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1巻
1-3
彼女が悪辣な人間だとしても、この国の王妃になったのは事実だ。改心する機会も与えず、ただ、自分の感情のままに切り捨てるのはあまりに愚かではないか。
けれど、彼女は私の言葉を受け入れた。
「かしこまりました」
そう言って、深く腰を折る。
まるで、そう言われるのがわかっていたような態度だった。
私は、そんな態度に鼻を鳴らして寝室を出た。
「あはははは!」
そんな彼女が子供たちと遊びながら、楽しそうに笑っている。
その様子を遠くからぼんやりと眺め、どうして自分はあれほどまでに彼女を悪く捉えようとしていたのかと、疑問に思う。
孤児院で子供たちと遊ぶ彼女はとても輝いていた。
影からの報告を受けてからずっと考えていた。
私は――もしかすると、大変な過ちを犯してしまったのではないか?
そもそも、彼女は本当に悪辣な人間だったのか?
わからない。だから、知りたい。
そして、間違ってしまったのなら、償いたい。そう、思ったんだ。
朝食リターンズ
今日も一日、楽しく過ごそう。
「んー」
私は大きく伸びをするとベッドから起き上がった。
窓を開けると、爽やかな風が吹き込んでくる。
「……よし」
その新鮮な空気をいっぱいに吸い込んだ。……なんというか。
「……幸せだわ」
自分の好きなことだけをして、働かなくても生きていける。それに、もう、物語は終わった。どれだけ心を砕いても振り向いてくれない婚約者や家族は、ここにはいない。
だから、そのことに心を痛める必要ももうないのだ。
太陽に手をかざす。きらきらとした光が、指の隙間から差し込んだ。
「私は、私……」
大丈夫。私は、私のことが好きだ。誰に嫌われても、愛されなくても、関係ない。
そのことをもう一度確認して微笑んだ。
「さてと」
そろそろ侍女のカミラが来る頃合いだ。自分でできる準備は自分でしよう。
……と、身支度を整えているとカミラがやってきた。
「おはよう」
「……おはようございます」
カミラの声は相変わらず冷たい。けれど、それを気にすることなく、支度を手伝ってもらう。
その途中で、カミラが言った。
「今朝から陛下が王妃様と共に食事をとられるそうです」
「……今朝から?」
「はい」
今朝『は』ではなく、今朝『から』。ということは、これからずっと、ということかしら。
旦那様ってば、どういう心境の変化だろう。
やっぱり私はスパイだと疑われてる……?
でも、以前朝食を一緒にとったときは何も話さなかったのよね。
うーん。
何があったのか気になるけれど、わからないものは仕方がない。
私は、ひとまず気にしないことにして、身支度に集中した。
食事の間に行くと、旦那様はすでに席に座っていた。
「おはようございます」
挨拶をすると、旦那様は考え込むようにしていた顔を上げた。
「……ああ。おはよう」
紫色の瞳を久しぶりに見た気がした。相変わらず嫌みなほど、顔がいい。……? あれ。どこかで旦那様に似た人と会ったような。
なーんて、気のせいよね。もしかしたら前世で読んだロマンス小説の記憶に影響されているのかも。
とりあえず、私も席に座り、朝食が始まった。
前回同様、旦那様は黙々と朝食を食べている。
私も朝食に集中することにした。
うーん、今日の朝食も最高だわ。
量が少ないのが難点だけれど、とっても美味しい! 美食の国、最高!!
思わず笑みが漏れる。……すると。
「……君は」
「はい?」
旦那様を見ると、彼は少し苦しそうな顔をしていた。
「美味しそうに食事をとるな」
「……? 美味しいので」
美味しそうも何も、とっても美味しい! そう笑顔で主張すると、なぜだか旦那様は目を逸らして、そうか、と言った。
「……?」
もしかして旦那様の嫌いな食べ物でも入っていたのだろうか。だったら、代わりに食べたいな。そう思ってちらりと見ると、旦那様は咳払いをした。
「おかわりがほしいのか?」
どうしてわかったんだろう? 疑問に思いつつも頷くと、旦那様が給仕に言っておかわりを手配してくれた。
「ありがとうございます」
なんで今日はこんなに優しいんだろう。……はっ! もしかして、これって最期の晩餐ならぬ、最期の朝食!?
だったら余計に味わって食べないともったいない!
私はたっぷり時間をかけて、朝食を味わった。ときどき、興味深そうに私を見る旦那様と目があったけれど、旦那様は特に何も言わなかったので、思う存分、朝食に舌鼓を打ったのだった。
美味しい朝食を終えたあとは、いつもどおり簡素な服に着替えて街へ。
いつものように王城を抜け出そうとしたところで、声をかけられた。
「王妃様」
「っ!?」
どこからともなくかけられた声に、思わずびくりと身体を揺らす。
なんで? 今まで見逃してくれていたのか、単に興味がなかったのかわからないけれど、何も言われなかったのに。もしかして、本当に最期の朝食だった!?
そう思いつつも、振り向くと見たことのある顔があった。
「あなたは……」
魚介パスタの大食いでちゃんと完食できた人だ。気持ちのいい食べっぷりが記憶に残っている。
「失礼いたしました。私は、ルィード・グドと申します」
そう言って、彼は膝をついた。
「今日から王妃様の護衛を務めさせていただきます」
……ああ、なんだ。そういうこと。
私は単に泳がされていただけだったのね。
魚介パスタだけじゃない。何度も何度も大食いをしていた彼を見たことがある。
それは単純に大食いが好きだから……じゃなくて、私を監視するためだったのか。
そのことに落胆する。
勝手に大食い仲間のように思って親近感を覚えていた。
「なぜ、今なの」
今までのようにこっそり……ではなかったけれど、黙って監視をしてくれたら、私は何も気づかずにすんだのにな。なんて自分勝手な考えを思わずルィードにぶつけてしまう。
「王妃様は、私が守るべき方だと判断いたしました」
戦勝国から送られてきた王妃だものね。
けれど、私の考えを見透かしたように、ルィードは首を横に振った。
「いいえ。私が、あなたのファンなのです」
「……ファン?」
思ってもみなかった言葉に、瞬きする。ファンって……熱心な支持者とか、そういう意味の?
「はい。王妃様の気持ちのいい食べ方がとても好きです!」
「その……ありがとう」
とてもいい笑顔で言われて照れてしまう。
そんなこと、今まで言われたことなかった。
公爵令嬢として、食べすぎははしたないっていつも言われていたから。それが一番つらいことだったものね。
「私のことは、ぜひ、大食いのお供だと思っていただければ。私も大食いが好きなので」
「……わかったわ」
確かに一人で食べるよりも、誰かと食べたほうが美味しい。今朝の朝食も美味しかったし。
……と、そこで思い出したのだけれど。
「監視……じゃなくて、護衛なのね」
「はい」
てっきり最期の朝食だと思っていたけれど、護衛をつけられるということは、スパイだと疑われてはいない、と考えてもいいのかしら。
旦那様は何も言わなかった。
やっぱり気が変わった、公務をしろ、とも言われていない。
ただ旦那様と一緒に朝食をとるようになり、監視ではなく護衛がつけられるようになった。
それは小さなようで大きな変化だ。
あくまでも、私がスパイだと疑われていないという前提だけれど。
これはもしかすると私のニート生活も――
「これ以上はやめやめ」
急に首を横に振った私を、不思議そうにルィードが見つめる。
私はそんなルィードに笑いかけ、今日は焼きとうもろこしの大食いに挑戦するわ、と告げた。
「いいですね」
ルィードも笑顔になる。
問題はひとまずおいておくとして。
私に、大食い仲間ができました。
再構築
「今日の王妃の様子は?」
影――ルィードに、報告させる。
「はい。今日の王妃様は、鍛練の成果をみせる、と子供たちとヒーローごっこをしておいででした」
あ、ちなみに私は子供たちと同じヒーロー側でした、としれっと言う。
そこはお前も悪役をするんじゃないのか。
聞き返したくなったが、この影のことだ。そちらのほうが楽しそうだったのだろう。
「悪役の王妃様は、子供たちの望む凄みは手に入れられたようなのですが……。負けるパターンが足りないと指摘されて……」
まぁ、確かに何度も同じ反応を返されてもおもしろくない……かもしれない。
「もっと色んなやられ方を研究してくる、と言って、王妃様は今度は劇団に入られました」
「……劇団」
「はい」
ルィードはあっさり頷いたが、私は頭が痛くなってくるのを感じた。
どう考えても、劇団に入る必要はないんじゃないか。彼女はとても純粋……というか、凝り性なのかもしれないな。
「……それで?」
「まずは、下働きからということで、今は雑務を一緒にしてますね」
……これは子供たちの要求に応えられるようになるまで時間がかかりそうだな。
「ちょっと待て」
「はい?」
きょとんとした顔で、こちらを見つめるルィードからは、全くといっていいほど焦りが感じられない。失言に気がついていないのか、それとも失言と思っていないのか。
私は、ため息をつきたくなりながら、ルィードに尋ねる。
「雑務を『一緒に』というのは? お前最近、影のわりに表に出すぎじゃないか?」
「もちろん休憩時間以外は、潜んでおりますよ」
ご安心を、と胸を叩いてみせたその姿に、余計不安を感じる。
休憩時間を長く設定しすぎたか?
だが、下手に短くして辞められても困るしな……
休憩時間の件は、ひとまずおいておくことにして、続きを促す。
「それで、今日は何を食べたんだ?」
「焼きとうもろこしです。それが……」
ルィードが表情を曇らせる。
「どうした?」
「ここ最近、王妃様の噂が街で広がっているようで、王妃様の似顔絵とともに大食いメニューに挑戦お断りの文字が……」
それはさぞかしがっかりしたに違いない。
「そこで、王妃様はいつもと髪型を変えて、お店に入店し大食いに挑戦されました」
そういえば、私が以前彼女を監視したときは、まるで少年のような姿をしていた。
「これも、悪役になるときのいい練習になるといって、声まで変えておられました」
王妃様はいつも素敵な落ち着いた声ですが、華やかな声もお似合いでした、と付け加える。
「見事完食されましたが、お代はきっちり払われていましたよ」
店が王妃お断りにするのは、王妃が完食して無料になるからであって、代金を払えば店に損失は出ない。代金を払うなら、そもそも元の姿で挑んでもいい気がするが……
「私も、王妃様の応援のおかげで完食できました」
自慢げな顔をするルィードに、尋ねる。
「彼女は、……について何か言っていただろうか?」
「……とは?」
「私についてだ」
彼女に初夜、ひどいことを言ってしまった。憎まれても仕方ないと思う。けれど、彼女は朝食の席でそんな様子を見せなかった。
それは私のことを許している――のではなく、私に興味がないからではないかと考えている。
「……そうですね、特には」
やはりか。深く息をつく。最低な形で関係を築く土台を壊したのは私だ。
もう一度土台から構築するのは、困難だろう。
それでも、やらねばならない。
私は彼女の――夫なのだから。
「隣国の調査は?」
「まだ少し時間がかかりそうです」
「わかった。引き続き、探ってくれ」
そう言い残して、席を立つ。
「どちらへ?」
「王妃のもとへ」
少し、話がしたかった。もっとも、彼女は疲れて寝ているかもしれないが。そのときは、大人しく帰ろう。
「王妃に、会いたい」
取り次ぎを侍女に頼むと、やはり彼女は眠っているという返答だった。
一目だけでも、と思ったが、眠っているならば仕方がないか。
諦めて自室に戻ろうとし、ふと、思い付いた。
◇◇◇
「んー、よく寝た」
大きく伸びをして起き上がる。
昨日は、ヒーローごっこがなかなか楽しかったわね。今は、悪役としてのやられ方のパターンを研究するために劇団に入っている。
といっても、下働きだけれど。
いずれ、色んな演技を教えてもらって子供たちの理想の悪役になるのが目標だ。
「……これは?」
ふと、サイドテーブルに、花が飾られてあるのに気づく。首をかしげていると、カミラがやってきた。
「昨夜、陛下が王妃様にと」
……なるほど。旦那様からの贈り物だったのね。もしかして、私に用事だったのかしら。それなら、寝ていて悪いことをしてしまったわね。
そんなことを考えながら、薄桃色の花の香りを吸い込む。花からはかぐわしい香りがした。
「よし」
今日はなんだか、とってもいいことが起きそうだ。ひとつ微笑むと、朝の支度を整え、朝食に向かった。
食事の間に行くと、今日も旦那様がすでに座っていた。
「おはようございます、陛下」
「……ああ、おはよう」
旦那様が目線を上げて、微かに微笑む。
「昨夜は、素敵な贈り物をありがとうございました。とても綺麗な花ですね」
私の国にはなかった花だ。六枚の花弁は薄桃色に色づいていて、とても可憐で美しかった。
なんていう名前の花なのかしら。
「ああ。君が気に入ってくれたなら良かった。あの花は食用として使われることもあるが、綺麗だろう?」
「食用……ですか!?」
花を食べるんだ! ロマンチック! あんなに綺麗な花が料理に添えてあったらとても可愛いだろうし、それに食べられるなんて最高じゃない!?
思わず食いぎみに尋ねた私に旦那様は笑った。
「ああ。今度、あの花を使った料理を頼んでおこう」
旦那様ってば、優しい。
あれ? でも、私を愛することはないのよね。
それとも、物語が終わったから強制力もとけたの?
でも、侍女のカミラの目は今日も冷たかったし。
……どちらにせよ、今の公務がないニート生活が私にとっては一番気楽なんだけれどな。
旦那様をじっと見つめる。旦那様の神秘的な紫の瞳からは、考えを読み取れなかった。
――まぁ、いっか。
私は運ばれてきた美味しい朝食(だけど量が少ない)に集中しようとして、……私のものだけやけに多いことに気づいた。
もしかして、私があれで満足してないのがばれてる?
って思ったけれど、昨日おかわりしたものね。単にもう一度おかわりを作るのが面倒だったのかもしれない。
美味しいものがたくさん食べられるのはいいことなので、とりあえず目の前の食事に集中することにした。
美味しい朝食を終え、いつものように簡素な服に着替え、城を出る。
すると、ルィードが私のあとについてきた。
「ルィードは、何か食べたいものある?」
「私は王妃様の護衛ですので、王妃様に従います」
……そっか。自分の意見を言ってもらえないのは少し寂しい気もするけれど、仕事だから仕方ないわよね。
……ん? 仕事。
「ルィード、あなた……」
「はい、なんでしょうか?」
「陛下に私のことを報告してるのよね?」
……当たり前すぎることを聞いてしまった。ルィードは今は護衛だけれど、以前は監視をしていたのだ。報告しているに決まってる。
「はい」
当然、ルィードも頷く。
「……なるほど」
ということは、料理の量が多くなったのもおかわりをすすめてくれたのも、私の大食いを知っていたからなのね。
ありがとう、旦那様。
今日の朝食もとっても美味しかったわ。
心の中で感謝して、ふと、疑問に思った。
でも、どうして旦那様は私の行動を制限しないんだろう。この行動が筒抜けになっているとして、私が旦那様なら止めるけれど。
まぁ、いっか。
旦那様の思惑がどうであれ、私の生活がこのまま続くのなら、気にする必要もないだろう。
そう思って街を歩いている途中、私はある噂を耳にした。
けれど、彼女は私の言葉を受け入れた。
「かしこまりました」
そう言って、深く腰を折る。
まるで、そう言われるのがわかっていたような態度だった。
私は、そんな態度に鼻を鳴らして寝室を出た。
「あはははは!」
そんな彼女が子供たちと遊びながら、楽しそうに笑っている。
その様子を遠くからぼんやりと眺め、どうして自分はあれほどまでに彼女を悪く捉えようとしていたのかと、疑問に思う。
孤児院で子供たちと遊ぶ彼女はとても輝いていた。
影からの報告を受けてからずっと考えていた。
私は――もしかすると、大変な過ちを犯してしまったのではないか?
そもそも、彼女は本当に悪辣な人間だったのか?
わからない。だから、知りたい。
そして、間違ってしまったのなら、償いたい。そう、思ったんだ。
朝食リターンズ
今日も一日、楽しく過ごそう。
「んー」
私は大きく伸びをするとベッドから起き上がった。
窓を開けると、爽やかな風が吹き込んでくる。
「……よし」
その新鮮な空気をいっぱいに吸い込んだ。……なんというか。
「……幸せだわ」
自分の好きなことだけをして、働かなくても生きていける。それに、もう、物語は終わった。どれだけ心を砕いても振り向いてくれない婚約者や家族は、ここにはいない。
だから、そのことに心を痛める必要ももうないのだ。
太陽に手をかざす。きらきらとした光が、指の隙間から差し込んだ。
「私は、私……」
大丈夫。私は、私のことが好きだ。誰に嫌われても、愛されなくても、関係ない。
そのことをもう一度確認して微笑んだ。
「さてと」
そろそろ侍女のカミラが来る頃合いだ。自分でできる準備は自分でしよう。
……と、身支度を整えているとカミラがやってきた。
「おはよう」
「……おはようございます」
カミラの声は相変わらず冷たい。けれど、それを気にすることなく、支度を手伝ってもらう。
その途中で、カミラが言った。
「今朝から陛下が王妃様と共に食事をとられるそうです」
「……今朝から?」
「はい」
今朝『は』ではなく、今朝『から』。ということは、これからずっと、ということかしら。
旦那様ってば、どういう心境の変化だろう。
やっぱり私はスパイだと疑われてる……?
でも、以前朝食を一緒にとったときは何も話さなかったのよね。
うーん。
何があったのか気になるけれど、わからないものは仕方がない。
私は、ひとまず気にしないことにして、身支度に集中した。
食事の間に行くと、旦那様はすでに席に座っていた。
「おはようございます」
挨拶をすると、旦那様は考え込むようにしていた顔を上げた。
「……ああ。おはよう」
紫色の瞳を久しぶりに見た気がした。相変わらず嫌みなほど、顔がいい。……? あれ。どこかで旦那様に似た人と会ったような。
なーんて、気のせいよね。もしかしたら前世で読んだロマンス小説の記憶に影響されているのかも。
とりあえず、私も席に座り、朝食が始まった。
前回同様、旦那様は黙々と朝食を食べている。
私も朝食に集中することにした。
うーん、今日の朝食も最高だわ。
量が少ないのが難点だけれど、とっても美味しい! 美食の国、最高!!
思わず笑みが漏れる。……すると。
「……君は」
「はい?」
旦那様を見ると、彼は少し苦しそうな顔をしていた。
「美味しそうに食事をとるな」
「……? 美味しいので」
美味しそうも何も、とっても美味しい! そう笑顔で主張すると、なぜだか旦那様は目を逸らして、そうか、と言った。
「……?」
もしかして旦那様の嫌いな食べ物でも入っていたのだろうか。だったら、代わりに食べたいな。そう思ってちらりと見ると、旦那様は咳払いをした。
「おかわりがほしいのか?」
どうしてわかったんだろう? 疑問に思いつつも頷くと、旦那様が給仕に言っておかわりを手配してくれた。
「ありがとうございます」
なんで今日はこんなに優しいんだろう。……はっ! もしかして、これって最期の晩餐ならぬ、最期の朝食!?
だったら余計に味わって食べないともったいない!
私はたっぷり時間をかけて、朝食を味わった。ときどき、興味深そうに私を見る旦那様と目があったけれど、旦那様は特に何も言わなかったので、思う存分、朝食に舌鼓を打ったのだった。
美味しい朝食を終えたあとは、いつもどおり簡素な服に着替えて街へ。
いつものように王城を抜け出そうとしたところで、声をかけられた。
「王妃様」
「っ!?」
どこからともなくかけられた声に、思わずびくりと身体を揺らす。
なんで? 今まで見逃してくれていたのか、単に興味がなかったのかわからないけれど、何も言われなかったのに。もしかして、本当に最期の朝食だった!?
そう思いつつも、振り向くと見たことのある顔があった。
「あなたは……」
魚介パスタの大食いでちゃんと完食できた人だ。気持ちのいい食べっぷりが記憶に残っている。
「失礼いたしました。私は、ルィード・グドと申します」
そう言って、彼は膝をついた。
「今日から王妃様の護衛を務めさせていただきます」
……ああ、なんだ。そういうこと。
私は単に泳がされていただけだったのね。
魚介パスタだけじゃない。何度も何度も大食いをしていた彼を見たことがある。
それは単純に大食いが好きだから……じゃなくて、私を監視するためだったのか。
そのことに落胆する。
勝手に大食い仲間のように思って親近感を覚えていた。
「なぜ、今なの」
今までのようにこっそり……ではなかったけれど、黙って監視をしてくれたら、私は何も気づかずにすんだのにな。なんて自分勝手な考えを思わずルィードにぶつけてしまう。
「王妃様は、私が守るべき方だと判断いたしました」
戦勝国から送られてきた王妃だものね。
けれど、私の考えを見透かしたように、ルィードは首を横に振った。
「いいえ。私が、あなたのファンなのです」
「……ファン?」
思ってもみなかった言葉に、瞬きする。ファンって……熱心な支持者とか、そういう意味の?
「はい。王妃様の気持ちのいい食べ方がとても好きです!」
「その……ありがとう」
とてもいい笑顔で言われて照れてしまう。
そんなこと、今まで言われたことなかった。
公爵令嬢として、食べすぎははしたないっていつも言われていたから。それが一番つらいことだったものね。
「私のことは、ぜひ、大食いのお供だと思っていただければ。私も大食いが好きなので」
「……わかったわ」
確かに一人で食べるよりも、誰かと食べたほうが美味しい。今朝の朝食も美味しかったし。
……と、そこで思い出したのだけれど。
「監視……じゃなくて、護衛なのね」
「はい」
てっきり最期の朝食だと思っていたけれど、護衛をつけられるということは、スパイだと疑われてはいない、と考えてもいいのかしら。
旦那様は何も言わなかった。
やっぱり気が変わった、公務をしろ、とも言われていない。
ただ旦那様と一緒に朝食をとるようになり、監視ではなく護衛がつけられるようになった。
それは小さなようで大きな変化だ。
あくまでも、私がスパイだと疑われていないという前提だけれど。
これはもしかすると私のニート生活も――
「これ以上はやめやめ」
急に首を横に振った私を、不思議そうにルィードが見つめる。
私はそんなルィードに笑いかけ、今日は焼きとうもろこしの大食いに挑戦するわ、と告げた。
「いいですね」
ルィードも笑顔になる。
問題はひとまずおいておくとして。
私に、大食い仲間ができました。
再構築
「今日の王妃の様子は?」
影――ルィードに、報告させる。
「はい。今日の王妃様は、鍛練の成果をみせる、と子供たちとヒーローごっこをしておいででした」
あ、ちなみに私は子供たちと同じヒーロー側でした、としれっと言う。
そこはお前も悪役をするんじゃないのか。
聞き返したくなったが、この影のことだ。そちらのほうが楽しそうだったのだろう。
「悪役の王妃様は、子供たちの望む凄みは手に入れられたようなのですが……。負けるパターンが足りないと指摘されて……」
まぁ、確かに何度も同じ反応を返されてもおもしろくない……かもしれない。
「もっと色んなやられ方を研究してくる、と言って、王妃様は今度は劇団に入られました」
「……劇団」
「はい」
ルィードはあっさり頷いたが、私は頭が痛くなってくるのを感じた。
どう考えても、劇団に入る必要はないんじゃないか。彼女はとても純粋……というか、凝り性なのかもしれないな。
「……それで?」
「まずは、下働きからということで、今は雑務を一緒にしてますね」
……これは子供たちの要求に応えられるようになるまで時間がかかりそうだな。
「ちょっと待て」
「はい?」
きょとんとした顔で、こちらを見つめるルィードからは、全くといっていいほど焦りが感じられない。失言に気がついていないのか、それとも失言と思っていないのか。
私は、ため息をつきたくなりながら、ルィードに尋ねる。
「雑務を『一緒に』というのは? お前最近、影のわりに表に出すぎじゃないか?」
「もちろん休憩時間以外は、潜んでおりますよ」
ご安心を、と胸を叩いてみせたその姿に、余計不安を感じる。
休憩時間を長く設定しすぎたか?
だが、下手に短くして辞められても困るしな……
休憩時間の件は、ひとまずおいておくことにして、続きを促す。
「それで、今日は何を食べたんだ?」
「焼きとうもろこしです。それが……」
ルィードが表情を曇らせる。
「どうした?」
「ここ最近、王妃様の噂が街で広がっているようで、王妃様の似顔絵とともに大食いメニューに挑戦お断りの文字が……」
それはさぞかしがっかりしたに違いない。
「そこで、王妃様はいつもと髪型を変えて、お店に入店し大食いに挑戦されました」
そういえば、私が以前彼女を監視したときは、まるで少年のような姿をしていた。
「これも、悪役になるときのいい練習になるといって、声まで変えておられました」
王妃様はいつも素敵な落ち着いた声ですが、華やかな声もお似合いでした、と付け加える。
「見事完食されましたが、お代はきっちり払われていましたよ」
店が王妃お断りにするのは、王妃が完食して無料になるからであって、代金を払えば店に損失は出ない。代金を払うなら、そもそも元の姿で挑んでもいい気がするが……
「私も、王妃様の応援のおかげで完食できました」
自慢げな顔をするルィードに、尋ねる。
「彼女は、……について何か言っていただろうか?」
「……とは?」
「私についてだ」
彼女に初夜、ひどいことを言ってしまった。憎まれても仕方ないと思う。けれど、彼女は朝食の席でそんな様子を見せなかった。
それは私のことを許している――のではなく、私に興味がないからではないかと考えている。
「……そうですね、特には」
やはりか。深く息をつく。最低な形で関係を築く土台を壊したのは私だ。
もう一度土台から構築するのは、困難だろう。
それでも、やらねばならない。
私は彼女の――夫なのだから。
「隣国の調査は?」
「まだ少し時間がかかりそうです」
「わかった。引き続き、探ってくれ」
そう言い残して、席を立つ。
「どちらへ?」
「王妃のもとへ」
少し、話がしたかった。もっとも、彼女は疲れて寝ているかもしれないが。そのときは、大人しく帰ろう。
「王妃に、会いたい」
取り次ぎを侍女に頼むと、やはり彼女は眠っているという返答だった。
一目だけでも、と思ったが、眠っているならば仕方がないか。
諦めて自室に戻ろうとし、ふと、思い付いた。
◇◇◇
「んー、よく寝た」
大きく伸びをして起き上がる。
