62 / 63
62. 暴かれた陰謀
しおりを挟む
裁判再開の翌朝、町の空気は不穏な沈黙に包まれていた。
菜々美の裁判は、いまや町中の注目を集めていた。
ただのカフェを巡る騒動ではない。
巻物に記された王族の名家「セイス家」の刻印、そして証言に浮かび上がる“組織的な動き”――町民たちは、目を逸らすことができない事実を前にしていた。
「裁判所から使者が出たらしいわ。王室の文書鑑定官を呼びに行ったって」
「ということは……やっぱり、王族が関わってるのか?」
市場では、いつも以上に噂が飛び交っていた。
一方その頃、裁判所の控室にて、ヴァレリーはひとりの老齢の研究者と話をしていた。
「これが、問題の巻物です」
彼女が差し出した羊皮紙には、魔法的な処理が施された文字が記されている。
ぱっと見ではただの図形の連なりだが、専門家であるこの男――王族直属の文書鑑定官フリードリヒには、その中に特定の暗号が含まれていることが即座にわかった。
「……なるほど。これを使ったか」
彼は指を鳴らし、持参していたルーペのような装置で文字をなぞる。
「この符号、“指示記録型文章”。王族の機密通信にも使われる類の符号形式だ。……これには、『商品コード3427-Bを指定日までに散布、症状確認の後に記録を保持せよ』とある」
「その商品コードは?」
「……“ネリウム・オルトナス”。かの“特別なハーブ”の、王室研究局にて実験用に開発された交配種だ」
ヴァレリーの眉が、かすかに動いた。
「つまり、この巻物は本物。しかも王室の研究機関でのみ取り扱われるハーブの使用指示だった?」
「間違いない。だが……不自然なのは、“命令者の署名が無い”ことだ」
フリードリヒが巻物の端を示した。
「文書構成から見て、本来ここには名前があるべきだ。だが、それだけが消されている」
ヴァレリーは腕を組んだ。
「あるいは、意図的に“誰かの名前”を隠したということね」
その数刻後、裁判所に再び集まった町民たちの前で、裁判が再開された。
「本日、王室鑑定官による報告が提出されました」
裁判官の声は張りつめ、空気を一層引き締めた。
「巻物は“王室研究局にて作成された形式”であり、そこに記されていたハーブは確かに“体調異常を引き起こす特性を持つ”ものと判明しました」
その言葉が告げられた瞬間、傍聴席に大きなどよめきが走った。
検察官が顔をしかめ、反論の準備を整えようとしたが、それより先に裁判官の声が続いた。
「さらに。昨日の証言を裏付ける新たな物証として、特定の文書が提出されました」
その瞬間、廷吏が手にした封筒から一枚の紙を取り出す。そこには、アーウィンの署名が残されていた。
それは、かつて地下貯蔵庫で回収された記録の中から、筆跡鑑定により彼のものと確認されたものだった。
「この書類により、被告が無関係であること、むしろ別の者たちによって故意に陥れられた可能性があることが、極めて高いと判断されます」
その言葉と共に、扉が静かに開いた。
「アーウィンを入廷させてください」
廷吏の声が響くと同時に、重い足音が石の床を叩く。
拘束されたアーウィンが、鉄製の手枷をつけられたまま法廷へと姿を現した。
彼の表情は相変わらず無表情だったが、その目だけがどこか虚ろだった。
「アーウィン、あなたには証人として発言する権利があります。ここで語る内容は、今後の審理において重要な判断材料となるでしょう」
裁判官が促すと、彼は少しだけ顔を上げた。
「……あれは、ミリアム様の命令だった」
その一言が落ちると、再び法廷がざわつく。
「俺は、言われた通りに動いただけだ。ハーブも、配布の指示も、巻物の取り扱いも……全部。俺が勝手にやったわけじゃない。あの人は、王族の後ろ盾を……」
「アーウィン、それ以上の発言は控えてください」
ヴァレリーが声を上げ、制止する。
だが、すでに十分だった。
その場にいた誰もが理解していた。
今や“陰謀”という言葉は、決して誇張ではないと。
菜々美は、ただその言葉を静かに受け止めていた。
誤解され、責められ、店を奪われ、それでも彼女は耐えてきた。
その痛みを、誰もが忘れていた。
けれど今、ようやく、それが少しずつ形を変え始めていた。
裁判官は深く頷き、最後の言葉を紡いだ。
「明日、最終判断を下します。証拠と証言に基づき、結論を下すにふさわしい準備が整いました。傍聴席の皆様も、どうか冷静に受け止めてください」
そして裁判は閉廷した。
会場を出た菜々美に、町民たちの視線が注がれる。その中には、かつて彼女のカフェに通っていた者の姿も多くあった。
「……菜々美さん……」
ひとりの婦人が、おずおずと歩み寄った。
「本当に、ごめんなさい。私は、疑ってしまった」
その言葉に、菜々美は小さく首を振る。
「いいえ、私も……信じてもらうだけのこと、何もできていなかったから」
彼女の声は、静かだった。
だが、それでも人々の胸に届くものが、そこにはあった。
夕暮れの町に、赤い陽が差し始める。
ミリアムの姿は未だ見えない。
だが、明日――そのすべてに決着がつく。
菜々美の裁判は、いまや町中の注目を集めていた。
ただのカフェを巡る騒動ではない。
巻物に記された王族の名家「セイス家」の刻印、そして証言に浮かび上がる“組織的な動き”――町民たちは、目を逸らすことができない事実を前にしていた。
「裁判所から使者が出たらしいわ。王室の文書鑑定官を呼びに行ったって」
「ということは……やっぱり、王族が関わってるのか?」
市場では、いつも以上に噂が飛び交っていた。
