悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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悪役令嬢と薄幸の美少女

9話 激怒する元伯爵令嬢

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 ベアトリクス様は優雅に紅茶を飲み続ける。
「……」  
 なんとなく窓に映る景色を見た。
 曇り空で日差しが弱い。
 木々の葉もかなり揺れている。
 午後は空模様が荒れる気がした。
「マリン、ティーセットは余分にあるのですよね?」
「え、ええ」
 突然マリンが話しかけられた。
「もう一人分準備していてくださる?」
「……? かしこまりました」
 ベアトリクス様の意味不明な言動には、マリンも慣れてきている。
 来客予定などないのに、セットを温め始めた。
 そういえば……先ほどはケイト様がここに乗り込んでくると言っていたか?
「……」
 正直半信半疑だ。
 あの子が泣いたり怒ったりしているのは見たことがない。
 お転婆とはいえ、ケイト様がそんな乱暴なことをするとは思えない。
 自分の中でそう結論付けたとき……。
「ケ、ケイト様! お待ちください」
「うるさい!」
「……!」
 大広間のほうから尋常じゃない騒ぎが聞こえてきた。
 何事だ?
「だ、誰か! ケイト様を押さえて! アレン! お願い!」
「わかった」 
 騒ぎは続く。
 様子を見に行きたいが、私はヘザー男爵家に雇われる身だ。
 うかつにご息女のそばを離れるわけにはいかない。
「痛っ」
「素早いぞ! 回りこめ!」
 まるで動物でも屋敷内に入り込んで来たような剣幕だ。
 外から聞こて来る音に、少なからず私も動揺している。
 そして……。
「ベアトリクス! あなた! 本当に私の狩猟小屋を燃やしたのね!」
「ケ、ケイト様!」
 驚いた。
 ノックもせずに乱暴を扉を開けて入ってきたのは、鬼のような形相のケイト様だった。

††††† 

 ベアトリクス様の言うとおりになった。
 本当にケイト様がこの部屋に乗り込んできた。
「し、失礼しましたベアトリクス様。ケイト様にはすぐに立ち退いていただくので」 
「アレン、何事?」
 マリンの夫、アレンがケイト様に続いて部屋に入ってきた。
 その姿は汗だくで疲労困憊だ。
「なんでもない! マリン、お前は自分の持ち場を離れるな」
「え、ええ」
「さあ、ケイト様。行きますよ。駄々をこねないでください」
 アレンがケイト様の手首を掴む。
 ……しかし次の瞬間。
「うわあ!」
 細身とはいえ、大の大人の体が宙を舞う。
 アレンは絨毯の上に投げ飛ばされていた。
「……!!」
 状況が掴めなくて硬直している我々を、ケイト様が鋭い目つきで睨む。
「ベアトリクス、もう一度聞くわ。なぜ私の狩猟小屋を燃やしたの?」
 再度同じ質問を繰り返す。
 なんだ? この威圧感は。
 小柄で華奢な少女が纏う雰囲気じゃない。
 圧倒される中、ベアトリクス様だけが冷静だ。
「あの狩猟小屋はあなたの物じゃないわ。この館のものはすべてお父様に所有権があります」
 いつもの冷たい表情で、見下すような口調で語る
 それは火に油を注ぐ行為ではないだろうか?
「ベアトリクス! 質問に答えなさい! なぜあの小屋を燃やしたの?」
 案の定だ。
 ケイト様はますます声が大きくなる。
 もはや金切り声に近い。
「あなた。わざわざ確かめに行ったのですね、よく燃えていたでしょう?」
「……」
 歯を食いしばる音が聞こえてきそうだ。
 ものすごい形相でケイト様はベアトリクス様を睨む。
 顔は真っ赤で、涙すら流している。
「……?」
 おかしい。
 父親であるクルック伯爵が逮捕され、母である夫人が自殺したときも……ケイト様は気丈に振る舞っておられた。
 汚い小屋が燃やされた。
 そんな理由で泣くほど怒っている。
「あなたに自分の立場をわからせるためですわ」
 目の前の異常な状況をまったく気にしていない。
 ベアトリクス様は上から目線で語り続ける。

†††††

 騒ぎを聞きつけて、屋敷の者のほとんどが集まっていた。
 部屋は廊下で埋め尽くされる。
「もう一度言いますね、ケイト。自分の立場をわきまえなさい」
「……」 
 ベアトリクス様はさらにケイト様を煽る。
「私には敬称を付け、敬語で話してください。食事はみんなと同じ普通の賄いを食べてください」
「……」
「今後狩りは禁止します。野外に寝泊まりする事も禁止します。そして花嫁修業でもしなさいな。あなたほどの器量なら……っ!!」
 最後まで語れなかった。
 鈍い嫌な音が響く。 
 事もあろうに、ケイト様はベアトリクス様の脇腹を殴っていた。
「グッ……ゲホッ……あ、あなたね」
「……」
 状況が掴めなくて再び硬直する。
 今は平民であるケイト様が……男爵令嬢のベアトリクス様を殴った?
「わーーーーー!!」
 叫んでいた。
 体中の汗腺から汗が流れ出る。
 本能的にベアトリクス様とケイト様の間に立つ。
「ケイト様! 何を考えておられるのですか!」
「うるさい!」
「ちょっ! 信じられない」
 マリンも間に入る。
 しばらく伸びていたアレンは再びケイト様を取り押さえようと試みる。
 しかし、また投げ飛ばされる。
「ぐわっ」
「ベアトリクス!」
 ケイト様はさらに叫ぶ。
 鬼の形相のまま。
 え? まだやるの?
「そこまでですよ、ケイト様」
「……!」
 良かった。
 救世主が現れた。
 目の前の怒り狂った美少女は毛深い腕に羽交い締めにされる。
 チャーリーだ。
 チャーリーがやってきた。
 彼は元軍人。
 いかに野生児だろうと、小娘に格闘で負けたりしない。
「はなせ! この毛むくじゃら!」
「大人しくしてくださいな。怪我をしますよ」
 何気にケイト様がチャーリーの禁句を口にしている。
 しかし今はそれどころじゃない。
「イーモン、ベアトリクス様を!」
「わ、わかった」
 暴れるケイト様は彼に任せて、ベアトリクス様のほうに振り向く。
「……!」
 なんだ?
 ベアトリクス様は恐怖でうずくまっているかと思いきや……冷静な顔でフルーツの入った皿を持っている。
「まったく、女の子なら普通は頬を叩くものでしょうに。イーモン、どいてくださいな」
「え?」
 私をはねのけ、ベアトリクス様はケイト様に近づく。
「ちょうどいいわ。チャーリー、そのまま押さえててくださいな」
「え? え?」
「ベアトリクス!」
「ほら、あなたの好物のトゥルンペリーの実ですわ。とりあえず落ち着きなさいな」
「は、はあ?」
 集まっていた使用人のほとんどが変な声を上げる。
 たった今殴られた男爵令嬢は……今やメイドの一人であるケイト様の口に果実を持っていき、食べさせている。
「……」
 なんだ? この状況は。
 
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