14 / 15
お友達
しおりを挟む
屋敷から出た事のなかった私にとって、同年輩かつ身分の近い令嬢との社交は、これが初めてだ。
ちなみに、さっきのセレニスタ孃との邂逅は、お粗末な内容からしてノーカウントとしても良いだろう。
しかしながら、いざとなると思うように言葉が出てこない。
しっかりと教育を受けては来たのだが、人格形成期の全てを引きこもって過ごしてきた、いわば純粋培養種の引きこもりである。
いざ実地、となるとなかなか思った通りには思考が働いてくてないものだ。
さっきまでの余裕はどこへやら、敵意を見せない相手という珍しい人種を目の前にして、私はすっかり固まってしまった。
コロコロと笑いながら、エスタレア様が手を差し出してくる。
「そう警戒なさらないで下さいな、私、あの女とは違いましてよ?」
後半は声を落として、いたずらっぽい笑顔を向けてくる。
ケール家の令嬢ともなれば、どんな政略でどこに嫁ぐにしても、その相手に臥してかしずく必要はない。
「私、サンフレッチ殿下と同席させていただきましたの。ご理解頂けますわよね?」
「そうですね、あちらがアレですものね」
エスタレアは、ちらりと上座に視線を遣ると、扇の陰ながら、あからさまに鼻で笑った。
そこにはご満悦のアレッソ殿と、そのアレッソを舐め回さんばかりにベタつくセレニスタ。
「お似合いですこと」
全くだ。
その程度でやに下がる男なんて、こっちから願い下げである。
そう、うちの兄も含めてだ。
「私としては、ケール令嬢は大歓迎なんだけど」
やけに親しげに口を挟んで来たのは、王世子サンフレッチ殿下だ。
「もちろんハーン嬢もだけれど。 でも、あちらの女はいただけないかな。」
「アレッソ殿が引っ掛かってくださって良かったですわね。」
まったくもって、その通りだ。
「将軍家の正室は、代々、王家に属する貴族の姫君だったろう? どうしてアレッソ殿にはこんな選択肢を与えるんだろうな。」
そう、それは微妙な問題だった。
長年にわたる将軍家の台頭で、王家は、有名無実の存在と化しているのは周知の事実だ。
だが、国神の子孫として今も神事を執り行う王家への畏怖は、国民に根強い。
ゆえに将軍家では代々、形だけの正室を王家より娶り、王家の姻戚としての立場を維持してきたのだ。
「将軍家も、最近は後継者不足が続いておりますから、婚姻の在り方から見直そうという試みなのかもしれませんね」
この会話に、アフマディオ様も参入してきた。
先程から結構不穏な会話の流れではあるが、上座の連中が気に留める様子はないので、わりと遠慮ナシである。
「つまり、もうちょっと本能に寄った方向性で?」
「殿下、令嬢方の御前ですよ」
指摘され、崇高な王世子殿下は、盛大に鼻を鳴らした。
麗しい微笑は崩していないが、わりと素だ。
「なあに、支配階級の婚姻と後継者問題なんてほとんど、下世話なお節介と放埒を変に儀礼で飾っただけの悪習さ。 ただ、私としては、ああしたガツガツしたお嬢さんはごめん被りたいけどね」
「悪習ではございましても、殿下にお目にかかることができまして、わたくしは幸せでございますわ」
エスタレア様は強かった。
とことん政略結婚に特化した教育を受けて育ったに違いない。
そもそも将軍家の無能を補うべく、実質の政治を担う大老家の愛娘である。
聡明さにも秀でたエスタレア嬢には、将軍家の嫡子らが失いつつある何かが見えているのであろう。
実のところここ数世代に渡って、将軍家の嫡流子女は、出生こそ多いが生存率が非常に低い。
前世で化学的根拠というあれこれを見てきた者からすれば、それは過剰な庇護による諸々の偏りが積み重なった結果であろうと見当はつく。
形式と見栄えにこだわった栄養価無視の豪華な食事に、ビタミンなんて概念はない。
それ以前に、乳児にも礼を尽くすべく乳房まで化粧した乳母から、化粧品まみれの乳を飲まされる時点でいろいろアウトだ。
この時代、比較的身分の低い女性が用いる化粧品は有毒なのだ。
白粉は鉛。
鮮やかな紅色は水銀。
そんなモノを塗りたくった乳を含んで育ったやんごとなき乳児がどうなるかは……お察しだ。
だから傍流の子供であるほど、元気に育つ。
そして、ますます宗家は焦りを募らせるのだ。
