悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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元伯爵令嬢との逃避行

14話 間違えてしまった言葉の選択

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 目の前に大きめの蛇が這いずっているのが見えた。
 ここは水路の近く、地上から風も吹いてる。
 相変わらず水の音はうるさい。
 しかし私はそれらが一切気にならなくなっていた。
 どうしても、目の前の少女を言っておきたい事がある。
「お前……本当はこの先密林で暮らす気なんかないな?」
 まずは問い正した。
 ケイトは驚いて目を丸くする。
「ど、どういう意味? 私があの森の館でそういう訓練をずっとしてきたのを見てたでしょ?」
「たしかに」
「じゃあ……そうよ」
 目をそらしながら、弱々しく返された。
 もう本心は示したようなものだ。
「じゃあなぜ、あの森の館から直接前人未到の密林に行かなかった?」
「そ、それは……あなたに会いたいから」
「その感情は嘘じゃないのかもしれない。しかし、お前はもう王都を離れる気はないんだろ?」
「……何が言いたいの?」
 今度は怪訝そうな顔に変わる。
 図星……なのか?
「チャーリーの残した食料が尽きたら、ここに飛び込むつもりだった。違うか?」
 担当直入に核心をついた。
 その言葉に、ケイトは激しく動揺する。
「な、なんでそんな風に思うのよ? 私はこの先密林であなたと暮らすのよ! 獣を銃で狩って、木の実を採取して!」 
「弾は?」
「え?」
「本当にそんな計画を練ってるなら……銃なんか持っていかないだろう? 弾が尽きたらそんなものただのガラクタだ」
「……」
「本当は元の生活に戻りたかったんじゃないのか?」
「……」 
「お前、さっきから自分がどんな表情をしてるか気づいているか?」
「な、何よ?」 
「ずっと悲しそうな顔をしているぞ」
「そんな理由で、私がここに飛びこむと思ったの? 勘違いだわ」
「……む」  
 否定の言葉を返された。
 しかし、ランタンに照らされたその表情は……たまに私に見せる呆れた表情ではない。
 激しく動揺していた。
 
†††††
 
 景色がゆらぐ。
 光源を持つケイトの手が震えているからだ。
「……」 
「……!」  
 私はそっとケイトを抱きしめた。
 そうするべきだと思い、自然に行動していた。
 震える手で抱きしめ返される。
 こうされる事を望んでいた?
 ランタンの光が私の背中側にまわったので、視界は暗くなる。
「現実逃避はやめて、ありえそうな生きる道を探そう」
 駆け引きとかではない。
 ちゃんと本心を語った。
 そうだ。
 人はそんなに強くない。
 密林で暮らして行くなんて絶対に無理だ。
「……お前がやってた森の館での自給自足」
「……」
「あんなの本当の逃亡生活とはかけ離れてるだろ? さみしくなったら館に戻ればいいし、病気になったら医者にかかれる」
「それは、そうだね」
 抱きしめたまま語り合う。
 やけに聞きわけがいい。
 自分で気づいてないってわけでもなかったか。
「私に騎士団に投降しろってこと?」
「まさか。下手すれば死罪だろ」
「じゃあ、現実逃避じゃない生き残る道って何よ?」
「……」
 先ほど性的にケイトと交わっているときも感じていたが……彼女の体温はかなり低い。
 逆に私の体温は熱く感じられているのだろうか? 
 とにかく、思いつきだとしても……ちゃんとした計画を話そう。
「外国に逃げよう。私と二人で」
「え?」
「言葉や文化なんか覚えればいい。それが前提なら……ほとぼりが醒めるまで密林の近くに潜伏するのもありかもしれない」
「……外国か。考えたこともなかった」
 乗り気な返事が来ない。
 しかし、思いつきもしなかった?
 その選択肢が思い浮かばないほどバカには見えなのだが……。
「でも結局、人がいる所にいれば……私はきっと誰かを殺したくなる。でももう誰も殺したくない」
「……!」
 突然強く叫んだ。
 ランタンがケイトの手から落ちた。
 火は消えなかったが、少し遠くに転がる。
 それを拾う気はないようだ。
 そのまま強く両手で抱きつかれる。
「それがお前の本心か」
「……うん」
 もう殺したくない。
 それがきっと……彼女にとって重要な事なんだ。
「あなたからしたら……」
「……」
 ケイトは震える声で何か語りだした。
「私がここに飛びこむように誘導したほうが都合がいいんじゃない?」
「なぜそう思う?」 
「さっきは私を殺そうとしたじゃない? 私がベアトリクスに危害を加えるとか言って」
「今はそんな事は思ってない」
「どうだか」
「本当だ。お望み通り、この先お前と一緒に生きてやる。お前が殺人衝動とやらで苦しんでいるなら、私が何とか対策を考える」 
「……本当に?」 
「もちろん、誰も殺さない方向でだ」 
「……」
 あとひと息な気がする。
 あと一言で……ケイトの自殺を防げる。
「お前がどんな怪物だろうと、異常者だろうと、関係ない。私がこの先ずっと一緒にいるから」
 本当の気持ちだ。
 それを口にしていた。
 今の生活を捨てよう。
 外国に逃げるのであれ、一時的に密林で暮らすのであれ、ずっとケイトのそばにいる。
「私は子供じゃない。熱くなって語ってるわけじゃない」
「……」
「本心だ。信じてくれ」
 たたみかけるように言葉を繋いだ。
「……?」
 しかし、私を抱きしめていたケイトの腕は緩んでいく。
「チャーリーと同じ事言うんだね」 
「え?」
 少し冷めた声が返ってきた。
 冷たくて、暗くて、そして落ち着いた声。   
「もっとも、彼の場合は……人間の獲物はいくらでも用意するって言ったんだけど」
「……?」
「やっぱりダメね。もしあなたがこの先精神的に弱る事があったら……チャーリーのように私を見て発狂するのかも」
「な、何を言ってる?」
「それだけは……死んでも避けたいわ」
 私を抱きしめていたケイトの腕の感触が無くなった。
 何か言葉を間違えた?
 ランタンを拾った彼女の表情は……諦めと絶望に満ちていた。
「最後に忠告してあげる」
「お、おい! ケイト」
 ケイトは少しずつ距離を取りながら語る。
 この子が足が速いのはわかってる。
 今逃がしたら……追いつけない。
「あなた。もうベアトリクスとは別れたほうがいいわよ」
「ベアトリクス様? 関係ない。私はずっとお前のそばにいると言ったろ!」
「聞いて。あなたとベアトリクスは似たもの同士。自分が憎くなってしまったら……上手くいかなくなるわよ」
「おい!」
「さよなら。騎士団に投降するわ。ランタンは置いてく。出口はゆっくり探してね」
「待て! ケイト!」
 ケイトは小気味良い足音で駆け出す。
 薄暗い地下の中、私はあっという間に彼女の姿を見失ってしまった。
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