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王都の怪人
8話 射撃を習うには
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ベアトリクス様はズカズカと監視小屋に入ると、手にしていた二つのお盆をテーブルに置く。
薄手のドレスの貴族の少女がいるには少々むさ苦しい空間なのだが……。
「差し入れですわ。そちらの方もどうぞ」
そう言って今度はお盆の蓋を取る。
そこには、二人分のサンドイッチがあった。
ハムとチーズのオーソドックスな奴だ。
「ベ、ベアトリクス様。あなた様がそんな事をなされなくても」
「ああ、サンドイッチはついでですわ。あなたに話があってきましたの」
「話……ですか」
トレイシーと顔を見合わせる。
彼も状況は飲み込めていないだろうが、丁寧に礼を言ってる。
「この椅子、借りますわ」
ベアトリクス様はそう言って簡易な椅子に座る。
そしてサンドイッチを一つ片手に持った。
……持ってきた本人も食べるのか。
「あ、まず始めに……どうせ馬車に貴重品なんて置いてませんわ。この辺は治安もいいですし、監視なんて適当で構いませんので」
「あ、いや……」
話の出だしでそんな事を言われた。
実際サボっていたのだが。
「とにかくですね、さっき思い出した事がありますの。それを伝えたくて」
「はあ」
「あの、席を外しましょうか? あなた様は確かヘザー男爵のご息女であらされましたよね?
何の話か存じませんが、他者に聞かれてはまずいのでは?」
「あら、私の事を存じておられましたか。王都の方ですか?」
ベアトリクス様が何か語り出す前にトレイシーが気を使ってる。
「とにかく構いませんわ。大したことではありませんので」
「は、はあ。さようですか」
そうして、トレイシーに構わず語り始めた。
「射撃訓練、って普通はどのような方に教わるものですの? お姉さまには聞きづらくて……」
「……?」
「ほら、お姉さまはそんな事は花嫁修業にはならないとか仰りそうですし」
「は、はあ。ま、まあそうかもしれませんね」
どんな話が飛び出てくると思えば、何だか意外な事柄だった。
そういえばこの前ケイト様との射撃勝負で惨敗していたな。
「申し訳ありません。その手の事はあまり知識がなくて」
正直に答えた。
知らないものは知らない。
「そう……ですか。クルック伯爵様の使用人のあなたなら知っているかと思ったのですが。あの方は狩猟が好きと聞いていたので」
「ご期待に添えず申し訳ありません。ですが……」
チラリとサンドイッチを頬ばるトレイシーを見た。
どうでもいいが、この空気で貴族の娘が持ってきた食べ物をガツガツ食えるこいつはすごい。
「このトレイシー・ロブソンなら何か知ってるかもしれません。何しろ彼は去年の射撃大会で国内十位の手練です」
「……まあ。ケイトより腕が上の方なのですか」
ベアトリクス様の視線がゴツい黒髪の鼻の高い男のほうに移る。
†††††
急に話を振られてトレイシーは一瞬動きが止まる。
そして持っていたサンドイッチを慌てて飲み込むとかしこまって挨拶をし始めた。
「ご紹介が遅れました。私、トレイシー・ロブソンと申します」
「あ、ああ。ベアトリクス・バレリー・ヘザーと申しますわ」
「私などにご丁寧な挨拶、痛み入ります。実は私はこのイーモンとは旧知の仲でして、デッカー男爵家の使用人をしております」
「まあ、そうなのですか」
さすがは悪友。
貴族との会話は手慣れたものだ。
急に話を振られたのに、微塵も動揺せずに答えている。
「さて、ベアトリクス様。僭越ながら私が先ほどのあなた様の質問にお答えしましょう」
「……お願いしますわ」
目を輝かせている。
そんなに射撃を覚えたいのだろうか。
「まず、貴族のご子息が銃の扱いを習う事はよくあります。ご息女の場合もそれほど珍しくありません」
「はい」
「その場合、元軍人や国内射撃大会で上位の成績を収めた者が専属に雇われる事が多いかと」
