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最終章 暴走する悪役令嬢を止める禁句とは
9話 拷問室への入り口
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執事のブルーノとメイドのリリーを連れて私たちは開かずの間の前に立つ。
「イーモン。この扉が開けられるのは何ヶ月ぶりなのですか?」
隣でベアトリクス様が口と顔をスカーフで覆いながら質問してきた。
少し考える。
「約八カ月だな。中は埃だらけだろうな」
その答えにブルーノが反論する。
「ん? 俺たち定期的にこの部屋掃除してるぞ」
「何? 本当か」
驚いた。
私がこの館をしばらく離れている間にそんなとこになっていたのか。
「え? ダメだった?」
「んー、本当はな。実はヘザー男爵様がこの館を買い取るときにな、投獄されているクルック伯爵と約束したことがあったんだ」
「へえ」
ベアトリクス様も興味を持つ。
スカーフで口元は見えないが、目は爛々と輝いている。
「お父様と伯爵様の約束って、どういうものでしたの?」
「・・・・・・娘のケイトのために、しばらく亡き伯爵夫人の部屋には立ちいらないでそのままにして欲しいと」
それを聞いたブルーノが眉をひそめる。
「投獄されてる身で図々しくね?」
「いや、その時はクルック伯爵はまだすぐに冤罪が晴れる算段だった。横領のほうの罪な」
「ふーん」
「ん?」
やり取りをずっと聞いていたリリーが少しイラついてるように見えた。
赤い前髪をしきりにいじっている。
「どうしたリリー?」
「イーモンさん。どうして私は呼ばれたの? 人手足りないから忙しいんだけど?」
「いや、掃除を手伝ってもらうとしてた」
「この部屋の掃除なら三日前にしたわ」
「ん、そうなのか。すまなかぅたな、持ち場に戻ってくれ」
「はーい」
そのままリリーは立ち去る。
その姿を見てブルーノはほくえんでいる。
「リリー、実は単にこの部屋が怖いだけなんだぜ」
「怖い? 怖いとは何がだ?」
「出るんだよこの部屋。夜中に地下から叫び声とか聞こえたりするんだ」
「・・・・・・地下ねえ」
「イーモン、先にここを調べるのは正解でしたかも。そもそも地下室への入り口は・・・・・・この部屋にあると思いますわ」
ベアトリクス様が語りながらも、亡き夫人の扉のドアを開けた。
「お父様が来る前に探索を終わらせてしまいましょう」
「あ、ああ」
そういえば、ヘザー男爵様が今年の冬はここにしばらく滞在する予定だったのを思い出す。
彼のクルック伯爵との約束は、ケイトのためにこの部屋に入るなとの内容。
ケイトがいない今その約束が有効か無効かはわからないが・・・・・・たしかに男爵様が到着する前に、いろいろ済ませてしまったほうが良さそうだ。
†††††
改めて思う。
なぜ私とベアトリクス様がこんなにも屋敷の探索に執着しているか。
それは互いに、死んだケイト・カミラ・クルックに思うところがあるからだ。
だから生きていた時の彼女の痕跡を見つけたい。
「・・・・・・」
私は、生前のケイトに惹かれていた。
結局そういう事なんだろう。
悩み苦しむ退廃的な美しい少女。
それはかつてこの館で認識していた御転婆な演出をほどこされた姿よりずっと魅力的だった。
私にとってはな。
「しかし、ケイト様も亡きクルック家の奥方様も綺麗だけど・・・どっか不気味だねえ」
扉を開けた瞬間、ブルーノがそう語る。
視線の先には油絵の肖像画があった。
金髪で美しい顔立ちの気品溢れる母子の絵。
「あの絵から何か飛び出てきてさ、夜中騒いでるなんて噂もあるんだぜ」
「ふーん。ところで、ブルーノ。あなたもう行っていいですわよ」
「え?」
「あなたもやることがあるでしょう? しっかり働いてくださいな」
「ちょ、ベアトリクス様。ここまできてそれはないですよ。なんか面白い事するんでしょ?」
「いいからどこかに行ってくださいな。マリンに言いつけますわよ」
「・・・・・・」
騒いでる二人をほっといて、私はその肖像画の額縁に触れる。
ベアトリクス様とブルーノは口論を止めてこちらを見た。
「イーモン、何をしてますの」
「私は十八の頃からこの館で働いている」
「え、ええ。そうですね」
「下っ端の掃除が主な仕事の頃から、この館の事は隅々まで把握してる」
それを聞いてブルーノが不思議そうな顔をした。
「って言っても、兄貴はクルックの奥方様の部屋やケイト様の部屋には基本入らなかったんじゃ?」
