文字サイズ
小
中
大
特大
61 / 63
61. 審判の扉
静まり返った裁判所の大広間に、厳かな鐘の音が鳴り響いた。
それは、再開された裁判の幕開けを告げる音。
菜々美は固く結ばれた唇のまま、静かに傍聴席を見渡した。
そこにはかつて自分のカフェに通っていた常連たちの姿もあったが、皆一様に緊張した面持ちで席についている。
壇上に現れたのは、前回と同じ裁判官。
だが、彼の隣には新たに着席した人物がいた。
ヴァレリーだ。中立監査官として、今回の審理に監査報告を提出するため、特別立会人として召喚されたのだ。
「それでは……本日より、菜々美のカフェに関する再審を開始する」
裁判官の声は重く、会場全体に静寂が広がった。
最初に提出されたのは、ヴァレリーによる監査報告書だった。
ミリアムのカフェ地下にて発見された記録の数々。
中には“特別なハーブ”の危険性、交配履歴、配布の指示、さらに王族の名家「セイス家」の刻印が押された巻物の写しも含まれていた。
「これらは、ただの偶然とは言えません」
ヴァレリーが立ち上がり、明瞭な声で述べる。
「この証拠が示すのは、明確な“意図”の存在です。そして、その意図により操作された“被害”の演出。その手口は精緻であり、裏付ける証言もすでに集まっています」
傍聴席がざわめき、裁判官も手元の資料に目を落とす。その表情は一転して硬いものとなった。
「証人を呼びます」
廷吏の声が響き、最初の証人が現れた。
年配の女性――アリスとマークが訪ね歩いたうちのひとりだった。
「私は……アーウィンという男に、口止めされました。何も言わなければ、家族は安全だと……でも、それがどういう意味か、すぐに分かりました」
彼女は震える手で証言台を掴みながら語った。
その声は細くとも、確かな真実を帯びていた。
二人目は、以前偽証をした青年の兄だった。
彼は弟の代わりに証言台に立ち、アーウィンがどのように圧力をかけてきたかを克明に話した。
「弟は、病弱な母の薬を人質にされた。それで、嘘をつくしかなかったんです」
言葉の端々に悔しさが滲み、会場の空気がじわりと変わっていく。
三人目、四人目と続き、証言者たちはひとりまたひとりと壇上に立ち、勇気を振り絞って語った。
「ミリアムという名は、直接聞いたことはない……けれど、従業員の間で“店主様”と呼ばれていた人物の存在が常にあった」
「“報告用の巻物”には、私たちには読めない文字が書かれていて、それを見たアーウィンが“次の指示だ”と告げていました」
証言は積み重なり、監査報告と交差して意味を持ち始めた。
リュウは傍聴席から菜々美の背を見つめながら、小さく拳を握った。
ガイデンは裁判記録のメモを取りながらも、常に菜々美の表情に目をやっていた。
「以上の証言を踏まえ、私は……」
ヴァレリーが再び立ち上がる。
「この裁判において、“被告の関与はなかった”とする証拠と証言は、十分にそろったと判断します。裁判官には、これを真摯にご検討いただきたく、お願い申し上げます」
その言葉と共に、場内には静寂が広がった。
傍聴席の誰もが息を飲んで裁判官を見つめている。
そして、菜々美自身もまた、重い沈黙の中で裁判官の判断を待っていた。
「……次の審理は明日。証言を裏付ける記録の再確認と、巻物の筆跡鑑定を王室の研究機関に依頼することを許可します」
裁判官の声が響いたとき、菜々美の肩がふっと落ちた。
その表情には、まだ安堵はない。けれど、それでも一歩、光に近づいたと感じられる瞬間だった。
「終わりは……もう近いわね」
傍らのガイデンが小声で呟いた。
そして裁判所の外へと歩み出た菜々美を、曇り空の下に集まった住民たちが見つめていた。視線の中には、かすかな迷いと、ほんのわずかな希望の光が混ざっていた。
その光が、やがて確信へと変わる日を信じて――。
――――
その夜、ヴァレリーは密かに護衛団を動かしていた。
「今の証拠と証言があれば、アーウィンを“事情聴取対象”として拘束する正当性はあるはずよ」
そう言って出した命令により、アーウィンは深夜、ミリアムのカフェ裏の倉庫にてひっそりと拘束された。
