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山の中に棲まう絡繰
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「一度山崩れが起こったことがあってね。それ以降、誰も住まないんです。もちろん店もないので、必要なものは作るか、山を越えて買いに出ています」
「そりゃ、生活するだけでも一苦労だな」
「人から離れるということが、私の秘密を守ってくれます。苦労とは思っていませんよ」
前を歩く帚木《ははきぎ》が言った。
そのうちに夜になってきて、暗闇が辺りに満ちた。彼が持つ提灯だけが暗闇の中で揺れている。愛生《あい》は背後を警戒したが、つけられている形跡はなかった。
屋敷の前に大きな門があって、重そうな木戸がかかっていた。しかし意外なことに、門を入ってみると意外に中は綺麗だった。深い紺色の屋根に、白い外壁の館。洋風と和風が混じったような奇妙なつくりだが、なぜか屋敷全体に品があった。
手入れされた花壇があって、園丁らしき老人が草を抜いている。帚木を認めると、頭をもたげて手を振ってきた。
荒涼とした土地の仲で、まるで、ここだけが夢の国のようだった。
「……あの園丁も人形か?」
「ええ」
時折うずくまる園丁の動きを見ながら、愛生は屋敷の玄関をくぐった。廊下にはランプがちらちらと炎をともし、毛足がたっぷりある絨毯がひいてあった。その横には美しい女性を描いた掛け軸がかかっている。
「追放されたわりに、ずいぶん豪華な家じゃないか。てっきりもっとささやかな暮らしかと思ったが」
「……昔から、人形の開発や研究は、こっそりここでやっていたんです。その時から色々持ち込んでいましたから、身ひとつで逃げこんでも不自由はありませんでした」
帚木は少しいたずらっぽい視線を向けてきた。けっこういい根性をしているようで、愛生の中でいっそうこの男に対して関心が沸いてくる。
帚木は階段を上がってすぐのところの扉を開けた。
「客室は十二もあります。一番近いのがここ……お気に召さなければ、他もお見せしますが」
案内された客室は綺麗だった。しんと静まりかえった室内には、大きな寝台と書き物机がある。難を言えばやや照明が暗いところだったが、室内を見渡した愛生はうなずいてみせる。
「いや、ここで十分だ。助かるよ」
「では、荷物を置いたら階段を降りて、右手に来て下さい。食堂でお待ちしています」
帚木はそう言って出て行った。愛生はしばし疲れた手足を曲げ伸ばしして、腰を下ろすことなく一階へ降りていく。
食堂は西洋風で、長い卓にテーブルクロスがひいてある。とりあえず愛生は、帚木の向かい側の椅子に腰を下ろす。
次の瞬間、ふと背後に気配を感じて振り返り、息をのんだ。村にはそぐわない長い金髪の女が、身じろぎもせずにじっと立っている。
「なに──」
何も気配を感じなかった。愛生のくつろいだ気分が消える。
拳を構えて立ち上がった愛生は、エプロンにスカート姿の女をにらんで、ふと違和感を抱いた。目の焦点が外れているし、棒立ちだ。人ではない。
「ご主人様、ご用はございますか」
人形がするすると近づいてきて、ささやくように言った。そして愛生に向かって妖しく笑う。
愛生は向かいの帚木をにらみつけた。
「さっそく人形の披露か? びっくりするからやめてくれ」
「別に挑戦したわけじゃありません、あなたが好きなんですよ。自分から出てきて世話をしようなんて、珍しい」
たまりかねて苦言を呈する愛生に対し、帚木はそう言って笑った。
「人形は、音さえたてなければほとんど気配がないのがな……慣れない」
「そこは生身の人間と違って、体温もなければ呼吸もしませんから。武術に優れた人ほど、勝手が違う感じがするでしょう」
「やれやれ」
間もなく人形が戻ってくる。器用なことに、ティーポットとカップがのった盆を両手で抱えていた。彼女はそれを卓に置くと、愛生たちの様子をうかがいながら壁際に立っている。
「しばらくここはいいよ。好きなことをしてきなさい」
驚いたことに、それを聞くと人形が嬉しそうな表情になる。そして本当に出て行ってしまった。もう少し見ていたかった愛生は、少し残念に思う。
「あれで通じるのか……」
「あの子は、戦闘人形と同じく意思を持っていますからね。無論、成人の複雑な感情はありませんよ。幼児のように、したいしたくない、悲しい嬉しいくらいで」
それでも大変な技術だ。今のロボットでも、そこまで到達はできていない。現実世界に彼女を連れて行ったら、技師のロマンだと泣いて喜ぶ研究者がいそうだ。
「彼女以外にも、家の中には炊事用の人形がいます。僕は家庭的なことはさっぱりなので、助かっているんですよ」
「へえ……」
「そういえば、河原で戦っていた人形のことだが」
愛生がいよいよ核心に踏み込むと、帚木の目に暗い光が宿った。
「あいつらはもうちょっと上等なんじゃないか? 感情も思考も」
