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死の霧が待つ道
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龍《りゅう》は礼を言いながら、コートの内ポケットにそれを入れた。スルニからもらった石も、そこに入っている。もしかしたらこれも、魔石かもしれない。
それを引っ張り出しておこうかと思ったが、心のどこかが嫌がっているのを感じた。龍は素早く手を出す。
大事な贈り物なのだ。セトの言うことが正しいなら、使えばなくなってしまう。できれば使いたくはなかった。
「少し食べなさい。満腹にする必要はないが、空腹過ぎると動けなくなるよ」
セトは横に座ると、悠然と小麦粉を固めたような携帯食で食事をはじめた。龍もそれに付き合わせてもらう。久しぶりに食べたクッキー状の携帯食は、味は美味しくはないが、お腹が鳴るのを止めてくれた。
「お水はいかがですか」
「ありがとう」
「ドラゴンは全てを見通すと言っておられましたね」
「そうだ。途方も無い距離に視線が及ぶ。昔にあったという姿隠しの魔法があるなら事情は違うだろうが、遥かに小さい人間であろうが見逃すことはない。そして奴らには長い寿命と経験から得た知恵がある」
龍はそれを聞いてぎょっとした。
「そんな相手と戦おうなんて……無茶です」
「無茶をしたがる物好きというのは、昔からいくらでもいるよ」
「あなたもそういう物好きなのですか?」
「詮索は不要だよ、お嬢さん」
いくら言葉を交わしても、老人は仕事や素性など、それ以上のことをを話しそうになかった。龍は仕方無く、話題を変える。
「一体何人が、無事にここを抜けられるでしょう」
「それこそ、神のみぞ知るというやつだ」
セトは仲間の背中に目を向けながら、小声で言った。
「夜も更けたな、眠っておきなさい。生きるには体力が必要だ」
釈然としない思いを抱えつつも、龍はうなずいた。
セトと間近で寝起きを共にし、話を聞きながら龍は先へ進んだ。この人の側を離れない方がいい、と龍の勘が告げている。幸いセトは気負いなくゆっくりと歩いていて、ごく当たり前のように龍を受け入れてくれた。
そっけない岩と焦げた樹木の残骸がそこここで見られる、中腹にさしかかる。もう少しで林も終わりだろう。ぐるっと山を回るようにしてついている細い道を上りながら、龍はつぶやいた。
「さっきから、虫の音が聞こえない……」
飛んで逃げられる鳥たちはとっくに島を後にしていたが、虫たちはまだ居残っていた。それでも本能に従って、ドラゴンの逆へ、安全な島の端へ端へと移動する羽音はひっきりなしに聞こえていたはず。その移動がこの場所では見られない。
今日はさっきまで大きな苦労がなかった分、嫌な予感がした。いい気になった冒険者たちは、空ばかり見て足元には全然注意を払っていない。
少し後方を歩いていたセトが戻ってきた。
「お嬢さんも気づいたか。この先に、何かある。虫たちが避けて通るような何かが」
「エルンストには……」
あの男のことはどうでもいいが、黙っていたら皆が困る。
「一応手紙を渡してきたが、命令が出ないところをみると意味はなかったようだ。私たちで注意しよう」
「おい、そこ! 遅いぞ!」
面と向かって言うよりはましだろうが、それでもエルンストは機嫌を損ねたらしい。対立の根は、すでに深く張られている。龍は思わずため息をついていた。
やがて一行は岩場にさしかかる。水が涸れた川だったのか、河原にあるような角の取れた小石がずらずら並ぶところを進んでいった。
見かけ上、平和だったのはそこまでだった。
まず、獣たちが咆哮をあげる。次にその場にへたりこみ、いくら引いても身をよじるだけで一向に進もうとしなくなった。普段のおとなしさをかなぐり捨てて絶叫するその様子には、主人たちですら唖然としている。
セトと龍は顔を見合わせた。
「おい、どうした。進め!」
獣使いが鞭で騎獣を叩こうとするので、龍はあわてて止めた。
「やめてください。何か理由があるのかもしれません」
「ああ!?」
怒鳴られても引かない龍の側に、そっとセトが寄ってきた。その次の瞬間、異変が起きる。
いきなり前を歩いていた一団が、喉をかきむしって次々と倒れていった。仲間が目を丸くして対応に困っている間に、どんどん人が死んでいく。
「どうしたんだ!?」
「もしかして、あれが原因か……」
よく見ると、道の前方が薄青い霧のようなもので覆われている。仰天した後続は立ち往生し、エルンストの指示を待つ。
「毒霧だ! 石を使え!!」
遠くをにらんだエルンストが、すぐに叫んだ。
振り返った冒険者が、はっとした顔で懐に手を入れた。とっさに投げたものだから、石がばらばらと懐からこぼれ落ちる。その石から風が巻き起こり、毒を一行から遠ざける。
土埃もあがり、日光が陰るほどの勢いになった。目を守ろうと体を低くした龍のところにまで、鼻をつく匂いが伝わってくる。
逃げなければいけない、それは分かる。しかし、情けないがどちらへ行けばいいのか分からない。
