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人形師の隠れ家
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「熱伝導の低い素材だな……ステンレスに似たものを作る技術でもあるのか? いや、まさか……」
理系の目で分析を進めていく。血のような液体を指でのばしてみると、油の一種だとわかった。
「これも精製度が高い……いったい、どんな技術者が作ったんだ?」
愛生《あい》は思わず夢中になっていた。だから、一斉に人形たちが愛生に向かって忍びよってくるのに気づかなかった。愛生が作業を中断したときにはすでに、人形たちの描く円はだんだんと小さくなっていった。
「な、なんだ!?」
襲われる。そう思った瞬間、愛生は目の前の一体を突き飛ばしていた。愛生の力をもってすれば、人形を壊すのはたやすい。
それでも半壊した人形はできる範囲で体を起こし、跪いた姿勢で言う。
「もう、やめたい」
「嫌なんです」
懇願された愛生は戸惑った。人形たちは虚ろな白い瞳のまま、一心に語りかけてくる。河原があっという間に、ざわざわとした囁き声で満ちた。
「……お前たち、やっぱり感情があるんだな?」
驚いた愛生は人形たちを見つめる。機械が油をうけてシュウシュウと煙をあげ、それが愛生の顔にかかった。その煙の中から、人形たちの光る目が見える。
「さあ、早く」
「早く、壊して。動かなくなるまで」
先頭の人形の腕が、とうとう愛生の服にかかった。今まで沈黙していた愛生は、ようやく口を開く。
「俺は探偵だ。今、なぜお前たちが戦うか、その謎を解こうとしている。お前たちが苦しいのはわかった。もう少し待ってくれ、必ず解き明かすから」
愛生は決然として言った。人形たちが一瞬、迫力に押されて立ちすくむ。しかしその後にすぐ、失望したような低い作動音が重なった。
愛生が人形たちを見つめながら立っていると、
「そこまでです」
背後から帚木《ははきぎ》が現れた。彼は短剣を構え、切っ先を人形に向けている。
「黙りなさい。その人は無関係です。安易な逃げは許しません」
その声をうけて、人形たちは次々に動きを止めた。しかしその顔にはまだ、傷ついたような表情が浮かんでいた。
「君たちの言うことの方が正しいのは、私にもよく分かっています。……だが、今は続けるしかないんですよ」
愛生はその光景に息をのむ。人形たちは、帚木の言葉を聞くと、完全に沈黙した。これを見れば、誰が人形の主なのかは明らかだった。
「驚いた。そんなこともできたんだな」
愛生が声をかけると、帚木はかすかに震える手をなだめてから、短刀をしまう。
「やっぱりあんたが術師だったか。この前会った時と、話が違うぞ。俺を騙して、なんとも思わなかったか?」
「厄介な人ですね。別に悪意あって隠していたわけではないのですが」
愛生が厳しい視線を向けると、帚木は背を向けた。
「……いいでしょう。そんなに聞きたいというのなら、私についてきてください」
そして愛生のいぶかしげな気配を感じたように、そう言い放つ。
「ここで話せばいいだろう?」
「……誰にも聞かれたくないのです。本当に、誰にも」
彼の声は硬く低かった。しきりに周囲を気にしている様子は、真剣そのものだ。愛生は結局、帚木に従うことにする。
「あなたこそいいのですか。これを聞いてしまったら、もう引き返せませんよ」
愛生の体を一瞬、戦慄が走った。それを誤魔化すように手を顔の前で振ってみせる。
「いやあ、最初から引き返すつもりはないからな」
「どうして村から離れていくんだ?」
「領主お抱えの技師だったのは昔。私は身を隠し、村人たちに居場所が分からないよう、北の山近くで暮らしているのです」
帚木は村に一つしかない大きな道を外れ、森の中の細い道を歩いて行く。舗装もなにもされておらず、愛生の靴に草がからみついた。最初はそれを振り払っていたが、慣れればたやすく歩けるようになる。
森の奥に洞窟があった。それはしばらく行くと、行き止まりになっているように見えたのだが──
「ちょっと待っていてください」
帚木が奥の土壁に体をぴったりつけ、指で何カ所かを探る。すると、土壁の一部がするすると動いた。洞窟は実はトンネルになっていて、向こうから夕焼けの光が漏れているのが見える。
「なるほど。この手で困難を切り抜けたってわけか」
「ええ。この扉の開け方は私しか知りませんし」
「さしずめ、ここから先はお前の庭だな」
やや不気味に感じつつも、愛生がずんずん進むと、弥助が言っていた北の山が見えてくる。確かに切り立っていて頂上には雲がかかっている、妖怪でも出そうな山だった。その山裾が見えるところにある館が帚木の住まいだった。
村の東側に裕福な家が多く、河に近い西ほど余裕のない家が多い。それは前の街ですでにわかっていたことだったが、北には洋館以外の家はひとつもなかった。本当に人気のない土地だ。鳥の声すらほとんど聞こえてこない。
