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第二楽章 信用と信頼
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降り続いた雨も去っていき、次第に晴れ模様が増えていった。
上空では入道雲が存在を主張しており、際限なく空の向こう側まで広がっている。
「はぁ……はぁ……!」
隠れていた太陽は久しく顔を出し、グラウンドで活動している俺達の体力を奪っていく。
降り注ぐ熱波が、肌を溶かすように全身に絶え間なく浴びせられる。
「はぁ……はぁ……!」
この時期の暑さは異常だ。
湿度が高いせいで、汗が内側から出て行かない。
気温が下がり始めてもおかしくない時間帯なのに、サウナの中のように湿気が纏わりついて離れない。
体内に熱が籠り、段々と息苦しくなる。
そんなむさ苦しい炎天下の中、俺達は練習に汗を流していた。
「次がラストだッ! 気合入れろッ!」
木陰に置かれたベンチから、顧問の山口先生が檄を飛ばす。
邪険に扱われていると思ったが、胸に内に押し止める。
肺に酸素を取り込ませ、叫びに近い声で返事をすると、俺は最後のダッシュを開始する合図を取る。
炭酸カルシウムで引かれた白い線に横一列で並んだチームメイトは、肩を揺らしながら朦朧と配置についていた。
それを確認すると、俺は両手を合わせて強く叩いた。
「――――――!」
それと同時に全員が一斉に駆け出す。
コートの半分を野球部と区切って使用しているため、横幅七十メートル程の距離を何本も往復する走り込みだ。
夏の大会が控えているのもあり、少しでも走りバテしないような体力が求められる。
だが、いつも通りの練習をこなした後の走り込みは、そんな目的を忘れてしまいたいほどに苦しかった。
数にして二十本目のダッシュ。
身体が悲鳴を上げ、足は痙攣を起こしていた。
疲労困憊の中、残された僅かな活力で前に進んでいるに過ぎない。
立ち止まってしまいたい欲が溢れる。
でも、チームを引っ張る立場上、そんなことは許されなかった。
使命感だけが自分自身を突き動かしていた。
「――――――ッ、はあ……!」
一番に往復ダッシュを終えて、その場で膝に手をつく。
貪るように肺に酸素を取り込み、少しでも早く平生を取り戻そうとした。
その間にも後輩らが続々と最後の走り込みを終える。
中には倒れ込んで息を整える人もいた。
立っていられる力さえ残っていないのだろう。
でも、これで全員が走り込みを終えたことを確認出来た。
「よし、グラウンド整備するぞ!」
練習後にいつも行うグラウンドの片づけを始める号令を出した。
グラウンドから離れ、倉庫の端にまとめられた鉄製のトンボを取り出す。
使用したグラウンドの端から端まで丹寧に均すためだ。
半分しか使っていないとはいえ、少ない部員数では何往復もする羽目になる。
歩きながらの作業となるが、かなり根気がいる。
雨の日に比べてマシだと割り切って、俺は作業を始めた。
「ふぅ……」
土曜日の辛い練習がようやく終わった。
平日は放課後の限られた時間しか練習が出来ないため、それほど疲労が溜まるわけではない。
それに加えて、ここ数週間の間に連日のように続いた雨、それの影響で校内での軽い練習が主になっていた。
それに慣れてしまったせいで、梅雨明けに行われた今日の練習はハードだった。
休日は練習時間が確保出来る分、トレーニングも比例して厳しくなる部分も考慮するべきだが、それでもバテてしまったのはその怠慢さが一番の理由な気がする。
……
こうなる場合に備えて少ない時間を有効に使ってきたのに、その結果がこれだ。
もしも室内練習をサボっていたり、雨が止んだわずかな時間をジョギングに費やさなかったら、俺も後輩らと同じようにグラウンドに倒れ込んでいただろう。
自分に出来る最善を尽くしてこの結果なのだ。
余すことなく受け止めないといけない。
「キャプテン、サボってたら山口にどやされますよ?」
「え?」
いつの間にか背後にいた湯川に声をかけられ、思わず情けない声を出してしまった。
「だから、顧問に怒られますって。あの人怒ると怖いじゃないですか」
「あ、ああ……」
「あの人、女子生徒には優しいのになぁ……」
そう愚痴をこぼして、湯川は地面を均し始めた。
それを見て、俺も止まっていた手を動かす。
重いトンボを前後に動かして、地面の凹凸を減らしていく。
地面を強く削る必要があるため、この作業は疲労困憊の身体には向かない。
でも、視線の先では、ブラシを使って地面をなだらかにしていく他の部員の姿があった。
皆文句を垂れることなく従事している。
「今日は疲れましたねー」
不満を漏らしていた先程から一転、脱力するような声で湯川がそう呟いた。
その手元を見ると、発言とは反対に手を休めることなく作業に没頭している。
