悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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最終章 暴走する悪役令嬢を止める禁句とは

3話 濡れ衣

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 とりあえず気になったのはベアトリス様の存在だ。
 これから話すケイトに関わる話を聞かれるのはまずい気がする。
「いや、やはりこの話はベアトリス様がいない時に……」
 そこまで話しかけたとき、病室の外の廊下から大きめの声が聞こえてきた。
「お姉様、お義兄様。ヘンズリーのお祖父さまとお祖母さまと食事に行ってまいりますわ」
「ベアトリスちゃん。イーモンさんは大丈夫なのかい?」
「お医者さまが言うには、もう大丈夫だって」
「ふむ、良かった」
 ……ヘンズリー家の老夫婦も来ているのか。
 私の意識がない間、お見舞いに来てくれていたのかもしれない。
 後でお礼を言わなければ。
「わかりました。ベアトリス様」
「イーモンの事をお願いしますわ」
「……」
 だんだんと声が離れていく。
「ベアトリス様、行ってしまわれましたね」
「ええ」
「イーモンさん、これで話せますか?」
「もちろん」
 改めて上体を起こす。
 診療所の部屋の中、私とエイベルの会話が始まった。

†††††
 エイベルは懐から手帳とペンを取り出す。
 しかしこの男……私と同じ年のはずなのだが、動き一つ一つがずいぶん洗練されている。
 怪人の襲撃のときにナイフを素早く構えた時といい、ただ者ではない気がする。
「エイベルさん。まずはある事をお聞きしていのです」
 まずはこう切り出した。
 この質問を終えないと話が進まない。
 エイベルはペンを握ったまま、無言でうなずく。
「王宮務めのあなたたにはわかるはずの事なのですが……」
「……」
「殺人犯、ケイト・カミラ・クルックは何人の被害者を出した事になってますか?」
 それだ。
 その正確な情報が知りたい。
 庶民に入る情報では、ケイト……いや、怪人が関わったとされていた行方不明事件の被害者は数百人とまで噂されていた。
 騎士団が把握している信憑性のある記録はどうなっているのか。
 ……眼鏡の位置を直すエイベルの返答を待つ。
「五十六人となっています」
「……!」
 意外な数字だ。
 噂に比べたらかなり少ない。
 それでも……生前のケイトの証言と照らし合わせると多い。
「それは未解決の行方不明事件を含めてですか?」
「ええ」
「噂に比べたら少ないですが……ケイト絡みの事件と考えると多いですね」
「……! イーモンさんもそうお考えですか」
 話が早くて助かる。
 被害者の数に疑問を抱いているのは私だけじゃなかったか。
「単刀直入に言います。生前のケイトは、十人殺したと言っていました」
「……! 詳しくお願いします」
「彼女曰く……殺しても構わないと思えるような悪行を重ねている貴族の男性のみ、十人と」
「これはこれは……確かに、この二年で貴族の行方不明者は十人。いずれも男性で、きな臭い噂のあった者たちばかりです」
「……」
 数がピッタリあうのか。
 やはりケイトは……いくつかの事件の濡れ衣を着せられている?

†††††

 話を続ける。
「ケイトは私から地上の噂を聞いて動揺していました」
「……?」
「ここ最近の王都の行方不明者は若い女性が多いという部分に特に」
「……なるほど」
 いつの間にかフィオナが無言でお茶をエイベルの隣に置いている。
 病中の私のほうには刺激の少ないハーブティーが置かれた。
「ありがとうございます」
「……うん」
 私たちの話を聞いて、彼女も思うところがあるようだ。
 珍しく上の空な表情をしている。
「イーモンさん。ケイト・カミラ・クルックが無実だった可能性はあると思いますか?」
「……!」
「私はそれはあり得ると考えています」
 突然の質問に驚く。
 そしてしばらく黙り込んでしまう。
 それは……一時私が期待した展開だった。
 ケイトは無実なのではないだろうか?
 例えばケイトは何者かに催眠術でもかれられ、自分を殺人犯だと思い込んでいるのではないだろうか?
 あんな小柄な可憐な少女が、果たして殺人犯であったのだろうか?
「……」
 しかし、私の中では答えは出ていた。
「ケイトが無実だったことはあり得ません。断言できます」 
「そ、そう来ますか」
「彼女はおそらく生粋の殺人狂」 
「さ、殺人狂? 十六の少女が?」
「ええ。ケイトは定期的に人を殺さないと精神が保てない稀有な人間だったと思われます」
「確かに、そういう者は稀にいますが……」
「殺すしかないから、せめて悪人をと……クルック伯爵は裏で罪を犯している貴族の男性を獲物にした」
「……獲物?」
「ええ、獲物です。ケイトにとって人間は獲物だった。伯爵様に与えられる生き餌」
「……あなたに話を聞いて良かった。おそらく、王宮の者も、騎士団の者も、誰ひとりその考えには至ってない」
 ……そこからは、あの地下で起きた出来事をすべて話した。
 チャーリー扮する怪人がすでに死んでいること。
 ……私がケイトを殺そうとしたこと。
 私がケイトと男女の関係を持ったこと。
 過去に怪我で弱っていたチャーリーはケイトを見て発狂したこと。
 すべて赤裸々に話した。
「……む」
 一区切りついた。
 一気に喋って喉が痛い。
 少し温くなったハーブティーを飲み込む。
「……」
 エイベルもフィオナも目を丸くして驚いている。
 話の内容を考えれば当たり前か。
「……!」  
 突然、廊下のほうから物音がした。
「誰だ!」
 慌ててフィオナが駆けていき、誰かいなかったか確認する。
「フィオナ。誰かに聞かれたか?」
「いえ、大丈夫。誰もいなかった。窓が開いてたから、おそらく小鳥でも入って来たのだと思う」
「そうか。良かった」
「……」
 なんだろう?
 本当にそうだろうか?
 不吉な予感がする。
 今誰かが私たちの話を聞いていた?
「……」
 いや、そんなはずはない。
 フィオナの言うとおり、鳥か動物が窓から入って来ただけのはずだ。
 そう納得する事にした。
 私が怪人……チャーリーに誘拐されたときの事を思い出す。
 彼は一度ヘンズリー家の屋敷から離れてすぐに戻り、窓から中の様子をうかがっていた。
 そのせいで私は神経質になっているだけだ。
 
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