愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理

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1巻

1-2

「影武者ではなく?」

 そもそも、敗戦国に嫁ぐなど、あのプライドの高そうな令嬢が受け入れるだろうか。
 私と結婚したところまでは本物のクロアで、そこから影武者に代わったというほうがよほど納得できる。
 初夜に愛することはないと言ったときも、彼女は顔色ひとつ変えなかった。

「それはないかと」
「なぜ?」
「隣国のサーランド公爵家に代々受け継がれるというあざがありましたから」
「……そうか」

 我が国に来てからの彼女と、隣国にいたときの彼女。
 どちらにせよ、伝聞でしか知らない彼女の本心を探るのは困難か。

「どちらへ?」

 立ち上がった私に影が問う。

「王妃に会いに」


「……は?」

 向かった王妃の部屋では、意外なことを侍女に言われた。思わず聞き返してしまった私に侍女が頭を下げる。

「王妃様はすでにお休みになっています」

 ……それが聞き間違いかと思ったのだが。

「まだ、夜の八時だぞ?」
「はい。先程お休みになりました」

 食べて遊んで、満足して寝る。どこの子供だ!

「起こしましょうか?」
「いや……いい」

 せっかく休んだのに、起こすのは気が引ける。
 私が首を横に振ると、侍女はかしこまりましたと礼をして下がっていった。


     ◇◇◇


「んん……」

 ひとつ大きな欠伸あくびをして、目を覚ました。
 昨日もたくさん遊んだおかげでぐっすり眠れたわ。ニート最高!
 朝の支度を整えていると、侍女のカミラがやってきた。

「おはようございます、王妃様。昨夜、陛下がいらっしゃいました」

 王妃様がお眠りになっていることを知るとお帰りになりましたが、とカミラは続ける。

「陛下が?」

 ……いったいなんの用事だろう。公務はしなくてもいい……と言われたし。もしかしてニートに食わせるご飯はない! とか? それだとまずいわね。
 むむ、と眉を寄せた私に、無表情でカミラは告げた。

「その代わりに今朝の朝食を共にとられるそうです」
「朝食を、一緒に……」

 いったいどんな心境の変化かと思ったけれど、私は戦勝国からやってきた王妃だ。スパイ行為や謀略をたくらんでいるのではないかと疑われているのかもしれない。
 そんなことするほど祖国に未練も愛もない。けれど、疑われて処刑……なんていうのも困るわね。

「わかったわ」


 食事の間に入ると、すでに旦那様は席に座っていた。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「いや、構わない」

 旦那様と目が合う。神秘的な紫色の瞳は、やはり何かを探っているように感じた。
 そして、朝食が始まる。
 けれど、旦那様は、特に私に話しかけることなく、黙々と食事をとっていた。
 なので、私も食事に集中することにする。
 んー、この魚、美味しいわ。朝から魚が食べられるなんて贅沢よね。
 昨日のように食事を味わい、退室した。
 ……あれ。
 結局あれから一言も話さなかったけれど、良かったのかしら。
 ……まぁ、いっか。


 美味しい朝食をとったあとは、簡素な服に着替えて街へ繰り出す。
 今日も素敵な出来事が起こる予感がした。

「んーんん」

 鼻歌を歌いながら、街を歩く。
 昨日食べたお肉、すごく美味しかったのよね。今日もどこか大食いの店を探そうかしら。
 そんなことを思っていると、また、昨日遊んだ子――カイに話しかけられた。

「ねーねー、おにーさん、今日も遊んでくれる?」
「もちろん」


     ◇◇◇


「……は?」

 なんだって? 最近どうも、耳の調子がおかしい。

「王妃様は、今日も孤児と遊んでおいででした」

 そうだ、そこまではいい。問題はその次だ。

「今日は、ヒーローごっこをして遊んで、王妃様が悪役をしていたのですが……、途中ですごみが足りないと子供たちに指摘され、王妃様は理想の悪役になってくるわ! と剣術道場に入られました」
「……けんじゅつどうじょう」

 思わず、影が言った言葉を繰り返す。
 一国の王妃が、剣術道場に入門するなど聞いたことがない。しかも、彼女が入門したのは、特に厳しいと評判の道場だった。確かにその道場ならすごみは手に入るかもしれないが……