文句は口にしていたが、それでも手を止めていなかった。
……
その乖離さに、俺は違和感を覚えた。
皆も俺と同様に疲労困憊のはずなのに、その足取りはやけに軽そうに見える。
以前であれば疲労感から足を引きずるように片づけをしていたのに、グラウンドが使えるようになったここ数日はその光景は見られない。
練習が終わった解放感から、そのように見えているのだろうか。
「そういう割には、元気が有り余ってるように見えるけどな」
覚えた違和感を確認するために、俺は探りを入れた。
「そうですか? 今日は今までにないくらいしんどかったですよ?」
「そうだけどさ、何か変なんだよな……」
「変ってどんな感じですか?」
湯川は興味深そうに首を傾げた。
質問返しをされるとは思わなかったので、その唐突さに動揺した。
「いや、あまり言いたくはないんだけどさ……」
「何ですか、言ってくださいよー」
「うーん……」
質問の答えは持ち合わせている。
でも、それを言うべきではないとブレーキをかける自分がいる。
本気でやりたくない、程々で楽しめればいい、そんな考えで入部した人がほとんどなのに、それを承知で入部を促した張本人である俺が言うべきセリフではない。
最初からサッカーがやりたくて入部した生徒なんてほとんどいないのに、練習を怠けているんじゃないか、サボっているんじゃないか、そう疑うのは無責任だろう。
サボっていたとしても、俺が咎める理由はない。
「……いや、何でもない。さっさと片付けるか」
結局言わないことにした。
湯川には申し訳ないが、俺が言えた道理ではない。
「……まあ、無いならいいですけど」
湯川は疑うような目つきをしていたが、深くは追及しないらしい。
疑り深い性格なのはこの一年でよく熟知していたが、あっさりと引き下がってくれたのは意外だった。
助けられる形で話を終える。
その頃には、削っていた凹凸が平坦になっていた。
すぐに他の場所を見渡すが、他の部員によってある程度なだらかになっている。
ブラシを使っているグループはまだ終了していないが、ブラシは限られた数しかないため、手伝いに行くことが出来ない。
完全に手持無沙汰になっていた。
「……戻るか」
使用していたトンボを倉庫裏まで持って行く。
片づけを終えた後はストレッチをして終了なので、差し迫ってやることがない。
ストレッチも全員が揃ってから行うのが常なので、先に終わった人達は談笑するか部室に戻るかで分かれる。
そのどちらにしても、手を動かすことは出来ない。
つまり、暇ということになる。
「……」
自覚してしまうと、考えないようにしていたことが頭を巡る。
身体を動かしていれば、少なからずその時は目の前のことに没頭出来る、そう思って練習にいつもより精を出した。
勉学にだって無心でペンを走らせて、暇を与えないようにした。
それでも、ふとした時に思い出したように迫ってくる後悔。
信頼されていなかったのにどうして俺は勘違いしていたんだろう、そんな懺悔に似た思い。
あれから時間も経ったはずなのに、昨日のことのように鮮明に覚えている。
忘れたくても、深く刻まれた言葉が浮かび上がる。
それが嫌で、今になっても前を向けない、乗り越えられない、そんな日々を過ごしている。
「いつまでも引きずってたら駄目だよな……」
もう二週間経っているのだから、いい加減切り替えないといけない。
来週には期末考査、そして月末には選手権予選が控えている。
最後の試合になるかもしれないのに現を抜かす余裕なんてない。
忘れるのが無理でも、今だけは忘れていたい。
「……何突っ立ってんの、お前」
「……え?」
「片付けの邪魔になってんだよ」
トンボを片付けにやって来た悠馬に気怠そうに注意された。
「……悪い」
立ち止まって進路を塞いでしまっていたことに気がついた俺は、そう返事をした後、手に持っていたトンボを所定の位置に片付けて端にどけた。
道幅が狭いので、どちらかが道を譲らなければもう片方が通れないのだ。
「ぼーっとすんなよ」
吐き捨てるようにその場を後にする悠馬。
いつもなら軽口に聞こえる言葉も、今は心が抉られるような別物に聞こえた。
普段通りを心掛けていても、繕うことが出来るのは表面だけだ。仮面の中まで繕うことは出来ない。
「……ああ」
普段通りを心掛けて返事をしたが、少し言い淀んでしまった。
未だに関係が改善しない現状に心身共に疲れてしまったのかもしれない。
……
全てが上手くいっていない現実から逃れたいが、そもそも変わりたいと言い出したのは自分だ。
原因が自分にある以上、他人が俺をどう思おうが受け入れないといけない。
空気を乱した張本人が今更元の関係に戻りたいなんて言い出したら、それこそ卑怯だ。
俺でさえ自分自身のことを信じられないのに、他人に信じてもらおうとしたこと自体が間違っていた。