ただ、山だけがはっきりと見える。なだらかな山肌がほとんどだったが、時折へらでかき取ったように地肌が見えている場所があった。愛生はしげしげと、山に残された傷跡を見つめる。
理系の目で分析を進めていく。血のような液体を指でのばしてみると、油の一種だとわかった。
「これも精製度が高い……いったい、どんな技術者が作ったんだ?」
愛生《あい》は思わず夢中になっていた。だから、一斉に人形たちが愛生に向かって忍びよってくるのに気づかなかった。愛生が作業を中断したときにはすでに、人形たちの描く円はだんだんと小さくなっていった。
「な、なんだ!?」
襲われる。そう思った瞬間、愛生は目の前の一体を突き飛ばしていた。愛生の力をもってすれば、人形を壊すのはたやすい。
それでも半壊した人形はできる範囲で体を起こし、跪いた姿勢で言う。
「もう、やめたい」
「嫌なんです」
懇願された愛生は戸惑った。人形たちは虚ろな白い瞳のまま、一心に語りかけてくる。河原があっという間に、ざわざわとした囁き声で満ちた。
「……お前たち、やっぱり感情があるんだな?」
驚いた愛生は人形たちを見つめる。機械が油をうけてシュウシュウと煙をあげ、それが愛生の顔にかかった。その煙の中から、人形たちの光る目が見える。
「さあ、早く」
「早く、壊して。動かなくなるまで」
先頭の人形の腕が、とうとう愛生の服にかかった。今まで沈黙していた愛生は、ようやく口を開く。
「俺は探偵だ。今、なぜお前たちが戦うか、その謎を解こうとしている。お前たちが苦しいのはわかった。もう少し待ってくれ、必ず解き明かすから」
愛生は決然として言った。人形たちが一瞬、迫力に押されて立ちすくむ。しかしその後にすぐ、失望したような低い作動音が重なった。
愛生が人形たちを見つめながら立っていると、
「そこまでです」
背後から帚木《ははきぎ》が現れた。彼は短剣を構え、切っ先を人形に向けている。
「黙りなさい。その人は無関係です。安易な逃げは許しません」
その声をうけて、人形たちは次々に動きを止めた。しかしその顔にはまだ、傷ついたような表情が浮かんでいた。
「君たちの言うことの方が正しいのは、私にもよく分かっています。……だが、今は続けるしかないんですよ」
愛生はその光景に息をのむ。人形たちは、帚木の言葉を聞くと、完全に沈黙した。これを見れば、誰が人形の主なのかは明らかだった。
「驚いた。そんなこともできたんだな」
愛生が声をかけると、帚木はかすかに震える手をなだめてから、短刀をしまう。
「やっぱりあんたが術師だったか。この前会った時と、話が違うぞ。俺を騙して、なんとも思わなかったか?」
「厄介な人ですね。別に悪意あって隠していたわけではないのですが」
愛生が厳しい視線を向けると、帚木は背を向けた。
「……いいでしょう。そんなに聞きたいというのなら、私についてきてください」
そして愛生のいぶかしげな気配を感じたように、そう言い放つ。
「ここで話せばいいだろう?」
「……誰にも聞かれたくないのです。本当に、誰にも」
彼の声は硬く低かった。しきりに周囲を気にしている様子は、真剣そのものだ。愛生は結局、帚木に従うことにする。
「あなたこそいいのですか。これを聞いてしまったら、もう引き返せませんよ」
愛生の体を一瞬、戦慄が走った。それを誤魔化すように手を顔の前で振ってみせる。
「いやあ、最初から引き返すつもりはないからな」
「どうして村から離れていくんだ?」
「領主お抱えの技師だったのは昔。私は身を隠し、村人たちに居場所が分からないよう、北の山近くで暮らしているのです」
帚木は村に一つしかない大きな道を外れ、森の中の細い道を歩いて行く。舗装もなにもされておらず、愛生の靴に草がからみついた。最初はそれを振り払っていたが、慣れればたやすく歩けるようになる。
森の奥に洞窟があった。それはしばらく行くと、行き止まりになっているように見えたのだが──
「ちょっと待っていてください」
帚木が奥の土壁に体をぴったりつけ、指で何カ所かを探る。すると、土壁の一部がするすると動いた。洞窟は実はトンネルになっていて、向こうから夕焼けの光が漏れているのが見える。
「なるほど。この手で困難を切り抜けたってわけか」
「ええ。この扉の開け方は私しか知りませんし」
「さしずめ、ここから先はお前の庭だな」
やや不気味に感じつつも、愛生がずんずん進むと、弥助が言っていた北の山が見えてくる。確かに切り立っていて頂上には雲がかかっている、妖怪でも出そうな山だった。その山裾が見えるところにある館が帚木の住まいだった。
村の東側に裕福な家が多く、河に近い西ほど余裕のない家が多い。それは前の街ですでにわかっていたことだったが、北には洋館以外の家はひとつもなかった。本当に人気のない土地だ。鳥の声すらほとんど聞こえてこない。
ただ、山だけがはっきりと見える。なだらかな山肌がほとんどだったが、時折へらでかき取ったように地肌が見えている場所があった。愛生はしげしげと、山に残された傷跡を見つめる。
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