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演じる悪女

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「僕のことが、わからない……?」
 旦那様は、瞳を潤ませた私を見ると、ごくりと喉を鳴らした。

 その何より綺麗な濃紺の瞳に、計算の光が宿るのを見逃さなかった。
 旦那様ったら、これで私と離縁できると思っているわね。甘いわよ。
「はい。それに……私は誰なんでしょうか?」
「!?!?!?!? まさか、自分のこともわからないのか?」

 私はしおらしく頷き、それから、たよれるのはあなただけなんです、と言いたげな目をして、旦那様を見つめた。

「……はい。あなたは、私のことを知っているんですよね。教えてくださいますか?」
「っ……!」

 旦那様は私の顔を見ると、小さく、アイ……と呟いた。

 そう、このいかにも庇護欲をそそるこの顔は、旦那様の浮気相手こと、平民のアイがよくする仕草だった。

 旦那様が、こういう仕草に弱い。そこまで、こちらは調査済みなのよ。でも、あえて今までしなかったのは、【私】を好きになってほしかったから。

 でも、これは復讐だ。あなたに向ける最後の贈物。まあ、この贈物は、絶望をラッピングしてるだけかもしれないけれど。

 旦那様は困ったように眉を下げて


「君は、イザベラ。イザベラ・マドリュー」

 あら、ちゃんと家名も教えてくれるのね。そう、私はマドリュー侯爵夫人だ。
 まあ、白い結婚だったから、本当の意味で、侯爵夫人にはなれなかったんだけど。

「イザベラ・マドリュー……」

 自分の名を反芻する。この名前がいつまで続くのかわからないけれど。私の口になじむその名前を言う機会は、きっともうそう多くない。

「そうだよ、イザベラ。そして、僕は、ラルフ・マドリュー。君の……夫だ」
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