昨日は、ヒーローごっこがなかなか楽しかったわね。今は、悪役としてのやられ方のパターンを研究するために劇団に入っている。
といっても、下働きだけれど。
いずれ、色んな演技を教えてもらって子供たちの理想の悪役になるのが目標だ。
「……これは?」
ふと、サイドテーブルに、花が飾られてあるのに気づく。首をかしげていると、カミラがやってきた。
「昨夜、陛下が王妃様にと」
……なるほど。旦那様からの贈り物だったのね。もしかして、私に用事だったのかしら。それなら、寝ていて悪いことをしてしまったわね。
そんなことを考えながら、薄桃色の花の香りを吸い込む。花からはかぐわしい香りがした。
「よし」
今日はなんだか、とってもいいことが起きそうだ。ひとつ微笑むと、朝の支度を整え、朝食に向かった。
食事の間に行くと、今日も旦那様がすでに座っていた。
「おはようございます、陛下」
「……ああ、おはよう」
旦那様が目線を上げて、微かに微笑む。
「昨夜は、素敵な贈り物をありがとうございました。とても綺麗な花ですね」
私の国にはなかった花だ。六枚の花弁は薄桃色に色づいていて、とても可憐で美しかった。
なんていう名前の花なのかしら。
「ああ。君が気に入ってくれたなら良かった。あの花は食用として使われることもあるが、綺麗だろう?」
「食用……ですか!?」
花を食べるんだ! ロマンチック! あんなに綺麗な花が料理に添えてあったらとても可愛いだろうし、それに食べられるなんて最高じゃない!?
思わず食いぎみに尋ねた私に旦那様は笑った。
「ああ。今度、あの花を使った料理を頼んでおこう」
旦那様ってば、優しい。
あれ? でも、私を愛することはないのよね。
それとも、物語が終わったから強制力もとけたの?
でも、侍女のカミラの目は今日も冷たかったし。
……どちらにせよ、今の公務がないニート生活が私にとっては一番気楽なんだけれどな。
旦那様をじっと見つめる。旦那様の神秘的な紫の瞳からは、考えを読み取れなかった。
――まぁ、いっか。
私は運ばれてきた美味しい朝食(だけど量が少ない)に集中しようとして、……私のものだけやけに多いことに気づいた。
もしかして、私があれで満足してないのがばれてる?
って思ったけれど、昨日おかわりしたものね。単にもう一度おかわりを作るのが面倒だったのかもしれない。
美味しいものがたくさん食べられるのはいいことなので、とりあえず目の前の食事に集中することにした。
美味しい朝食を終え、いつものように簡素な服に着替え、城を出る。
すると、ルィードが私のあとについてきた。
「ルィードは、何か食べたいものある?」
「私は王妃様の護衛ですので、王妃様に従います」
……そっか。自分の意見を言ってもらえないのは少し寂しい気もするけれど、仕事だから仕方ないわよね。
……ん? 仕事。
「ルィード、あなた……」
「はい、なんでしょうか?」
「陛下に私のことを報告してるのよね?」
……当たり前すぎることを聞いてしまった。ルィードは今は護衛だけれど、以前は監視をしていたのだ。報告しているに決まってる。
「はい」
当然、ルィードも頷く。
「……なるほど」
ということは、料理の量が多くなったのもおかわりをすすめてくれたのも、私の大食いを知っていたからなのね。
ありがとう、旦那様。
今日の朝食もとっても美味しかったわ。
心の中で感謝して、ふと、疑問に思った。
でも、どうして旦那様は私の行動を制限しないんだろう。この行動が筒抜けになっているとして、私が旦那様なら止めるけれど。
まぁ、いっか。
旦那様の思惑がどうであれ、私の生活がこのまま続くのなら、気にする必要もないだろう。
そう思って街を歩いている途中、私はある噂を耳にした。
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