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山中の急襲

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「お前たち、龍《りゅう》って名前に聞き覚えはないか? どこかで会ったことは?」
「いや」

 居並ぶ面々は、一斉に首を横に振った。

「その人は、お前とどういう関係なんだ?」
「……俺の婚約者だ。一緒に旅をしてたんだが、とある理由ではぐれてな。腕の立つ女だから、どこかで聞いたことがないかと思って」

 愛生《あい》は切ない思いをかみ殺しながら言った。

「そうか、そりゃ難儀だな」

 ノアは顔をしかめた。

「今回はたくさん仲間と力を合わせてやってるが、いつもは一人だぞ。宝探し屋はだいたいそうだ」

 頭数が増えると、支え合うメリットに比べて、宝を奪い合うことになった場合のデメリットが大きすぎるのだそうだ。そりゃそうだ。

「国や貴族から支援を受けて宝探しや新しい航路の航海をする、冒険者なら結構つるむんだけどな。有名な依頼に参加した経験がありゃ、名前が売れやすいから」
「冒険者は男が多いからなあ……あんたが言うような美人がいたら気づいたと思うが」

 他の面々に聞いても、結果は同じだった。

 薄闇の中、愛生はため息をつきながら食事を再開した。今は休んで、後からもっと資料を読み込もう。ここから抜け出さないと、龍にも会えない。



「……朝か」

 愛生は資料を抱えたまま、うとうとしてしまったらしい。軽く眠ったからか、気分はいくらか良くなっていた。目覚めた後に携帯食料で腹ごしらえをし、少ない水で顔を拭く。痛むこめかみをほぐして顔を上げると、ノアたちが立っていた。

「行くぞ。今日は、第三ポイントまでは進みたい」

 ノアたちは島の地図を持っていた。休憩できそうな場所をポイントとして定め、一日でそこへ辿り着くことを目的とする。

 少人数のため、不意をつかれれば容易に全滅する。そのため、常に周囲に気を配りながらじりじり進んだ。やがて、石がゴロゴロしている荒れた林道に出る。頭上を不気味な木々が覆い隠しているので、足元がおぼつかない。

「石を使うか?」
「なんとか見えるから温存しよう。石は、本当に困った時だけだ」

 手の届く範囲から離れないよう注意しながら進む。少なくとも、はぐれることだけはない布陣だった。道中、焚き付けに使えそうな木や草を拾いながら進む。

「まとめて狙われたら全滅だけどな」
「うるさい」

 愛生が言った言葉に、ノアが苦々しく答える。

 重い荷物を背負った一行は、列になって森をさらに行った。小一時間ほど歩いたところで、急に花火に点火した時のような音がする。

「なんだ……?」

 不審な音に、全員が足を止め前方を見つめた。このまま歩くべきか、止まって迎撃するべきか、ノアでさえ気弱になって迷っている様子だ。

 途方に暮れても仕方無いと、愛生はとりあえず耳をすませる。熱い風に混じって、わずかに頭上から音が聞こえてきた。

「木の上に、何かいる!」

 ノアもそれに気づいていた。彼の声に反応して、誰もが傍らの木を見上げた。頭上から火の粉が落ちてきて、そこここから悲鳴があがる。

 愛生はまじまじと上方を見つめた。落ちてくる火の粉の威力はたいしたことが無い。これは目くらましだ、と判断した愛生はそこから目を離し、周囲を眺める。

 上を見て欲しい、ということは、本当の狙いはそれとは逆。一瞬でそこまで計算した愛生は、石を拾い、重心を低くして構えた。

 次の瞬間、見通しの悪い低木の茂みから何かが躍り出た。一同の背後から、身を低くした赤い犬がつっこんでくる。

「やっぱりそこから来たか!」

 動きを読んでいた愛生は飛び上がり、振りかぶった石を犬の背中に落とす。

「下から犬が来た! こっちが本隊だ!!」

 次々と茂みから犬が顔を出す。驚愕した一同の中で、ノアが真っ先に立ち直った。

「待て、確認する!」

 彼は素早く近くの木によじ登る。上に手を伸ばし、何かをつかみ出した。愛生にも見える。それは花粉のように、火の粉を撒く花だった。

 ノアはちらっとそれを改め、手袋をした手で花を握りつぶした。

「そいつの言う通りだ、こっちは囮だ!! 下の奴は登れ!!」

 ノアの呼び声に応じて、男たちが木に足をかける。愛生は一行の足を食いちぎろうとする犬を蹴り倒し、自分も大地を蹴って木に飛びついた。下を気にせず、ひたすら太い枝を踏んで上を目指す。

「石を使う、道連れになるなよ!!」

 ノアの放った石が、木漏れ日をうけて一層強く輝いた。地面に当たって砕けたそれは、小さな破壊音を立てた後、大量の水を吐き出した。水はあっという間に川を形成し、地面が見えなくなる。

 愛生は一瞬、呆然としてそれを見つめた。

 濁流は木の中程までも届いた。靴を濡らし、慌ててもっと上の枝に登る者もいる。しかしその勢いのおかげで、犬たちは吹き飛んでそのまま流されていった。

 凪いだ水は、それから五分もすると余所へ流れていった。

「あっけないもんだな……」

 激流が静まってから、我に返ったような顔で男たちが木から降りてきた。男たちはしばらく肩で息をしていたが、やがて周囲を片付け、失った荷物の欠片がないか確かめめはじめた。
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