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第一部 高嶺の蝶
しんどいお仕事(2)
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この深夜に、やらせろやらせろとしつこく迫ってくる高志の相手は厳しい。なので今夜のアフター相手は上田にすることにした。
こちらもしつこいが、玲奈がキレるそぶりを見せれば引くのでまだましだった。
「はぁ~~、今日は楽しかったです、ありがとう、上田さん」
帰り際、タクシーに乗り込む前玲奈は笑顔でそう言った。が、内心は疲れきっていた。
(安い居酒屋にラストオーダーまで粘られて、周囲の視線がきつかったよ・・・早く帰って、化粧落として、寝たい)
「僕もたのしかったよ、レイ・・・こ」
「うん、ありがとう、またたくさん遊びましょうね」
玲奈はそういってタクシーに乗り込んだ。ああ、これでやっと開放される・・・と、思ったが。
「ちょ、ちょっと上田さん?!」
タクシーが発進する直前に、上田は反対側のドアに回り込んですばやく玲奈の隣に乗り込んだ。
「今夜は一緒にお泊りだよ」
頬を赤らめながら上田がそういった。玲奈は背筋がぞぞっとした。
「ちょっと、だめですよ、上田さん。私の家、上田さんとは反対方向なんですから。降りてくださいよ」
「今日はレイの家に行くんだから。お泊りだって、言ったじゃん!」
「い、いつかですよ、いつか。今日はだめですよぉ。お部屋ちらかってるし。恥ずかしくて見せられません~」
「大丈夫だよ!そんなの気にしないって」
「だめですってば・・・あ、コンビニで止めてください」
このまま家がばれたら困る。玲奈は苦肉の策でコンビニにタクシーを止めた。
「私、ちょっと買い物していくので。タクシーは上田さんにお譲りしますよ」
「じゃあ僕も一緒に買い物するっ。お泊りだから、歯ブラシとか買っちゃおうかな」
「だからダメだって!今日は妹が泊まりに来るし・・・」
もちろん嘘だ。だけれどこれで諦める客ではない。
「妹?ぜんぜんいいよ。一緒に川の字になって寝ようね」
玲奈は途方に暮れた。よほど市ノ瀬に連絡して助けを求めようかと思ったが、「客管理がなってない」と怒られるに決まっている。
・・・自分でなんとかするしかない。
「あ、私・・・ちょっとトイレいってくるね」
「いいよぉ、待ってるね」
上田はつったってスマホを見ている。そのすきに玲奈はトイレに行くふりをし、レジの中へこっそり入った。バックヤードにいた店員に事情を話し、裏口から出してもらうことになんとか成功した。
玲奈はわき目もふらずタクシーへ乗り込んだ。
「出してくださいっ」
事情を察して運転手はさっとドアを閉めた。が、その時コンビニから上田が走って出てきた。
「ちょっと!何してんだよ!レイ!!」
ここで捕まったらおしまいだ。玲奈は必死にせかした。
「お願い、はやくっ・・・!」
間一髪、上田の手がドアに触れる前にタクシーは発進した。
非常に疲れた玲奈は、早足でマンションのオートロックを開けよろよろとエレベーターに乗り込んだ。
ここまでくれば、さすがにもう安全だ。ほっとしながら自分の部屋の階で降りたが、その瞬間玲奈は立ちすくんだ。
(今…誰か、いた?)