結局、変わりたいと願った自分の覚悟は間違っていたのだ。
「お前、まだいたのか」
片づけを終えて、悠馬がこちらに戻ってきていた。
だから、俺は返事をする代わりに道を譲る。
悠馬も何も言わずに部室に戻ろうとした。
「……祐介」
だが、俺の前で止まり、悠馬が俺の名前を呼んだ。
それが予想外のことで、俺は困惑した。
「何だよ」
つい突き放すような言い方をしてしまった。
ぐちゃぐちゃになっていた思考のせいで、気にかける余裕がなかった。
それでも、悠馬は気にする素振りもなく俺に聞いてきた。
「後でさ、部室に残ってくれよ」
「どうして急に……」
「聴きたいことがあるんだよ」
そう言い残して、悠馬は去って行った。
「……」
今まで口を利いてくれなかったのに、あの日以来初めて悠馬から対話を求められた。
その事実に只々困惑する。
「分かんねーことばっかりだな、俺……」
自分の意思など無関係に、他人の都合通りに踊らされている、そんな気がした。
「……」
それならどうして俺が踊らされているのだろう。
俺は何か悪いことでもしたのだろうか。
ただ自分の望みたいものを望んだだけなのに。
ーーー
「じゃあ、お先に失礼します」
「ああ」
部活を終えて、部室を出ていく後輩らを見送る。
今ので最後だ。
だから、部室には二人しかいなかった。
「……」
悠馬は何も言わず、パイプ椅子に座っている。
手元では、スパイクに付着した砂を専用のブラシで落としていた。
「……なあ、話ってなんだよ」
沈黙を断ち切るように、俺は話題に触れた。
「ん? 話?」
「俺に話があるんだろ?」
「ああ、そうだったな」
悠馬はとぼけるように答えた。
「そうだったなって、お前……」
俺がそうごちる間も、悠馬は手元の動作を止めることなく続けていた。
こちらを見ることなく、ただ手を動かしていた。
「そうだな……」
が、そう言うと、悠馬は手を止めた。
そして、初めて俺の方を向いて、ゆっくりと口を動かした。
「最近さ、お前って練習サボってるだろ」
「……は?」
予想外の方向からの意見に、俺は思わずそう漏らしていた。
俺がサボっている?
練習に人一倍精を出していたのに、目の前のことに精一杯取り組んでいたのに、それがサボっている?
意味が分からない。
「俺は真面目に練習してただろ。何で、どうしてそう思うんだよ」
「トラップミスも多いし、時折上の空になってんだよ。山口にもいちいち注意されてただろ」
「それは……」
「何だよ。自分が言われてたって気づいてなかったのかよ」
「……」
記憶になかった。
確かに練習が中断する場面はあったが、それは飽くまでも全体への注意だと思っていた。
話の内容は詳しく思い出せなかったけど、たぶんそうなのだろうと思っていた。
「あんだけ俺に努力努力って説き伏せておいて、肝心のお前が何もしてないんだったら意味ねえだろ。夢がどうとか言ったくせに……何が勝ちたいだよ」
以前俺が言った言葉を皮肉するように、悠馬はそう口にした。
俺がこれまでやってきたことを拒絶するような振る舞いだった。
より一層努力をしてきたつもりだったのに、それを否定された。
目の前のことに真剣に取り組んでいただけなのに。
「……目の前のことに取り組んでただけだよ」
「目の前ばっかり気にしてさ、周りが見えてねえだけなんだよ、お前は」
「――――――っ」
はっきりとした物言いだった。
久しぶりに話すことがこんなにも攻撃性を含んでいれば、誰だって怒りを覚えるだろう。
……
でも、俺は覚えるどころか、むしろ後悔な思いに駆られた。
悠馬の言うことは正しかった。
「……なんだよ。結局何も言い返さないのかよ」
「ああ、悠馬の言う通りだよ……言われてやっと気がついた……」
安藤との思い出を忘れよう、その一心で目の前のことに取り組んだ。
一つ一つの練習に打ち込めば、それしか考えられないと思っていたから。
でも、それは不可能な話だった。
忘れようと考えている時点で、俺はそれに支配されている。
既に支配されている脳みそで他の何かを考えることなど初めから不可能なのだ。
「キャプテンなんだから、もっと周りを見て練習しないといけなかったのに……俺は自分のことばかり考えて練習してた。サッカーは周りを見てプレイする競技なのに、俺は初歩的な所から穿き違えていたんだ……」
俺には主将なんて向いてない。
いくら弱いチームの形としての主将だとしても、全体をまとめ上げる力なんて俺にはない。
皆に強く言えない時点で、俺は非情になれないんだ。
言われてやっと気がつくことが出来た。
俺には皆を引っ張る素質がない――――――
「……そうかよ」
悠馬は相槌を打つと、手元の動きを再開した。
何も言わない俺を気にする素振りなく、悠馬は再び手元の作業に集中する。
豚毛の一本一本がスパイクと摩擦を起こして、部室には独特の音が響いていた。
