Marieに捧ぐ 安藤未衣奈は心に溺れる

そらどり

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第二楽章 信用と信頼

信頼Ⅲ

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「あれ? 無い……」



カバンを漁っても、探しているものは見つからなかった。

他に目星のつく所は全て探し終え、最後の希望だった部活用カバンにも入っていなかった。



「うわ、どうしよ……」



安藤と一緒に買ったアクセサリーを無くしてしまった。

あの日電車内で手に持っていたことは虚ろに覚えているが、その後の記憶がない。

何処かに落としてしまったのだろうか。



「やばい……よな……?」



安藤にこのことを知られたら、間違いなく怒涛のバッシングを受ける。

初めて一緒に買ったものを無くしたとあれば、あいつも文句を言いたくなるだろう。

逆の立場なら、俺も何かしら文句を言ってやりたくなるし。

いや、それよりも見つける方が先決だ。



……



でも、見つからなかったらどうしようか。

黙っているべきか、言うべきか。

どちらも信頼に関わる問題だ。

選択を誤ってはいけない。



「……いや、とにかく見つかることを願おう」



結局、俺は問題を後回しにした。

早急にかたをつける問題ではないと判断したからだ。

事実、俺には眼前に対処するべき問題が控えている。



机の上に散りばめられた荷物を一つずつカバンの中に戻していくと、一つ前に座っていた人物が立ち上がった。



「どっか行くのか?」



その人物に俺は声をかける。



「……購買」

「ああ、そっか……」



悠馬はそのまま教室を出ていった。

なるべくいつも通りのトーンを意識して言ったつもりだったが、相変わらずの態度を取られてしまった。

その場に一人取り残されてしまった。



……やっぱり、あれが原因だよな?



