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第二章 妖星少女とギガ―ス

第六話 ギガ―ス殺人事件

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 朝の七時近くになって、野村警部が到着した。
交通に一時間くらいかかったが、気持ち良くお休みのところを急いで支度して来てくれたのだ。
それでも早い方なのだろう。
野村警部はオレを捜して言う。

「やあ、木霊君。
二日連続で事件に巻き込まれるとは、ついてないね。
まあ、いいや。
火山警部と連絡が取りたいんだが、どこへいったかな?」

野村警部は辺りを見回す。
捜査関係者は、いろいろ調べているが、肝心の警部は見当たらなくなっていた。
ただの強盗殺人と思っているようです、あまり詳しくは調べていないようだ。

「あ、火山警部なら、一通りの調査が終わったらしくって、朝食がてら休憩していますよ」

「そうか。あいつは拳銃検挙率においては優秀だが、いろいろ問題も多い。
今のうちに事件解決の捜査をしないと、君達が犯人にされかけないぞ! 
事件があった時の詳しい話を頼む。
君達がどうしてここへ来たのか。

また、被害者はどうやって亡くなったかだ。
俺は君達を信用している。
犯人は別にいると見て、捜査を始めるよ! 
一応、君達にはアリバイも成立するからね」

オレ達三人が共謀していた場合、アリバイもクソもないが、アルバイトで墓場を掃除していた時に、通りがかった人を襲っても金が得られるとは限らない。
そういう面から、オレ達の動機は低いと判断された。
実際、被害者が持っていた金額も五千円程度だったし、何も取られてはいない。
オレは、遠野さんが倒れた事を警部に伝える。

「まあ、近くで傷付いた人を見たんだからね。
鑑識から聞いたけど、かなり酷い遺体だったらしいじゃないか。
頭部が陥没して、脳が飛び出していたとか……。
それを近くで見たとなると、ショックも大きいだろう。
しばらく休ませてやろうじゃないか」

野村警部は、遠野さんを気遣ってくれているようだ。
自分達の事を気遣ってくれる警部さんは、頼りになる感じがした。
大人として、男として、見習いたいと感じる。
しかし、被害者の状況がそこまで酷かったとは知らなかった。
見なくて良かったと心から感じた。

その状況を見ても平然としている鏡野真梨を咄嗟に目で追ってしまった。
怪我人を介抱するのに慣れているなどという次元ではない。
対して何もできてはいないが、度胸と親切心はすごいと感じる。
鏡野真梨もそれを感じているようで、誉めてもらいたいのか自分から事件の状況を話し出す。

「まあ、怪我人だった被害者を確認したのは、ウチやけどな!
いやあ、あれは介抱なんて出来んレベルやったで!
止血を試みたけど、全くダメやったわ。
医療方面でも勉強した方がええな、ウチも……」

「ほーう、あの怪我を見ても気分が悪くならないとは、噂通りのようだね。
何十件も事件に遭遇し、応急手当の技術を自主的に学んでいると聞いた。
他の刑事は、事件遭遇率が高過ぎておかしいと言っているが、俺はその学ぶ姿勢と助けたいと思う気持ちに感動した。
将来は刑事か、看護士になる事をお勧めするよ。
じゃあ、被害者がどうやってあんな大怪我をしたのか、状況を教えてくれるかな?」

野村警部に誉められ嬉しかったのか、鏡野真梨は笑顔で答え始める。
応急手当てがそれなりに立派だっただけに、状況捜査にも期待がかかる。
ここまで冷静ならば、事件の状況も上手く説明できるはずだ。
しかし、野村警部の期待はあっさり裏切られた。

「ええで。まず、あそこの茂みの方で音がしたんや。
そうしたら、何か大きい物がバビューンと飛んで来たんや。
んで、あそこにドッカっと落ちて、確認したらドクドクっと血を流した被害者やったんや!」

「うん、もう一度ゆっくり詳しく教えてくれるかな? 
なるべく分かり易くて、理解しやすい内容が良い。
怪我の状況とか、不審な音とかを……」

野村警部にそう言われ、鏡野真梨はまた同じ説明をする。
どこが変わったのか分からないほど同じ内容だった。

「せやから、あそこの茂みから音がした思うたら、何か大きい物がバビューンと飛んで来たんや。
んで、ドッカっと墓石を倒して落ちて来たんよ。
落ちて来た物を確認したら、被害者やったんや!」

野村警部は険しい顔をしたと思ったら、オレにこう言って来た。

「木霊君、遠野君を起こして来るんだ! 
目撃者が足りない。
なるべく詳しく状況を報告してくれる人の協力が必要なんだ!
このままでは、事件は迷宮入りだ!」

「はい、起こして来ます!」

オレは遠野さんを起こし、ついでに住職も呼んで来た。
一応関係者という事で、自宅で待機してもらっていたのだ。
鏡野真梨の説明では、野村警部の刑事の勘が拒絶したのだろう。
怪しい擬音も不安になった要素の一つかもしれない。

「うーん、もうケーキが食べられないよ。
お腹が一杯で、木霊君が食べて♡」

「遠野さん、起きてくれ!
鏡野真梨さんとオレがピンチなんだ!」

「ふぁーん、ケーキは?」

「ないよ、それより事件で大変なんだ!
もしかしたら、幻獣の仕業かもしれないよ!」

遠野さんは何とか起きて来て、状況を理解してくれる。
頭が働かず、ボーッとした状態のようだ。
なんとか幻獣をエサにして、事件の解決に参加してもらう。
まだエルフモードになっていないが、大丈夫だろうか? 
野村刑事は、オレ達にこう訊く。

「じゃあ、事件当時の様子を教えてくれるかな?」

遠野さんはまだ落ちて来た物の正体を知らない。
そのため、オレが欠落した部分を説明する。

「言い難いんだけど、事件の時に飛んで来たのは、大人の男性だったんだ。
遠野さんはショックで気絶しちゃったようだけど、大丈夫だったかな? 
さすがに損傷が酷くて、オレもちゃんとは確認してないんだけど……」

「はあ、私は気が付いたら、布団の中だったので……。
その人を見た記憶はありませんね。
でも、何かが飛んで来るまでの経緯ならしっかり記憶しています。
事件解決までに至るかはわかりませんけど……」

「そう、良かった。
さすがに、大怪我をした人を直視するのは、ストレスになったりするからね。
実は、その男性はかなり遠くから飛んで来たようなんだけど……」

オレがそう言うと、遠野さんの目付きが変わった。
精神力は、恐怖心で一気に消費したのだろう。
幻獣の説明をしなければ、エルフモードにもオーガモードにもなれない。
その事を本人も自覚しており、無理矢理に事件を幻獣に結び付けていた。

「なるほど。この寺の周りには、高い建物もない。
私も少しは記憶していますが、ななめ上の方から飛んで来たように感じます。
木霊君は幻獣が関係していると思っていますか? 
残念ながら、幻獣伝説の多くは、人の偏見や民族闘争が作り出した物だと言われています。私も実物を見たいのですが、なかなかうまくいきません。
でも、可能性も零じゃありませんので、飛んで来た謎を考えたいと思います。
とりあえず、ギガ―ス殺人事件と命名し、事件の捜査を開始します!」

「ギガ―ス?」

「はい。ギガ―スとは、ギリシア神話に登場する巨人であり、英語のジャイアントの語源になったのが、このギガ―スです。
神にも勝る怪力を備えた立派な身体で、物を投げる事を得意とし、神々との戦いの際には、燃え盛る大木や大岩をオリンポス(天)に向かって投げたそうです。
この事件も、ギガ―スならば余裕にできたという事です」

「へー、じゃあ、今回の事件は大きい男が犯人かもしれないね」

オレは、そんな奴がいるはずないだろと思いつつも、遠野さんの話に相槌を打つ。
遠野さんが事件を解決するエルフモードになるには、精神力の回復が不可欠だった。
どうにか、エルフモードになって、事件を解決してもらわなければ、オレも鏡野も遠野さんも犯人として疑われてしまうかもしれない。
そんな事は全く知らない遠野さんの真剣な表情を見ているとオレも癒される。
子供が必死に説明している父親の気分にでもなったようで、遠野さんを見つめていた。
鏡野真梨は、自分で事件を解決しようと、フラフラ現場を彷徨っている。

