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第二章 妖星少女とギガ―ス

第九話 無敵のギガ―ス

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 オレ達四人は、被害者大岩国治の家へと向かう。
家には、コンビニで夜勤の仕事をしている恋人の伏野京子が、仕事から帰って寝ているという。
さすがに、家に入りづらいが、被害者が亡くなった事を伝えないといけないし、被害者の最後の様子などを訊いておかないといけないので、勇気を持って訪問する。
オレは緊張していたのだが、伏野さんは意外にすんなり出て来てくれた。

「え? どうしたんですか?」

「警察の者で、野村と言います。
少しお話しよろしいでしょうか?」

「あ、はい。この子達は?」

「ああ、あなたの恋人の大岩さんについて、大事な話があるんです。
この子達も関係していますので……」

「分かりました。少しお待ちください」

伏野さんは、高校生のオレでは刺激の強い服装をしていた。
下着姿の上に、パジャマを着ている。
春先のためか、上は肌蹴ており、下はパンティだけだった。
チェーン越しにそれを見てしまい、オレは思わず遠野さんの方を見る。
寝ぼけた感じの遠野さんだったので気付かれなかったようだが、さっきの女性と見比べてしまう。

女性はかなりの巨乳だったが、遠野さんはそれほど大きくない。
貧乳というほど小さいわけではないが、それに近い感じがした。
まあ、高校生ならこんなものかと悟ると、とたんに冷静になる。
女性は三分ほどしてドアを開ける。
大人の雰囲気漂う黒色のパジャマを着て出て来る。

「すいません。ちょっとズボンを履いて来ました。どうぞ、お入りください」

伏野さんはズボンを穿き、完全なパジャマ姿で出て来てくれた。
年頃のオレには、パジャマ姿でさえギリギリだが、野村警部、鏡野真梨、遠野えるふの順に家に入って行く。
オレも緊張しながら、彼らの後に付いて家に入って行く。
女性特有の甘い香りが充満していた。
オレが思わず香を楽しんでいると、鏡野真梨がそれに気付く。

「お前、何興奮しとんねん。気持ち悪いわ!」

野村警部がオレをフォローしてくれるが、そのフォローが悲しい。

「ああ……。木霊君には、ちょっと刺激が強過ぎるかもしれないな。
俺も最初の頃は戸惑ったものだからね……。
くれぐれも、下着やストッキングなどを持って帰らないようにね。
新人警官がいるんだが、こういう事情聴取の時に下着を持って帰っていた。
これは証拠じゃないか? とか言い訳していたけど、一応犯罪行為だからね!」

野村警部は優しく注意してくれる。
オレはそれを聞き、大人しくしていようと決意した。
伏野さんはオレに警戒心を持つこともなく、にっこり微笑んだ後に、野村警部に尋ねる。

「それで、どんな御用件でしょうか?」

「実は、大変言い難い事なのですが、今日の朝方に、あなたの恋人の大岩国治さんが亡くなりました。
国治さんのお兄さん大岩大地さんの勤めている墓地公園内で、倒れていた所をこの子達が見かけたんです。
急いで通報しましたが、残念ながら亡くなられました。
お悔やみ申し上げます」

「そんな……。来月に結婚だというのに……」

伏野さんは泣き始める。
さすがに、オレも胸が痛い。
こんな場面には遭遇したくなかったな、と考えていた。
五分ほどすると伏野さんは泣き止み、話をすることができると言う。
気を落ち着かせるためか、オレ達にコーヒーをふるまう。
遠野さんは家でもやっているのか、伏野さんがコーヒーを淹れるのを手伝っていた。

オレは気が利く子だなと感じていた。
オレの隣であくびをしている鏡野真梨とはえらい違いだ。
こういう誰に対しても良く接してくれる女の子に好意を持つのが男だ。
コーヒーカップを受け取る時、手が当たって落としそうになるのも男のサガなのだ。
コーヒーを淹れ終わり、伏野さんは警部に訊く。