皮肉なことに、王家の世子ではあるが将軍家からの牽制で、わりと虐げられて育ってきたサンフレッチ殿下や、傍流ゆえに軽視されてきたアフマディオ様は、見るからに健康だったりする。
対して、強くあるべき武家の頂点に君臨する宿命のアレッソ殿は、線の細さと感情の揺らぎが目立つ。
うん、アレはない。
改めてアフマディオ様を見やる。
際だった美しさはないが、健康かつ健全そのもの。
特に野望も無さそうだ。
将軍も、王も、その妃になるとなると色々面倒事が多そうだし。
私は取って置きの微笑を、アフマディオ様へと向けた
ちなみに、さっきのセレニスタ孃との邂逅は、お粗末な内容からしてノーカウントとしても良いだろう。
しかしながら、いざとなると思うように言葉が出てこない。
しっかりと教育を受けては来たのだが、人格形成期の全てを引きこもって過ごしてきた、いわば純粋培養種の引きこもりである。
いざ実地、となるとなかなか思った通りには思考が働いてくてないものだ。
さっきまでの余裕はどこへやら、敵意を見せない相手という珍しい人種を目の前にして、私はすっかり固まってしまった。
コロコロと笑いながら、エスタレア様が手を差し出してくる。
「そう警戒なさらないで下さいな、私、あの女とは違いましてよ?」
後半は声を落として、いたずらっぽい笑顔を向けてくる。
ケール家の令嬢ともなれば、どんな政略でどこに嫁ぐにしても、その相手に臥してかしずく必要はない。
「私、サンフレッチ殿下と同席させていただきましたの。ご理解頂けますわよね?」
「そうですね、あちらがアレですものね」
エスタレアは、ちらりと上座に視線を遣ると、扇の陰ながら、あからさまに鼻で笑った。
そこにはご満悦のアレッソ殿と、そのアレッソを舐め回さんばかりにベタつくセレニスタ。
「お似合いですこと」
全くだ。
その程度でやに下がる男なんて、こっちから願い下げである。
そう、うちの兄も含めてだ。
「私としては、ケール令嬢は大歓迎なんだけど」
やけに親しげに口を挟んで来たのは、王世子サンフレッチ殿下だ。
「もちろんハーン嬢もだけれど。 でも、あちらの女はいただけないかな。」
「アレッソ殿が引っ掛かってくださって良かったですわね。」
まったくもって、その通りだ。
「将軍家の正室は、代々、王家に属する貴族の姫君だったろう? どうしてアレッソ殿にはこんな選択肢を与えるんだろうな。」
そう、それは微妙な問題だった。
長年にわたる将軍家の台頭で、王家は、有名無実の存在と化しているのは周知の事実だ。
だが、国神の子孫として今も神事を執り行う王家への畏怖は、国民に根強い。
ゆえに将軍家では代々、形だけの正室を王家より娶り、王家の姻戚としての立場を維持してきたのだ。
「将軍家も、最近は後継者不足が続いておりますから、婚姻の在り方から見直そうという試みなのかもしれませんね」
この会話に、アフマディオ様も参入してきた。
先程から結構不穏な会話の流れではあるが、上座の連中が気に留める様子はないので、わりと遠慮ナシである。
「つまり、もうちょっと本能に寄った方向性で?」
「殿下、令嬢方の御前ですよ」
指摘され、崇高な王世子殿下は、盛大に鼻を鳴らした。
麗しい微笑は崩していないが、わりと素だ。
「なあに、支配階級の婚姻と後継者問題なんてほとんど、下世話なお節介と放埒を変に儀礼で飾っただけの悪習さ。 ただ、私としては、ああしたガツガツしたお嬢さんはごめん被りたいけどね」
「悪習ではございましても、殿下にお目にかかることができまして、わたくしは幸せでございますわ」
エスタレア様は強かった。
とことん政略結婚に特化した教育を受けて育ったに違いない。
そもそも将軍家の無能を補うべく、実質の政治を担う大老家の愛娘である。
聡明さにも秀でたエスタレア嬢には、将軍家の嫡子らが失いつつある何かが見えているのであろう。
実のところここ数世代に渡って、将軍家の嫡流子女は、出生こそ多いが生存率が非常に低い。
前世で化学的根拠というあれこれを見てきた者からすれば、それは過剰な庇護による諸々の偏りが積み重なった結果であろうと見当はつく。
形式と見栄えにこだわった栄養価無視の豪華な食事に、ビタミンなんて概念はない。