「そうですわね。私もイーモン以外は男性の使用人は自室に入れた事はありませんわ」
「兄貴・・・・・・まさか亡き夫人と不倫」
「違う」
検討違いなブルーノの邪推を無視し、額縁を調べながら二人に自分の考えを説明をした。
「基本的には奥方様やケイトの部屋に入らなかっただけだ。年末の大掃除や模様替えなど男手が必要なときは私やチャーリーもこの部屋に入ってた」
「なるほど。納得ですわ」
「その経験則から言って、この部屋には絨毯の下にも壁にも人が通れる穴などなかったはず・・・・・・ん?」
話の途中、手元でカチッと乾いた音が鳴る。
「奥方様には肖像画には決して触れないように言われていたが・・・・・・こういう事だったのか」
「お、おお。すげえ」
ブルーノが歓声を上げる。
「バネを使った仕掛けか」
目の前にあった肖像画の母子は横向きになっていた。
そして、上の方を軸に半回転した肖像画の裏にあった壁には、膝の高さくらいまでの穴がぽっかりと空いていた。
「地下への階段が見えますわ」
驚きながらも、ベアトリクス様は突如現れた壁の穴を注意深く観察している。
「私たちが暮らしている王都の貴族街の館にも、探せばこんな仕掛けがあるのかもしれませんね」
その質問に少し間をおいてしまう。
「いや、生前のケイトは王宮以外には地下通路への出入り口はないと言ってたな」
「どういう事ですの?」
「有史以来、王都の貴族は秘密裏に監視される存在だった」
「・・・・・・なるほど、何となくですけどわかりますわ。革命防止が主ってとこかしら」
「だろうな・・・・・・!?」
相槌を打ちながらも、壁の穴の上に掲げられた細長い長方形のプレートに目が行く。
「・・・・・・」
そこには私としては意外な文字が書いてあった。
自殺したクルック夫人のイメージが著しく変わる。
「ブルーノ、ランタンを持ってきてくれ」
「あいよ。中を探検するんだな?」
「もちろん」
「あれ? 穴の上に何か書かれてますわ・・・・・・読めません。古代語ですか」
ベアトリクス様もプレートを見つけた。
そして私に目を合わせる。
「イーモン、読めます」
「ああ、この程度ならな」
「なんて書いてありますの?」
その質問にまた間を置いてしまう。
目の前の十六才の少女にその存在を認識させていいものなのか。
「拷問室、と書かれている」
迷ったが正直に話すことにした。
そのフレーズに力があったのか、ベアトリクス様は目を開いてしばらく無言になった。
「イーモン。この扉が開けられるのは何ヶ月ぶりなのですか?」
隣でベアトリクス様が口と顔をスカーフで覆いながら質問してきた。
少し考える。
「約八カ月だな。中は埃だらけだろうな」
その答えにブルーノが反論する。
「ん? 俺たち定期的にこの部屋掃除してるぞ」
「何? 本当か」
驚いた。
私がこの館をしばらく離れている間にそんなとこになっていたのか。
「え? ダメだった?」
「んー、本当はな。実はヘザー男爵様がこの館を買い取るときにな、投獄されているクルック伯爵と約束したことがあったんだ」
「へえ」
ベアトリクス様も興味を持つ。
スカーフで口元は見えないが、目は爛々と輝いている。
「お父様と伯爵様の約束って、どういうものでしたの?」
「・・・・・・娘のケイトのために、しばらく亡き伯爵夫人の部屋には立ちいらないでそのままにして欲しいと」
それを聞いたブルーノが眉をひそめる。
「投獄されてる身で図々しくね?」
「いや、その時はクルック伯爵はまだすぐに冤罪が晴れる算段だった。横領のほうの罪な」
「ふーん」
「ん?」
やり取りをずっと聞いていたリリーが少しイラついてるように見えた。
赤い前髪をしきりにいじっている。
「どうしたリリー?」
「イーモンさん。どうして私は呼ばれたの? 人手足りないから忙しいんだけど?」
「いや、掃除を手伝ってもらうとしてた」
「この部屋の掃除なら三日前にしたわ」
「ん、そうなのか。すまなかぅたな、持ち場に戻ってくれ」
「はーい」
そのままリリーは立ち去る。
その姿を見てブルーノはほくえんでいる。
「リリー、実は単にこの部屋が怖いだけなんだぜ」
「怖い? 怖いとは何がだ?」
「出るんだよこの部屋。夜中に地下から叫び声とか聞こえたりするんだ」
「・・・・・・地下ねえ」
「イーモン、先にここを調べるのは正解でしたかも。そもそも地下室への入り口は・・・・・・この部屋にあると思いますわ」
ベアトリクス様が語りながらも、亡き夫人の扉のドアを開けた。
「お父様が来る前に探索を終わらせてしまいましょう」