「……それで?」

 どうせ、元は公爵令嬢だ。軽い気持ちで入って、すぐにその厳しさに泣き帰ったに違いない。

「今日の鍛練を無事に終え……」
「終え!? 終えたのか!?」
「ええ、はい」

 あっさりと影が頷く。
 一瞬、その道場の師範に過去つけられた稽古けいこを思い出し、顔をしかめる。
 ま、まぁ、相手は令嬢だ。さすがに私がされたほど厳しい稽古けいこではなかったのだろう。
 素振りなども、せいぜい一回や二回くらいで終わるような、生ぬるいモノに違いない。
 そんな風に想像しながら、影に続きをうながす。

「それで?」
「大衆浴場で汗を流された王妃様は――」
「待て、大衆浴場だと?」

 生ぬるいモノかもしれないとはいえ、無事に鍛練を終えたことも驚きだが、さらに聞き捨てならない内容に、影の言葉を止める。

「はい。……そうですが?」

 平民と同じ湯に浸かる? 元公爵令嬢で、現王妃が?

「……あり得ない」

 それがあり得るんですねー、と雑に返した影に続きをうながす。

「そのあとは、ケーキの大食いに挑戦なさり、見事完食し――」
「ケーキの大食い?」
「さすがにホールケーキは、きついですね」

 ホールケーキを一人で完食したのか。甘党なのかもしれない。

「しかし、王妃様にいい食べっぷりだったとおめにあずかりました」
「……は? おい、待て」
「いかがしました?」

 影はしれっとした顔で、首をかしげる。

「お前も挑戦したのか?」
「休憩時間でしたので」
「しかも、王妃と知り合ったのか?」
「休憩時間でしたので」

 ……影としては優秀なはずだが、休憩に貪欲すぎるところがあるな。

「……ところで、お前の所見としては?」

 王妃はどう映るのか。

「笑顔がとても素敵ですね」
「笑顔を見たのか!? ……そうじゃなくて」

 影は、それはもう素敵ですよ、と続けたあと言った。

「スパイである可能性は低いかと」
「……そう、だろうな」

 単に厄介払いされただけの説が濃厚か。だが、しかし、油断はできない。

「引き続き、探りますね」
「……ああ」




     歌と後悔


 翌朝。

「ふわぁあ」

 大きな欠伸あくびをして、目を覚ます。
 昨日は身体をたくさん動かしたから、ぐっすり眠れたわ。剣術道場の師範はいつでも来ていいと言ってくれたので、子供たちにとっての理想の悪役になるため、今後も通おうと思う。
 今日も面白いことが起きるといいな。
 そう、思いながら朝の支度を整えた。


     ◇◇◇


「今日の報告を」
「午前中は、街の剣術道場で過ごされました」

 ……また、剣術道場に行ったのか。
 怪我をしないといいが。

「そのあとは、大衆浴場で汗を流され――今日は香辛料たっぷりの激辛料理の大食いに挑戦なさいました。見事制限以内に食べ終わり、満足げなお顔で店を出られました」
「激辛料理」

 てっきり甘党かと思っていたが、彼女は辛いものもいける口らしい。

「思わずむせるほど辛かったですが、むせると王妃様がお水をくださったので――」
「……は? おい、待て」
「なんでしょう?」

 痛む頭を押さえながら、影に尋ねる。

「なぜ、お前まで挑戦してるんだ?」
「休憩時間でしたので」

 しれっとした顔で返されるのは、いつもどおりの回答だった。

「しかも、王妃に水をもらっただと?」
「お優しいですよね、王妃様」

 確実に仲良くなっている……

「そのあとは?」
「子供たちと遊んで――、そのあと子供たちにせがまれて歌を歌っていらっしゃいました」
「歌?」

 はい、と影が頷く。

「どんな歌だった?」

 彼女がどんな歌を歌うのか、興味が湧いた。

「聞いたことがない言語の歌でした」
「聞いたことがない言語……」

 影はその仕事柄、何ヵ国語も身につけている。その影が聞いたことがない言語だと?

