天才は笑わない

紺野

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「なんでって、笑える! なんでもクソも、なあ?」

 
 下品な笑い声を上げながらヒーヒーとソファで腹を抑えるアーデルハイトに、ジルは憎らし気な顔をした。
 テーブルに突っ伏したトゥールもよく見たら肩が震えているし、ロイド先輩はせっかくの貴重なお茶を吹き出してゴホゴホとむせている。

「何をそんなに笑うことがあるんだ。だいたい女性に対して失礼だろう」

「ゴホっ、いやいや、ごもっとも。ここじゃ毎年恒例の事だし毎回ひとしきり笑うけど、何も知らないのが入ってくるとまた新鮮で可笑しいねえ」

「ロイド先輩……ほんといい加減にしないと……我が社との契約を白紙に戻しますからね……」

「えええ、ちょっとおそれはズルくないジルちゃん~。それに僕も毎回毎回一生懸命やってんのにさあ~」



「ジルは今年4回目の卒業試験を受けて落ちてんだよ」

「よ、4回…………、ジル嬢はとても運がないのだろうか。それか病弱で、だからヴィレに」



 …………まあ、なんというか、とてもそうは見えないが。
 顎に手を当てて考える俺に男三人は揃って吹き出し、ジルからは殺気が立ちのぼる。

 その様子にやはり違ったのか、とさらに訳が分からなくなったところでアーデルハイトが大きく息をついた。


「はーーー、笑いすぎて死ぬわ、ほんと。やめてくれよ。まあ気持ちは分かるよ。4回も落ちるなんて普通じゃねえ。1、2回はたまーーに聞くけどな。たまーーーにな? 」

「この学園は成績次第では学費も国の補助が受けられるし、帝国一の学舎でありながら身分に関わらず入学ができる。しかし代わりに入学試験が非常に難解だ」


「ああ、しかもわざわざ魔法契約で不正行為と裏口入学にペナルティが課されている。不正や裏口入学をしようとして、目が溶けた人間が昔は結構いたってな」

 つまり、実力で入るしかない。
 伝説の魔術師であり、この学園の創立者のひとりであるオーガンによって、強力な魔法契約が交わされているため、いかに身分が高くとも皇族であっても不正が不可能なのだ。

 確かに卒業試験も簡単では無いが入学試験に比べたら遥かに難易度は低いと聞く。
 その難解な入学試験をパスして卒業試験に4回も落ちた人間など多分未だ嘗ていない。

 だからよっぽど運が悪くて試験の日に何かがあったとか、体調を毎回崩すだとか、そういうことだと思ったのだが……。


「ジルちゃんは裏口入学だからね~」

「ロイド先輩?」

 いつの間にか短剣を持ったジルがくらい瞳でじーっとロイド先輩を見ていた。
 
「う、嘘でーす!間違えました~!ごめんごめん、ジルちゃーん冗談じゃん~。女の子がそんなもの持ち歩くもんじゃないよ?」

「これは護身用です。ちなみにナイフではありません。我が社の新商品です。試してみます? 丁度人体実け……人で試してみたかったんですよね。ウォーンドフでの実験では木っ端微塵になって効果がちょっと大きすぎるかなって思ってて」

「え、遠慮しとこっかな~? そんな大型魔獣で試して木っ端微塵なら人間で試すなんて有り得ないよね? ね、ていうかどう考えても製品化していいものじゃないでしょ」

「ヴィレには丁度いいかなって」

「あの脳みそに筋肉詰まってる体力バカだけにしときな?」

 ロイド先輩は青い顔をしながらアーデルハイトを横目で見てウインクを投げた。

 そしてアーデルハイトはいつの間にか笑いを引っ込めて何も知りませんみたいな顔で虚空を見ていた。


「あの、ジルさんはつまり、ダメ元で受けた入学試験で解答欄を全部ずらして記入してしまったところ、ものすっごいミラクルを起こして合格してしまったお馬鹿さんなんですよ」

「え」

「だから、卒業試験で合格出来ないんです。本当はすぐにでも卒業したいのに」




 ……そんな奇跡、あるのか??

 ロイド先輩とジルがやいやいと言い合っているすきに、そろりと近づいてきたトゥールはそう言って笑いをこらえるように目を閉じた。



「そんな奇跡、信じられないですよね」

「ああ、本当に」

「ちなみに今年の卒業試験は4点でした」

「は??」

「50点満点中です」



 多分俺は酷い目をしていたのだろう。

 ぐるりとこちらを向いた菫色の瞳に害意がありありと見えたから。













 
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