スパイクは次第に輝きを取り戻し、不要なもの全てが取り除かれていく。
「もう用事も済んだろ……俺は帰るよ」
これ以上この場にいても、惨めになるだけだった。
支度を終えていた荷物を手に取り、俺は部室から出る。
「待てよ」
その直前、背後から悠馬に呼び止められた。
何かと思い、後ろを振り返る。
すると、悠馬は手に持っていたものをこちらに投げた。
「___!」
咄嗟に手を出して受け止める。
「え……」
手に取ったものを確認し、俺は思わず声が漏れた。
手に馴染む形、久しく忘れていた感触が覚醒していくのが分かった。
「それってお前のだろ? 落とし物」
「どこでこれを……?」
「……部室に落ちてたから拾っておいた。大切なものなんだろ?」
「…………」
心臓が跳ねる。
ずっと探していたものが見つかった悦びからか。
いや違う。
もう絶ってしまった思い出が脳裏を駆け巡る、これは喜びなんかじゃない。
「大切なんて、もう思ってないよ……」
猫のアクセサリー、これはもう俺には必要ない。
唯一の繋がりを今更手に入れたところでもう遅いのだから。
「……お前がどう思おうが勝手だけどさ、本当に大切なものは手離すなよ……指先でも、彼方でも」
「……それは、出来ない……」
悠馬は知らない。
それはもう自分には出来ないものだ。
「……もう、遅いよ……俺には……!」
出てきたのは、悲痛な叫びだった。
声にならない想いが高ぶる。
どうにもならない今が、自分を貪り尽くしていた。
悠馬の視線を感じる。
俺の惨めさに愛想をつかしたのかもしれない。
でも、それは正しい行動だ。
こんな姿、誰が好き好んで見ようものか。
卑下されるべきだろう。
「……悪い」
もうこの場にはいられなかった。
差し込む夕日に当てられながら、俺は扉を開けた。
「……勝手に決めんなよ」
去り際、悠馬が吐き捨てるように言った。
その言葉が何を示しているのか、俺には分からなかった。
いや、それは正確ではない。
心に響かない、これが適切だった。
「……」
自分がどう思われているのか、他人がどう思っているのか、そんな考えは一切ない。
決まった答えがあるなら、それに従うべきだ。
それが果てしなく惨めで、無様で、目も当てられない姿であっても、甘んじて受け入れるべきなんだ。
俺自身の答えなんて、初めから不要だったのだから。
だってそうだろう?
俺が如何に求めても、彼女は離れていく。
幼児のように暴れ回ったところとしても、俺には変えようのない事実。
彼女が言ったことが全てだ。
嘘偽りのない真実だ。
だったら受け入れないといけない、それが大人なんだから。
そう、思っていたのに――――――
「なんで今更……こんなもの……」
悠馬から受け取ったものをぶら下げる。
宙を振り子のように舞う猫は、風に揺られながら弧を描く。
不規則に揺れるそれは、まるで自由の象徴であった。
「……」
ただのアクセサリーで、単なる小物に過ぎない。
分かっているけど、それだけで涙が溢れそうになる。
こんなものが帰ってきても失った関係は修復出来ない、そう理解しているのに。
それでも、ほんの少し、期待してしまうんだ。
あいつとの繋がりがまだ残っていることに。
だから、苦しい。
もう未練はないと思い込んでいたのに、枷を外されたように感情が溢れる。
幻想を抱いて後悔するのは自分自身なのに、俺はなんて愚かなんだろうか。
どうせ惨めな思いをするなら、胸の内に秘めておきたい。
「――――――っ」
何かに当たって、俺は体勢が崩れた。
いつの間にか自宅付近まで歩いていたらしい。
喧噪が薄れ、人通りの少ないいつもの道にいた。
しかし、今は目の前に一人の女性が立っている。
周囲の状態を顧みても、この人とぶつかってしまったのだろう。
「っすみません……」
自分の前で立ち尽くす女性を前に、俺はいち早く謝罪する。
その人は何も言わずに、ただ俯いていた。
その様子はどこか上の空なのか、何も言葉を介さない。
俺とぶつかったことにすら気づいていないのではないかと疑うほどに。
「……大丈夫ですか」
だから、俺は声をかけた。
相手が何も言わなかったら、様子に違和感を覚えれば、誰だってそうするだろう。
ぶつかった相手が立ち竦んでいれば、誰でもする。
でも、それがいけなかった。
「――――――……!」
顔を見た瞬間、おれは戦慄した。
全身から汗が噴き出す錯覚を覚える。
夕方なのに身体が熱い。
胸が痛み始める、動悸に近い。
――なんでここにいるんだよ、安藤
思えば初めから無意識に気がついていたのかもしれない。
でも、俺は俺自身を知らなかった。
安藤が目の前にいて、俺は喜ぶのか、悲しむのか。
会ったとしても、俺がどんな思いに駆られるか分からなかった。
認めたくなかった、怖かった。
だから、もう会いたくないと願っていたのに。
「……安藤」
喜びに近い恐怖、畏怖じみた安堵。