「あ、ああ」
そういえば、ヘザー男爵様が今年の冬はここにしばらく滞在する予定だったのを思い出す。
彼のクルック伯爵との約束は、ケイトのためにこの部屋に入るなとの内容。
ケイトがいない今その約束が有効か無効かはわからないが・・・・・・たしかに男爵様が到着する前に、いろいろ済ませてしまったほうが良さそうだ。
†††††
改めて思う。
なぜ私とベアトリクス様がこんなにも屋敷の探索に執着しているか。
それは互いに、死んだケイト・カミラ・クルックに思うところがあるからだ。
だから生きていた時の彼女の痕跡を見つけたい。
「・・・・・・」
私は、生前のケイトに惹かれていた。
結局そういう事なんだろう。
悩み苦しむ退廃的な美しい少女。
それはかつてこの館で認識していた御転婆な演出をほどこされた姿よりずっと魅力的だった。
私にとってはな。
「しかし、ケイト様も亡きクルック家の奥方様も綺麗だけど・・・どっか不気味だねえ」
扉を開けた瞬間、ブルーノがそう語る。
視線の先には油絵の肖像画があった。
金髪で美しい顔立ちの気品溢れる母子の絵。
「あの絵から何か飛び出てきてさ、夜中騒いでるなんて噂もあるんだぜ」
「ふーん。ところで、ブルーノ。あなたもう行っていいですわよ」
「え?」
「あなたもやることがあるでしょう? しっかり働いてくださいな」
「ちょ、ベアトリクス様。ここまできてそれはないですよ。なんか面白い事するんでしょ?」
「いいからどこかに行ってくださいな。マリンに言いつけますわよ」
「・・・・・・」
騒いでる二人をほっといて、私はその肖像画の額縁に触れる。
ベアトリクス様とブルーノは口論を止めてこちらを見た。
「イーモン、何をしてますの」
「私は十八の頃からこの館で働いている」
「え、ええ。そうですね」
「下っ端の掃除が主な仕事の頃から、この館の事は隅々まで把握してる」
それを聞いてブルーノが不思議そうな顔をした。
「って言っても、兄貴はクルックの奥方様の部屋やケイト様の部屋には基本入らなかったんじゃ?」
「そうですわね。私もイーモン以外は男性の使用人は自室に入れた事はありませんわ」
「兄貴・・・・・・まさか亡き夫人と不倫」
「違う」
検討違いなブルーノの邪推を無視し、額縁を調べながら二人に自分の考えを説明をした。
「基本的には奥方様やケイトの部屋に入らなかっただけだ。年末の大掃除や模様替えなど男手が必要なときは私やチャーリーもこの部屋に入ってた」
「なるほど。納得ですわ」
「その経験則から言って、この部屋には絨毯の下にも壁にも人が通れる穴などなかったはず・・・・・・ん?」
話の途中、手元でカチッと乾いた音が鳴る。
「奥方様には肖像画には決して触れないように言われていたが・・・・・・こういう事だったのか」
「お、おお。すげえ」
ブルーノが歓声を上げる。
「バネを使った仕掛けか」
目の前にあった肖像画の母子は横向きになっていた。
そして、上の方を軸に半回転した肖像画の裏にあった壁には、膝の高さくらいまでの穴がぽっかりと空いていた。
「地下への階段が見えますわ」
驚きながらも、ベアトリクス様は突如現れた壁の穴を注意深く観察している。
「私たちが暮らしている王都の貴族街の館にも、探せばこんな仕掛けがあるのかもしれませんね」
その質問に少し間をおいてしまう。
「いや、生前のケイトは王宮以外には地下通路への出入り口はないと言ってたな」
「どういう事ですの?」
「有史以来、王都の貴族は秘密裏に監視される存在だった」
「・・・・・・なるほど、何となくですけどわかりますわ。革命防止が主ってとこかしら」
「だろうな・・・・・・!?」
相槌を打ちながらも、壁の穴の上に掲げられた細長い長方形のプレートに目が行く。
「・・・・・・」
そこには私としては意外な文字が書いてあった。
自殺したクルック夫人のイメージが著しく変わる。
「ブルーノ、ランタンを持ってきてくれ」
「あいよ。中を探検するんだな?」
「もちろん」
「あれ? 穴の上に何か書かれてますわ・・・・・・読めません。古代語ですか」
ベアトリクス様もプレートを見つけた。
そして私に目を合わせる。
「イーモン、読めます」
「ああ、この程度ならな」
「なんて書いてありますの?」
その質問にまた間を置いてしまう。
目の前の十六才の少女にその存在を認識させていいものなのか。
「拷問室、と書かれている」
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