それ以前に、乳児にも礼を尽くすべく乳房まで化粧した乳母から、化粧品まみれの乳を飲まされる時点でいろいろアウトだ。
この時代、比較的身分の低い女性が用いる化粧品は有毒なのだ。
白粉は鉛。
鮮やかな紅色は水銀。
そんなモノを塗りたくった乳を含んで育ったやんごとなき乳児がどうなるかは……お察しだ。
だから傍流の子供であるほど、元気に育つ。
そして、ますます宗家は焦りを募らせるのだ。
皮肉なことに、王家の世子ではあるが将軍家からの牽制で、わりと虐げられて育ってきたサンフレッチ殿下や、傍流ゆえに軽視されてきたアフマディオ様は、見るからに健康だったりする。
対して、強くあるべき武家の頂点に君臨する宿命のアレッソ殿は、線の細さと感情の揺らぎが目立つ。
うん、アレはない。
改めてアフマディオ様を見やる。
際だった美しさはないが、健康かつ健全そのもの。
特に野望も無さそうだ。
将軍も、王も、その妃になるとなると色々面倒事が多そうだし。
私は取って置きの微笑を、アフマディオ様へと向けた
1
あなたにおすすめの小説
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無限在庫チートで異世界を買い占める〜窓際おじさんが廃棄予定のカップ麺で廃村エルフと腹ペコ魔王を救済したら最強商会ができました〜
黒崎隼人
ファンタジー
物流倉庫で不良在庫の管理に追われるだけの42歳、窓際サラリーマンのタケシ。
ある日突然、彼は見知らぬ森の中へと転移してしまう。
彼に与えられたのは、地球で廃棄される運命にあったあらゆる物資を無尽蔵に引き出せる規格外のスキル「無限在庫処分」だった。
賞味期限間近のカップ麺、パッケージ変更で捨てられるレトルトカレー、そして型落ちの電動工具。
地球ではゴミとされるこれらの品々が、異世界では最強のチートアイテムと化す!
森で倒れていたエルフの少女リリアをカップ麺で救ったタケシは、領主の搾取によって滅亡寸前だった彼女の村を拠点とし、現代の物資と物流ノウハウを駆使して商会を立ち上げる。
美味しいご飯と圧倒的な利便性で異世界の人々の胃袋と生活を掴み、村は急速に発展。
さらには、深刻な食糧難で破綻寸前だった美少女魔王ルビア率いる魔王軍と「業務提携」を結び、最強の武力を物流の護衛として手に入れる!
剣も魔法も使わない。武器は段ボールと現代の知識だけ。
窓際おじさんが圧倒的な物量で悪徳領主の経済基盤をすり潰し、異世界の常識を塗り替えていく、痛快・異世界経営スローライフ、開幕!
異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。
【あらすじ】
異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。
それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。
家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。
十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。
だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。
最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。
この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。
そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。
そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。
旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。
☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。
☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる