天才は笑わない

紺野

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「なにがあったんだ? まさか本当に自主的に来たんじゃねえよな。あの変態みたいに」

「本当に失礼だねえ、君は」


 どかりとソファに寝転がりそういったアーデルハイトにロイド先輩は首をすくめてため息をついた。
 アーデルハイトの口と態度の悪さには心の底から同意するが、名門候爵位である彼がその態度をまったく気にしていない事の方が驚きだ。
 他の2人も慣れているのか意に関せず、といったところで、トゥールは眉を下げてこちらを見ているし、もう1人、唯一の女子生徒はいつの間にかトレイに人数分のティーセットを載せていた。


「まあ、立ち話もなんですし、おかけになりますか? 実はこの部屋では各々、座る椅子が決まっているのですが……あなたはこちらの椅子におかけ下さい。この椅子の座り主は学園に滅多に来ませんから」


 彼女が勧めた椅子は居心地の悪そうなゴツゴツとした回転椅子で、大人しく座ったがガタガタする上に妙に低くしかも、傾いている。

 こんな椅子に好き好んで誰が座るんだ、と言いそうになったのをどうにか呑み込んだ。


 音もなく目の前にカップが置かれ、どうぞ、と彼女が勧める。

 琥珀色の液体からは、かつて嗅いだことが無いほどいい香りがした。

「これは……」

「ミューディアの茶葉です。我が社が現在販路を開拓中のもので、まだ帝国には出回っておりません」


 ぴしゃり、とそう言って微笑む彼女のタイには狐が王冠を被りフォークを携える模様が刺繍されている。
 それから彼女の栗色の髪と菫色の瞳に、なるほど、と合点がいった。

「…………君は」

「申し遅れました。わたくし、ジリアン・ラブスターと申します。何かお困り事がありましたらとりあえず、ラブスター商会に」


 ビロードの一目で高いと分かる椅子に腰掛けそう言って笑みを作った。

 ラブスター商会といえば王冠を被った狐のマークで有名な帝国一の商会で、平民から貴族まで利用したことが無い国民はいないのでは無いかと言われるほどだ。
 かくいう俺も防具から消耗品までお世話になりっぱなしである。

 国内外問わず手広いラブスター商会は公爵家であるうちよりも、下手をしたら皇族よりも金を持っているかもしれない。

「ラブスター商会には俺も世話になっている。シュレイン・ノードディエルだ。よろしく」

「……あら、貴方本当に変な人ですね」

「へん……?」

「いいえ、褒め言葉です。ジルとお呼びください」


 握手を求めた俺にジルは目を丸くしてから、それに応じ、そしてまたにっこり笑った。


「変じゃないのがここに来るわけ無いよ……」

「違いねえな」


 ……まあ、ヴィレにいるのだから、それはそうなのだろなとトゥールとアーデルハイトに同意しかけて、もう一度ジルを見る。


 ロイド先輩とアーデルハイトはともかく、トゥールと彼女は実に真面目で普通そうだ。
 平民のトゥールと、元々商家で確か純粋な貴族では無いジルは身分の面で1部の生徒から嫌煙されることもあるかもしれないが、他にもそんな生徒はごまんといる。


「貴方は、なぜヴぃレに?」


 俺がそうきくと、彼女は固まり、というか一瞬空気が固まり、それからアーデルハイトが大声で笑いだした。







    
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