翌朝、その知らせは裁判関係者にのみ共有された――
それは、再開された裁判の幕開けを告げる音。
菜々美は固く結ばれた唇のまま、静かに傍聴席を見渡した。
そこにはかつて自分のカフェに通っていた常連たちの姿もあったが、皆一様に緊張した面持ちで席についている。
壇上に現れたのは、前回と同じ裁判官。
だが、彼の隣には新たに着席した人物がいた。
ヴァレリーだ。中立監査官として、今回の審理に監査報告を提出するため、特別立会人として召喚されたのだ。
「それでは……本日より、菜々美のカフェに関する再審を開始する」
裁判官の声は重く、会場全体に静寂が広がった。
最初に提出されたのは、ヴァレリーによる監査報告書だった。
ミリアムのカフェ地下にて発見された記録の数々。
中には“特別なハーブ”の危険性、交配履歴、配布の指示、さらに王族の名家「セイス家」の刻印が押された巻物の写しも含まれていた。
「これらは、ただの偶然とは言えません」
ヴァレリーが立ち上がり、明瞭な声で述べる。
「この証拠が示すのは、明確な“意図”の存在です。そして、その意図により操作された“被害”の演出。その手口は精緻であり、裏付ける証言もすでに集まっています」
傍聴席がざわめき、裁判官も手元の資料に目を落とす。その表情は一転して硬いものとなった。
「証人を呼びます」
廷吏の声が響き、最初の証人が現れた。
年配の女性――アリスとマークが訪ね歩いたうちのひとりだった。
「私は……アーウィンという男に、口止めされました。何も言わなければ、家族は安全だと……でも、それがどういう意味か、すぐに分かりました」
彼女は震える手で証言台を掴みながら語った。
その声は細くとも、確かな真実を帯びていた。
二人目は、以前偽証をした青年の兄だった。
彼は弟の代わりに証言台に立ち、アーウィンがどのように圧力をかけてきたかを克明に話した。
「弟は、病弱な母の薬を人質にされた。それで、嘘をつくしかなかったんです」
言葉の端々に悔しさが滲み、会場の空気がじわりと変わっていく。
三人目、四人目と続き、証言者たちはひとりまたひとりと壇上に立ち、勇気を振り絞って語った。
「ミリアムという名は、直接聞いたことはない……けれど、従業員の間で“店主様”と呼ばれていた人物の存在が常にあった」
「“報告用の巻物”には、私たちには読めない文字が書かれていて、それを見たアーウィンが“次の指示だ”と告げていました」
証言は積み重なり、監査報告と交差して意味を持ち始めた。
リュウは傍聴席から菜々美の背を見つめながら、小さく拳を握った。
ガイデンは裁判記録のメモを取りながらも、常に菜々美の表情に目をやっていた。
「以上の証言を踏まえ、私は……」
ヴァレリーが再び立ち上がる。
「この裁判において、“被告の関与はなかった”とする証拠と証言は、十分にそろったと判断します。裁判官には、これを真摯にご検討いただきたく、お願い申し上げます」
その言葉と共に、場内には静寂が広がった。
傍聴席の誰もが息を飲んで裁判官を見つめている。
そして、菜々美自身もまた、重い沈黙の中で裁判官の判断を待っていた。
「……次の審理は明日。証言を裏付ける記録の再確認と、巻物の筆跡鑑定を王室の研究機関に依頼することを許可します」
裁判官の声が響いたとき、菜々美の肩がふっと落ちた。
その表情には、まだ安堵はない。けれど、それでも一歩、光に近づいたと感じられる瞬間だった。
「終わりは……もう近いわね」
傍らのガイデンが小声で呟いた。
そして裁判所の外へと歩み出た菜々美を、曇り空の下に集まった住民たちが見つめていた。視線の中には、かすかな迷いと、ほんのわずかな希望の光が混ざっていた。
その光が、やがて確信へと変わる日を信じて――。
――――
その夜、ヴァレリーは密かに護衛団を動かしていた。
「今の証拠と証言があれば、アーウィンを“事情聴取対象”として拘束する正当性はあるはずよ」
そう言って出した命令により、アーウィンは深夜、ミリアムのカフェ裏の倉庫にてひっそりと拘束された。
翌朝、その知らせは裁判関係者にのみ共有された――
感想 0
あなたにおすすめの小説
神の手を持つ3歳児?!
