AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

文字の大きさ
80 / 101

ドラゴンに追われる男

しおりを挟む
「終わった……」

 声を出してしまった。血の気が引いた顔に今更手を当てても遅い。

 後ろを向いていたドラゴンが、その巨木のような首を動かし、ゆっくりとこちらを向きかけた。背中の盛り上がった筋肉が動き、どんな獣のものとも似ていない低い唸り声が、ドラゴンの口から漏れる。

 下降してくる。そしてその瞬間、愛生《あい》は悲鳴もあげられず焼かれる。そんな嫌な未来予知が、一瞬愛生の頭をよぎった。

 愛生はその予知が現実になる前に、近くの崖から体を宙に躍らせた。叩き落とそうとしてくるドラゴンの尾から、間一髪で逃れる。

 ここは山頂のようだ。眼下には焼かれて墨になった木が不気味に絡み合い、岩がそこここに転がる不毛の大地が広がっている。うまく柔らかい地面に落ちれば良し、尖った岩か木に刺さればそこで終わり。愛生は頭を腕で庇い、運を天に任せることにした。



 衝撃から目覚めた愛生は顔を上げた。頭上には樹木の類いはなく、奇妙に崩れたり焦げ跡が残った岩が見えるだけだ。さっきまでいた山頂は、遥か遠くに霞んで見えている。

 手で周囲を探る。運良く、泥の沼に落ちたようだ。しかし今度は足をとられて動くに動けない。泥は中途半端にゆだって生ぬるく、不快きわまりない。一転していくら腹を立てても、ため息をつくしかできることがない有様だった。

「誰かいないのか? おーい」

 同じようにここで迷って、隠れている人間はいないだろうか。一縷の望みをかけて、周囲を取り巻く岩に向かって叫んでみた。

「おーい、龍《りゅう》? いたら返事してくれ」

 わずかな可能性にかけて、相棒の名を呼ぶ。すると次の瞬間、いきなり躍り出てきた誰かに襟首をつかまれ、愛生は沼から引き上げられた。

「逃げるぞ!!」
「いや、何から!? てか誰か知らんが、助けてくれてありがとう!?」

 愛生を助けた相手──若い男らしい──は振り返る。不満と混乱と感謝をあらわにする愛生の頭を、固い表情の男が小突いた。

「奴らが来る。生き延びたかったら、俺についてこい!!」

 そう言って、何かに気づいた様子の男は走り出す。今度は、彼は振り返らなかった。そのまま転がるようにして、坂道を下る。愛生も泥で固まった足を引きずりながら、名前も知らない男の後に続いた。

 泥のついた重い足で、走り抜けるのは骨が折れた。装飾物を投げるようにして外し、痛みをかみ殺しても限界がくる。

 少し止まってしまおうかと思った時、背後からおうおうと、泣くような声が聞こえてきた。振り向くと、鬼火のように空中で赤い炎が燃えていた。驚いたことに炎の中には一つ目が浮かんでおり、視線をこちらに向けてくる。

 自分の目が信じられなくなるが、これは事実だ。取り残されたらどうなるか、考えたくもなかった。悲鳴を押し殺して無理にでも足を動かし、愛生は男を追った。

 男は愛生のことはあまり気にしていないようだ。草木の一本も生えていない道を、こけつまろびつひた走る。岩の間から注ぐ太陽の光が、男の横顔を時々照らした。やはり、見覚えのない顔だ。

 そもそも、この男は何者だ? どうしてここにいて、なぜ守ってくれた? 

「うわっ!」

 考え事をしていた愛生は、道を逸れかけてたたらを踏む。道は急な斜面になっていて、その上ところどころが裂けている。ひとつ足を踏み外したらそのまま崖の下まで転がっていきそうだ。

「転ぶなよ、兄貴」
「暗示になるからそういうことを言うんじゃない、弟」

 頭を振って思考を切り替え、なんとか愛生は転ぶことなく降りきった。近くの岩に縋るようにして、体勢を立て直す。

 一難去ったと思ったら、奇声をあげる巨大な猿が襲いかかってきた。最初に相対した巨大猿と似た顔をしていたが、こちらは愛生の身長の半分くらいの大きさである。顔や体毛は真っ白で、腹だけが血を浴びたように赤い。

 愛生はとっさに側に居た男を突き飛ばし、猿の前に立ちはだかる。

「こっちは逃げてるだろ、見えないのかバカ猿!!」

 空を切って飛んでくる猿の体に拳を打ち込む。構えもろくに取れなかったが、猿は赤い腹を見せながら吹き飛び、後ろの岩に当たってけたたましい音をたてた。もう一発、と愛生は猿をつかむ。

「ん?」

 何かが焦げる臭いがして、愛生は拳を見つめた。手袋が焼けて、下の皮膚がわずかに赤くなっている。しばらくしたら水ぶくれになりそうな火傷だ。

「なんだこれ!?」

 愛生はあわてて手を離した。その様子を見て、男が振り返る。

「それくらいのこと気にするな! すぐ新手がくるぞ!!」
「それくらいって」
「絶対に足を止めるな、素人め!!」

 男の口ぶりは冗談とは思えなかったので、それから三十分ほど、愛生は走り続けた。ただひたすらに逃げ、いつの間にか周囲に木々が見えるところまで山を駆け降りた、と気づいたところで、ようやく男が止まる。

「追ってきてないか?」
「……いや、まいた。しばらくは安全だろう」

 男の言う通り、つけてきている気配はない。愛生の目にも、鋭く尖った山頂と険しい道が見えるだけだ。一応京《けい》にも聞いたが、周囲に動くものはないとのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

処理中です...