先週の一件以降、俺と悠馬の関係は悪くなっていた。

この一週間、必要以上に会話をする機会さえ減っている。

普段から共に行動していたのに、この一週間は只々気まずい。

昼食の時もどこかへ行ってしまい、俺は一人教室に取り残される日々が続いた。

初日は自分の席で弁当を食べていたが、相席のいない独りぼっちの俺を見る視線が痛かった。

時折クラスの友人がからかってくる時もあったが、皆は基本的に普段のスタイルを崩さずにグループを形成して食事を取っている。

完全に教室内で孤立していた。



だから、次の日以降は屋上に行って食事を取るようにしていた。

今日も例外ではない。

俺は席を立ち、教室を出る。

騒々しい廊下を歩き、階段を上っていくと、次第に人の気配が消えていく。

そのまま目的の場所に着くと、すっかり慣れ親しんだ錆びついた扉を流暢に開け、隙間から入り込む風を浴びた。

屋上には誰もいない。

前日降り注いだ雨の影響か、未だにどんよりとした雲が空に敷き詰められている。

でも、今日は雨の降る予報ではなかったから、屋根のないこの場所で昼休みを過ごしても多分大丈夫だろう。



「んしょっと……」



午前の授業で凝り固まった背中を伸ばす。

快音を鳴らして身体が解されていくのを実感する。



……



今までは自ら向かうような場所でもなかったのに、今の俺はこの場所に居心地の良さを感じている。

誰にも干渉されない俺だけの空間。

何をしても邪魔されないのが分かっている、その事実が余計な思考をさせずに自然体でいられる。

だから、頭の中で色々と整理したい時に寄りたい安息の場になりつつある。

自分の部屋に比べたらまだまだだけど、ここも第二の自室と言っても差し支えない。



「初めはここに入るのも躊躇ってたのにな……」



初めて屋上に入った日を思い出す。

安藤に連れられ半ば無理やり入ることになって、結構焦ったのは覚えている。

ばれたら顧問の山口先生にどやされるのは目に見えていた。

そして、そのリスクを負った先で待ち構えていたのは、安藤の正体を巡る攻防だった。

彼女の正体は安達未菜、声優だった。

そのことを知らずに、俺は彼女の人生を滅茶苦茶にしかけてしまった。



「あそこか……」



丁度目の前に設置されている給水タンクの横を見る。

あそこで安藤と言い合いになったんだ。



「まだ二か月しか経ってないんだよな……」



もっと時間が経っていると思っていたけど、数えてみるとたったそれだけだ。

それだけだけど、この二か月はかなり濃密な出来事が詰まっていた。

今までの人生が空虚に思えるくらいだ。

そのことに気がつけたのは安藤と出会ったからだ。

初めて会った時から、脅されて、友達になって、共同作業して、親しくなった。

途中で自分の愚かさに気づいた時も、安藤は俺は見捨てずに信頼してくれた。

それが無ければ、俺は今もずっと変わらない空っぽなままだった。

だから、俺は安藤に感謝しているんだ。



「……」



俺はスマホの画面を眺める。

既読が付いたまま返信は途絶えている。

いつもはすぐに返事をくれるのに、昨日はそうではなかった。



ここ数日で安藤との関係も変わった気がする。

基本的に、俺たちの対話が始まるのは、安藤が他愛のない内容や早急でない要件を持ってくる時だ。

スマホが振動すると、大抵は安藤からの通知が送られてくる。

日頃からSNSを多用しないため、今ではポケットの中で振動するだけで送信者を判別出来る。

それほどまでに安藤からのメッセージは多かった。



だから、ここ数日の音沙汰なさは異常だと思った。

単なる勘違いならそれでいい。

でも、返信もしないなんて今まではあり得なかった。

何かあったのではないかと不安になる。



「あいつ、学校に来てんのかな……」



誰もいない屋上で、俺は独り言ちる。

実際に聞くことが出来れば楽だが、現実問題そんなに甘くない。

きっと安藤のことだ、自分のことで手一杯なのだろう。

最終選考だってあと一か月と言っていた。

それに向けて色々と調整したり、練習したりで忙しいのかもしれない。

それならば、今の状況にも説明がつく。



「でもなぁ……」



そう考えても、やはり不安は消えない。

直接聞きたいけど、肝心の電話は繋がらない。

だったら再びメッセージを送ろうと考えたが、自分が振り出しに戻っていることに気がつく。

この繰り返された思考にうんざりする。



……



どうすればいいのだろうか。

このまま黙っていても正解なのだろうか。

それに納得出来る言い訳は思いつかないのに。

悠馬の件もそうだ。

このまま関係が悪化したままだと、来月の選手権予選にも影響があるだろう。

俺達の最後の大会がこんな自滅で終わるなんて考えたくもない。

でも、改善の機会を見誤ったら、このまま疎遠になる可能性も否定出来ない。

たった一度の喧嘩、それで絶縁になるのは嫌だ。



「弁当、食べるか……」



最終的にはまとまらなかった議題を棚上げして、俺は箸を取り出して白米を頬張った。

時期的に保冷剤で冷やしている必要があったため、白米は冷たい。

一つの固まりになっている白米を咀嚼し、口の中で転がしてから喉を通す。

でも、味覚が働いていないのか、味はしなかった。



「冷たいな……」



おかずも同様だ。

ぱさぱさ感が強くて味を感じられない。

空腹を満たすために流し込む、そんな味気のない作業をしているようだった。

空腹は最良のソースなり、そんな格言を昔に聞いたことがあるけど、あれは戯言なのではないかと疑問に思う。

人間の欲求を満たすために取り付けられた機能の一つ、そう言った方がしっくりくる。

本当に味気ない。



「……?」



制服に水滴の跡が付いている。

それに気がついた途端、緊張が解けたかのように跡が増えていった。



「うわ、雨かよ!」



完全に自分の世界に没入していて気づくのが遅れた。

急いで弁当の容器を片付けて、勢いよく降り注ぐ雨から避難した。

そして、上着に付着した雨水を少しでも払いのける。



「うわ……」



しかし、少しばかり滲み込んでしまった。

斑点模様で遠くから見ても通常時と異なっているのが分かる。

このまま教室に帰ると目立つかもしれない。



「乾くまで待つか」



幸いにも時間はまだある。

錆びついた扉を閉めて、俺は階段を椅子代わりにして座った。



雨音が轟轟しく鳴り響く。

地面に落ちた水滴が跳ね上がる暇なく次から次へと重なり混じり合う。

耳を澄まさなくとも扉の向こう側の惨状が聞こえてくる。



「……」



そのお陰か、何も考えなくて済んだ。

階下から誰かがやってくる気配もない。

一人で時間を過ごすのはやはり寂しいけど、雨音がそれを搔き消してくれる。

ここにいれば、段々と一人でいることが心地良く思える。



形のない環境音に甘えながら、俺は果てしなく長い昼休みをそこで潰した。







ーーー







六限目の授業に入っても、雨が止むことは無かった。

教室の窓に打ち付けるような横殴りの雨がこちらに押し寄せてくる。

だから、窓際の席に座っていた俺は授業よりもそちらに意識を奪われてしまった。

窓際から外を眺めていると、小さな折り畳み傘を差しながら路面を往来している人達が少しでも濡れないように肩身狭そうにしている。

雨の降る予報ではなかったはずなのだが、今日の雨は前日に引けを取らない轟音を響かせている。

ペンを走らせる音、黒板にチョークを擦る音、紙をめくる音、それら共存する日常に今日はもう一つのメロディーが加わっていた。



「……」



そんな非日常感に高揚しているのか、それとも現実を受け入れようとしていないのか、自分自身のことなのに俺にはよく分からなかった。

自分で説明出来ない感情を抱えながら、俺は教師が黒板に書き込んでいる文字を余すことなくノートに写す。

そんな作業を続けていると、時間はあっという間に過ぎていた。



「はーい、今日はこの英文を読んで終わりにしますよー」



教壇に立っているさゆり先生がそう言うと、最後の英文の音読をするよう促された生徒が起立する。

英文を読んでいる生徒以外の生徒らは嬉々として教科書を片付けていた。

完全に終了ムードになりつつある。



俺も片付けるか……



別に急いでいるわけではない。

梅雨に入ってからは部活も室内での練習に切り替わっているが、校内の限られた敷地面積では筋トレ以外に選択肢がない。

一時間弱で終わるような簡単なメニューしか行うことが出来ないため、足早に部活に向かう必要が無いのだ。

それでも、面倒な授業が早く終わる開放感に少しでも早く浸りたいという思いには勝てない。

だから俺も例外なく教科書を閉じて片付けの準備に取り掛かる。



机に広げた教科書を閉じ、写しを終えたノートの内容を確認する。

復習時に写しを忘れたことに気がつくのは色々と面倒だ。

その確認を丹寧に終えて片付けを済ませた頃には、起立していた生徒が既に音読を終えて座っていた。

それを見るや否や、さゆり先生も授業終了の合図を取る。

皆が椅子を引いて席を立つ。

その動作を真似るように俺も立ち上がって挨拶をした。

窓の外は相変わらず悲惨な光景だが、授業終わりの教室は活気に満ちている。

壁を隔てているだけなのに、中と外でえらい違いだ。

その温度差を確かめるように、俺は何度も見返した灰色に覆われた景色を再び視認する。



「……え?」



昇降口に人影が見える。

まだチャイムは鳴っていない。

ましてはホームルームだってこれからだ。

なのに、もう帰宅する生徒がいる。



まさか……



勘違いかもしれない。

他の生徒が早退した可能性だって否定出来ない。

何百人といる生徒の中で、唯一の人があそこに立っている確率なんてたかが知れている。

絶対にあいつだと確信出来る根拠はない。

でも、俺の身体は勝手に動き出していた。

教室を飛び出し、階段を駆け下り、雨の匂いがする方に走った。

息を切らしながら下駄箱まで走り、目的の人を探す。



「……!」



降りしきる雨の中、探していた人が傘を差して歩いていた。