「特に、ギガ―ス最強のアルキュオネウスは、生まれ故郷にいる限り復活する能力を持っていましたが、ヘラクレスに故郷の外へとおびき出されて倒されました」

 遠野さんは幻獣説明を終わり、精神力が回復するとエルフモードになる準備をする。
スマートフォンと魔法陣(幻獣召喚用)ピクニックシートを接続させて、曲と光を選択する。
魔法陣の中に入り、お決まりの呪文を唱える。

「古(いにしえ)に栄えし魔獣達よ、数万年の眠りを破り、今ここに甦れ! 
覚醒・エルフモード!」

遠野さんはエルフモードになり、殺人事件を解決する事の出来る知能になった。
髪の毛をポニーテールに縛り、髪の毛が赤く変化する。
目の瞳も変わり、耳が上部に鋭く尖り、妖精エルフの耳になっていた。

「おお、何やねん、あれ……」

遠野さんの変身を初めて見て、鏡野真梨は驚いていたようだ。
エルフモードになった事か、それとも演出の事か、オレは決めかねていた。

(早く次の言葉を喋ってくれ。そうせれば説明できるんだが……)

鏡野は、遠野さんの魔法陣ピクニックシートを拾い上げて、マジマジと見始める。

「うわー、こんなんあるんや……。
スマ―トフォンは便利そうやな……。ええな……」

鏡野の携帯はガラパゴス携帯だった。
最新のスマートフォンが気になっているようで、遠野さんの変化には全く気が付いていない様子だった。
まあ、オレは説明する手間が省けて助かったけど……。

「とりあえず、野村警部と一緒に飛んで来た発射地点を見に行きましょう。
もしかしたらギガ―スの足跡くらいあるかもしれません!」

遠野さんはオレの手を引いて、飛んで来たと思われる場所に向かった。
野村警部と鏡野も地点を予測しながら付いて来る。
遠野さんはオレの手を引きながら、野村警部に今朝の状況を伝え始める。
そこから、どこから飛んで来たかを予測するのだ。

「私達が今朝五時頃に見た光景を話します。
まず、私と木霊君、鏡野さんの三人でこの境内を掃除していた所、何かが弾ける音を聞き、音のした方を見ると大きな物体が飛んで来ました。
私は恐怖と驚きで気を失ってしまいましたが、木霊君が私を支えてくれて、鏡野さんが落ちて来たものを確認しました。
そこまでは、木霊君が教えてくれたのですが、落ちて来た人の状態や処置などは良く分かりません。
なので、鏡野さんに落ちて来た人の特徴や怪我の具合、体の向きなどを聞いてください」

「おお、遠野君、完全に覚醒したようだね。
そういう説明が欲しかったんだよ。
見た所、竹やぶの方から飛んで来たようだね。
そして、ここまで落ちて来た」

野村警部が状況を確認しながら話していると、鏡野真梨が怒り出す。

「せやから言ったやろ! ウチが説明したやん。
なして、同じこと言っとるのに分からへんねん!」

「あ、ごめん。バッビョ―ンとか、ドッカンとかの擬音が不真面目に聞こえて……。
お笑いを目指しているのは分かるが、事件捜査は真面目に取り組んでもらわないと……」

「そんなん目指してへんわ!」

鏡野真梨は本場のツッコミを入れる。

(注意:関西弁にしたいが、うまく表現で来てないのは許して下さい。
関西人じゃないからしょうがないんです!)

 野村警部は気を取り直し、鏡野真梨から被害者の状態をいろいろ訊く。
すでに病院にいる監察医から大まかな怪我の状態は聞いているらしい。
今は、詳しく解剖し始めているという。
それでもだいぶ時間がかかるのだろう。

「一応、病院にいる同僚から被害者の怪我の程度は分かった。
頭部を強く打ち付けており、陥没骨折という事だ。
病院の看護婦さんですら気絶するかと思うほどの損傷だったという。
現場に着く前に、止血をしようと試みた痕があった。
医師達は驚いていたよ。
普通の人間ならば、傷を見るだけで気を失うレベルらしいからね。
本当に、君が処置したんだよね?」

「いやー、遠野さんは気絶しとるし、木霊は足手纏いだしで、残ったウチが応急処置したんやで。
血がぎょうさん出て、どないしたら良いか分からへんけど、とりあえず頑張ったわ。
まあ、結果は悲しいけど、ウチも助からん思とったし、しゃーないな……。
脳みそも仰山出とったし……。
発見当時は、被害者は仰向けに寝ておったで。
まるでミサイルのように頭から飛んできおったわ!
不謹慎やけど、思わず含み笑いしてしもうたわ!
ぷっくく、堪忍してや……」

鏡野はそう言いながら説明する。
恐ろしい状況だったが、本人的には笑いのツボに入ってしまったようだ。
しばらく笑いを止めるのに苦労していた。
高校生とは思えぬ、しっかりとした口調だったが、同時に余り緊張していないようにも見える。
野村警部はその表情を見て、恐怖さえ感じていた。

「いや、警部になった俺でさえ、そんな陥没するような事件や事故を見たことが無い。
君はどうして平気でいられるんだ?」

「え? 別に平気ちゃうよ。
これでも、寝る時とかはうなされるねん。
事件の状況を思い出してな。
ホンマ、かなわんな」

「そうか。まあ、無理をしないようにな……。
こればっかりはどうする事も出来ない。
事件の捜査といこうか」

野村警部は、鏡野真梨の話題を避けるかのように、事件の捜査を開始した。
愛知県警内でも、関西から来た事件に巻き込まれる女子高生として、噂で聞いていたのだ。
しかし、目の当たりにすると、どう接していいのかさえ分からない。
ある意味、ミステリーの奇跡の世代だろう。
大概の推理小説では、主人公の探偵やヒロインに良くある能力だが、殺人事件に関わるには必須の能力と言える。

これで、推理力があれば、将来は刑事や検察官になれるのだろうが……。
普通の高校生では、史上最悪の能力と言えるだろう。
日常生活も送れない上に、徐々に友達も少なくなっていくのだ。
ほとんどの女子高生は、殺人事件に関わりたくないからね。
そう、名古屋に恐るべき人材が来てしまったのだ。
それを嘆いても仕方ない。

鏡野と野村警部が話し終わると、遠野さんは野村警部に語りかける。
さすがは、エルフモードだ。
すでに事件解決に乗り出していた。
遠野さんは推理はできるが、死体は見れないタイプだと思う。
実は、鏡野真梨とは抜群の相性を持っていた。

(二人が上手く噛み合えば、どんな難事件でも解決できるかもしれない。
まあ、上手く噛み合わなければ、事件は迷宮入りになる可能性もあるのだが……。
会ってはいけない二人が、出会ってしまったのだ。
いや、ある意味出会わなければならない二人だったのか?)

オレは、そんな事を考えていたが、他の三人が行動し出したので付いていく。
刑事さんと鏡野真梨は、運動神経が良くて走るのが速いが、遠野さんだけ遅かった。
そのおかげで、オレがワンテンポ遅れて行動しても見失わずに済んだ。
これがオーガモードだったら、遠野さんも鏡野真梨並みの運動神経になり、オレだけ迷子になっていただろう。


「向こうの茂みに行って見ましょう。
もしかしたら、ギガ―スの足跡があるかもしれません!」

「ああ、そうだな……」

野村警部はこれ以上ややこしい事にならないように、あえて無視した。
幻獣の名前が出たけど、彼女の推理力を期待しているのだ。
そして、この物語は推理物だから、とりあえず犯人側に本物の幻獣は出て来ない。
味方なら、無能な幻獣がいっぱい登場するかもしれないが……。
四人での調査がようやく開始されたのだ。
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