安藤と会っても、俺には俺自身のことが分からなかった。
掻き混ざった感情が身を滅ぼしている、それしか分からなかった。
上空では入道雲が存在を主張しており、際限なく空の向こう側まで広がっている。
「はぁ……はぁ……!」
隠れていた太陽は久しく顔を出し、グラウンドで活動している俺達の体力を奪っていく。
降り注ぐ熱波が、肌を溶かすように全身に絶え間なく浴びせられる。
「はぁ……はぁ……!」
この時期の暑さは異常だ。
湿度が高いせいで、汗が内側から出て行かない。
気温が下がり始めてもおかしくない時間帯なのに、サウナの中のように湿気が纏わりついて離れない。
体内に熱が籠り、段々と息苦しくなる。
そんなむさ苦しい炎天下の中、俺達は練習に汗を流していた。
「次がラストだッ! 気合入れろッ!」
木陰に置かれたベンチから、顧問の山口先生が檄を飛ばす。
邪険に扱われていると思ったが、胸に内に押し止める。
肺に酸素を取り込ませ、叫びに近い声で返事をすると、俺は最後のダッシュを開始する合図を取る。
炭酸カルシウムで引かれた白い線に横一列で並んだチームメイトは、肩を揺らしながら朦朧と配置についていた。
それを確認すると、俺は両手を合わせて強く叩いた。
「――――――!」
それと同時に全員が一斉に駆け出す。
コートの半分を野球部と区切って使用しているため、横幅七十メートル程の距離を何本も往復する走り込みだ。
夏の大会が控えているのもあり、少しでも走りバテしないような体力が求められる。
だが、いつも通りの練習をこなした後の走り込みは、そんな目的を忘れてしまいたいほどに苦しかった。
数にして二十本目のダッシュ。
身体が悲鳴を上げ、足は痙攣を起こしていた。
疲労困憊の中、残された僅かな活力で前に進んでいるに過ぎない。
立ち止まってしまいたい欲が溢れる。
でも、チームを引っ張る立場上、そんなことは許されなかった。
使命感だけが自分自身を突き動かしていた。
「――――――ッ、はあ……!」
一番に往復ダッシュを終えて、その場で膝に手をつく。
貪るように肺に酸素を取り込み、少しでも早く平生を取り戻そうとした。
その間にも後輩らが続々と最後の走り込みを終える。
中には倒れ込んで息を整える人もいた。
立っていられる力さえ残っていないのだろう。
でも、これで全員が走り込みを終えたことを確認出来た。
「よし、グラウンド整備するぞ!」
練習後にいつも行うグラウンドの片づけを始める号令を出した。
グラウンドから離れ、倉庫の端にまとめられた鉄製のトンボを取り出す。
使用したグラウンドの端から端まで丹寧に均すためだ。
半分しか使っていないとはいえ、少ない部員数では何往復もする羽目になる。
歩きながらの作業となるが、かなり根気がいる。
雨の日に比べてマシだと割り切って、俺は作業を始めた。
「ふぅ……」
土曜日の辛い練習がようやく終わった。
平日は放課後の限られた時間しか練習が出来ないため、それほど疲労が溜まるわけではない。
それに加えて、ここ数週間の間に連日のように続いた雨、それの影響で校内での軽い練習が主になっていた。
それに慣れてしまったせいで、梅雨明けに行われた今日の練習はハードだった。
休日は練習時間が確保出来る分、トレーニングも比例して厳しくなる部分も考慮するべきだが、それでもバテてしまったのはその怠慢さが一番の理由な気がする。
……
こうなる場合に備えて少ない時間を有効に使ってきたのに、その結果がこれだ。
もしも室内練習をサボっていたり、雨が止んだわずかな時間をジョギングに費やさなかったら、俺も後輩らと同じようにグラウンドに倒れ込んでいただろう。
自分に出来る最善を尽くしてこの結果なのだ。
余すことなく受け止めないといけない。
「キャプテン、サボってたら山口にどやされますよ?」
「え?」
いつの間にか背後にいた湯川に声をかけられ、思わず情けない声を出してしまった。
「だから、顧問に怒られますって。あの人怒ると怖いじゃないですか」
「あ、ああ……」
「あの人、女子生徒には優しいのになぁ……」
そう愚痴をこぼして、湯川は地面を均し始めた。
それを見て、俺も止まっていた手を動かす。
重いトンボを前後に動かして、地面の凹凸を減らしていく。
地面を強く削る必要があるため、この作業は疲労困憊の身体には向かない。
でも、視線の先では、ブラシを使って地面をなだらかにしていく他の部員の姿があった。
皆文句を垂れることなく従事している。
「今日は疲れましたねー」
不満を漏らしていた先程から一転、脱力するような声で湯川がそう呟いた。
その手元を見ると、発言とは反対に手を休めることなく作業に没頭している。
文句は口にしていたが、それでも手を止めていなかった。
……
その乖離さに、俺は違和感を覚えた。
皆も俺と同様に疲労困憊のはずなのに、その足取りはやけに軽そうに見える。