一方その頃、裁判所の控室にて、ヴァレリーはひとりの老齢の研究者と話をしていた。
「これが、問題の巻物です」
彼女が差し出した羊皮紙には、魔法的な処理が施された文字が記されている。
ぱっと見ではただの図形の連なりだが、専門家であるこの男――王族直属の文書鑑定官フリードリヒには、その中に特定の暗号が含まれていることが即座にわかった。
「……なるほど。これを使ったか」
彼は指を鳴らし、持参していたルーペのような装置で文字をなぞる。
「この符号、“指示記録型文章”。王族の機密通信にも使われる類の符号形式だ。……これには、『商品コード3427-Bを指定日までに散布、症状確認の後に記録を保持せよ』とある」
「その商品コードは?」
「……“ネリウム・オルトナス”。かの“特別なハーブ”の、王室研究局にて実験用に開発された交配種だ」
ヴァレリーの眉が、かすかに動いた。
「つまり、この巻物は本物。しかも王室の研究機関でのみ取り扱われるハーブの使用指示だった?」
「間違いない。だが……不自然なのは、“命令者の署名が無い”ことだ」
フリードリヒが巻物の端を示した。
「文書構成から見て、本来ここには名前があるべきだ。だが、それだけが消されている」
ヴァレリーは腕を組んだ。
「あるいは、意図的に“誰かの名前”を隠したということね」
その数刻後、裁判所に再び集まった町民たちの前で、裁判が再開された。
「本日、王室鑑定官による報告が提出されました」
裁判官の声は張りつめ、空気を一層引き締めた。
「巻物は“王室研究局にて作成された形式”であり、そこに記されていたハーブは確かに“体調異常を引き起こす特性を持つ”ものと判明しました」
その言葉が告げられた瞬間、傍聴席に大きなどよめきが走った。
検察官が顔をしかめ、反論の準備を整えようとしたが、それより先に裁判官の声が続いた。
「さらに。昨日の証言を裏付ける新たな物証として、特定の文書が提出されました」
その瞬間、廷吏が手にした封筒から一枚の紙を取り出す。そこには、アーウィンの署名が残されていた。
それは、かつて地下貯蔵庫で回収された記録の中から、筆跡鑑定により彼のものと確認されたものだった。
「この書類により、被告が無関係であること、むしろ別の者たちによって故意に陥れられた可能性があることが、極めて高いと判断されます」
その言葉と共に、扉が静かに開いた。
「アーウィンを入廷させてください」
廷吏の声が響くと同時に、重い足音が石の床を叩く。
拘束されたアーウィンが、鉄製の手枷をつけられたまま法廷へと姿を現した。
彼の表情は相変わらず無表情だったが、その目だけがどこか虚ろだった。
「アーウィン、あなたには証人として発言する権利があります。ここで語る内容は、今後の審理において重要な判断材料となるでしょう」
裁判官が促すと、彼は少しだけ顔を上げた。
「……あれは、ミリアム様の命令だった」
その一言が落ちると、再び法廷がざわつく。
「俺は、言われた通りに動いただけだ。ハーブも、配布の指示も、巻物の取り扱いも……全部。俺が勝手にやったわけじゃない。あの人は、王族の後ろ盾を……」
「アーウィン、それ以上の発言は控えてください」
ヴァレリーが声を上げ、制止する。
だが、すでに十分だった。
その場にいた誰もが理解していた。
今や“陰謀”という言葉は、決して誇張ではないと。
菜々美は、ただその言葉を静かに受け止めていた。
誤解され、責められ、店を奪われ、それでも彼女は耐えてきた。
その痛みを、誰もが忘れていた。
けれど今、ようやく、それが少しずつ形を変え始めていた。
裁判官は深く頷き、最後の言葉を紡いだ。
「明日、最終判断を下します。証拠と証言に基づき、結論を下すにふさわしい準備が整いました。傍聴席の皆様も、どうか冷静に受け止めてください」
そして裁判は閉廷した。
会場を出た菜々美に、町民たちの視線が注がれる。その中には、かつて彼女のカフェに通っていた者の姿も多くあった。
「……菜々美さん……」
ひとりの婦人が、おずおずと歩み寄った。
「本当に、ごめんなさい。私は、疑ってしまった」
その言葉に、菜々美は小さく首を振る。
「いいえ、私も……信じてもらうだけのこと、何もできていなかったから」
彼女の声は、静かだった。
だが、それでも人々の胸に届くものが、そこにはあった。
夕暮れの町に、赤い陽が差し始める。
ミリアムの姿は未だ見えない。
だが、明日――そのすべてに決着がつく。
0
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜
自ら
ファンタジー
異世界に転移したアキト。 彼に壮大な野望も、世界を救う使命感もない。 望むのはただ、 美味しいものを食べて、気持ちよく寝て、静かに過ごすこと。 ところが―― 彼が焚き火をすれば、枯れていた森が息を吹き返す。 井戸を掘れば、地下水脈が活性化して村が潤う。 昼寝をすれば、周囲の魔物たちまで眠りにつく。 村人は彼を「奇跡を呼ぶ聖人」と崇め、 教会は「神の化身」として祀り上げ、 王都では「伝説の男」として語り継がれる。 だが、本人はまったく気づいていない。 今日も木陰で、心地よい風を感じながら昼寝をしている。 これは、欲望に忠実に生きた男が、 無自覚に世界を変えてしまう、 ゆるやかで温かな異世界スローライフ。 幸せは、案外すぐ隣にある。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる