悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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悪役令嬢と薄幸の美少女

10話 怪我を隠す悪役令嬢

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 なんなのだろうか? この状況は。
 あれほど暴れていたケイト様がすっかり大人しくなった。
 表情も幼さの残る美しい顔立ちに戻り、ずっと果物をシャクシャクと咀嚼している。
「相変わらずですわね、あなたは」
「……」 
「さあ、全部食べてしまいなさいな」
「……?」
 ベアトリクス様は次から次と皿のトゥルンペリーの実をケイト様の口元に運ぶ。
 そのうち、完全に大人しくなった。
「チャーリー、もう大丈夫でしょう。ケイトを離してください」
「し、しかし」
「離してください」
「……わかりました」
 本当に大丈夫なのだろうか。
 チャーリーは渋々命令に従う。 
 羽交い締めは解かれた。
「……」
 かなり表情は落ち着いたが、ケイト様はそれでもベアトリクス様を睨んでいる。
「……ベアトリクス、小屋の中身は見た?」
 静かに語りだす。
 まだ会話を続けるのか。
 使用人全体に緊張感が走る。
「見ましたわ。窓から覗いただけですが」
「何か見た?」
「……」
 何だろうか?
 ケイト様が見たこともない表情をしている。
 まるで品定めをするかのような……。
「猟銃や干し肉や毛皮が壁にかかってましたね。後は殺風景な部屋でした」
「そう……私にとってはお父様とお母様との思い出の場所だったんだけど」
「そうですか」
 このやり取りで一斉に空気が変わった気がする。
 使用人たちがヒソヒソと話し始めた。
「そうだ。あの小屋は旦那様と奥様とケイト様で狩りの拠点にしていた場所……」
「思い出の場所をつまらない腹いせで燃やすなんて……」
「……!?」
 おかしい。
 なぜかベアトリクス様が悪いかのような空気になっている。
 平民が貴族を殴ったなんて、問答無用で罪なのだが。
「さあ、皆さん持ち場に戻ってくださいな。それとケイト、クルック伯爵様と夫人との思い出の場所だろうが何だろうが関係ないありませんわ」
「何ですって」
「今後も気にくわない事があったら、あなたに制裁を加えますので」
「……」
 そうして一同に不可解な表情をした使用人たちは去っていく。
 その場には私とベアトリクス様とマリンだけが残された。

†††††

 ベアトリクス様はマリンと共に私室に帰っていった。
 午後は日課の屋敷の見回りだ。
 掃除がなってない場所はないか。
 どこか破損してないか。
 サボってるものはいないか。
 そういうのに気を配るのも私の役目だ。
「ベアトリクス様、かなりキツい性格のようね」
「ほら、クルック伯爵様が失脚するまではケイト様のほうが家柄が良かったわけだし」
「ああ、学院でそういうの根に持ってたのかな」
「……」
 みんなそれぞれ仕事をしながらも、ベアトリクス様の陰口を叩いている。
「掃除終わったよ」
「ケイト様、今日はみんなで賄いを食べますよ。狩猟小屋の自炊道具をすべて燃やされたのでしょう?」
「はーい」
 ケイト様は何事もなかったように普段の自分を取り戻し、周りの使用人もまるで妹のように彼女を可愛がる。
「……」
 何だろうか。
 背筋に悪寒が走った。
 こんな光景をつい最近も見た。
 あれはクルック伯爵夫人がこの館で首を吊った日の事だ。
 ケイト様は今と同じように使用人たちと打ち解けていた。
 ……あの時は周りに心配をかけないように、元貴族として誇り高くあるために、気丈に振る舞っていると思っていた。
 しかし、今は癇癪を起こしても人を殴っあとだというのに、あっけらかんとしている。
 罪悪感はないのか。
 もしかして本当に考えが読めないのは、ケイト様のほうなのだろうか。

††††† 

 中庭を見回っていた。
 すでに掃き掃除は終わり、馬は鞍を外され馬小屋に戻されている。
 さっき曇っていたが、今は嘘のように晴れている。
 羊雲がまばらに空に散っている空模様。
「今日はチャーリーの奴を誘ってビアガーデンにでも行くかな」
 独り言を呟いていた。
 今夜は確実に晴れそうだ
 外で飲んだほうが楽しそうだ。
「イーモンさん、少しいいですか?」
「ん?」
 突然、声をかけられた。 
 馬番のアレンだ。
「どうした?」
「少しお話したいことが」
 手招きされる。
 馬小屋の陰に来いということか。
 すなわちそれは、人に聞かれてはまずい話という事だ。
「なんだ?」
 壁に寄りかかる。
 日陰に連れてこられたので、薄暗い。
 そんな中、アレンは深刻に語る。
「ベアトリクス様、本当にお怪我はなかったのでしょうか」
「ん?」
 もったいつけるから金の無心か何かと勘違いしてしまった。
 他人の心配か。
「というと?」 
「ケイト様、小柄で華奢なのに凄まじい力でした」
「ああ、お前二回投げられたんだっけな」
 少し笑いがこみ上げた。
「……」
 しかし我慢して真面目な顔を作る。
 アレンの禁句はまだ割り出していない。
 何が地雷かわからない。
「大の男を投げ飛ばす力。ケイト様はそんなものでベアトリクス様の脇腹を殴った」
「……!」
「最悪あばら骨にヒビくらい入っているかも」
 ……これはありがたい情報だ。
 その怪我が元で破傷風など起こされたら大変だ。
「忠告感謝する。見回りは中断だ。ベアトリクス様の様子を見てくる」 
「はい」
 礼を言い、館の方に向かう。
 ポーカーフェイスに惑わされた。
 あの殴ったときの音で、十六才の華奢な少女が無事とはとても思えない。
 すぐに気づくべきだった。
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