以前であれば疲労感から足を引きずるように片づけをしていたのに、グラウンドが使えるようになったここ数日はその光景は見られない。
練習が終わった解放感から、そのように見えているのだろうか。
「そういう割には、元気が有り余ってるように見えるけどな」
覚えた違和感を確認するために、俺は探りを入れた。
「そうですか? 今日は今までにないくらいしんどかったですよ?」
「そうだけどさ、何か変なんだよな……」
「変ってどんな感じですか?」
湯川は興味深そうに首を傾げた。
質問返しをされるとは思わなかったので、その唐突さに動揺した。
「いや、あまり言いたくはないんだけどさ……」
「何ですか、言ってくださいよー」
「うーん……」
質問の答えは持ち合わせている。
でも、それを言うべきではないとブレーキをかける自分がいる。
本気でやりたくない、程々で楽しめればいい、そんな考えで入部した人がほとんどなのに、それを承知で入部を促した張本人である俺が言うべきセリフではない。
最初からサッカーがやりたくて入部した生徒なんてほとんどいないのに、練習を怠けているんじゃないか、サボっているんじゃないか、そう疑うのは無責任だろう。
サボっていたとしても、俺が咎める理由はない。
「……いや、何でもない。さっさと片付けるか」
結局言わないことにした。
湯川には申し訳ないが、俺が言えた道理ではない。
「……まあ、無いならいいですけど」
湯川は疑うような目つきをしていたが、深くは追及しないらしい。
疑り深い性格なのはこの一年でよく熟知していたが、あっさりと引き下がってくれたのは意外だった。
助けられる形で話を終える。
その頃には、削っていた凹凸が平坦になっていた。
すぐに他の場所を見渡すが、他の部員によってある程度なだらかになっている。
ブラシを使っているグループはまだ終了していないが、ブラシは限られた数しかないため、手伝いに行くことが出来ない。
完全に手持無沙汰になっていた。
「……戻るか」
使用していたトンボを倉庫裏まで持って行く。
片づけを終えた後はストレッチをして終了なので、差し迫ってやることがない。
ストレッチも全員が揃ってから行うのが常なので、先に終わった人達は談笑するか部室に戻るかで分かれる。
そのどちらにしても、手を動かすことは出来ない。
つまり、暇ということになる。
「……」
自覚してしまうと、考えないようにしていたことが頭を巡る。
身体を動かしていれば、少なからずその時は目の前のことに没頭出来る、そう思って練習にいつもより精を出した。
勉学にだって無心でペンを走らせて、暇を与えないようにした。
それでも、ふとした時に思い出したように迫ってくる後悔。
信頼されていなかったのにどうして俺は勘違いしていたんだろう、そんな懺悔に似た思い。
あれから時間も経ったはずなのに、昨日のことのように鮮明に覚えている。
忘れたくても、深く刻まれた言葉が浮かび上がる。
それが嫌で、今になっても前を向けない、乗り越えられない、そんな日々を過ごしている。
「いつまでも引きずってたら駄目だよな……」
もう二週間経っているのだから、いい加減切り替えないといけない。
来週には期末考査、そして月末には選手権予選が控えている。
最後の試合になるかもしれないのに現を抜かす余裕なんてない。
忘れるのが無理でも、今だけは忘れていたい。
「……何突っ立ってんの、お前」
「……え?」
「片付けの邪魔になってんだよ」
トンボを片付けにやって来た悠馬に気怠そうに注意された。
「……悪い」
立ち止まって進路を塞いでしまっていたことに気がついた俺は、そう返事をした後、手に持っていたトンボを所定の位置に片付けて端にどけた。
道幅が狭いので、どちらかが道を譲らなければもう片方が通れないのだ。
「ぼーっとすんなよ」
吐き捨てるようにその場を後にする悠馬。
いつもなら軽口に聞こえる言葉も、今は心が抉られるような別物に聞こえた。
普段通りを心掛けていても、繕うことが出来るのは表面だけだ。仮面の中まで繕うことは出来ない。
「……ああ」
普段通りを心掛けて返事をしたが、少し言い淀んでしまった。
未だに関係が改善しない現状に心身共に疲れてしまったのかもしれない。
……
全てが上手くいっていない現実から逃れたいが、そもそも変わりたいと言い出したのは自分だ。
原因が自分にある以上、他人が俺をどう思おうが受け入れないといけない。
空気を乱した張本人が今更元の関係に戻りたいなんて言い出したら、それこそ卑怯だ。
俺でさえ自分自身のことを信じられないのに、他人に信じてもらおうとしたこと自体が間違っていた。
結局、変わりたいと願った自分の覚悟は間違っていたのだ。
「お前、まだいたのか」
片づけを終えて、悠馬がこちらに戻ってきていた。
だから、俺は返事をする代わりに道を譲る。
悠馬も何も言わずに部室に戻ろうとした。
「……祐介」
だが、俺の前で止まり、悠馬が俺の名前を呼んだ。
それが予想外のことで、俺は困惑した。
「何だよ」
つい突き放すような言い方をしてしまった。
ぐちゃぐちゃになっていた思考のせいで、気にかける余裕がなかった。
それでも、悠馬は気にする素振りもなく俺に聞いてきた。
「後でさ、部室に残ってくれよ」
「どうして急に……」
「聴きたいことがあるんだよ」
そう言い残して、悠馬は去って行った。
「……」
今まで口を利いてくれなかったのに、あの日以来初めて悠馬から対話を求められた。
その事実に只々困惑する。
「分かんねーことばっかりだな、俺……」
自分の意思など無関係に、他人の都合通りに踊らされている、そんな気がした。
「……」
それならどうして俺が踊らされているのだろう。
俺は何か悪いことでもしたのだろうか。
ただ自分の望みたいものを望んだだけなのに。
ーーー
「じゃあ、お先に失礼します」
「ああ」
部活を終えて、部室を出ていく後輩らを見送る。
今ので最後だ。
だから、部室には二人しかいなかった。
「……」
悠馬は何も言わず、パイプ椅子に座っている。
手元では、スパイクに付着した砂を専用のブラシで落としていた。
「……なあ、話ってなんだよ」
沈黙を断ち切るように、俺は話題に触れた。
「ん? 話?」
「俺に話があるんだろ?」
「ああ、そうだったな」
悠馬はとぼけるように答えた。
「そうだったなって、お前……」
俺がそうごちる間も、悠馬は手元の動作を止めることなく続けていた。
こちらを見ることなく、ただ手を動かしていた。
「そうだな……」
が、そう言うと、悠馬は手を止めた。
そして、初めて俺の方を向いて、ゆっくりと口を動かした。
「最近さ、お前って練習サボってるだろ」
「……は?」
予想外の方向からの意見に、俺は思わずそう漏らしていた。
俺がサボっている?
練習に人一倍精を出していたのに、目の前のことに精一杯取り組んでいたのに、それがサボっている?
意味が分からない。
「俺は真面目に練習してただろ。何で、どうしてそう思うんだよ」
「トラップミスも多いし、時折上の空になってんだよ。山口にもいちいち注意されてただろ」
「それは……」
「何だよ。自分が言われてたって気づいてなかったのかよ」
「……」
記憶になかった。
確かに練習が中断する場面はあったが、それは飽くまでも全体への注意だと思っていた。
話の内容は詳しく思い出せなかったけど、たぶんそうなのだろうと思っていた。
「あんだけ俺に努力努力って説き伏せておいて、肝心のお前が何もしてないんだったら意味ねえだろ。夢がどうとか言ったくせに……何が勝ちたいだよ」
以前俺が言った言葉を皮肉するように、悠馬はそう口にした。
俺がこれまでやってきたことを拒絶するような振る舞いだった。
より一層努力をしてきたつもりだったのに、それを否定された。
目の前のことに真剣に取り組んでいただけなのに。
「……目の前のことに取り組んでただけだよ」
「目の前ばっかり気にしてさ、周りが見えてねえだけなんだよ、お前は」
「――――――っ」
はっきりとした物言いだった。
久しぶりに話すことがこんなにも攻撃性を含んでいれば、誰だって怒りを覚えるだろう。
……
でも、俺は覚えるどころか、むしろ後悔な思いに駆られた。
悠馬の言うことは正しかった。
「……なんだよ。結局何も言い返さないのかよ」
「ああ、悠馬の言う通りだよ……言われてやっと気がついた……」
安藤との思い出を忘れよう、その一心で目の前のことに取り組んだ。
一つ一つの練習に打ち込めば、それしか考えられないと思っていたから。
でも、それは不可能な話だった。
忘れようと考えている時点で、俺はそれに支配されている。
既に支配されている脳みそで他の何かを考えることなど初めから不可能なのだ。
「キャプテンなんだから、もっと周りを見て練習しないといけなかったのに……俺は自分のことばかり考えて練習してた。サッカーは周りを見てプレイする競技なのに、俺は初歩的な所から穿き違えていたんだ……」
俺には主将なんて向いてない。
いくら弱いチームの形としての主将だとしても、全体をまとめ上げる力なんて俺にはない。
皆に強く言えない時点で、俺は非情になれないんだ。
言われてやっと気がつくことが出来た。
俺には皆を引っ張る素質がない――――――
「……そうかよ」
悠馬は相槌を打つと、手元の動きを再開した。
何も言わない俺を気にする素振りなく、悠馬は再び手元の作業に集中する。
豚毛の一本一本がスパイクと摩擦を起こして、部室には独特の音が響いていた。
スパイクは次第に輝きを取り戻し、不要なもの全てが取り除かれていく。
「もう用事も済んだろ……俺は帰るよ」
これ以上この場にいても、惨めになるだけだった。
支度を終えていた荷物を手に取り、俺は部室から出る。
「待てよ」
その直前、背後から悠馬に呼び止められた。
何かと思い、後ろを振り返る。
すると、悠馬は手に持っていたものをこちらに投げた。
「___!」
咄嗟に手を出して受け止める。
「え……」
手に取ったものを確認し、俺は思わず声が漏れた。
手に馴染む形、久しく忘れていた感触が覚醒していくのが分かった。
「それってお前のだろ? 落とし物」
「どこでこれを……?」
「……部室に落ちてたから拾っておいた。大切なものなんだろ?」
「…………」
心臓が跳ねる。
ずっと探していたものが見つかった悦びからか。
いや違う。
もう絶ってしまった思い出が脳裏を駆け巡る、これは喜びなんかじゃない。
「大切なんて、もう思ってないよ……」
猫のアクセサリー、これはもう俺には必要ない。
唯一の繋がりを今更手に入れたところでもう遅いのだから。
「……お前がどう思おうが勝手だけどさ、本当に大切なものは手離すなよ……指先でも、彼方でも」
「……それは、出来ない……」
悠馬は知らない。
それはもう自分には出来ないものだ。
「……もう、遅いよ……俺には……!」
出てきたのは、悲痛な叫びだった。
声にならない想いが高ぶる。
どうにもならない今が、自分を貪り尽くしていた。
悠馬の視線を感じる。
俺の惨めさに愛想をつかしたのかもしれない。
でも、それは正しい行動だ。
こんな姿、誰が好き好んで見ようものか。
卑下されるべきだろう。
「……悪い」
もうこの場にはいられなかった。
差し込む夕日に当てられながら、俺は扉を開けた。
「……勝手に決めんなよ」
去り際、悠馬が吐き捨てるように言った。
その言葉が何を示しているのか、俺には分からなかった。
いや、それは正確ではない。
心に響かない、これが適切だった。
「……」
自分がどう思われているのか、他人がどう思っているのか、そんな考えは一切ない。
決まった答えがあるなら、それに従うべきだ。
それが果てしなく惨めで、無様で、目も当てられない姿であっても、甘んじて受け入れるべきなんだ。
俺自身の答えなんて、初めから不要だったのだから。
だってそうだろう?
俺が如何に求めても、彼女は離れていく。
幼児のように暴れ回ったところとしても、俺には変えようのない事実。
彼女が言ったことが全てだ。
嘘偽りのない真実だ。
だったら受け入れないといけない、それが大人なんだから。
そう、思っていたのに――――――
「なんで今更……こんなもの……」
悠馬から受け取ったものをぶら下げる。
宙を振り子のように舞う猫は、風に揺られながら弧を描く。
不規則に揺れるそれは、まるで自由の象徴であった。
「……」
ただのアクセサリーで、単なる小物に過ぎない。
分かっているけど、それだけで涙が溢れそうになる。
こんなものが帰ってきても失った関係は修復出来ない、そう理解しているのに。
それでも、ほんの少し、期待してしまうんだ。
あいつとの繋がりがまだ残っていることに。
だから、苦しい。
もう未練はないと思い込んでいたのに、枷を外されたように感情が溢れる。
幻想を抱いて後悔するのは自分自身なのに、俺はなんて愚かなんだろうか。
どうせ惨めな思いをするなら、胸の内に秘めておきたい。
「――――――っ」
何かに当たって、俺は体勢が崩れた。
いつの間にか自宅付近まで歩いていたらしい。
喧噪が薄れ、人通りの少ないいつもの道にいた。
しかし、今は目の前に一人の女性が立っている。
周囲の状態を顧みても、この人とぶつかってしまったのだろう。
「っすみません……」
自分の前で立ち尽くす女性を前に、俺はいち早く謝罪する。
その人は何も言わずに、ただ俯いていた。
その様子はどこか上の空なのか、何も言葉を介さない。
俺とぶつかったことにすら気づいていないのではないかと疑うほどに。
「……大丈夫ですか」
だから、俺は声をかけた。
相手が何も言わなかったら、様子に違和感を覚えれば、誰だってそうするだろう。
ぶつかった相手が立ち竦んでいれば、誰でもする。
でも、それがいけなかった。
「――――――……!」
顔を見た瞬間、おれは戦慄した。
全身から汗が噴き出す錯覚を覚える。
夕方なのに身体が熱い。
胸が痛み始める、動悸に近い。
――なんでここにいるんだよ、安藤
思えば初めから無意識に気がついていたのかもしれない。
でも、俺は俺自身を知らなかった。
安藤が目の前にいて、俺は喜ぶのか、悲しむのか。
会ったとしても、俺がどんな思いに駆られるか分からなかった。
認めたくなかった、怖かった。
だから、もう会いたくないと願っていたのに。
「……安藤」
喜びに近い恐怖、畏怖じみた安堵。
安藤と会っても、俺には俺自身のことが分からなかった。
掻き混ざった感情が身を滅ぼしている、それしか分からなかった。
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