悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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王都の怪人

9話 流行りの物語

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 その日の深夜。
 監視小屋の簡易なベッドに寝ころびながら、トレイシーと共に昔話に花を咲かす。  
「思えばお前は学生時代はモテモテだったよな。女をとっかえひっかえ」
「そんな事もあったな」
「その件はみんなお前にムカついてたけどさ、なぜかどの女とも長続きしなかったよな」
「私はその程度の魅力の人間なんだろ。現に今でも独身だし」
 寝返りを打ってそう答えておいた。
 当たり前の話なのだが……。
 私がいつも飽きた女に禁句を連呼して、向こうから振るように仕向けてる事は誰にも内緒にしてる。
「へえ、お前まだ独身なのか」
「もちろん。お前は?」
「まだだよ。だいたいお互いもし結婚したら、王都の近辺の同期くらい式に呼ぶだろ?」
「それもそうか」
 話も尽きてきた。
 しかし全然眠くない。
 悪友と久しぶりに話してるからだろうか。
「……」
 窓の月を見ていると、学生時代こうやってトレイシーと夜通し女の話をしていたのを思い出す。
 やれあの女は乳が大きい。
 あの女は太ももが……。
 そんなしょうもない内容ばかりだったが。
「そうだ。お前、さっきのベアトリクス様を狙ってみたらどうだ?」
「はあ?」
「今はまだガキだが、ありゃ数年後絶世の美女になるぜ」
「話にならんな」
 ため息が出た。
「お前は昔から年上が好きだったからな。とにかく、ベアトリクス様は今が全盛期だろうに」
「え? お前まさか十六の小娘に欲情するのか?」
「……普通だろ?」  
 そうだ。
 それは動物として普通だ。
 何しろ十六才の少女は妊娠して出産できる準備が整ってるんだからな。
「まあおかしくもないか。ならベアトリクス様を本気で狙ってみたらどうだ?」
「……」
 またため息が出た。
「あのなあ、ベアトリクス様は男爵家の一人娘だぞ。そんなのに手を出したら命がいくつあっても足りん」
 そう告げると、トレイシーは待ってましたとばかりに上体を起こす。
「知らねえのか。今王都で貴族の娘と平民の男が恋人になるのが流行りなんだぜ」
「……ほう」
 興味深い話だ。
 一応聞いてやるとしよう。
 少し寝返りを打って、耳をトレイシーの話がよく聞こえる角度に変える。
「そういう小説や劇が流行ってるんだよ」
「へえ、具体的にどんな?」
「貴族の娘が恋人と共に駆け落ちして、最後は心中みたいなね」
「おいおい、その物語は死ぬオチかよ」
 そういえば最近はあの館から出ていなかった。
 これから行く王都で何が流行ってるかなんて知らなかった。
 
†††††

 その話のあらすじを聞いた。
「結局、貴族の娘と平民の恋など許されてくてな。その二人は駆け落ちして地方でひっそりと働きながら暮らす」
「まあ物語上、そこでは終わらんわな」
「ああ、もちろん。結局心中につながる」
「詳しく教えろよ」
「いやいや、これから王都に行くんだろ? 自分で結末を知れ!」
「はいはい、わかったよ。相変わらずだなお前は」
 キリの悪い所で話をやめて楽しむ。
 昔からトレイシーはそういう奴だ。
「とにかくな、王都で流行ってるその物語の影響かな。半年ほど前から家出する貴族の娘が増えた」
「ほう」
「そういう時期は下手に刺激するととんでもない行動を起こしたりするからな。その煽りを受けて、今王都では貴族の娘の恋はほっといた方がいいって流れになってる」 
「と、いうと?」
「どうせシチュエーションに酔った小娘など、すぐに飽きて元に戻ると」
「ああ、なんとなくわかった気がする」
 麻疹みたいなものか。
「その過程で王都にいるたくさんの貴族の娘は処女を失ったりするそうだが……」
「……!」
「結局本当にそうやって結婚までした例は一件も聞かないなあ」
「……」 
 窓から差し込む月明かりの下、トレイシーは茶目っ気たっぷりに笑う。
 ガッカリしたか?
 とでも言いたいのか。
 しかし、私の価値観では今の話は都合の良すぎる話だ。
 つまりたくさんの男が流行りに乗り、後腐れなく貴族の娘と遊べたということだ。
 これは私もその流行りの物語の恩恵にあやかれないだろうか?
 攻略を諦めていたベアトリクス様……上手くやれば……。

†††††

 空が白んできた。
 今日はもう寝るのを諦めよう。
 トレイシーの話が愉快すぎる。
「ま、さっきの話は鵜呑みにするなよ。半分冗談だからな」 
「わ、わかってるよ」
 ずっと監視小屋で語り合っていた。
 そして、先ほど聞いた王都で流行る物語の件……。
 私は真剣に聞いていた。
「その劇ってまだ公演してるのか?」
「ああ、一番大きな劇団は秋まではやるって」 
「なるほど」
 つまり、チャンスはまだまだあると。
「そうだ。さっき言いかけたが」
「ん?」
「お前の雇い主のクルック伯爵の娘、ケイトには気をつけろ」
「……ケイト様を? それはお転婆がすぎて危険な目に合うということか?」
 聞いてみた。
 今度はトレイシーがため息をつく。
「その分だと、彼女の裏の顔を知らなそうだな」 
「裏の顔? ケイト様の?」
「ああ。あの子、自分の家の使用人には愛想よくしてるのか。まさかお前が知らないとは」
「……」
 なんだか興味が出てきた。
 ケイト様、どんな秘密を抱えているのか。
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