玲奈がそちらを見た瞬間すっと消えてしまったが、突き当りの階段にだれかが立っていた。
(何…?誰?こんな夜中に)
上田はうまく撒いたはずだ。だが恐ろしくなった玲奈は携帯を手に足早に部屋へと向かった。ドアのカギとチェーンをがっちり閉めると、ずるずるとそのまま座り込んだ。
(ああ、怖かった…)
今夜は災難だった。だがまた店に行けば上田と顔を合わせなければいけない。どう言い訳するか考えるのもいやだった。
(でも…しょうがない、こういう商売なんだ)
気をもたせて金を引き出している以上、粘着されることは想定内だ。色恋営業しているのだから上田のような客はいて当たり前。皆ストーカーになるぎりぎりの所で客をさばいていて管理している。市ノ瀬ならそういうにちがいない。
(だけど…つかれた。いやだよ、こんなの…)
いい生活ができる。周りの目におびえなくていい。たしかに、この仕事はそうだ。だが別の代償がついてまわる。
(知らなかったわけじゃない、でも…)
こんな生活は、どう考えても異常だ。結局どう転んでも普通の女の子のように暮らせない自分がつくづくみじめだった。
(なんで、なんで私だけ。私はただ・・・・ほかの子みたいに、普通になりたいのに)
涙が出そうになったその瞬間、携帯が光った。上田だろうか。きっと怒っているにちがいない。
おぞましいびっくり箱を開けるような気持ちで玲奈はスマホを見た。
「こんばんわ。やっと登録できました。三上です」
ラインに表示されたその文章を見て、玲奈は肩の力がぬけた。思わず彼の名前の横の電話マークを、タップしていた。
「あ・・・三上くん」
「どうしたの、こんな時間に」
電話の向こうの声は、ぶっきらぼうで何の感情も入っていないように見えた。
「なんでもないの、なんか電話しちゃった、はは…ごめん、寝てた?」
「いや、大丈夫だけど。葦原さん、なんか声がおかしい」
玲奈は口を押さえた。そこで自分の手がずっと震えていたことに気が付いた。
「え…そ、そうかな」
「なにかあったの」
その冷静な声に、玲奈はすべてぶちまけてしまいたくなったが、さすがに理性がそれをおしとどめた。
「ううん…ちょっと勉強、つかれちゃって。誰かの声がききたいなって思ってさ…」
「ずいぶん遅くまで勉強してるんだな」
「それは三上君もでしょ、塾帰り?」
今日び、進学塾は午前様になることもザラだ。タイムテーブルはキャバ嬢とほぼかわらない。
「もう帰って、これから寝るところ」
「そう…じゃ、おやすみ」
「ああ。また明日」
学はそう言って電話を切った。実にあっさりしていた。
だがそのシンプルな態度が、今の玲奈にはありがたかった。なんとか立ち上がる気力を得て、玲奈は洗面所へメイクを落としに向かった。
こちらもしつこいが、玲奈がキレるそぶりを見せれば引くのでまだましだった。
「はぁ~~、今日は楽しかったです、ありがとう、上田さん」
帰り際、タクシーに乗り込む前玲奈は笑顔でそう言った。が、内心は疲れきっていた。
(安い居酒屋にラストオーダーまで粘られて、周囲の視線がきつかったよ・・・早く帰って、化粧落として、寝たい)
「僕もたのしかったよ、レイ・・・こ」
「うん、ありがとう、またたくさん遊びましょうね」
玲奈はそういってタクシーに乗り込んだ。ああ、これでやっと開放される・・・と、思ったが。
「ちょ、ちょっと上田さん?!」
タクシーが発進する直前に、上田は反対側のドアに回り込んですばやく玲奈の隣に乗り込んだ。
「今夜は一緒にお泊りだよ」
頬を赤らめながら上田がそういった。玲奈は背筋がぞぞっとした。
「ちょっと、だめですよ、上田さん。私の家、上田さんとは反対方向なんですから。降りてくださいよ」
「今日はレイの家に行くんだから。お泊りだって、言ったじゃん!」
「い、いつかですよ、いつか。今日はだめですよぉ。お部屋ちらかってるし。恥ずかしくて見せられません~」
「大丈夫だよ!そんなの気にしないって」
「だめですってば・・・あ、コンビニで止めてください」
このまま家がばれたら困る。玲奈は苦肉の策でコンビニにタクシーを止めた。
「私、ちょっと買い物していくので。タクシーは上田さんにお譲りしますよ」
