イケニエアゲハ~執着の檻に囲われて~

小達出みかん

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第一部 高嶺の蝶

わんこからの呼び出し

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「おー、それが私服?らしいな」


 深夜12時。歌舞伎町はそれでもまばゆく光っている。


「どこ行きます?」


「お前の行きたいとこでいいよ」


 そういわれると困る。


「うーん」


「この俺がどこでもいいって言ってるんだぞ、ありがたく思えよ」


 本当に性格悪いな。だが正直なだけなのか?この性格でホスト業をやっているということは、普段相当我慢しているんだろうなと玲奈は思った。


「…うーん、じゃあ焼肉食べたいです」


 玲奈は目の前の看板を指さした。オレンジ色にふとぶとと濃い字で「力めし」とある。


「はぁ?こりゃ焼肉じゃないだろ。お前バカにしてんのか?」


「してませんよ。ここの牛丼おいしいんですよ。肉が分厚くて、たれはにんにくと醤油がきいてるし」


 玲奈は止めるのもきかず牛丼屋に入った。潤はぶつぶつ言っていたが、結局肉の魅力には抗しきれずやってきた牛丼に箸をのばした。


「…以外といけるじゃん」


「でしょ?」


 玲奈はちょっと得意になった。ここはエリカに教えてもらった店だった。以外に客が少なく、待ち時間が少なくてごはんはがっつりしていてお腹にたまる。穴場だ。


「アフターで牛丼にさそう女なんて初めてだよ」


「安上りでいいでしょ」


「もっといい店で飯くらい食おうぜ」


「いいじゃないですか、おいしければ。安いものって大好き」


 そういって牛丼をかき込む玲奈を、潤はしげしげと見た。


「…キャバ嬢のくせに変な女」


 あまりにじっと見つめられるので玲奈は居心地が悪くなった。


「潤さんも食べたら?」


「お前、何が目的でキャバやってんの?金?何が欲しいの?」


 玲奈は顔をしかめた。


「なんですか、急に…」


「いや、純粋に興味から」


「別に…ほしいものなんてないです」


「ふうん」


 潤は久々にわくわくしていた。顔が綺麗な女も、男に恨みをためた女もこの街にはたくさんいる。だけどレイほど興味を惹かれる女は初めてだった。


 きっとさんざん男たちに嫌な目にあわされたのだろう。屈折した怒りが彼女の中にあるのがわかった。だけど、同時に純粋なのだ。エリカを見るあの目がまさにそうだった。綺麗な顔と相乗効果で、その歪みは彼女の魅力を際立てていた。


この女、どんな事をすれば喜ぶのだろう。泣きわめくのだろう。


落とすにはかなり手間がかかるだろう。だけど俺になびかせてみたい。それが無理なら、せめてエリカの恋愛に翻弄される彼女をそばで見ていたい。


(恋じゃない、俺の趣味のゲームだ)


 いつも大変な思いをして女客をさばいているのだ。たまには息抜きしたっていいだろう。潤はそう思いながら、レイの横顔を見つめていた。






 仕事おわり、スマホの通知を見て、玲奈は盛大にはああーーっとため息をついた。

 客からのラインにまざって、厄介なメッセージが一件。

 ハヤトからだ。


(何?あいつ。もう話すことなんてないはず・・・)


 ラインは簡潔に、「会いたい」というものだった。玲奈はとりあえず返した。


「会ってどうするの?」


 すぐに既読がついて、玲奈は少し背筋が寒くなった。


(何?ずっと待ってたわけ・・・?いや、まさかね)


 たまたま携帯を手にしていたんだろうと玲奈は思い込むことにした。


「だめ?」


 かえってきたその言葉に、玲奈はいよいよ眉をひそめた。


「いいもだめも、会う理由がない」


「・・・俺とは会いたくない?」


「私を脅す気?言ったよね、お互いこのことは忘れようって」


「脅したりする気ない」


「じゃあなんなの」


 玲奈はだんだんイライラしてきた。


「会って」


「会ってほしい」 


 なんだこのラインは。客かよ。


「悪いけど、働いてるから忙しいの。知ってると思うけど」


「じゃあ金払う」


「金払うから、会って」


 その返答に、さすがの玲奈も返信の手が止まった。


(何?どういうこと?何かの罠・・・?)


