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炎竜退治のお約束

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 愛生《あい》はギルドマスターに静かな怒りを覚えながら、ノアに向き合った。

「あとは拳で」
「命が惜しくないのか!?」

 ノアたちがそろって声を荒げた。

「いや、あの眷属くらいなら、速く走って背後に回ればなんとかなるかなと……」
「地の利は向こうにあるんだぞ。簡単にそんなこと、させてくれるかよ」

 ものすごくかわいそうな子を見る目をされた。愛生は困惑し、かろうじて言い返す。

「そっちだって、その武器でドラゴン本体とやりあって大丈夫なのか?」

 よく見ると、ノアは腰に剣を帯びている。条件は同じではないか、と愛生は言った。

「この剣には、水の魔法がかかってるんだ」

 指摘を受けて、ノアは岩壁にもたれかかっていた体を起こした。確かに、剣を振るだけで表面に水の皮膜がかかる。柄も鞘も宝石入りの立派なもので、かなりの値打ち物だとすぐに分かった。

「……大層な品だな。俺は見慣れなくて目がちかちかする」
「こういう武器はめったにないから、数を集めるのが大変だったんだぞ」

 突然ファンタジーな色が強くなって、愛生は顔をしかめた。

「で、効くのかそれ」
「眷属には」
「本体の話をしてるんだよ」

 火に対して水は多少有効だろうが、蒸発してしまったらどうするのか。その話をしても、男たちははぐらかすばかりだった。

「しょうがないだろ、試したことないんだから」

 ノアがついに本音を言った。

「それでもうまくいくはずだ。あいつの動きを止めさえすれば……何十秒か時間が稼げる」
「だいぶ希望的な観測だな」

 愛生はため息をつきながら、足元のフェムトを組み替えようとした。こんな有様なら、愛生の自作武器でもいくらか助けになりそうだ。

 しかし、意外な結果が愛生を待っていた。フェムトは一瞬影の中で盛り上がったが、すぐに地面へと変化してしまう。やり方を間違えたかと思ったが、慎重に確認してもやはり結果は同じだった。

「まさか、このエリアでは無理なのか……」

 一気に不安になってきた。フェムトの自由な変形まで禁じられ、これでどうやって倒せというのか。置いてあったアイテムは、フェムトが使えないからこその救済だったのか。

「何が無理だって?」
「いや、なんでもない」

 愛生は言葉を飲みこんだ。

「まあいいや。飯は今のうちに済ませておけよ」

 愛生はそう言われて、携帯食をかじった。膝の上の資料に気が行っているので、いつもより間の抜けた味がする。

「さて……」

 愛生は食事もそこそこに、持ってきた資料を読みあさった。なんとか解決方法を見つけないと、こいつらと心中する羽目になる。龍《りゅう》ほど利口でない脳味噌でも、何かできないか。

「ドラゴンと戦うための準備……」

 ドラゴンとは極度に進化した生命体である。それを退治する際、必須といえるのが魔法の存在。しかし熟練した魔導師がどうしても見つからず、まっとうな対抗手段がない時は、魔石があれば難を逃れることができる。

 魔石とは、魔力のこもった不思議な石だ。割るだけで魔法と同じ効果を示し、炎や水を呼び自由自在な風を起こす。

 ただし魔石があっても決して安心してはならない。ドラゴン本体を死に至らしめるには、体内の発熱機関を封じなければならない。今、世に出回る魔石だけでは、どうしてもそれは不可能なのである。

 ここで第一章が終わっている。そういえば、荷物の中に妙な石があった。愛生は振り返り、石が入っていた袋を取りだした。

 口を縛っていた紐をほどくと、ごく小さな明かりしかなかった岩の隙間にどんどん青い光が満ちていく。

「お前ら、この石がなんなのか知らないか?」

 そこに置かれた石を見て、男たちが全員、息をのんだ。怖々と見つめ、互いにささやき合いを始める。リアクションが大仰でないのが、かえって石の重要性を際立たせた。

「これ、もしかして本物の魔石なのか」

 愛生が指で示すと、ノアがため息をついた。

「どこでこんなに集めてきたんだ」
「……拾った」

 愛生は見つけた経緯をぼかして伝える。それでも他の者は食い下がってきた。

「その場所を後で教えろ」
「……それは無理だな」
「ケチな奴だなあ」
「バカ。冒険者の間でも、めったにやり取りされるものじゃないんだぞ。場所を教えないなんて当たり前だろ」

 盛り上がっていく議論から取り残された愛生は、その様子をただ見ていた。

「まさかお前、すごい冒険者なのか……」
「これならドラゴンのところへ行けるかもしれない」

 勘違いを正す気にはなれなかった。とにかく、集団内での序列は高くしておくに越したことはない。

「そういえば、あんたの名前を聞いてなかったな」
「少なくとも、勲章くらいはもらってるんだろう?」

 少し気分の良くなった愛生は、満足げに胸を張って名乗った。

「愛生だ。言っておくが、俺は強いぞ」
「アイ?」
「全然聞いたことないな……」

 記憶の中にない名前に、男たちが気持ち肩を落とす。愛生はちょっとへこんだが、この機を逃さず口を開いた。
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