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その童貞は返却不可につき
第7話 side.八重
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呼吸が落ち着き、絶頂の余韻をやり過ごした後。耳元で澪が小さく呟いた。
「……ストッキング」
「……ごめんなさい」
心当たりがありすぎるので即座に謝る。勢いに任せた自覚はある。
「八重くん。今のご時世、同意って必要不可欠だからね」
「ごめんなさい、弁償します」
「本当に反省してるのかな……んっ」
腰を浮かした澪の体内から、ずずずとペニスが抜かれていく。たっぷりの精液を内包した避妊具の先端まできちんと抜ききると再び澪の身体が八重に預けられた。
「疲れちゃった?」
「うん、ちょっとだけ」
「ベッドで休んでいいよ」
「ん、ありがとう」
慎重な手つきが八重の顔に眼鏡を戻す。クリアになった視界が仄かに微笑む澪の表情を捉えて胸をきゅんとさせた。
「素足で帰るの寒そう」
ぼやきながら立ち上がった澪が穴の空いたストッキングを脱いでいる。その仕草とまだ露出したままの白い胸にムラムラと込み上げるものがあるが、負い目があるために大人しく避妊具の始末に取り掛かる。二人共に身だしなみを整えて寝室へと向かった。
「お邪魔します」
小さな身体が淡いブルーのシーツにころんと横たわる。枕にさらさらの黒髪が絹糸のように散らばった。
「寝ながら勉強?」
置きっぱなしのノートパソコンを指差した澪が隣に寝転がった八重にそう尋ねる。
「うん、まぁ勉強と言うか」
「えー、八重くんがどういう学習方法してるのか気になる。点けてもいい?」
「え、あ、まぁ」
煮え切らない返答を気に留めた様子もなく、うつ伏せになった澪の指がノートパソコンの電源ボタンに触れる。通常の起動よりも短い時間でパッと点灯したモニターが映し出したのは黒い背景のウェブサイトで、中央には一時停止中の動画が表示されていた。
裸の男女が睦み合っているのは一目瞭然だったが、澪は無情にも再生ボタンにカーソルを合わせる。
『あんっあんっ、そこっそこっ! そこが気持ちいいのぉ!』
パンパンと乾いた音が静かな寝室に響き渡る。
(こ、こんなに音大きかったっけ)
昨晩は気にならなかった動画の音量がやたらと耳にうるさい。
数秒後、再び動いた澪の指によってどこの誰とも知らない女性の喘ぎ声はぷつりと途切れた。
「……ドン引き」
ちらりと流し見る瞳も声も非常に冷たい。
「やっ、ち、違うから! シコるために観たんじゃなくて、セックスのっ、体位の勉強のために観ただけで!」
「勉強の方向性、間違ってない?」
「ぐぅ」
否定は出来ない。現に昨晩はこれのせいで夕食を摂り損ねている。
「八重くんはエッチのことしか頭にないんだね。私と付き合う=エッチなんだね」
「違うから。誤解だから引かないで」
両手で顔を覆って嘆くと、ふふっと息を吐く音が聞こえた。指の隙間から覗き見た澪が頬を緩めて笑いを堪えている。
「大丈夫だよ、八重くんには元々引いてるから」
とすんと枕に頭を預けてひどいことを言う。
「……やっぱり名前では呼んでくれないの?」
今朝の出来事を反芻しながら問うてみる。もうあの女子が名前で呼んでくることはおそらくないと思うのだけれど。
「うーん、今はまだいいかな」
「今は?」
「私も馬形さんみたいに『名前で呼ばないで』って言われる日が来るかもしれないし」
「は、そんなわけない」
即答だった。
澪に振られる可能性はあれども、澪を振る可能性など見当たらない。
しかし澪はじっと八重の瞳を観察めいた眼差しで凝視する。
「八重くんって呼べるのも今だけかもしれないから。ね?」
可愛い顔でそんな風に言われてしまうと無理強いは出来ない。これ以上の贅沢を望むのは諦めて、彼女が自発的に呼んでくれる日を待つことにしよう。
「パンケーキ美味しかったね」
とろんと微睡んで呟きを落とす澪の頬を指で突くと気持ちよさそうに目を閉じる。そして幾分もしないうちに小さな寝息を立て始めた。
目の前の幸福に身を浸らせた八重も一日を振り返るうちに睡魔に襲われた。しばらくの後、澪の起き出す音につられて目を覚まし、彼女を見送って一人きりの静かな自室に戻る。
(今だけかもしれない、か)
澪の残した言葉を何となく思い出して思考に耽る。
彼女が今しか『八重くん』と呼べない意味。
その可能性を探って思いを巡らせ、とある結論に至ったとき。八重はベッドにダイブして澪の香りが残る枕を抱え、一人悶えるのだった。
「……ストッキング」
「……ごめんなさい」
心当たりがありすぎるので即座に謝る。勢いに任せた自覚はある。
「八重くん。今のご時世、同意って必要不可欠だからね」
「ごめんなさい、弁償します」
「本当に反省してるのかな……んっ」
腰を浮かした澪の体内から、ずずずとペニスが抜かれていく。たっぷりの精液を内包した避妊具の先端まできちんと抜ききると再び澪の身体が八重に預けられた。
「疲れちゃった?」
「うん、ちょっとだけ」
「ベッドで休んでいいよ」
「ん、ありがとう」
慎重な手つきが八重の顔に眼鏡を戻す。クリアになった視界が仄かに微笑む澪の表情を捉えて胸をきゅんとさせた。
「素足で帰るの寒そう」
ぼやきながら立ち上がった澪が穴の空いたストッキングを脱いでいる。その仕草とまだ露出したままの白い胸にムラムラと込み上げるものがあるが、負い目があるために大人しく避妊具の始末に取り掛かる。二人共に身だしなみを整えて寝室へと向かった。
「お邪魔します」
小さな身体が淡いブルーのシーツにころんと横たわる。枕にさらさらの黒髪が絹糸のように散らばった。
「寝ながら勉強?」
置きっぱなしのノートパソコンを指差した澪が隣に寝転がった八重にそう尋ねる。
「うん、まぁ勉強と言うか」
「えー、八重くんがどういう学習方法してるのか気になる。点けてもいい?」
「え、あ、まぁ」
煮え切らない返答を気に留めた様子もなく、うつ伏せになった澪の指がノートパソコンの電源ボタンに触れる。通常の起動よりも短い時間でパッと点灯したモニターが映し出したのは黒い背景のウェブサイトで、中央には一時停止中の動画が表示されていた。
裸の男女が睦み合っているのは一目瞭然だったが、澪は無情にも再生ボタンにカーソルを合わせる。
『あんっあんっ、そこっそこっ! そこが気持ちいいのぉ!』
パンパンと乾いた音が静かな寝室に響き渡る。
(こ、こんなに音大きかったっけ)
昨晩は気にならなかった動画の音量がやたらと耳にうるさい。
数秒後、再び動いた澪の指によってどこの誰とも知らない女性の喘ぎ声はぷつりと途切れた。
「……ドン引き」
ちらりと流し見る瞳も声も非常に冷たい。
「やっ、ち、違うから! シコるために観たんじゃなくて、セックスのっ、体位の勉強のために観ただけで!」
「勉強の方向性、間違ってない?」
「ぐぅ」
否定は出来ない。現に昨晩はこれのせいで夕食を摂り損ねている。
「八重くんはエッチのことしか頭にないんだね。私と付き合う=エッチなんだね」
「違うから。誤解だから引かないで」
両手で顔を覆って嘆くと、ふふっと息を吐く音が聞こえた。指の隙間から覗き見た澪が頬を緩めて笑いを堪えている。
「大丈夫だよ、八重くんには元々引いてるから」
とすんと枕に頭を預けてひどいことを言う。
「……やっぱり名前では呼んでくれないの?」
今朝の出来事を反芻しながら問うてみる。もうあの女子が名前で呼んでくることはおそらくないと思うのだけれど。
「うーん、今はまだいいかな」
「今は?」
「私も馬形さんみたいに『名前で呼ばないで』って言われる日が来るかもしれないし」
「は、そんなわけない」
即答だった。
澪に振られる可能性はあれども、澪を振る可能性など見当たらない。
しかし澪はじっと八重の瞳を観察めいた眼差しで凝視する。
「八重くんって呼べるのも今だけかもしれないから。ね?」
可愛い顔でそんな風に言われてしまうと無理強いは出来ない。これ以上の贅沢を望むのは諦めて、彼女が自発的に呼んでくれる日を待つことにしよう。
「パンケーキ美味しかったね」
とろんと微睡んで呟きを落とす澪の頬を指で突くと気持ちよさそうに目を閉じる。そして幾分もしないうちに小さな寝息を立て始めた。
目の前の幸福に身を浸らせた八重も一日を振り返るうちに睡魔に襲われた。しばらくの後、澪の起き出す音につられて目を覚まし、彼女を見送って一人きりの静かな自室に戻る。
(今だけかもしれない、か)
澪の残した言葉を何となく思い出して思考に耽る。
彼女が今しか『八重くん』と呼べない意味。
その可能性を探って思いを巡らせ、とある結論に至ったとき。八重はベッドにダイブして澪の香りが残る枕を抱え、一人悶えるのだった。
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