まだ距離は開いていない。

まだ、間に合う。



「ちょっと待てよ……!!」



声が届くことを願って、遠くなっていく背中に叫んだ。

人違いでもいい、ただ確認したかった。

自分の勘が正しいことを。



「……祐介……くん……?」



声が届いたのか、その生徒は俺の名前を口にした。

その名前で呼んでくれる人は一人しかいない。



「やっぱり、安藤だよな……」



息を整えながら、俺は確かめるようにそう呟いた。

やはり安藤だった。

定期的に職員室に課題を提出しに来校することは聞いていた。

皆が授業中の時間帯に済ませれば、誰とも鉢合わせすることもない。

こんなことをするのは安藤しかいないだろう。

教室から飛び出した時は考えが至らなかったが、安堵感に浸った今だからこそ、そう確信出来た。



「今日、学校に来てたんだな」



振り向いた安藤に聞こえるように話した。

返事をする代わりに、安藤は頷く。

それを認めると、俺は次の言葉を口にする。

が、直前で抑えた。



「……」



会うことばかり考えて、安藤に何と聞けばいいのか分からなかった。

どうして返信をしなかったのか、どうして電話を無視するのか、何があったのか。

聞きたいことはたくさんある。

でも、いきなりそんなことを聞いて、俺が求める答えは貰えるのだろうか。

安藤は本心を語ってくれるのだろうか。

不安で胸が押しつぶされそうになる。



建物を貫く勢いで雨が降り注ぐ。

激しさを増す轟音が邪魔で、思考がまとまらない、焦る。

安藤は何も言ってこない俺を不思議がっているように見える。

何か話題が欲しい、この場を取り繕う何かが。



「……用が無いなら帰るけど」

「いや、用はある……から……」

「なら、何?」

「それは……」



久しぶりに会えたんだ。

もっと話したいことはあるはずなのに。



「……」



でも、何も出てこない。

安藤は目の前で佇んでいる。

雨が降る中、その場に留まって怪訝そうにしている。

この場に留めてしまったことに申し訳ないと思った。

所狭しそうに肩を窄めて、両手で傘を支えている。

気怠そうに右肩にカバンを掛け直し、その動きで何かが揺れていた。



「……アクセサリー、付けてるんだな」



安藤がカバンを動かす毎に、それは雨音に混ざることなく音色を奏でる。

印象深く、心地よい音色だった。



「これがどうかしたの?」

「あ、いや……別に大したことじゃないから……」

「そう……ならいいけど」

「ああ……」



なんで俺はいつも逃げるんだよ。

嫌われるのが怖い、そんなことばかり考えて現実から逃げて、あの時言っていればどんなに良かったかって後悔するんだ。

そんなの、もうたくさんだろう。

目の前に立っていれば分かる、安藤は怒っているんだ。

俺が原因であるならば、今の状況にも納得がいく。

なら、ここで逃げるのは信頼関係を壊すことになる。



「あのさ……この前はごめん。安藤が本気で言ってたのに茶化すようなこと言って……」

「この前?」

「そう、負けたのに嬉しそうな態度とっちゃってさ……それで怒ってるんだろ? 反省してるよ……」



あれから連絡が途絶えているんだから、原因として挙げられるのはあの出来事しかなかった。

いつも本気で物事に取り組む安藤に対して、俺はその場を濁すような言動を取ってしまったんだ。

暗い話にならないように取り繕った結果があのザマだ。

正直に悔しかったと言えれば、今こんなことにはならなかったかもしれない。

そうなってしまったのは、俺が原因だ。



「本当は悔しいって思ったけど、安藤に心配されたくなかったんだ。だから、あんな風に言ったんだ……ごめん……」



俺は頭を下げた。

何の着色もない純粋な言葉を捧げた。

一週間も連絡を絶つ程に不快感を与えてしまったんだ。

この程度で許しを請うつもりはない。

でも、少しでも誠意を見せなければ、ずっとこのままなんだ。

このままなんて、嫌だ。



「……別に、気にしてないから」

「え……」



思いがけない言葉が聞こえ、思わず声を出してしまった。

今までの関係に戻るまで数日はかかると覚悟していたのに。

でも、安藤は二つ返事で了承してくれた。



良かった……



ずっと抱えていた不安が晴れていく。

また後悔するようなことはしたくない。

だから、勇気を出して正直に言えて良かった。



安藤も不安だったはずなんだ。

きっと機会を失っていただけで、俺が歩みを促せば簡単に解決するような問題だったんだ。

だから、解決出来たんだ。

安藤だってきっと喜んでくれているはずだ。

これまで通りの関係に戻れるんだから。



思わず笑みが零れ、緊張が解けた。

安堵感が全身を包むが、頭を下げた今の体勢では安藤にからかわれてしまう。

だから俺は、体勢を整えようと頭を上げた。

にやりといたずらに微笑む安藤を想像しながら。



「……なんで」



でも、安藤の表情は俺の想像していたものではなかった。

雨のせいで霞がかっていたが、それでも分かる。

明らかに晴れた表情ではなかった。



「なんでそんなに暗い顔なんだよ……?」



唇を震わせながら、絞り出すように俺は声を出した。

理解していたつもりだったのに、理解出来なかった。



「そんなことないよ……いつも通りだし」

「いつも通りって……そんな訳ないだろ。だって、全然笑ってない……じゃないか……」

「久しぶりに面と向かって会ったのに、酷いこと言うんだね」

「はぐらかすなよ……どうして……いや、何かあったのか?」

「無いよ、何も」

「無い訳ないだろ……何で言ってくれないんだよ……?」

「あなたには関係ないでしょ?」

「……!」



関係ないって、本気で言ってんのかよ。

俺がどんな思いで話しているのか、お前は知っているのかよ。

自分の中で日常に移り変わっていた出来事が一瞬にして消える虚無。

信頼していた人がある日突然いなくなってしまう恐怖。

取り残された人間が味わう絶望。

あんなことはもう二度と味わいたくないのに、それが今まさに目の前で起きようとしている。

もう裏切られたくないんだよ……



「……じゃあ、どうして……どうして電話に出ないんだよ……?」



相手のことを気にかける余裕がなくなっているのが自分でも分かる。

支離滅裂で冷静さを欠いていると自覚している。

でも、こんな理由では到底納得すること出来ない。



「勘違いだって何度も自問自答したよ。元々毎日のように連絡を取ってたわけじゃなかったし……でもさ、今まで無視したことはなかっただろ……?」

「……」

「自分勝手な奴だと思ってたけどさ、それでも今までやってきたことには意味があった……お前は何も考えずに行動するような人間じゃないだろ……!」



自分の都合しか考えずに他人を巻き込んで、それを悪びれる素振りもない。

いきなりカラオケ前に来るように命令したり、脅すように主導権を取られたり、小説の読み合わせに付き合わされたり、夜にコンビニに来るように催促したり、散々な目に会って来た。

でも、今まで一度たりとも他人を傷つけるようなことはしてこなかった。

一緒にいて楽しかったし、彼女自身も楽しんでいるように見えた。

相手を顧みない言動もあったけど、明確に傷ついたこともなかった。

寧ろ、彼女と話している時は、時間を忘れるような、自然と胸が躍るような快感を覚えていた。

安藤との時間は、楽しかったんだ。



でも、今は違う。

相手を傷つけるかもしれないのに連絡を絶つ。

今だって目が合っているのに何を考えているか分からない。

楽しそうに自分の夢を語っていた安藤はどこにもいない。



「何か理由があるんだろ……? だったら話してくれよ……このままじゃ納得できねえよ……」



心が躍らない、苦しい、重い。

楽しくない。

こんな悲しい気持ちでお前と話したくないよ、安藤……



「……」



それでも、安藤は何も答えなかった。

漂う沈黙が俺達の答えのような気がして、胸が苦しくなった。

認めたくない。



「俺が悪いのか……? だったらいくらでも謝るから……だから……」



でも、これ以上の言葉は出てこなかった。

差し出した手は少しずつ力が抜けていき、最後には何も残らなかった。

悪足掻きも出来なくなった。



「……信頼されてないのか……俺は……?」



一番聞きたくなかった答えを求めた。

求めてしまったら、もう認めるしかないから。

でも、もう抵抗する気はなかった。



「ごめん……でも、これは私の問題だから……」

「そんなの……」



そんなの納得出来ない。

でも、彼女に再び問いかけることは出来なかった。

突き放されている、そう思った。



「……じゃあ、私急いでるから……」



そう言うと安藤は踵を返して雨の中に消えていった。

少しずつ小さくなり、最後には姿が見えなくなった。

その間、俺は安藤がいた場所をただ見つめていた。



「……」



張り詰めた空気が解けていくように、後ろからホームルームを終えた生徒達が昇降口に降りて来た。

友人と談笑しながら、立ち尽くしている俺を横目に帰宅して行く。

視線を感じるが、今の俺には関係なかった。

信頼されていない、それが俺にとってどんなに無様なのか。

俺が立ち直るきっかけになった言葉であり、あいつとの唯一の繋がり。

その言葉があったから、俺は立っていられた。

なのに、それを蔑ろにされて、縋るものを無くして、俺はどうすればいいのだろう。



少しでもいい、俺には話してほしかった、教えてほしかった。

一時とは言え、声優活動の傍らを担いだんだ。

安藤に少しは貢献出来たと思うし、実際に感謝もされた。

でも、それでも、俺は部外者なのか、あいつとは無関係の人間なのか、あいつにとって、俺はどういう存在なのだろうか、結局分からなかった。



「認められるかよ……こんなの……」



傾きかけた感情を押し止めるように、俺は心の叫びを口にした。
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