「美しく、柔らかい響きの歌でした」
「……そうか」

 気にかかるものの、わからないものは仕方ない。
 影に引き続き探るようにと指示を出した。


     ◇◇◇


 剣術道場で鍛練し、大衆浴場で汗を流したあと、鼻歌を歌いながら、街を歩く。
 今日はなんの大食いに挑戦しようかしら。
 甘いものも、辛いものも食べたし、次は塩辛いものもいいわね。
 そんなことを考えながら、お店に入る。
 今日は、パスタの大食いに挑戦することにした。

「うーん、すっごく美味しい!」

 制限時間内に食べ終わらないと無料にならないとはいえ、せっかくの料理なので味わって食べる。
 そのとき、また新たなる挑戦者が入ってきた。

「魚介パスタ、特盛で」

 無表情にそう言ったのは、最近よく見る人だった。その顔はとても整っているはずなのに、なぜか印象に残らない。でも、さすがに四度目ともなると、見覚えがある。
 黙々と食べる彼の食事姿は、見ていて気持ちがいい。……けれど、いつもぎりぎり間に合わないのよね。

「頑張ってくださいね」

 余計なお世話だろうと思いつつも、声をかける。
 すると、彼は破顔した。


     ◇◇◇


「今日の報告は?」
「はい。王妃様は、まずは剣術道場で鍛練し、大衆浴場で汗を流されました」
「……いつもどおりだな」

 もう、その程度では驚かない。だが、怪我をしないかが心配だな。

「……はい。それで――」
「今日はなんの大食いに挑戦したんだ?」
「魚介パスタです。王妃様に頑張ってね、とお声がけをいただいたので、私も完食できました」
「……は?」

 護衛兼監視対象と確実に仲良くなっている影に頭が痛い。

「休憩時間でしたので」
「ああ、そうだな。休憩時間なら……」

 仕方……ないのか?

「そのあとは?」
「子供たちと紐を使って遊ばれました」
「紐?」

 紐を使った遊びなど、縄跳び以外想像できない。

「はい。こう、手と手に紐をひっかけて色々な形を作る遊びです」
「……そうか」

 少しだけ楽しそうだと思ってしまった。

「そのあとは、縄跳びの三重跳びに挑戦され――」
「三重跳び」

 意外と難しいよな、三重跳び。私は縄跳びで二と三には大きな隔たりがあると知った。

「はい。見事成功されて、子供たちのヒーローになっておいででしたね」

 ……なるほど。
 報告を聞き終え、影に引き続き探るようにと言おうとしてやめる。

「陛下?」
「……わかった。次は、私が監視しよう」


     ◇◇◇


 今日も今日とて、剣術道場で鍛練し、大衆浴場で汗を流した。
 剣を持つ手も覚束なかった最初に比べれば、大分しっかりしてきたと思う。手の皮も少しずつだけれど硬くなってきた。
 これは子供たちの理想の悪役になるのも近い……かしら。
 上機嫌で街を散策し、一軒のお店のポスターに目を留めた。
 そうね、今日はポテトを食べよう。
 カラン、とベルを鳴らして入店し、店主に注文する。

「ポテトの特盛、スパイスましましで」
「あいよ!」

 このお店はスパイスがましましの状態で食べないと無料にならないらしい。
 まぁ、私は甘いのも辛いのもいける口だから、大丈夫だけれど。

「いただきます」

 私があげたてのポテトを頬張っていると、男性が入店してきた。
 このところよく会う男性とは違う人だ。
 ……どこか見覚えのある顔に首をかしげる。
 誰かしら? どこかで出会ったっけ。
 記憶を手繰たぐり寄せるけれど、うーん、思い出せないわ。まぁ、思い出せないってことは、私にとって重要な相手ではないということだろう。
 私は、再び目の前のポテトに集中し――

「げほっ、ごほっ」

 盛大にむせる音に、視線を横に向ける。
 見覚えがあると思った人だ。
 彼もどうやらスパイスましましで特盛ポテトの大食いに挑戦しているようだった。
 しかし、その残量を見るに、完食は難しそうだ。

