悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

文字の大きさ
30 / 69
悪役令嬢との恋

3話 ヘザー男爵家の本館

しおりを挟む
 返事がない。
 もう一度ヘザー家の本館の裏口のベルを鳴らした。 
 やはり反応はない。
「困ったな」
 かつてこの近くにあるクルック家の本館に訪れたときは、誰かかしら来客用に待機していたものだが……。
 もしや使用人の数が少ないのか?
「イーモン殿?」
 後ろから私の名が呼ばれた。
 振りかえると、そこにはたくさんの袋を持った背の高い美しい女性がいた。
 その女性は亜麻色の長い髪に執事服の女性……一瞬見とれてしまうほど凛々しい。
「フィオナさん。このイーモン・ケアード、召集に応じ参りました」
 買い物帰りらしい女性がフィオナと気付いたので、すぐに丁寧に挨拶をした。
 形式上、同じように返される。
「あの、ヘザー男爵家の執事長にご挨拶したいのですが」
 そうだ。
 まずはそれだ。
 すると、フィオナは少し笑って答える。
「ああ。そういえばあなたにまだ言ってなかったな」
「え?」
「ヘザー男爵家の執事長は私なのだ」
「……! これは失礼しました」
 先日の男物の服装で御者をしていた彼女のイメージに惑わされていた。
 彼女がここの執事長なのか。
「と、言っても……執事長も何もここには執事は私しかいないのだがな」
「……え?」
「王都の男爵家の館とはどこもそんなものだ。使用人自体、大抵一人か二人」
「はあ」
 意外だ。
 クルック家の本館には約十人ほどの使用人が常にいたものだが。
「男爵家の方々は大抵は自分の領地に使用人を置くと?」
「そうだ。あなたが勤めていたクルック伯爵家は王都に持つ土地も広いから別だが、多数の貴族にとってここ貴族街の館はシンボルのような存在なんだ」
「……存じませんでした」
 これは恥ずかしい。
 この年になるまで知らなかった。
「別にこういう事実を知らない執事がいるのは珍しくないんだ。執事業務教育の学校ではこんなこと教えない。他の伯爵家以上の使用人も知らなそうだ」
「はあ……なるほど」
 それはつまり、ここでは仕事のやり方などもすべてが違うと考えたほうがよさそうか。  

†††††

 裏口を私が開けた。
 両手いっぱいに買い物袋を抱えたフィオナに頼まれた。
「改めてようこそ、イーモン・ケアード殿。旦那様とベアトリクス様はまだお帰りになられないから、しばらくゆっくりしてて欲しい」
「は、はい」
 想像していた空気とだいぶ違う。
 てっきりもっと多数の使用人がバタバタと働いていると思ったが……。
 フィオナの後について歩く。
 そしてヘザー男爵家本館の中を見渡してみた。
 古城の一部。
 まさにそんな印象だ。
 古めかしい壁や床、それなのに威厳を感じる不思議さ。
 掃除は完璧に行き届いており、内装は古い建物にマッチした色の飾りや絨毯で構成されている。
「……」
 なんとなく部屋数を確認してしまう。
 おそらく、一階は大広間や厨房、トイレ等のみ。
 地下はワインセラーなど。
 主一家の寝室は二階か。
 使用人の部屋はどこだろうか?
「まずはイーモン殿が滞在中に過ごしていただく部屋に案内する」
「お願いします」
 フィオナは買い物袋を厨房のテーブルに置くと、キビキビと歩き出した。
「部屋は地下になるのだが、問題はあるか?」
「ありません」
「当家は誰も酒の類を飲まない。本来ワインセラーになるべき地下室は使用人が寝泊まりする部屋に改造されていてな」
「なるほど」
「滞在中はこれを専用に持っていてくれ」
「ランプですか……珍しい型ですね」
「骨董品だ」
 そうして、まずは地下へと続く階段へと案内された。
 ……まったくホコリはないが、幽霊でもでそうな雰囲気だ。
 そのまま暗い地下にたどり着く。
 そこには広めの大きな空間があった。
 一階の大広間を半分にしたイメージだ。
 少し肌寒い。
 ここは本来ワインセラーなわけだから当然か。
「ここには基本ベッドとテーブルと暖炉とトイレしかない」
「……」
「何か必要なものがあったら言ってくれ。あ、トイレは水洗だ。勝手に王都の下水道に流れるから……その、持ち運びはいらない。地上への煙突の掃除もしたばかり、しばらく気にする事はない」
「十分な配慮です。私などにはもったいない」
 本心だ。
 こんなにいい部屋を用意してもらえるとは思わなかった。
 暗いのも、ランプが多数置いてあるから問題なそうだ。
「それで、私はさしあたって何をすれば良いので?」
 聞いてみた。
 あの森の中の別荘とはまるで勝手が違うはずだ。
「イーモン殿はベアトリクス様を留年させない事だけ考えてくれればよい。これから二週間、その事だけに取り組んでくれ」
「は、はあ」
 生返事をしてしまった。
 そもそもその件は本当に続いているのだろうか?
 あの時ベアトリクス様を罵倒した手前、家庭教師は他の者が担当しそうだが……。
 このまま森の館にトンボ返りもあり得るかもな。

†††††

 家庭教師の件がどうなるかわからない。
 それでも準備は必要か。
「フィオナさん。ベアトリクス様の勉強を見るために資料が欲しいのですが」
「ああ、すまないが貴族街の本屋で揃えてきて欲しいんだ」
「貴族街の本屋……ですか」
「あそこはツケが聞く。この紋章を持っていってくれ」
「はい」
 ヘザー男爵家の紋章が渡された。
 使用人がそれを持っていき、ツケで買い物をすることはよくある事だ。
 信用のある貴族ならではの風習か。
「では、私は夕食の準備があるのでこれで」
「はい」
 ……地下室を出て行こうとするフィオナ。
 あることが気になって呼び止めた。
「フィオナさんはこの館に住まわれているので?」
「いや? 私は自宅から通っている」
「そうですか。呼び止めてすみませんでした」
 そうして、カツカツと音を立ててフィオナは階段を登っていった。
 ……今の発言。
 彼女はコックも兼任しているのか。
「さて」
 約二週間とはいえ、自分が生活する部屋だ。
 いろいろ確かめてみる。
 寝心地のいいベッド。
 ちょうどいい高さのテーブルと椅子。
 どちらも良さげだ。
「地下にも水道が通っているのか」
 水洗のトイレだけではなく、別個に水が出る蛇口がある。
 先ほどフィオナは触れてなかったが、洗面台も桶もある。
 身だしなみを整えるのに苦労はなさそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...