「元軍人……国内射撃大会の上位。今身近に両方いますわね。もっとも、ケイトに教えを乞うのは本末転倒ですが……」
「……?」
独り言に近いベアトリクス様の発言を聞いて、トレイシーは目をパチクリさせている。
「ベアトリクス様。今仰った方は……まさかケイト・カミラ・クルック様の事で?」
「ええ、そうですが? いえ、この前あの子に射撃勝負でコテンパンに負けましたの。何とかリベンジできないかと思いまして」
「ああ、そういえば……あの方は今はヘザー男爵家に一時的に保護されているんでしたね」
「……」
意外だ。
トレイシーまで、まるでクルック伯爵様が冤罪がそろそろ晴れそうな事を知っているかのような口ぶりだ。
それでなければ、一時的なんて言葉は出ないはず。
「どちらにせよ、ケイト様に勝てる未成年などこの国におりませんよ」
「それはわかってますが……」
「……? 何しろあの方は貴族の女性だけの大会に出ないで、わざわざ男の射撃大会にエントリーされるような方ですし」
「……ですよね。女性のみの競技に出ていれば、あの子はおそらく優勝してもっと有名になっていたはずなのですが……」
知らない情報が出てきた。
ケイト様、女性というハンディキャップを背負ったまま、わざわざ猛者が集まる方の大会にエントリーしたのか。
射撃はどうしても男のほうが有利になる。
「……ケイト様の事です。もしかしたらその大会でも優勝できると考えたのかもしれませんね」
「ああ、ありえますわ」
お互いにうなずく。
「とにかく、元軍人か射撃大会上位者に習うものなのですね。トレイシーさん、本当にありがとうございました」
「いえ、私などにもったいないお言葉」
「あ、いけない。そろそろお姉さまが探しに来るかもしれませんわ。それでは、失礼します」
「はい、お気をつけて。お送りしますか?」
「まさか、宿は隣ですわよ」
ベアトリクス様は急にバタバタして去っていく。
何だかその一連の仕草が目の保養になる。
美しく、若い少女の行動そのものがだ……。
「さて」
一応監視小屋を出て、ベアトリクス様が貴族専用の宿に入って行くのを確認した。
「大丈夫そうだな」
そのまま監視小屋に戻る。
「巻き込んですまなかったな。助かったよ」
とりあえず、トレイシーに礼を言った。
「いやあ、貴重な体験させてもらったよ。ヘザー男爵家のベアトリクス様……良い子だね」
「……? ああ、まあな」
彼の言葉にベアトリクス様の普段の人間の小さや、しょうもない嫌がらせをする姿が脳裏に浮かんだ。
まあ口にはすまい。
「それにしても……あんな良い子があのケイト・カミラ・クルックと関わっているのか」
「ん?」
「お前、ちゃんとベアトリクス様をお守りしろよ。あんな可憐な子が、キチガイ娘の餌食になったらいたたまれん」
「んん?」
怪訝そうな顔で語るトレイシーの発言に違和感を得た。
それはまるで上流貴族の娘のケイト様を毛嫌いしてるかのような……。
薄手のドレスの貴族の少女がいるには少々むさ苦しい空間なのだが……。
「差し入れですわ。そちらの方もどうぞ」
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そこには、二人分のサンドイッチがあった。
ハムとチーズのオーソドックスな奴だ。
「ベ、ベアトリクス様。あなた様がそんな事をなされなくても」
「ああ、サンドイッチはついでですわ。あなたに話があってきましたの」
「話……ですか」
トレイシーと顔を見合わせる。
彼も状況は飲み込めていないだろうが、丁寧に礼を言ってる。
「この椅子、借りますわ」
ベアトリクス様はそう言って簡易な椅子に座る。
そしてサンドイッチを一つ片手に持った。
……持ってきた本人も食べるのか。
「あ、まず始めに……どうせ馬車に貴重品なんて置いてませんわ。この辺は治安もいいですし、監視なんて適当で構いませんので」
「あ、いや……」
話の出だしでそんな事を言われた。
実際サボっていたのだが。
「とにかくですね、さっき思い出した事がありますの。それを伝えたくて」
「はあ」
「あの、席を外しましょうか? あなた様は確かヘザー男爵のご息女であらされましたよね?