「それで、国治さんが亡くなった原因はなんですか? 
病気の類は持っていなかったように思います。
睡眠薬を飲んでいたので、それの取り過ぎでしょうか? 
ほら、マイケルジャクソンも同じように不眠症で悩んでいて、薬を取り過ぎて死んだと聞いていますし……」

「はあ、好くご存じで……。
国治さんの場合は、薬が原因ではなく、頭部損傷の怪我によるものです。
ほら、睡眠薬を飲んで亡くなったのなら、ベッドや布団の中でしょう。
しかし、国治さんが亡くなったのは墓地公園の中です。
散歩中に誰かに襲われたか、事故で亡くなったか……。
まだ、特定されていません」

「え? 国治さんは、転落死したんやろ。誰かに仕組まれて……」

「おい!」

野村警部が重要な情報は伏せて話していた所を、鏡野がうっかり口を滑らせた。
それを聞き、伏野さんは険しい顔付きになる。

「え、国治さんは、誰かに襲われた可能性があるんですか?」

「あ、あああああ……。そうです。
自殺か他殺か分かりませんが、何者かの工作によって死亡した可能性が高いです。
もちろん、事故死の可能性もありますけど……」

野村警部は仕方なく真実を話す。
彼女が犯人だった場合、嘘をつく可能性があるから真実は言わない方が良いのだが、この場合はもう仕方がない。
下手に彼女を刺激すれば、国治さんの詳しい情報なども得られなくなるのだ。

「まあ、正直に言います。
あなたに殺人の容疑がかかっています。
昨日の夜中十時頃に何をしていましたか?」

伏野さんはしばらく考える表情をした後、自分の行動を話し始める。

「昨日の夜十時頃ですか。その頃は丁度、国治さんと喧嘩をして別れた時ですね。
その後、車をドライブしてアルバイトしているコンビニに行きました。
一時間くらい早かったですけど、国治さんが私に対して酷い事を言ったので怒ってしまって、早めに来て気持ちを落ち着けていたんです。

ほら、夜のコンビニといっても接客業でしょう。
暗い顔や怒った顔をお客様にはお見せできませんもの。
それに夜食も食べたかったし、偶にこうやって早めに来る事があるんですよ。
国治さんと喧嘩した時とかは、偶にね……」

「じゃあ、昨日の夜十時頃は、アリバイがないという事ですね。分かりました」

「はい。私も容疑者という事になりますね。
国治さんと喧嘩した私がすべて悪いんです。
私が些細な事で彼を怒ったりしなければ、大地さんの所に一日置き去りなんて考えなければ、国治さんは死ななくても良かったのに……。
私が彼を殺したのと同じですね。
酷い女です、私は……」

伏野さんは激しく泣き始める。
自分を責めるかのように、自虐的な事を叫んでいた。
野村警部が心配してなだめるほど、自分を責めているのがオレの目には映る。
思わず、可哀想だとさえ感じていた。

伏野さんは激しく泣いた後、しばらくして話し始める。
どうやら、彼女は国治さんの生活を熟知しているようで、疑わしい人物も思い浮かんだようだ。
彼女は泣きながら話し始める。

「くず……、実は私、犯人に心当たりがあるんです。
大地さんと国治さんは仲の良いように思えますが、実は相続の事でもめた事があるんです。
国治さんのお父さんが亡くなった後、普通なら兄の大地さんが相続するはずだったんですが、彼のお父様が国治さんを気に入っていたため、国治さんが相続財産を継ぐように遺言を残していたんです。
大地お兄様は激しく抗議し、国治さんは泣く泣く遺産を大地お兄様に差し上げたのです。そう、自分の本来もらうはずだった遺産も全部……。

それでも大地お兄様は、国治さんを完全には許していないのです。
お父様の寵愛を一身に受け続けた国治さん、それをずっと大地お兄様は恨んでいるのです。それはもう殺したいほどに……。
遺産を譲り受けた手前、国治さんを酷く扱う事も出来ず、苛立ちは募るばかり……。
大地お兄様の心にどれほどの憎悪が渦巻いているかは、私にはまったく分かりません。
あまり捜査の参考にならないかもしれませんが、可能性の一つとして知っておいてくださいね」