「お水、飲みますか?」

 私がすっと、新たについだ水を差し出すと、彼は顔を上げた。そして、意外そうな表情になる。

「ありがとう。……優しいんだな」

 やっぱりその声は聞き覚えがある気がするのだけれど、誰だかわからない。

「いいえ。お互い頑張りましょうね」

 ……と言いつつ、席に戻る。
 今日のポテトもめちゃくちゃ美味しかったわ!
 見事ポテトを完食した私は、上機嫌で店を出た。
 そのあとは、昨日子供たちに好評だったあやとりを一緒にして遊んだ。


     ◇◇◇


 自室に戻り変装を解き、影と話す。

「――というか剣術道場では普通にきつい鍛錬だったんだが!?」

 誰だ、彼女が生ぬるい鍛錬しかしてないとかいったの。……私だな。
 そして、そのあとに食べる激辛ポテト。

「……胃が痛い」

 腹をさすると、影がまぁ、そうでしょうね、と冷たく返した。

「いきなりスパイスましましなんて頼むからですよ」
「お前、私に対する扱いが雑になってないか?」

 私はお前のあるじなのだが!?
 と思いつつも、まぁ、影の仕事を取ったしな、と納得する。

「それで、完食はできたんですか?」
「制限時間内には無理だった」

 食べ物を無駄にするまいと、なんとか胃にはおさめたが、あまりいい食べ方ではなかったと思う。
 彼女は、とても美味しそうに食べていたが。

「だが、王妃がお水と励ましの言葉をくれた」

 得意げな顔をした私に、よかったですねーと雑に返し、影が問いかけてくる。

「それで陛下は、王妃様をどう思われましたか?」

 そう聞かれると……

「子供と遊ぶ姿はとても楽しそうだった。それに、平民に対する態度も悪くない」

 帰り際に、店主にごちそうさま、美味しかったと言っていた。
 見下している相手にそんなことは普通言わないだろう。

「やはり、隣国での出来事を調べる必要があるな。探ってくれるか?」
「はい。すでに部下に任せております」

 さすが、優秀な影だ。

「……というわけで、私は護衛のために明日も王妃様につきますね」
「お前、楽しそうだな?」
「王妃様のファンなので」

 ファン……だと!?

「王妃様の疑いはほぼ晴れたので、監視は必要ないでしょう?」
「まあ……そうだな」

 彼女が我々の行動に気づいて、演技をしている可能性もあるが……そうは思えなかった。
 頷くと、影は消えた。私は、彼女と初めて出会った日のことを思い出す。


 戦勝国から送られてくる王妃。それだけでも印象は良くないのに、平民をいじめた悪辣あくらつな令嬢と聞いている。私の中の、クロア・サーランドの印象は最悪だった。
 今にして思えば隣国の言葉をなぜそうも鵜呑うのみにしたのか我ながら不思議だが、私は彼女を悪辣あくらつな人間だと決めきっていた。

『お初にお目にかかります。アイザルシア王』

 豊かな金糸の髪に、透き通った水面のような瞳。そして静かでいながらりんとした声。
 ――とても、美しいと思った。
 けれど、同時に不信感が湧き起こる。
 恵まれた立場にいながらなぜ、人をおとしめたのだと。
 結婚式は、粛々しゅくしゅくとおこなわれた。
 元敵国から来た彼女に向けられる視線は冷たい。
 それでも彼女はそれを全く意に介した様子もなく、まっすぐ前を向いていた。
 萎縮いしゅくしてほしいわけではない。それなのに、そのりんとした姿になぜか苛立ちを覚えた。
 おざなりな愛の誓いを終えたあと、少量の料理がたくさん運ばれてくる。
 それを見て彼女が一瞬不満げに顔をしかめた。
 ……なるほど。
 彼女は、我が国の料理が気に入らないらしい。
 今にして思えば、彼女は料理が気に入らなかったのではなく、量が気に入らなかったのだと想像できるが。
 とにかく、私は彼女のやることなすことを悪く捉えていた。

「私が君を愛することは、ない――。初夜だろうと君を抱くつもりはない」

 初夜。言いきったあと、なぜか身体が軽くなる。そう、言わなければいけない気がしていた。そしてそれは果たされた。
 だから、これでいいのだと。
 けれど、身体が軽くなると同時に、激しい後悔にも襲われた。
 こんなにひどい態度をとっていいのだろうか。


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