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第一章 カプリコーンと魔術師(マジシャン)の卵

第九話 カプリコーンの失敗

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 遠野さんは、オレとぶつかった女性の絵を描いてくれる。
多少、萌え絵になっている事はスル―して、服装や髪形なんかは、そっくりだった。
倒れた女性の特徴を的確に捉えている。
それの絵を見ていると、オレは重要な事を思い出した。

「そういえば、オレの持っていた手品用のギミックナイフ、あの女の人が拾ってくれたんです。
一瞬だったから、忘れていましたけど」

「なるほど。
これで事件は、解決です。
少なくとも、轟木霊(とどろきこだま)の無実くらいは証明できそうです。
この絵を見てください」

遠野さんは、オレと刑事さんに、自分が書いた似顔絵の絵を見せる。
刑事さんは思わず感想を述べてくれた。

「うん、良く描けているが、犯罪捜査には使えそうもないな。
女性の特徴を捉えているようだが、アレンジが多過ぎる。
漫画絵としては使えるが、捜査資料として使うのは無理だな。
服装や髪形は参考にできるが……」

刑事さんは、萌え絵を見ながら、真面目な顔をして言う。
警察の大半の似顔絵でさえ、絵を描く刑事さんの才量で決まるのだ。
遠野さんの絵を捜査資料の一つと判断してもおかしくは無い。
正確に再現されているかは、オレしか分からんが……。

「まあ、これをテレビに出せば、漫画家としてデビューできる近道かもしれませんけどね」

遠野さんの描いた似顔絵は、遠野さんのアレンジが多過ぎて、正確とは言えなかった。
まあ、オレの記憶がうろ覚えだから仕方ない。
目とか、顔は完全に別人だ。
オレがそう言うと、刑事さんは変に納得する。

「おお! なるほど。
遠野さんの狙いは、漫画家としての売り込みか……。
コネを掴めば、一気に話題性は出る。
職業漫画家になるには、これくらいの荒療治が必要だろうからな」

「まあ、服装と髪型的には参考になるので、テレビを使って宣伝してあげても良いんじゃないですか?」

「うむ! テレビを見た人は、この似顔絵描いた人は、警察よりも漫画家になった方が良いよ、と言い出すだろう。
最近は、警察に不信感を煽るようなドラマが多いから、警察を信頼してくれるようなアニメが増えることを期待しているよ!」

オレと刑事さんがそんな話に熱中していると、遠野さんは言う。

「あの、この女性の絵の中に、犯人の特定につながる物があるんですけど……。
ヒントは、行動と服装です!」

「行動と服装?」

オレと刑事さんは、絵を覗き込むように見る。

「ああ! こいつ、髪をかき上げているな。
これが男だとすると、元から女装壁があるということに……」

「これはキモい! 
しかし、この絵のような美人なら、許してしまうな……」

刑事さんは、ちょっと顔が赤くなった。

「刑事さん、さすがに男に惚れるのはどうかと……。
世間体もありますし……」

「違う、違うよ! 時代は変わったなあと、物思いに浸っていただけだ。
ほら、夕日に当たって、顔が赤く見えただけだ!」

「そうですか。しっかりしてくださいよ。
今から、こいつを逮捕しようとしているんですから」

「ああ、分かっているよ!」

オレと刑事がそう言っていると、遠野さんが口をはさむ。

「あの、髪をかき上げている点ではなく、左手でナイフを渡しているのが問題なんですけど……」

「どういうこと?」

オレがそう尋ねようとすると、刑事さんが叫び出した。

「なるほど、そういうことか! 
木霊君とぶつかった女性は、左利きという事だね。
木霊君の利き手は、右寄りの両利き。
貞先生の利き手は、右手が利き腕だ。
そして、刺した犯人の利き手が左手だとすれば、この絵の女性が一番犯人の可能性が高い! そういう事だね?」

「はい。それもありますが、犯人はヒールの高いくつを履いています。
ここまで高いくつだと、身長が五センチほどは高くなるはずです。
轟木霊(とどろきこだま)にぶつかった人物と、八木聖子さんを殺害した犯人が同一人物だとしたら、犯人は星野慎也です。
後は、轟木霊(とどろきこだま)の持っていた手品道具のナイフから、指紋が検出されれば、かなりの証拠になります。
絶対ではありませんが、少なくとも貞先生と轟木霊(とどろきこだま)は、犯人から除外できるはずです」

オレにはよく分からないが、犯人は特定できたようだ。
オレの持っているギミックナイフから指紋が検出された人物が犯人の可能性が高い。
刑事さんは、オレ達に帰りの支度をするように促した。
遠野さんは、貞先生を起こし、帰るように勧める。
彼女は、自分の自家用車を持っているので、自由に帰る事ができた。
刑事さんからの指示で、オレと遠野さんは、刑事さんの車に乗り込む。
オレの家から証拠品を確保し、ついでに送ってくれるそうだ。

「じゃあ、木霊君の家に行き、証拠となり得る手品道具のナイフを回収しますよ。
後は、君達を自宅まで送ってあげるからね!」

刑事さんは、オレの家に向かって運転し出した。
オレと遠野さんは、後ろの席に並んで座る。
オレは、いまいち事件が理解できずにいるので、遠野さんに尋ねる。
すると、遠野さんは無言でメールを見せて来た。
それは、貞先生からの謝罪のメールだった。
まあ、オレ宛ではないが……。

「今日は大変だったわね。
夜の八時に、ケーキショップに来てくれる? 
ちょっと、相談したい事があるから。
心配しなくてもケーキは奢ってあげるからね。貞先生より」

メールにはそう書いてあった。
オレは、メールを見た後、遠野さんの方を見つめていた。
少し疲れたのか、いつの間にか髪の毛を解き、元の黒髪ロングに戻していた。
ポニーテールにするのは難しいが、解くのは簡単らしい。

「というわけで、ケーキショップに行ってから、事件の真相をお話ししますね」

遠野さんは、オレに笑顔でそう言って、携帯電話をしまう。
オレ達は、オレの家に寄ってから、ケーキショップに行く事にした。
刑事さんの計らいにより、オレ達は証拠品を渡した後、ケーキショップまで送ってもらう。
刑事さんは、別れ際にオレ達に自分の名前を語る。

「今日はありがとう。
俺の名前は、野村陸土(のむらりくと)だ。
木霊君の両親と高校時代の同級生だ。これも何かの縁だな。
また今度、お礼をさせてもらうよ!」

そう言って、野村陸土刑事は帰って行った。
また何かの事件が起これば、彼に直接電話した方がいいときもあるだろう。
普通の高校生としては、あまり連絡を取りたくない相手だ。
オレは、事件に遭遇しない事を願っていた。
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