伏野さんは涙を拭き、野村警部に休ませて欲しいと申し出る。
さすがに、夜勤で疲れている上に、愛する人を失ったのだ。
疲れを感じるのは当然である。
オレ達と野村警部は、感謝を述べてから彼女の家を後にした。
野村警部は車の中で話し始める。

「大岩大地の動機が出て来たな。
遺産を受け取った事は良いが、彼のお父さんが愛していたのは国治さんで、遺産を放棄した事をネタにしていろいろせがんで来たのだろう。
一つ一つの動機は大したこと無かったとしても、数年積み上げれば殺しの動機にもなり得る。
遺産をネタにお金を求められたとしたら、それこそ動機となるだろう。
ずっと弟を養わなければならない。
そう考えたとしたら殺人もあり得るかもしれない!」

「それはどうでしょうか? 
確かに、彼女の演技なんかはすごいと思いますが、女の子である私達には分かります。
女性の勘という奴ですね!」

遠野さんがいつの間にか髪型をポニーテールにして、推理を始めている。
伏野さんの前では、一言も喋らなかったのにどうしたのだろうか? 
髪型を見ると、鮮やかな赤色になっており、エルフモードが回復した事を告げていた。
それでもオレは体調を尋ねる。

「もう大丈夫なの?」

「うん! 轟木霊(とどろきこだま)、あなたが私をおんぶしたり、膝枕したりしてくれたおかげでかなり回復したよ」

「良かった!」

オレがそう言うと、会話を聞いていた野村警部と鏡野が不機嫌になる。

「ほーう、ラブラブでうらやましい事ですな。
こっちは二十年前にある女性に振られて以来、ずっと仕事一本だと言うのに……」

「ホンマやで! 
ウチらの後ろでそんなラブラブ行為してたんかい! 
お前らのせいで気温が暑いんじゃい。
何とかせいや!」

遠野さんはエルフモードでボケる。
いや、ボケているのか本気か分からないけど……。

「お二人がイライラしている原因は分かっています。
伏野京子(ふしのけいこ)の演技を感じ取り、イライラしているのでしょう。
確かに、最初はイライラして何がそうさせるのか分かりませんが、経験を積めば分かるようになりますよ。

女性が嘘を吐く時、男性のほとんどは分かりませんが、女性には感覚で分かります。
それがなんだかよく分からないイライラの正体です。
野村刑事は経験からそれを感じ取り、鏡野真梨は女の勘でそれを感じ取った。
私もそれを今感じているのです」

「いや、やっぱりお前らのラブラブっぷりが原因やで! 
後、木霊の顔がキモい!
美女の下着姿を見たのと遠野さんとのラブラブ感で顔が緩むのは分かるが、ウチの前ではせんといて。
無意識に殴り殺しそうになるから」

(我慢してください。オレでも制御できないんです。お願いだから殺さないで……)

オレは心の中でそうつぶやいた。
遠野さんはといえば、鏡野の言葉を無視して話し続ける。

「あの女性は強敵です。
さっき質問しなかったのも、徹底的な証拠を出さなければ逮捕できないからにほかなりません。
中途半端な状況証拠では、うまくかわされてしまいます。
おそらく、相当先手を読んでいるでしょう。
後手になりますが、一つ一つ可能性を潰していくしかありません。

このままいけば、犯人の思惑通りに大岩大地が犯人になるでしょう。
仮に、大岩大地の無実を証明できたとしても、
国治さんの自殺で終わります。
そうなると、結局は彼女が得をする事になります。
裁判に持ち込んで、長期戦にする事も出来ますが、犯人に確定する事は無理かもしれません。
逆に、冤罪で訴えられる事になるかもしれません」

遠野さんはエルフモードでそう言った。
オレは緊張していた。
遠野さんが鏡野真梨を無視したため、その怒りの視線がオレに注がれたからだ。
オレは泣きながら、心の中でこうつぶやく。

(遠野さん、エルフモードだからって無視は酷いよ。
オレの命が危険にさらされるから、もうしないでね……)
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