イケニエアゲハ~執着の檻に囲われて~

小達出みかん

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第一部 高嶺の蝶

アイスの罠

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 が、数日後。予想もしなかった方法で彼はモーションをかけてきた。

 いつもどおり午前帰宅をし、さあこれから寝るぞという時にそれはきた。

 まずは電話だった。


(何・・・?客?いや、知らない番号だ。無視無視・・・)


 とにかく早く寝たい玲奈は、それを無視した。だが次にはラインが来た。


「おい、葦原玲奈。起きてんだろ」


 スマホの画面に表示されたメッセージを見て玲奈は仰天した。これは、仕事用のスマホなのだ。なので玲奈を本名で呼ぶ相手は、まずいない。


 あわてて確認すると、相手はまったく知らない人物だった。が、玲奈はぴんときた。


(もしかして、あいつか)


 ならなおさら無視だ。キャバ嬢「レナ」のラインで「葦原玲奈」が返事をするわけにはいかない。


「返事しろよ」


「全部わかってんだぞ、こっちは」


「痛い目にあわせるぞ」


 無視を決めこんでいると、だんだんメッセージは脅迫的になっていった。


玲奈はなおも無視を続けようとした。が・・・


「これ以上無視するんなら」


「明日お前の学校に乗り込んでやる」


「痛い目にあわせるぞ、お前もあのメガネも」


 学のことか。その一文が決定打となって、玲奈は迂闊にも既読をつけてしまった。その瞬間、電話がかかってきた。


(くそ、この野郎)


 負けない、と念じてから玲奈は電話に出た。


「やっと出たな、葦原玲奈」


「・・・どちら様ですか」


「わかってるくせに白々しいな」


「かける相手を、お間違いでは」


 そういって玲奈は切ろうとした。


「おい、待て。俺は全部知ってんだぞ。お前が都立高なのも、エンジェルフィールで働いてんのも」


(なんで…!?)


 玲奈の手はじっとり汗ばんだ。口は渇いてからからだ。

 それは一番知られてはいけない、玲奈の秘密なのに。




「店にお前が未成年って、ばらしてやろうか?あ、それとも高校に電話したほうがいいな?せっかく勉強して入った進学校、退学になっちゃうなぁ。あはは」


 れだけは困る。それだけは。どうすればこの状況を回避できる?

 玲奈は拳を握り締めた。


「何が目的」


 相手はわが意を得たりとばかりの声で言った。


「明日、台場駅に、夜12時。かならず一人でこい」


「え、ちょっと待っ・・・」


 玲奈が抗議する前に、電話は切れた。


(どうしよう・・・)


 こんな時、玲奈には相談できる相手など一人もいない。唯一頼れそうなのは一之瀬だが、面倒ごとを抱えた玲奈を彼がどこまでかばってくれるかわからない。最悪、見捨てられるかもしれないビジネスライクな関係だ。


(それは困る・・・)


 今はまだ、彼の庇護を失いたくなかった。受験が成功するまでは。


 とすれば、今回のことは自分ひとりでなんとか切り抜けるしかない。


(…策を練ろう)


 玲奈は寝るのを保留し、じっと頭をめぐらせた。


 ゲスだが、いい方法が一つ頭に浮かんだ。


(よし、これでいこう)









 彼の指定した場所で、玲奈は彼と向き合っていた。

 高級そうなソファーに座り、ローテーブルに足を投げ出す彼の後ろは、ガラス張りの窓だ。地上32階。

その高さに、玲奈は肌がざわざわした。この辺は夜景がまぶしい。ビルの明かりが幾千とまたたき、その向こうはまっくらな海だ。


「よく来たな」


 彼はにやりと笑った。


「なんのご用でしょうか」


 玲奈は控えめに答えた。


「それは何だ?」


 彼、海江田ハヤトは、玲奈の手にあるピンクの紙袋を指差した。



「これ?つまらないものですが・・・どうぞ」


 それは玲奈が徹底的に計算をして持ってきたものだった。

 総理大臣の息子など、ネットでさがせばすぐに本名がわかる。加えて高校も知っている。少し検索すれば、まんまと本人のインスタのアカウントを見つけることができた。


 彼がネットリテラシーの低いおばかさんであったことに感謝しつつ、玲奈は彼の好物を突き止めた。


「アイスか!気が利くな」


 彼は嬉しそうに中身を取り出した。新宿の駅前の新しい店のもので、ガラスの瓶にヴァニラ、モカ、チョコレートのアイスが層になってつめられている。人気の店で、たとえ知らなかったとしてもアイス好きが拒否できるものではない。彼がチョコレート系が好きなこともチェック済みだ。


「ええ。溶ける前にどうぞ」


 彼べリべりと包装をはがし、アイスを口にした。


「ふーん。俺がアイス好きって知ってるのか?」


 玲奈は楚々と首を振った。


「いいえ。知りませんでした。これを選んだのはたまたま、今流行りの店だったので・・・」


「そうか。お前へんなヤツだなぁ。自分を脅した相手に、好物を持っていくなんて」


 その相手の持ってきたものを何の疑いもなく口にしているのを見て、玲奈は内心ほくそ笑んだ。無邪気なお坊ちゃんだ。苦労などしたことがないのだろう。 


 騙しやすくていいや。


「他人の家にいくのに、手土産なしでは失礼でしょう・・・」


 目を伏せてそういう玲奈の目の前で、彼は意識を失って倒れた。
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