悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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最終章 暴走する悪役令嬢を止める禁句とは

2話 疑問点

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 診療所のベッドで数日間寝ていた。 
 足のケガは思ったより酷く、高熱も出た。
 意識は朦朧としていたが……たくさんの人がお見舞いに来てくれた事は認識していた。
「だいぶ熱が下がりましたわね。イーモン」
 ベアトリクス様は夜通し看病してくれた。
 普段は意地が悪いくせに……。
 恋人同士になってからも、そういう所は変わらなかったのに……。
 彼女は相手が本当に苦しんでいる時は、懸命に尽くす。
 貴族の娘がだ。
「……」 
 しかし今の私にはそれが苦痛でならなかった。
 高熱でうなされながらも、私の事など放っておいて欲しいと願った。
 常に人をもて遊ぶような事をしてきたクズな男。
 そんな奴は今回災難にあって、みんなに嘲り笑われる。
 軽蔑の視線を向けられる。
 そんな状況であって欲しかった。
「今お医者様を呼んで来ますわ。そろそろ何か食べられるかも」
 ベッドの傍らに座っていたベアトリクス様は立ち上がる。
 ずっと一緒にいてくれたが、一時的に一人になる。
「……」
 無言のまま考える。
 なぜこうも私は自虐的な思考になっているのか。
 原因はわかっている。
 あの貴族街の地下におけるケイト・カミラ・クルックとのやり取り。
 最初は恐れ。
 騙そうと試み。
 殺そうとして。
 恩義を思い出し。
 感情をコントロールされた事に憤慨し。
 自分が今までしてきたことを思い出し、自己嫌悪に陥り。
 相手に改めて興味を抱き。
 意気投合し。
 愛おしくなり。
 傷つけたくないと思った。
「……」
 我ながら短期間で一人の人間にずいぶんとコロコロと心変わりをしたものだ。
 そして結末は最高の自己嫌悪に至ることになる。
 私の最後の一言は……ケイトを自暴自棄にさせた。
「……」
 耳に入った断片的な情報から推測すると……。
 ケイトは地上に出て、騎士団相手に大暴れして。
 そんか行動を選択させるほど、私のうかつな一言は彼女を追い込んでしまった。 
 それは一種の自殺だったのだろう。
 ケイトの心はおそらく……私が異常な怪物だと宣言した瞬間に完全に壊れてしまっていた。

†††††

 カーテンの隙間から見える景色はうす暗い。
 今はおそらく早朝。
 コツコツと二人分の足音が聞こえてきた。
 扉が開く音が響く。
「やあ、大分顔色がよくなったね」
「……」
「熱も……下がったか。この分ならもうすぐ帰れるだろう」
 優しい顔の禿げ頭の中年が視界に入る。
 医者の先生が私を診てくれている。
 その過程で同情の言葉を添えられた。
「ケガした足で不衛生な場所を大分走ったようだね。そのせいで悪い菌が体にまわったんだよ」
「……」
 この人も、トレイシーと同じく私が殺人犯の少女と怪人になにか恐ろしい目に合わされたと考えているか。
 まさか……ケイトを探し回って暗い地下を走った結果とは夢にも思わないだろうな。
「でももう大丈夫。化膿止めは上手く働いたし、後遺症は出ないだろう」
「良かったですわ」
「では私はこれで。先ほど痛み止めと睡眠薬を飲ませた。イーモンくんはまた眠りにつくだろう」
「ありがとうございます。先生」
「はっは、ベアトリクス様。そういえばこの青年はあなたの恋人ととの噂でしたな」
 先生は去っていく。
 またさみしい空間にベアトリクス様と取り残された。
 なんだろう?
 私に尽くしてくれてるのは感謝しているのに。 
 今彼女がそばにいるのは……苦痛だ。
 意識が朦朧としつつも、なぜこんな気持ちになるのかわからない。
「……」
 ふと、ケイトが私に向けた最後の言葉を思い出す。
 たしか……ベアトリクス様とは別れたほうがいいと言っていたか。
 自分が嫌いになったときは、似た者同士の人間もそう見えてしまうと。
 これが……そのことなのか?
「着替えを取りに行っていたお姉さまとお義兄さまもそろそろ来ますわ。あら、睡眠薬が効いてきましたわね」
「……」
 瞼が重くなる。
 私の意識は再び遠くなる。

†††††

 朝日がまぶしい。
 意識は完全にハッキリとしていた。
 傍らにはベアトリクス様はいなく、代わりにフィオナとその夫がつきそっていてくれた。
 甘酸っぱい匂いが病室に漂う。
 フィオナはクランペリーの実の皮を剥いてくれていた。
 ……ケイトの好物のあの実だ。
「イーモン殿。一時はどうなることかと思ったが、とにかく良かった」
 白い果肉は皿に盛られた。
 喉が渇いていた。
 上体を起こし、ありがたくそれをいただく。
「フィオナさん、エイベルさん、ありがとう。本当に助かりました」
 改めてお礼を言う。
 ちなみにエイベルとはヘンズリー家に婿に入った目の前の青年。
 丸眼鏡を付けた細身の筋肉質なタイプ。
「お礼ならベアトリクス様に言ってくれ。あの子、あなたを夜通し看病して疲れて寝てしまった」
「そう……ですか」
「ふふ、お熱い事だな」
 フィオナは微笑む。
 ベアトリクス様の姉として、その行為を微笑ましく思っているのか。
 ……その暖かい空気が今の私には辛い。
「……」
「……?」
 エイベルと目が合った。
 なんだろう。
 彼は妻のフィオナとは対照的に、難しい顔をしている。
「イーモンさん」
 そのまま話しかけてきた。
「何でしょう? エイベルさん」
「まだ回復しきっていないあなたに尋ねるのは申し訳なく思うのですが……誘拐されていたときの事、詳しく話せますか?」
「それは……王宮に仕える者としてですか?」
「ええ。私が見聞きしたあなたの証言は、直接騎士団に報告されると思っていただけば」
 ……エイベル・ヘンズリー。 
 戸籍上はヘザー家とは他人となるが、ベアトリクス様は義兄と慕い、ダスティン・ヘザー男爵の信頼も得ている男。
 役職は王宮の官僚というエリート。
「……」
 この青年には、私の見聞きした情報をすべて話すべきだと感じた。
 そして、できるだけ情報も引き出したい。
 ……今は亡きケイトがなぜあんな状況になっていたか、どうしても気になる。
「あなた。イーモン殿は意識が回復したばかりだぞ」
 お茶を入れいていたフィオナが、エイベルの尋問を止めに入る。
「……む、そうだな。イーモンさん、すみませんでした。この件はまだ後日」
「いえ。私自身、地下であったことを話したい」
「……! そうですか」
「どうも腑に落ちない事も複数あります」
「やはり……ですか」
「……?」
 フィオナは手を止めて不思議そうな顔をしている。
 エイベルのこのリアクション。
 彼は殺人犯としてのケイトにかなり詳しく情報を得ていると踏んで間違いないなさそうだ。
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