現代日本で「神の手」と呼ばれた天才外科医、天城蓮司。数え切れない命を救ってきた彼は、ある日、手術中に倒れ、その生涯を終えた。
しかし、次に目を覚ましたとき、彼は剣と魔法が存在する異世界の王国に生まれ変わっていた。
しかも、その姿は、まだ三歳の王子様。
三つの大国が互いに牽制し、国境では戦争が絶えない世界。王族の命さえ安全ではない宮廷で、彼は前世の医学知識を武器に、誰にも知られず父王の命を救う。
だが、それは大きな陰謀の始まりにすぎなかった。
幼い王子が持つのは、剣でも魔法でもない。
人の命を救う、神の手だった。
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
掃除のおばちゃん、異世界で大英雄になる。 〜覚醒編〜
【無自覚】【生活魔法(掃除)】で、汚れも魔王の呪いも【大浄化】!?林田美智子、39歳。職業、プロの清掃員。気がつけば異世界のお城のトイレに――って、この世界のトイレ、汚すぎじゃない!?帰る方法は分からない。でも、目の前が汚れていれば、おばちゃんは掃除する。それだけ。――しかし、美智子の持つ「ただの生活魔法(クリーンズ)」は、異世界の常識を遥かに超越していた!
本人はただの「お掃除」のつもり。なのに、イケメン騎士や偏屈な魔術師たちが、それぞれの【愛情】を向けてくるようになってしまい……!?
これは【無自覚】な掃除のおばちゃんが、異世界を綺麗サッパリ救って「大英雄」になるまでの、アットホーム無双ファンタジー!
手入れ係をクビになった俺、辺境の砦で剣を研いでいたら元パーティの剣だけが折れた
「研ぎ代が、もったいない。明日から、お前は要らない」
八年、Bランクパーティ「赤剣」の剣を研いできた。戦えない手入れ係の俺を、リーダーは焚き火の前でクビにした。
「割れた砥石で研いだ剣なんか、信用できるかよ」
残ったのは、父の割れた砥石と八年分の手入れ帳だけ。
ただ、俺には聞こえる。鞘から抜く音で、刃のどこが柔らかいか。
商会の新品は、根元から三分の一が柔らかい。
辺境の砦で、日当銅貨八十七の研ぎ屋になった。
砦の剣は、一本も折れない。
折れるのは、元パーティの剣だけだ。
チートなし、耳と指と帳面だけで成り上がる追放ざまぁ職人もの。元パーティ側の視点つき。全105話完結済み。
※本作は生成AIを利用して本文を作成しています。
【完結】番なんて信じません!と逃げ出した侍女ですが、氷の黒豹辺境伯様が離してくれません
番なんて、人間から自由を奪う言い訳だ。
母を「番」として奪われた侍女ミレイは、匂いを隠して北の辺境伯邸で働いていた。
けれど薬草が切れた夜、屋敷の主「氷の黒豹」ゼルキウスに見つかってしまう。
「見つけた。……もう、二度と離さない」
逃げても逃げても、静かに、甘く追い詰めてくる黒豹辺境伯。
それでも彼は、決して無理に奪わない。「選ぶのは、お前だ」
番を信じない侍女が、自分の意思で愛を選ぶまでの溺愛ロマンス。
全17話、完結済み。
※この作品は、外部サイトでも掲載しております。
金髪金眼の野生児~前世記憶持ちの転生令嬢は、私を捨てた家族も、身勝手な王太子も許しません~
前世、日本でOLをしていた27歳の女性が赤ん坊に転生してしまった。
しかも、生まれ落ちた瞬間、魔獣の森に捨てられてしまうという数奇な運命を背負って。
古代精霊獣が親代わりとなり、彼女を育てた。
7歳の時、森で傷ついた公爵を助けたことから、公爵の庇護下に入る。
やがて、王都で社交界デビューするときがくる。
王太子をはじめとする王族が、彼女の容姿に注目し、それぞれ求婚合戦を繰り広げていく。
彼女を嫉妬する者、バカにする者。
様々な人間模様の中で、「前世の記憶持ち、森で野生児として育った転生者」は、強くたくましく生き抜く。
ある一定の年齢になると加護が貰えるようになるらしい異世界に転移したけど、何も貰えなかったんですが?
異世界で打ち捨てられて放置されてた祠を整備したら加護が貰えました。
せっかくならもっと戦闘向けの加護をくれ…って思ったね。
ユーヤのお気楽異世界転移
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。