何の話か存じませんが、他者に聞かれてはまずいのでは?」
「あら、私の事を存じておられましたか。王都の方ですか?」
ベアトリクス様が何か語り出す前にトレイシーが気を使ってる。
「とにかく構いませんわ。大したことではありませんので」
「は、はあ。さようですか」
そうして、トレイシーに構わず語り始めた。
「射撃訓練、って普通はどのような方に教わるものですの? お姉さまには聞きづらくて……」
「……?」
「ほら、お姉さまはそんな事は花嫁修業にはならないとか仰りそうですし」
「は、はあ。ま、まあそうかもしれませんね」
どんな話が飛び出てくると思えば、何だか意外な事柄だった。
そういえばこの前ケイト様との射撃勝負で惨敗していたな。
「申し訳ありません。その手の事はあまり知識がなくて」
正直に答えた。
知らないものは知らない。
「そう……ですか。クルック伯爵様の使用人のあなたなら知っているかと思ったのですが。あの方は狩猟が好きと聞いていたので」
「ご期待に添えず申し訳ありません。ですが……」
チラリとサンドイッチを頬ばるトレイシーを見た。
どうでもいいが、この空気で貴族の娘が持ってきた食べ物をガツガツ食えるこいつはすごい。
「このトレイシー・ロブソンなら何か知ってるかもしれません。何しろ彼は去年の射撃大会で国内十位の手練です」
「……まあ。ケイトより腕が上の方なのですか」
ベアトリクス様の視線がゴツい黒髪の鼻の高い男のほうに移る。
†††††
急に話を振られてトレイシーは一瞬動きが止まる。
そして持っていたサンドイッチを慌てて飲み込むとかしこまって挨拶をし始めた。
「ご紹介が遅れました。私、トレイシー・ロブソンと申します」
「あ、ああ。ベアトリクス・バレリー・ヘザーと申しますわ」
「私などにご丁寧な挨拶、痛み入ります。実は私はこのイーモンとは旧知の仲でして、デッカー男爵家の使用人をしております」
「まあ、そうなのですか」
さすがは悪友。
貴族との会話は手慣れたものだ。
急に話を振られたのに、微塵も動揺せずに答えている。
「さて、ベアトリクス様。僭越ながら私が先ほどのあなた様の質問にお答えしましょう」
「……お願いしますわ」
目を輝かせている。
そんなに射撃を覚えたいのだろうか。
「まず、貴族のご子息が銃の扱いを習う事はよくあります。ご息女の場合もそれほど珍しくありません」
「はい」
「その場合、元軍人や国内射撃大会で上位の成績を収めた者が専属に雇われる事が多いかと」
「元軍人……国内射撃大会の上位。今身近に両方いますわね。もっとも、ケイトに教えを乞うのは本末転倒ですが……」
「……?」
独り言に近いベアトリクス様の発言を聞いて、トレイシーは目をパチクリさせている。
「ベアトリクス様。今仰った方は……まさかケイト・カミラ・クルック様の事で?」
「ええ、そうですが? いえ、この前あの子に射撃勝負でコテンパンに負けましたの。何とかリベンジできないかと思いまして」
「ああ、そういえば……あの方は今はヘザー男爵家に一時的に保護されているんでしたね」
「……」
意外だ。
トレイシーまで、まるでクルック伯爵様が冤罪がそろそろ晴れそうな事を知っているかのような口ぶりだ。
それでなければ、一時的なんて言葉は出ないはず。
「どちらにせよ、ケイト様に勝てる未成年などこの国におりませんよ」
「それはわかってますが……」
「……? 何しろあの方は貴族の女性だけの大会に出ないで、わざわざ男の射撃大会にエントリーされるような方ですし」
「……ですよね。女性のみの競技に出ていれば、あの子はおそらく優勝してもっと有名になっていたはずなのですが……」
知らない情報が出てきた。
ケイト様、女性というハンディキャップを背負ったまま、わざわざ猛者が集まる方の大会にエントリーしたのか。
射撃はどうしても男のほうが有利になる。
「……ケイト様の事です。もしかしたらその大会でも優勝できると考えたのかもしれませんね」
「ああ、ありえますわ」
お互いにうなずく。
「とにかく、元軍人か射撃大会上位者に習うものなのですね。トレイシーさん、本当にありがとうございました」
「いえ、私などにもったいないお言葉」
「あ、いけない。そろそろお姉さまが探しに来るかもしれませんわ。それでは、失礼します」
「はい、お気をつけて。お送りしますか?」
「まさか、宿は隣ですわよ」
ベアトリクス様は急にバタバタして去っていく。
何だかその一連の仕草が目の保養になる。
美しく、若い少女の行動そのものがだ……。
「さて」
一応監視小屋を出て、ベアトリクス様が貴族専用の宿に入って行くのを確認した。
「大丈夫そうだな」
そのまま監視小屋に戻る。
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とりあえず、トレイシーに礼を言った。
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「……? ああ、まあな」
彼の言葉にベアトリクス様の普段の人間の小さや、しょうもない嫌がらせをする姿が脳裏に浮かんだ。
まあ口にはすまい。
「それにしても……あんな良い子があのケイト・カミラ・クルックと関わっているのか」
「ん?」
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