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ヴィレ
しおりを挟む「で、本当になんの用なの? 天才くん」
およそ教室とは呼びがたい古びた小屋の一室には、同じく古びた大きな木の机と、不揃いな椅子が五脚、それから妙に質の良いソファがひとつ、雑多に置かれていた。
恐らく、机と揃いだと思われる木製の椅子が2つに、この部屋に似つかわしくないビロードの張られた品のある椅子、それから座り心地の悪そうな丸い回転椅子と大きな何かの革製と思われる1人がけソファ、それと草臥れた薄黄色の小さな椅子。
革製の1人がけソファにゆっくりと腰を下ろしたの彼は色々な意味で有名だった。
ロイド・エーレイン。
高名な魔術師を多く輩出するエーレイン侯爵家のなかでも特に優秀と称される三男。
最初の試験で魔術科歴代最高得点をたたき出し、アーガルド入りしたにも関わらずそれを無視した変人。
魔術理論の教師を2人も自主退職に追いやったとか、初回以来一度も試験を受けていないとか、既にアーガルドの塔での研究を許されているとか、ドラゴンを飼っているとか、ホントか嘘か分からない噂が飛び交う謎の人物。
科も違えばアーガルドでもない(のかどうか不明)から会ったことがないし、学園でも伝説めいた人物になりつつあるが、まさかヴィレに居たとは。
「なぜ、あなたともあろう方がヴィレに?」
特徴的な緑色の癖の強い髪をかきあげて彼は唇の端を持ち上げた。
「それはこっちのセリフだよね」
「俺は……本日からこちらでお世話になることになりましたので」
「え!!!!」
「はあ!?」
「嘘でしょ!!」
「あっはっはー、冗談きついよね~」
ロイド先輩の切れ長の瞳がうっすらと開いてこちらを値踏みするように光っている。
なぜそこまで驚かれるのかよく分からない。なぜなら俺が騎士でなくなったのは1週間も前のことで、俺の転位はすでに告知されていたからだ。
俺はゆるゆると首を振って「冗談ではありません」と言った。
「………なんでここにはこんなのばっか来るの……」
「わ、わるいことは言わないので考え直した方がいいですよ。爵位も成績も良いのにわざわざこんなとこに来るなんて馬鹿のやることですって」
「それな」
「トゥール? どういう意味かな?」
とてとてと近寄ってきて小声でそう言う小柄な男子生徒のことも知っている。
確か数年前に平民ながら教養科の入学試験ですごい成績を叩き出して一時期話題になっていた。
しかしその後の話は全く聞かない。噂には疎いほうだし仕方がないが。
トゥールと呼ばれた少年は、恐ろしげに微笑むロイド先輩に小さく悲鳴をあげて、木の椅子に収まり小さくなった。
彼らの反応を見るに彼らには俺の状況は聞き渡っていないようだ。
「あんなあ、同じ騎士科のよしみで言っといてやるけどなあ、ここ、まっじでまともな訓練なんて出来ねーぞ。勉強ならあの変態とこのボケがいるからどうにかなるかもしねえけどな。この先騎士になるつもりがあんなら、大人しくアーガルドにいとけって、な??」
「アーデルハイト・ヴァーナッシュ」
アーデルハイトはロイド先輩とトゥールを顎で指したあと、妙に眉を下げた変な顔でポンと俺の肩を叩いた。
「あれ、アデル、知り合いなの?」
「まあな。」
「ヴァーナッシュ辺境伯領と我が家の管理する領地のひとつは隣合っていますので、幼い頃は良く通っていました」
「父親同士が学友だったからな、ガキの頃は一緒に親父にしごかれたよなあ」
そう言ってやれやれと肩をすくめるアーデルハイトは、あの時の少年がそのまま大人になったようだ。
よく言えば裏表がなくはっきりしているが、悪く言えば遠慮や思慮に乏しく、向う見ずだ。
さらに言えば喧嘩っ早くそのせいで騎士科を追い出されたと何年も前に聞いた。
「君までここにいるとはな」
「お前が来る事のが驚きなんだけど」
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