使用人はみんなわかっている。
あの子は精神が強い。
父親のクルック伯爵が捕まり、母親の伯爵夫人が亡くなり、自分が平民に成り下がり働いて生きていけなくなったときも……。
健気に笑顔で過酷な運命に立ち向かっていた。
「……」
そういう薄幸な高貴な血筋の美少女に性欲が湧いてるクズ、それが私なわけだが。
まったく欲望に忠実な自分には困ったものだ。
「マリン、水のお代わりをお願いしますわ」
「ですが、すでに三杯目ですが?」
「いいから、お願いしますわ」
「は、はい。かしこまりました」
我に返った。
ランチ中のベアトリクス様と、給仕をしているマリンのぎこちない会話が耳に入る。
「……」
しかしなんなのだろう? この娘は。
空腹に耐えかねていると料理番を急かしたわりには、食べているのは野菜とパンだけ。
肉や魚には一切手を付けていない。
これじゃあチャーリーたちが何のために腕をふるったかわからない。
それにメニューを説明した私もバカたいだ。
「イーモン、もうデザートをお願いします」
「か、かしこまりました。みんな、皿をお下げして」
少し驚いたが、貴族が食事を残すのはよくある事だ。
深く考えずに指示を出す。
「旬のフルーツとプディングの盛り合わせにございます。右からトゥルンピリーの実、リンゴ、~」
淡々とデザートの説明をした。
意外にも私の話を熱心に聞いている。
「トゥルンピリーの実、先ほど森で見かけましたわ」
「ああ、この館の敷地内に一本だけ生えていると聞きます」
「うふふ、そういえばあの子。この実が大好きだって言ってましたわ」
「……?」
ベアトリクス様は先ほどまでピリピリと険しい顔をしていた。
それが一瞬優しい顔つきになる。
その雰囲気は、今まで見たことがない別種の美しさだった。
……しかしあの子とは誰だろうか?
このお嬢さまのキツい性格では本当に仲の良い友人などいない気がする。
彼女の言うトゥルンペリーの実が好きな者とは、ペットだろうか?
「……」
それにしてもこの娘、いつまで血の気の引いた顔をしているのか。
もう少し健康的なら、今の笑顔はもっと魅力的なはずなんだが……。
†††††
ベアトリクス様はプディングとフルーツをすぐにたいらげた。
そしてお代わりを要求する。
肉や魚をたべなかったのにだ。
偏食なのかもしれない。
「ずいぶん走りましたからね。甘いものや果物は体に染みますわ」
「……」
なんだか老人のような独り言を言っている。
……しかし、ずいぶん走ったとは?
彼女が狩猟小屋を燃やしたのは、おそらくケイト様への嫌がらせ。
それを知らせるためにわざわざ森を走って来たのか?
そう言われると少女の甘い香りと共に、ほのかに汗の匂いも漂っている。
「……」
呆れた。
どれだけケイト様の驚く顔を楽しみにしていたのか。
つい呟やくように語ってしまう。
「しかし、屋敷から狩猟小屋までは約五㎞。短時間でドレスで往復とは、ベアトリクス様はずいぶん足腰が強いのだな」
「……」
「……!」
まずい。
バカか私は。
最近考え事が多すぎてたるんでいた。
まるでチャーリーに話しかけるように自然に語りかけてしまった。
しかも敬語を外して。
これは……まずい。
ベアトリクス様が無言で私の目を見つめている。
叱られるか?
「し、失礼しました。つい気が緩んでしまい……」
一応場を取り繕ったが、言い訳にもなってない。
「……」
紅茶の準備をするマリンの心配するような視線も感じた。
これは、本当にまずいか?
さすがに一言の失言で解雇はないと思いたいが。
とにかく頭の中を最悪の事態のイメージが巡る。
「……」
おそるおそるベアトリクス様と視線を合わせた。
「……!?」
視界に入ってきた表情は意外なものだった。
何度も何度も似たような表情を見てきた。
それは……かけて欲しい言葉を投げかけられて、はにかむ女の表情。
すなわち、私に少なからず好意を抱いたサイン。
「うふふ、鍛えてますので」
「さ、さようですか」
本当に機嫌が良くなったようだ。
失態を免れた事を実感する。
しかし……。
今の私の失言にどんな女性が喜ぶ要因があったんだ?
†††††
少し上機嫌になったベアトリクス様はあっという間にデザートを二皿たいらげた。
そして高価なティーセットでお茶を飲み始める。
「……」
その雰囲気は、優雅で美しさと気品を醸し出しつつ……冷たい印象も伴わせている。
つまり第一印象と同じだ。
先ほどの柔らかい笑顔はなんだったのか。
「イーモン、トゥールンペリーの実をもっと用意していただきたいのですが。そうですね、お皿にいっぱいお願いしますわ」
「かしこまりました」
また意外な催促が来た。
しかし今度は冷静に対応する。
「リリー、厨房へ行ってトゥルンペリーのみの皿を追加と伝えてくれ」
「はい」
しっかり伝えた。
リリーなら口頭で大丈夫だろう。
……しかしよく考えると私のやっている事は執事というより、伝言番だな。
「ベアトリクス様はトゥルンペリーの実がお好きなのですね」
世間話を振ってみた。
主やその家族の好物をさりげなく聞き出すのも私の仕事。
「え? 嫌いではないですが……そこまで好物というわけでもないですわ」
「……? さようですか」
やっぱりこの娘は読めない。
そんなに好きでないものを一皿追加を頼んだのか。
「ああ、お願いしたトゥルンペリーは私が食べるのではありませんわ」
「……?」
私やマリンの困惑に気づいたか。
自分から説明しだす。
「ケイト……そろそろここに乗り込んでくるあの子用にです」
「……」
答えが出なかった。
何を言っているのか。
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