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第二幕、開始
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女はそう言って、屋敷を見やった。
「あいつは逃げに徹しようとするでしょう。今ので、氷の一族が死に絶えていないと分かったのだから」
龍《りゅう》はうなずいた。所詮クララは眷属、しかもドラゴンに見放された身だ。本体のドラゴンをいなせる氷の一族とまともにやり合えば、負ける。
「あなた、一般人でしょ? ここで手を引いたら?」
女は戻れと言ってきた。龍が返事をしないでいると、重ねてさらに言う。
「わざわざ苦労しようって言うの? 今なら逃げる良い機会よ」
それは確かにそうだ。だが、龍は首を横に振ってつぶやいた。
「……私は、あいつに思い知らせてやると決めているので」
「聞く耳なしってか。そうは見えないけど、あんたも結構頑固なのね」
「いるべきでない存在は、確実に排除すべきです」
「じゃ、そっちは任せたわよ」
格段に素早い動きで、彼女は化け物に向かっていった。龍はその姿をしばし見守る。いい人だ。本当に、第一印象だけで決めつけてはいけない。心細かった逃避行が、一気に追撃に変わった。
龍は迷うこと無く屋敷に踏み込み、廊下を駆け抜ける。虎子《とらこ》のナビで、クララの位置はすぐに分かった。嫌な臭いが強くなっていくが、龍は臆せず跳ねるように廊下を走り抜けた。
「今のところ、化け物は見当たらないけど……」
「でも、屋敷中を何かが動いてる。少なくとも十数体はいるよ」
「それに捕まらないようにしないとね。誘導お願い」
近くの廊下を曲がること、三回。ついにクララの背中が見えた。
龍の足音を聞いたクララがとっさに反応できず、動きを止めた。その隙に、龍は有無を言わさず飛び跳ねた。
そのままクララの背中を蹴りつけ、うつぶせの姿勢で地に沈めると、彼女の炎が一瞬消える。
「まさか……」
「迂闊でしたね。切り札を全部見せるわけがないでしょう!」
うめく姿を見て、龍は唇を噛んだ。
命を賭けて仕えようとした主には捨てられた。性格は元からこうだったかもしれないが、信頼していた全ての世界から急に切り離されてしまった。そのことに関しては、同情しないわけではない。
「それでも」
この女は、どれだけの勅使を葬ってきただろう。自分より弱く、絶対に抵抗してこないとわかっている相手をいたぶるのは、さぞ快感だったろう。
龍は銃を強く握り締めた。息を吐く。
そしてそれで殴った。こめかみを思い切り。少し溜飲は下がったが、まだこんなものでは済まない。第一、彼女はまだ盾を持っている。
「……っ!」
体の下から熱気が上がってきて、龍は慌てて飛び退いた。やはり、あのドラゴンの盾がある限り、炎の力はなくならないようだ。だが、さっきよりだいぶ熱の温度が下がっている。
「危険はあるけれど、無敵じゃない」
虎子がつぶやく。彼女は心配はしたものの、止めはしなかった。なら、勝ち目はある。
龍は少しふらつきながらも立ち上がったクララを、無言でにらみつけた。クララは激しく憤り、また盾を構える。
「大人しく姿を消していれば良いものを。右往左往するしか能のない人間が……」
「滑稽なことを言いますね。私たちが右往左往したからこそ、あなたはこうして追い詰められているのでしょう」
「追い詰められた? 何をどう解釈したら、そうなる。私は逃げてみせる!」
クララが不意に口元を歪め、体を回転させて起き上がった。彼女はすぐに廊下の向こうに消える。追いかけた龍は、奥にあった開け放された扉の中へ入った。
汚れた壁と床があるきり、中はがらんとしていて、隠れる場所はろくにない。そして、龍が入ると同時に、扉は音をたてて閉まった。狭い所に入りこんでしまった、と龍はほぞを噛んだ。
「私の攻め手は炎だけではない。こいつらの実験も、同時に済ませておこうか」
クララが手を一降りすると、生首が龍に向かって牙をむいた。しかもこの生首、真っ赤な目をしていて、首の下からムカデのような足がびっしり生えている。
「貴重なサンプルだ。相手してやれ」
悪夢の中から飛び出してきたようなそれが敵意むき出しで、意味のわからないわめき声をあげながら襲いかかってくるのだから、いつもあまり動じない龍もさすがに少し肝を潰した。思わず後ろに下がってしまう。
「さあ、倒し方も分からない相手にどう戦う? 存分に後悔するがいい」
フェムトを組み替える暇もない。龍は引き金を絞った。当たりはしたが、生首は大仰な身震いをしてなおも歩く。
着地の足が彷徨う。龍は転びそうになって、危ういところで踏みとどまった。
焦るな、と自分に言い聞かせる。愛生《あい》に少し分けてもらっていた煙幕を放ち、敵との距離をとった。視界が悪くなって、化け物が辺りを見回し、隙ができる。目が特別良いわけではなさそうだ。