「じゃあ僕も一緒に買い物するっ。お泊りだから、歯ブラシとか買っちゃおうかな」
「だからダメだって!今日は妹が泊まりに来るし・・・」
もちろん嘘だ。だけれどこれで諦める客ではない。
「妹?ぜんぜんいいよ。一緒に川の字になって寝ようね」
玲奈は途方に暮れた。よほど市ノ瀬に連絡して助けを求めようかと思ったが、「客管理がなってない」と怒られるに決まっている。
・・・自分でなんとかするしかない。
「あ、私・・・ちょっとトイレいってくるね」
「いいよぉ、待ってるね」
上田はつったってスマホを見ている。そのすきに玲奈はトイレに行くふりをし、レジの中へこっそり入った。バックヤードにいた店員に事情を話し、裏口から出してもらうことになんとか成功した。
玲奈はわき目もふらずタクシーへ乗り込んだ。
「出してくださいっ」
事情を察して運転手はさっとドアを閉めた。が、その時コンビニから上田が走って出てきた。
「ちょっと!何してんだよ!レイ!!」
ここで捕まったらおしまいだ。玲奈は必死にせかした。
「お願い、はやくっ・・・!」
間一髪、上田の手がドアに触れる前にタクシーは発進した。
非常に疲れた玲奈は、早足でマンションのオートロックを開けよろよろとエレベーターに乗り込んだ。
ここまでくれば、さすがにもう安全だ。ほっとしながら自分の部屋の階で降りたが、その瞬間玲奈は立ちすくんだ。
(今…誰か、いた?)
玲奈がそちらを見た瞬間すっと消えてしまったが、突き当りの階段にだれかが立っていた。
(何…?誰?こんな夜中に)
上田はうまく撒いたはずだ。だが恐ろしくなった玲奈は携帯を手に足早に部屋へと向かった。ドアのカギとチェーンをがっちり閉めると、ずるずるとそのまま座り込んだ。
(ああ、怖かった…)
今夜は災難だった。だがまた店に行けば上田と顔を合わせなければいけない。どう言い訳するか考えるのもいやだった。
(でも…しょうがない、こういう商売なんだ)
気をもたせて金を引き出している以上、粘着されることは想定内だ。色恋営業しているのだから上田のような客はいて当たり前。皆ストーカーになるぎりぎりの所で客をさばいていて管理している。市ノ瀬ならそういうにちがいない。
(だけど…つかれた。いやだよ、こんなの…)
いい生活ができる。周りの目におびえなくていい。たしかに、この仕事はそうだ。だが別の代償がついてまわる。
(知らなかったわけじゃない、でも…)
こんな生活は、どう考えても異常だ。結局どう転んでも普通の女の子のように暮らせない自分がつくづくみじめだった。
(なんで、なんで私だけ。私はただ・・・・ほかの子みたいに、普通になりたいのに)
涙が出そうになったその瞬間、携帯が光った。上田だろうか。きっと怒っているにちがいない。
おぞましいびっくり箱を開けるような気持ちで玲奈はスマホを見た。
「こんばんわ。やっと登録できました。三上です」
ラインに表示されたその文章を見て、玲奈は肩の力がぬけた。思わず彼の名前の横の電話マークを、タップしていた。
「あ・・・三上くん」
「どうしたの、こんな時間に」
電話の向こうの声は、ぶっきらぼうで何の感情も入っていないように見えた。
「なんでもないの、なんか電話しちゃった、はは…ごめん、寝てた?」
「いや、大丈夫だけど。葦原さん、なんか声がおかしい」
玲奈は口を押さえた。そこで自分の手がずっと震えていたことに気が付いた。
「え…そ、そうかな」
「なにかあったの」
その冷静な声に、玲奈はすべてぶちまけてしまいたくなったが、さすがに理性がそれをおしとどめた。
「ううん…ちょっと勉強、つかれちゃって。誰かの声がききたいなって思ってさ…」
「ずいぶん遅くまで勉強してるんだな」
「それは三上君もでしょ、塾帰り?」
今日び、進学塾は午前様になることもザラだ。タイムテーブルはキャバ嬢とほぼかわらない。
「もう帰って、これから寝るところ」
「そう…じゃ、おやすみ」
「ああ。また明日」
学はそう言って電話を切った。実にあっさりしていた。
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