帚木はそれを否定しなかった。愛生はさらに続ける。
「だから、堂々巡りにうんざりしてしまった。毎日繰り返され、終わりのない殺し合いに。だから部外者の俺を見つけて、思い立って止めてくれと頼んだ。そんなところか?」
「そりゃ、生活するだけでも一苦労だな」
「人から離れるということが、私の秘密を守ってくれます。苦労とは思っていませんよ」
前を歩く帚木《ははきぎ》が言った。
そのうちに夜になってきて、暗闇が辺りに満ちた。彼が持つ提灯だけが暗闇の中で揺れている。愛生《あい》は背後を警戒したが、つけられている形跡はなかった。
屋敷の前に大きな門があって、重そうな木戸がかかっていた。しかし意外なことに、門を入ってみると意外に中は綺麗だった。深い紺色の屋根に、白い外壁の館。洋風と和風が混じったような奇妙なつくりだが、なぜか屋敷全体に品があった。
手入れされた花壇があって、園丁らしき老人が草を抜いている。帚木を認めると、頭をもたげて手を振ってきた。
荒涼とした土地の仲で、まるで、ここだけが夢の国のようだった。
「……あの園丁も人形か?」
「ええ」
時折うずくまる園丁の動きを見ながら、愛生は屋敷の玄関をくぐった。廊下にはランプがちらちらと炎をともし、毛足がたっぷりある絨毯がひいてあった。その横には美しい女性を描いた掛け軸がかかっている。
「追放されたわりに、ずいぶん豪華な家じゃないか。てっきりもっとささやかな暮らしかと思ったが」
「……昔から、人形の開発や研究は、こっそりここでやっていたんです。その時から色々持ち込んでいましたから、身ひとつで逃げこんでも不自由はありませんでした」
帚木は少しいたずらっぽい視線を向けてきた。けっこういい根性をしているようで、愛生の中でいっそうこの男に対して関心が沸いてくる。
帚木は階段を上がってすぐのところの扉を開けた。
「客室は十二もあります。一番近いのがここ……お気に召さなければ、他もお見せしますが」
案内された客室は綺麗だった。しんと静まりかえった室内には、大きな寝台と書き物机がある。難を言えばやや照明が暗いところだったが、室内を見渡した愛生はうなずいてみせる。
「いや、ここで十分だ。助かるよ」
「では、荷物を置いたら階段を降りて、右手に来て下さい。食堂でお待ちしています」
帚木はそう言って出て行った。愛生はしばし疲れた手足を曲げ伸ばしして、腰を下ろすことなく一階へ降りていく。
食堂は西洋風で、長い卓にテーブルクロスがひいてある。とりあえず愛生は、帚木の向かい側の椅子に腰を下ろす。
次の瞬間、ふと背後に気配を感じて振り返り、息をのんだ。村にはそぐわない長い金髪の女が、身じろぎもせずにじっと立っている。
「なに──」
何も気配を感じなかった。愛生のくつろいだ気分が消える。
拳を構えて立ち上がった愛生は、エプロンにスカート姿の女をにらんで、ふと違和感を抱いた。目の焦点が外れているし、棒立ちだ。人ではない。
「ご主人様、ご用はございますか」
人形がするすると近づいてきて、ささやくように言った。そして愛生に向かって妖しく笑う。
愛生は向かいの帚木をにらみつけた。
「さっそく人形の披露か? びっくりするからやめてくれ」
「別に挑戦したわけじゃありません、あなたが好きなんですよ。自分から出てきて世話をしようなんて、珍しい」
たまりかねて苦言を呈する愛生に対し、帚木はそう言って笑った。
「人形は、音さえたてなければほとんど気配がないのがな……慣れない」
「そこは生身の人間と違って、体温もなければ呼吸もしませんから。武術に優れた人ほど、勝手が違う感じがするでしょう」
「やれやれ」
間もなく人形が戻ってくる。器用なことに、ティーポットとカップがのった盆を両手で抱えていた。彼女はそれを卓に置くと、愛生たちの様子をうかがいながら壁際に立っている。
「しばらくここはいいよ。好きなことをしてきなさい」
驚いたことに、それを聞くと人形が嬉しそうな表情になる。そして本当に出て行ってしまった。もう少し見ていたかった愛生は、少し残念に思う。
「あれで通じるのか……」
「あの子は、戦闘人形と同じく意思を持っていますからね。無論、成人の複雑な感情はありませんよ。幼児のように、したいしたくない、悲しい嬉しいくらいで」
それでも大変な技術だ。今のロボットでも、そこまで到達はできていない。現実世界に彼女を連れて行ったら、技師のロマンだと泣いて喜ぶ研究者がいそうだ。
「彼女以外にも、家の中には炊事用の人形がいます。僕は家庭的なことはさっぱりなので、助かっているんですよ」
「へえ……」
「そういえば、河原で戦っていた人形のことだが」
愛生がいよいよ核心に踏み込むと、帚木の目に暗い光が宿った。
「あいつらはもうちょっと上等なんじゃないか? 感情も思考も」
帚木はそれを否定しなかった。愛生はさらに続ける。
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