ほどなく弾丸の組み替えが終わる。龍は強引にそれを銃にねじこんだ。そして相手の無防備に開いた口に、弾丸を撃ち込む。
「あいつは逃げに徹しようとするでしょう。今ので、氷の一族が死に絶えていないと分かったのだから」
龍《りゅう》はうなずいた。所詮クララは眷属、しかもドラゴンに見放された身だ。本体のドラゴンをいなせる氷の一族とまともにやり合えば、負ける。
「あなた、一般人でしょ? ここで手を引いたら?」
女は戻れと言ってきた。龍が返事をしないでいると、重ねてさらに言う。
「わざわざ苦労しようって言うの? 今なら逃げる良い機会よ」
それは確かにそうだ。だが、龍は首を横に振ってつぶやいた。
「……私は、あいつに思い知らせてやると決めているので」
「聞く耳なしってか。そうは見えないけど、あんたも結構頑固なのね」
「いるべきでない存在は、確実に排除すべきです」
「じゃ、そっちは任せたわよ」
格段に素早い動きで、彼女は化け物に向かっていった。龍はその姿をしばし見守る。いい人だ。本当に、第一印象だけで決めつけてはいけない。心細かった逃避行が、一気に追撃に変わった。
龍は迷うこと無く屋敷に踏み込み、廊下を駆け抜ける。虎子《とらこ》のナビで、クララの位置はすぐに分かった。嫌な臭いが強くなっていくが、龍は臆せず跳ねるように廊下を走り抜けた。
「今のところ、化け物は見当たらないけど……」
「でも、屋敷中を何かが動いてる。少なくとも十数体はいるよ」
「それに捕まらないようにしないとね。誘導お願い」
近くの廊下を曲がること、三回。ついにクララの背中が見えた。
龍の足音を聞いたクララがとっさに反応できず、動きを止めた。その隙に、龍は有無を言わさず飛び跳ねた。
そのままクララの背中を蹴りつけ、うつぶせの姿勢で地に沈めると、彼女の炎が一瞬消える。
「まさか……」
「迂闊でしたね。切り札を全部見せるわけがないでしょう!」
うめく姿を見て、龍は唇を噛んだ。
命を賭けて仕えようとした主には捨てられた。性格は元からこうだったかもしれないが、信頼していた全ての世界から急に切り離されてしまった。そのことに関しては、同情しないわけではない。
「それでも」
この女は、どれだけの勅使を葬ってきただろう。自分より弱く、絶対に抵抗してこないとわかっている相手をいたぶるのは、さぞ快感だったろう。
龍は銃を強く握り締めた。息を吐く。
そしてそれで殴った。こめかみを思い切り。少し溜飲は下がったが、まだこんなものでは済まない。第一、彼女はまだ盾を持っている。
「……っ!」
体の下から熱気が上がってきて、龍は慌てて飛び退いた。やはり、あのドラゴンの盾がある限り、炎の力はなくならないようだ。だが、さっきよりだいぶ熱の温度が下がっている。
「危険はあるけれど、無敵じゃない」
虎子がつぶやく。彼女は心配はしたものの、止めはしなかった。なら、勝ち目はある。
龍は少しふらつきながらも立ち上がったクララを、無言でにらみつけた。クララは激しく憤り、また盾を構える。
「大人しく姿を消していれば良いものを。右往左往するしか能のない人間が……」
「滑稽なことを言いますね。私たちが右往左往したからこそ、あなたはこうして追い詰められているのでしょう」
「追い詰められた? 何をどう解釈したら、そうなる。私は逃げてみせる!」
クララが不意に口元を歪め、体を回転させて起き上がった。彼女はすぐに廊下の向こうに消える。追いかけた龍は、奥にあった開け放された扉の中へ入った。
汚れた壁と床があるきり、中はがらんとしていて、隠れる場所はろくにない。そして、龍が入ると同時に、扉は音をたてて閉まった。狭い所に入りこんでしまった、と龍はほぞを噛んだ。
「私の攻め手は炎だけではない。こいつらの実験も、同時に済ませておこうか」
クララが手を一降りすると、生首が龍に向かって牙をむいた。しかもこの生首、真っ赤な目をしていて、首の下からムカデのような足がびっしり生えている。
「貴重なサンプルだ。相手してやれ」
悪夢の中から飛び出してきたようなそれが敵意むき出しで、意味のわからないわめき声をあげながら襲いかかってくるのだから、いつもあまり動じない龍もさすがに少し肝を潰した。思わず後ろに下がってしまう。
「さあ、倒し方も分からない相手にどう戦う? 存分に後悔するがいい」
フェムトを組み替える暇もない。龍は引き金を絞った。当たりはしたが、生首は大仰な身震いをしてなおも歩く。
着地の足が彷徨う。龍は転びそうになって、危ういところで踏みとどまった。
焦るな、と自分に言い聞かせる。愛生《あい》に少し分けてもらっていた煙幕を放ち、敵との距離をとった。視界が悪くなって、化け物が辺りを見回し、隙ができる。目が特別良いわけではなさそうだ。
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