「一回10万払うから」


 その金額に、玲奈は驚いて2度見した。


(10万!?何言ってんだこの坊ちゃんは)


 ためらっているうちに、ポンと画面に送金通知が届いた。10万円とある。


「ちょ、ちょっと待ってよ、勝手なことしないで」


「だめ?」


「俺と会うのいや?」


 玲奈はうーむと唇を噛んだ。


「・・・・わかった。とりあえず話し聞く。ただし場所は私が指定するから」


「わかった、いつ?」


 といっても、玲奈のあいてる日はほとんどない。毎回休みは安定していない。


「来週の水曜日なら時間とれる。とりあえず学校おわったら新宿に来て」


「わかった」


 そこでやりとりは終わった。

 玲奈はため息をついた。また、やっかい事と関わってしまった。






 新宿の古びた喫茶店で、二人は向かい合っていた。まどの外は雨模様だ。


「雨・・・降ってるね」


 玲奈が座ってすぐ、ハヤトは出し抜けにそんな事をいった。


「そうね。今日梅雨入りしたみたいだし・・・」


 すべての人類に共通する鉄板の話題、天気の話。仕事でそれを叩き込まれている玲奈はつい友好的にそう返してしまった。


(待って待って、そんな話をしにここに来たんじゃない。相手の目的をはっきり見極めないと)


「で、何か言いたいことがあるんでしょ?わざわざ連絡して来たってことは」


 玲奈はビジネスライクにそう切り出した。


「それが・・・」


「それが?」


 ハヤトはなんだか煮え切らない態度だ。


「・・・理由はないんだけど・・・」


 玲奈は紅茶を飲みながら眉を上げた。


「は?自分を脅した女にわざわざ理由もなく?」


 ハヤトはこくんとうなずいた。


「・・・変な子・・・」


 ハヤトの目はおずおずながらもまっすぐ玲奈を見つめている。裏はなさそうだ。玲奈は携帯を取り出した。


「本当にそれだけならお金返すから。これどうすれば返せるの?」


 ハヤトは首を振った。


「返さなくていいから・・・帰らないで」


「はい?」


「お、俺と一緒にいて。この時間。金はその代金・・・」


 玲奈は首をかしげた。


「なんで?彼女いないの?」


「いない・・・今は」


「それでも、女を連れて歩きたいならいくらでも引っ掛けられるでしょ」


 その顔に、肩書きなんだから。玲奈は肩をすくめた。ただでさえ大変な毎日なのだ。これ以上の面倒を抱えたくない。


「でも・・・俺はあんたが・・・とにかく、会いたくて」


 そのストレートな物言いに、玲奈は顔をしかめた。少しどきっとしてしまったのを悟られたくなかったからだ。


「何でかわかんないけど、あんたの事が忘れられくて・・・それで」


 そこでハヤトは赤くなってうつむいた。玲奈は察した。


「それで?お茶のんだら解散・・・ってわけがないよね?」


 あの10万は、そういう事か。つまりは・・・


「援助交際ってこと?私に」


「そういうわけじゃないけど・・・でも・・・ま、また」


 そこでハヤトは口ごもった。前回玲奈は性行為ではなく、ただハヤトを辱めるためだけに裸にしたのだ。お坊ちゃんはそれをご所望ということだろうか。


(つまり・・・援助交際ならぬ、援助いじめ・・・?)


「ごめん、そういう事なら無理だわ。私帰るね。」


 玲奈はばかばかしくなって席を立った。が、その手をハヤトはつかんだ。


「待って・・・!いやならもっとお金払うから・・・」


 玲奈は首を振った。


「お金はもっと大事なものに使わなくちゃだめだよ」


「あんた、なんであんな仕事してるんだ?金に困ってるんだろ?それなら俺が・・・」


 そりゃあ、お金には困っている。だがそれを素直に言うわけにもいかない。


「毎回、10万。悪い話じゃないだろ。もっと払ってもいい。だから、な、お願い・・・帰らないで」


 ハヤトの瞳はうるんでいる。この異様な会話に、周りの席の客たちもちらちらとこちらを見ている。


 玲奈は首をすくめてハヤトに言った。


「わかった。わかったからもうここ出よう」







 駅に向かって歩きながら、ハヤトが言った。


「わかったってことは・・・まだ帰んない?」


 玲奈はいらだたしく首をふった。


「今考えてるとこ」


 本番なしで手のみ、それで毎回10万・・・


(正直おいしい)


  高校を卒業したら、授業料から生活費まですべて自分でまかなわなければいけない。今後の生活のために、資金はできるだけたくさんほしい。


 玲奈の心は揺れていた。


「ねぇ・・・決めた・・・?」


 うるさいハヤトの催促に、玲奈はふりかえってこたえた。


「わかった。ただし条件があるから」


 ハヤトの顔はぱっと輝いた。


「本当!?じゃ、じゃあ・・・俺ん家いこう、な?」


 ハヤトはそう言ってタクシーを止めた。
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