「霧で見通しが……」
妹に指示をあおぐ前に、必死の声でセトが叫んだ。
「右手の高所へ上がれ。毒も、そこまでは追ってこない!」
それを引っ張り出しておこうかと思ったが、心のどこかが嫌がっているのを感じた。龍は素早く手を出す。
大事な贈り物なのだ。セトの言うことが正しいなら、使えばなくなってしまう。できれば使いたくはなかった。
「少し食べなさい。満腹にする必要はないが、空腹過ぎると動けなくなるよ」
セトは横に座ると、悠然と小麦粉を固めたような携帯食で食事をはじめた。龍もそれに付き合わせてもらう。久しぶりに食べたクッキー状の携帯食は、味は美味しくはないが、お腹が鳴るのを止めてくれた。
「お水はいかがですか」
「ありがとう」
「ドラゴンは全てを見通すと言っておられましたね」
「そうだ。途方も無い距離に視線が及ぶ。昔にあったという姿隠しの魔法があるなら事情は違うだろうが、遥かに小さい人間であろうが見逃すことはない。そして奴らには長い寿命と経験から得た知恵がある」
龍はそれを聞いてぎょっとした。
「そんな相手と戦おうなんて……無茶です」
「無茶をしたがる物好きというのは、昔からいくらでもいるよ」
「あなたもそういう物好きなのですか?」
「詮索は不要だよ、お嬢さん」
いくら言葉を交わしても、老人は仕事や素性など、それ以上のことをを話しそうになかった。龍は仕方無く、話題を変える。
「一体何人が、無事にここを抜けられるでしょう」
「それこそ、神のみぞ知るというやつだ」
セトは仲間の背中に目を向けながら、小声で言った。
「夜も更けたな、眠っておきなさい。生きるには体力が必要だ」
釈然としない思いを抱えつつも、龍はうなずいた。
セトと間近で寝起きを共にし、話を聞きながら龍は先へ進んだ。この人の側を離れない方がいい、と龍の勘が告げている。幸いセトは気負いなくゆっくりと歩いていて、ごく当たり前のように龍を受け入れてくれた。
そっけない岩と焦げた樹木の残骸がそこここで見られる、中腹にさしかかる。もう少しで林も終わりだろう。ぐるっと山を回るようにしてついている細い道を上りながら、龍はつぶやいた。
「さっきから、虫の音が聞こえない……」
飛んで逃げられる鳥たちはとっくに島を後にしていたが、虫たちはまだ居残っていた。それでも本能に従って、ドラゴンの逆へ、安全な島の端へ端へと移動する羽音はひっきりなしに聞こえていたはず。その移動がこの場所では見られない。
今日はさっきまで大きな苦労がなかった分、嫌な予感がした。いい気になった冒険者たちは、空ばかり見て足元には全然注意を払っていない。
少し後方を歩いていたセトが戻ってきた。
「お嬢さんも気づいたか。この先に、何かある。虫たちが避けて通るような何かが」
「エルンストには……」
あの男のことはどうでもいいが、黙っていたら皆が困る。
「一応手紙を渡してきたが、命令が出ないところをみると意味はなかったようだ。私たちで注意しよう」
「おい、そこ! 遅いぞ!」
面と向かって言うよりはましだろうが、それでもエルンストは機嫌を損ねたらしい。対立の根は、すでに深く張られている。龍は思わずため息をついていた。
やがて一行は岩場にさしかかる。水が涸れた川だったのか、河原にあるような角の取れた小石がずらずら並ぶところを進んでいった。
見かけ上、平和だったのはそこまでだった。
まず、獣たちが咆哮をあげる。次にその場にへたりこみ、いくら引いても身をよじるだけで一向に進もうとしなくなった。普段のおとなしさをかなぐり捨てて絶叫するその様子には、主人たちですら唖然としている。
セトと龍は顔を見合わせた。
「おい、どうした。進め!」
獣使いが鞭で騎獣を叩こうとするので、龍はあわてて止めた。
「やめてください。何か理由があるのかもしれません」
「ああ!?」
怒鳴られても引かない龍の側に、そっとセトが寄ってきた。その次の瞬間、異変が起きる。
いきなり前を歩いていた一団が、喉をかきむしって次々と倒れていった。仲間が目を丸くして対応に困っている間に、どんどん人が死んでいく。
「どうしたんだ!?」
「もしかして、あれが原因か……」
よく見ると、道の前方が薄青い霧のようなもので覆われている。仰天した後続は立ち往生し、エルンストの指示を待つ。
「毒霧だ! 石を使え!!」
遠くをにらんだエルンストが、すぐに叫んだ。
振り返った冒険者が、はっとした顔で懐に手を入れた。とっさに投げたものだから、石がばらばらと懐からこぼれ落ちる。その石から風が巻き起こり、毒を一行から遠ざける。
土埃もあがり、日光が陰るほどの勢いになった。目を守ろうと体を低くした龍のところにまで、鼻をつく匂いが伝わってくる。
逃げなければいけない、それは分かる。しかし、情けないがどちらへ行けばいいのか分からない。
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妹に指示をあおぐ前に、必死の声でセトが叫んだ。
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